わらしべからミカン⑤ 解放
(神託の内容は、『最初に出会ったものを大切に』だったな。もし本当に神託が何らかの意味を持つなら、この少女が『大切にしろ』と言われた存在なのではないか?)
そう考えたウッドリーは、静かに口を開いた。
「ところで、仕事の話なんだがね」
落ち着いた声に、ノギもネロリも勢いが落ちる。
「実は、この街にレンタルドレスの店を出そうかと思っていてな」
「レンタルドレス?」
突然ドレスの話をされたガイルは、話の先が読めずに怪訝そうな顔をする。
「そう、レンタルドレスだ。私は王都を中心に、いくつかドレスショップを経営していてね。流行を終えたドレスを貸し出す形式なら、この街でも需要があるだろう」
ガイルが「はぁ」と気の抜けた返事をする。ぽかんとしているガイルの注意を惹きつけるように、ウッドリーはテーブルをトントンと軽く叩いた。
「貸し出した衣装を毎回王都へ戻していては採算が合わん。現地でクリーニングできる店が欲しい。つまり、君の店と提携できないか、と考えている」
「……!!」
ガイルの目の色が変わった。
「どうやら娘も、君をたいそう気に入ったようだしな」
「……っ! お父様っ」
からかうような声に、ネロリは可愛く唇を尖らせた。
「だが」
ここでウッドリーは言葉を区切り、すっと目線だけをノギの方へ向けた。
邪魔だ。
言葉には出していないが、ガイルには十分に伝わる動きだった。ネロリも、こくこくと頷いている。
「いや、つっても労働力がなぁ。う〜ん」
ガイルは頭をかきつつも、その顔に浮かんでいるのは困惑ではなく、降って湧いた儲け話への期待だった。
(ははっ、俺にも運が回ってきたか?)
ガイルは、ネロリからの熱い視線を受けて内心でニヤケ笑いが止まらなかった。
ノギのおかげで洗濯仕事はかなり楽になった。水の使用量は激減し、洗濯の効率が上がった事で一日の受注が増え、ここ二ヶ月の売上げは上々だった。人を雇う事でこれほど楽ができるとは思っていなかった。
そのうえ今度は、金払いの良さそうな、極上の見た目のお嬢様が自分に夢中らしい。
(教会のお告げって、この事だったのかもなぁ)
深く考えず、ガイルは口元を緩める。
(ノギは、まぁ困らないだろう)
頭の中は、そんな雑な考えしか浮かばない。
なんとなくノギを見たガイルと、嫉妬のこもった目でノギを見つめるネロリ。ネロリを煽るような発言をするノギ。
三人を眺めながらウッドリーは考える。神託で重要なのが、この少女の場合もある。とりあえず確保しておいて損はない、と。
「君」
ウッドリーが、ノギに穏やかな声をかける。
「私の店で働いてみる気はあるかね?」
「えっ」
「先ほども言ったが、私はいくつか店を経営していてね。少し離れた街になるが、下働きでどうだ。一人で生活するに充分な賃金は保障しよう」
思ってもみない誘いに、ノギは息を呑んだ。
提案の体をとっているが、平民のノギとガイルに拒否権はない。つまり、この魔法契約からの解放を、ほぼ約束されたに等しい。
(やった……! やったぁ!)
泣きそうになるノギを見て、ネロリが可憐な顔を歪める。
「店を移るだけで、そのお顔……。お父様っ。そんな重たい女、少し離れただけではダメですわっ。遠い街に行っていただいてっ」
ノギの涙をどう勘違いしたのか、ガイルが優越感を滲ませた顔をして立ち上がる。
「あー、ノギ。俺も悩んだんだけどよ。こちらの旦那の店がくれば雇用も増えるし、街の景気が良くなるかもしれねぇ」
ガイルは、まるで『昔から街の未来を考えていました』みたいな顔で頷きながら、カウンターの方へ歩いて行く。
「だからまぁ、お前なら分かってくれるよな?」
笑いながら取り出したのは、ノギの雇用契約書だった。魔法で守られた契約書は、表面がほんのり青白く光っている。
ノギが凝視している目の前で、ガイルが契約書をビリ~ッと裂いていく。二つに裂き終わった瞬間、ノギの首の周りでぱちっ、ぱちっ、ぱちっ! と静電気のような痛みが走った。
「痛っ、いったぁっ……!」
ノギの反応が不思議だったのか、ガイルが少しだけ驚いた顔をした。
「そんなにショック?」
「ち、違っ」
「でもよ、ノギ。お前の気持ちには応えられない。悪いが、お前との雇用契約はこれで終了だ。今までありがとうな」
(はぁっ!?)
なんで私がフラれた感じになった? 最後まで、本っ当に最悪な魔法だ。
「ふむ。問題ないようだな。細かいことはこの者に聞け」
ノギと店長の契約が終了したことを見届けたウッドリーは、控えていた従者を呼び寄せた。
(……よし! 最後がちょっと納得いかないけど、とにかく自由だっ)
そう思った途端、全身の力が抜けたが、ここで置いて行かれたら大変だ。残りの気力をかき集めて、ふらふらと従者の青年のそばに近寄って行った。
※ノギが裏庭へ持って行こうとしていた洗濯物は、この後ガイルが責任をもって手洗いしました。なお、楽を覚えた身体に久しぶりの重労働はなかなか堪えたようで、「なんでこんな量あるんだ?」とため息をついていたとか。




