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わらしべ聖女〜ただし、私の配役は藁(ワラ)のようです〜  作者: まめ まめみ
王国編

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わらしべからミカン③ お嬢様の一目惚れ

 とある宿の一室で、仕立てのいい服に身を包んだ男が書類をぱらりとめくった。


「これといって目新しい商品は……ないか」


 男の名は、ウッドリー・オランジェール。『奇跡の街』の噂を聞きつけてやってきた貴族だった。

 父の代で男爵位を賜った新興貴族であり、王都を中心に複数のドレスショップを経営している。流行への嗅覚と勘で貴族社会を生きてきた男だ。


 さらに書類をめくる。


「『ここを出て最初に出会ったものを大切に』だと? 『隣にいる者を大切にせよ』ではなかったのか」


「はい、旦那様。ギルドの職員も、教会の司祭も、そう申しておりました」


 神託の差異は、伝言ゲームによる齟齬か、あるいは王都にいる司教どもによる意図的な情報操作か。もし後者なら、いったい何を隠そうとしたのか。ウッドリーは顎に手を当てながら従者に目を向ける。


「ふむ。実際に神託を聞いた者たちの話はどうだ」


「旅人や商人も多く、既に街を離れた者もおりますので、全員の所在は把握できておりません。現在も街にいる者ですと、教会の司祭、パン屋を経営する夫妻、クリーニング店の若店主が該当するようです。神託を受けた後、司祭は教会と孤児院を。パン屋の夫妻はお互いを。そしてクリーニング店の若店主は、たまたま出会った孤児院の子どもを大切にしているとか」


「孤児院の子ども?」


「はい。ギルドで魔法指南の依頼を発注してまで、大事に育てているようです」


「すごいわ! なんだか素敵なお話ね!」


 ウッドリーの隣から、ぱっと華やかな声が響く。今回の視察に、ウッドリーは愛娘も同行させていた。「お父様、わたくしも奇跡の街を見てみたいわ!」そう言って甘えてくる娘の可愛さに負けたのだ。


 艶やかな胡桃色の髪はゆるく巻かれ、小さな白い花の髪飾りが愛らしさを引き立てている。瞳と同じ、柑橘を思わせる黄色と橙色を基調としたドレスを身にまとった娘は、目を輝かせながらウッドリーに抱きついた。


「ねぇ、お父様ぁ。その者たちを見てみたいわ! クリーニング店というのも、一度見てみたいです」


 実際には、くたびれた十五歳の少女と、だらけた二十八歳の男の組み合わせだ。従者としては、そこまで素敵な要素は無い気もしたが、口には出さなかった。自分の主人の様子を確認すると、報告を聞き終えた主人は何かを計算するように目を細めている。


「……ちょうど良いかもしれんな。よし、馬車を準備しろ」

「かしこまりました。先触れはどうなさいますか?」

「不要だ。怖がって逃げられたら面倒だ」


 

 カラン、と扉のベルが鳴る。


「いらっしゃいませ――」


 その親子が店に入ってきた瞬間、店内の空気が変わった。洗濯物をかかえて裏庭に向かっていたノギは、振り向いたまま見とれてしまった。


(うわぁ、なんか、すごく良い匂いがする……!)


 先に入ってきたのは男性だった。深みのある葉巻の香りと、木の匂いを思わせる落ち着いた香水。その後にふわり、と柑橘系の軽やかな香りが追いかけてくる。


 石鹸とお日様の匂いがこもった店内とは違う。孤児院の消毒液と子供の匂いとも、乾燥した埃っぽい商人の匂いとも違う。


(お貴族さまの匂いだぁ……)


 貴族と思われる男性の後ろから続けて現れた少女は、別世界の住人みたいだった。


 ツヤツヤした茶色の髪。

 楽しそうに輝いている、みかんみたいな色の瞳。

 白い小花の髪飾り。

 それから、黄色やオレンジ色の入った、ふんわりとした明るいドレス。


 まるで絵本から抜け出してきたお姫様のようで、そこだけぱぁっと光があたっているように明るい。


 そのお姫様は、店長のほうに顔を向けた瞬間、ぴたりと足を止めた。ぱちり、と大きな瞳を見開くと、白い頬がりんごのように赤く染まっていく。


「……あ」


 小さく漏れる声。お姫様の瞳がうるみ、きらきらと輝き始める。

 夢見るような顔で、手を組んだまま店長に見惚れる彼女を見て、ノギは目をぱちぱちさせた。


(えっ)


 さらに店長を見る。


 適当にまくり上げた袖。

 洗剤の飛沫で少し濡れたままの腕。

 だるそうに髪をかき上げながら、「なんだぁ?」とぼやく顔は、面倒くさそうな内心を隠しきれていない。


(お貴族さまって、店長みたいなのが好きなんだ……?)

 

 かなり失礼なことを、ノギは呑気に考えていた。


 一方のお姫様こと、ウッドリーの愛娘ネロリは、それどころではなかった。


 

 カラン、とベルを鳴らし、お父様の従者が扉を開ける。


「いらっしゃいませ――」


 明るい少女の声が聞こえた。

 孤児院の子どもは少年だと思い込んでいたネロリは、興味を惹かれて父の背中越しに店の中を観察する。奥に佇んでいた男を見た瞬間、ネロリの胸は痛いくらいに高鳴った。


 ゆるめたシャツの首元から見える、日に焼けた首筋。

 無造作にまくった袖から続く、たくましい腕。

 少し乱れた黒髪を、気だるげにかき上げる仕草。

 

 折り目正しく制服を着ている従者や、着飾った貴族の青年しか接点のなかったネロリにとって、そのゆるい雰囲気は刺激が強かった。


「……あ」


 思わず、小さく声が漏れる。


(な、なに、この人……!)


「いらっしゃい、親父さん。洗濯の依頼か?」


 男の店員が、ぶっきらぼうにお父様に声をかける。


(平民が、お父様に気安く声をかけるだなんて)


 そう思う気持ちと反対に、少しかすれた低い声をもっと聞きたいと思った。

 そんな娘の様子を横目で見たウッドリーは、わずかに片眉を上げた後でニコリと営業用の笑みを浮かべた。


「実は少し、相談があってな」


 その横で、ネロリは、ガイルから目を離せずにいた。


(わたくしも、お話ししてみたい……)


(できれば、近くに置きたいわ……!)

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