わらしべからミカン④ 嫉妬はチャンス
「お、おと、お父様っ」
「なんだい、可愛いネロリ。顔が真っ赤じゃないか」
突然、お姫様がお貴族様にぎゅっと抱きついた。お貴族様が父親で、お姫様な娘はネロリ様という名前らしい。
「お父様は今、この青年に大事な話が――」
「わたくし、この方を近くに置きたいわっ」
頬を真っ赤に染めたまま、きらきらした目で店長を見つめている。さすがの店長も、「…………は?」と間の抜けた声を出して固まってしまった。
どう見ても身分の高い相手だ。平民であるガイルとしては、下手な返事をするわけにもいかない。視線だけが父娘の間をうろうろしている。
ネロリの父親はというと、娘の横顔を愛おしげに眺めたあと、ゆっくりとガイルへ向き直った。
「娘が失礼したね」
にこり、と再び笑みを浮かべる。
「私は、ウッドリー・オランジェール。男爵位を賜っている。こちらの店と、少し仕事の話がしたい。席を設けてくれたまえ」
◇
奇跡の街――そんな大層な呼び名に惹かれて視察に来てみたものの、ウッドリーの評価としては、この街は小さすぎだ。王都を中心に展開しているような高級ドレスショップを新しく構えた場合、大きな利益は見込めそうにない。
しかし、高価な新品を売るのではなく、王都で流行を終えたドレスを貸し出す形式であれば可能性がありそうだった。周辺には小貴族や裕福な商家もある。結婚式や祝い事、特別な日に綺麗なドレスを着たい者は多いだろう。
となると、貸し出した衣装の管理が問題だ。いちいち王都に戻してクリーニングするのでは、採算が合わない。
(奇跡の街のクリーニング店、か)
聞こえは良いかもしれんな。
そんな事を考えながら、ウッドリーはガイルに案内され、店の奥にある小さな応接スペースへと進んだ。
「えーと、何か飲み物っと……」
「水だけいただけますか」
従者の青年が静かに銀色のポットを差し出す。
「あ、はいっ」
ノギは慌ててそれを受け取り、休憩室へ走った。洗ったり干したりといった作業とは違う、お客様への対応はまだまだ慣れていない。
急いで水を入れて戻ってから、はたと気づいた。
「あの、すいません。ほんとに水だけ入れて帰ってきて……カップとか……」
「お気遣い痛み入ります。ですが、準備してありますので」
従者は落ち着いた動きで、いつの間に持っていたのかバスケットから茶器と茶葉の缶を取り出した。
ノギから受け取った銀色のポットを両手で包み込む。その手を中心に、ぽうっ、と淡い赤い光が見えたかと思うと次の瞬間、しゅん、と湯気が立ち上った。
(火の魔法……!)
ノギは思わず目を丸くする。
(こういう使い方もあるんだ……)
戦ったり、灯りに出来るわけじゃない。きっと、熱を加えるだけ。もしそうなら、水をためるだけの、ノギの魔法と似ている。
さりげなく魔法を使い、落ち着いた顔のまま仕事をこなす従者さん。ふわりと漂う紅茶の香りをかぎながら
(なんか、かっこいいなぁ……)
ノギがそんな事を考えていた時だった。
じとっとした視線を感じて振り向くと、ウッドリー様の腕に抱きついたまま、不満げにこちらを見ているお嬢様と目があった。
「その者は、他の店舗に置く事はできませんの?」
「ほかの、店舗?」
店長が再び間の抜けた声を出した。しまらない顔の店長を、お嬢様がうっとりと見つめる。
「いつも……二人きりなんですの?」
うっとりとした顔はすぐに苦しそうな顔に変わり、そっとノギを見た。
貴族のお嬢様から嫉妬の眼差しを向けられたノギは、どきどきしていた。と言っても、今まで誰かに嫉妬された経験がないノギは、その視線に込められている感情が分からない。分からないけど、邪魔だと思われている事は伝わってくる。
(こ、これは)
ごくり、と唾を飲み込む。
(これはチャンスなのではっ!?)
自分ではどうにもできない魔法契約。上手くいけば、この方々がどうにかしてくれるかもしれない!
失敗するわけにはいかないという緊張感で、耳の奥までドクドクと音が聞こえる。
この店に来るお客さんは、誰もが店長を褒めるばかりだ。
『良い雇い主じゃないか』
『孤児を拾って育ててくれてるんだろ?』
『感謝しなきゃな』
店長はへらへらと笑いながら「もっと出来るよな?」と言う。そのせいで、どれだけ時間を短縮しても、仕事量が増えるばかりだというのに。
もう嫌だ。寝たい。やめたい。休みたい――!
後になって思えば、この時の私は眠気と疲労で、変なテンションになっていたんだと思う。でなければ、貴族のお嬢様をあおるようなマネ、怖くて出来ない。
すぅっと深呼吸をして、店長だけをじっと見る。
「店長……」
いかにも困っています、という声を出す。
「追い出されたら、私はどこへ帰れば……」
私の言葉を聞いて、お嬢様がくわっと目を開いた。
「一緒に住んでいますの!?」
「て、店長は、家のない私を……っ」
住み込みで働かせてくれて、と言いかけたところで喉がつまる。契約の魔法だ。でも、ここで止まるわけにはいかない。だから、必死で言葉を探す。
「その……、暮らしていて……」
どこで、とは言わない。一緒に住んでいるかどうかも明言しない。
「いつも私を気遣ってくれて、ご飯も……」
「ご飯まで!?」
ご飯というか、食材。置いてってくれたのは、最初の1週間だけだったけど。気遣った事があったかどうかも知らないけど。
とにかく、魔法の制限ぎりぎりのところで会話をする。店長とノギが、親密であるかのように。店長に執着していると思われるように。
ネロリが、涙で瞳をうるませながらガイルを振り返る。
「この者は、ここに住んでいますのっ?」
「そ――」
そうです、と答えようとして、またきゅっと絞まる。仕方がないので、こくりと頷く。
「あ? まぁ、住み込みだからな。」
「住み込みっ」
頷くノギと、面倒くさそうに肯定したガイル。二人を見比べるお嬢様の身体が、わなわなと震えている。
ウッドリーは娘たちの応酬を横目に、ゆっくりと紅茶を飲んでいた。




