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わらしべ聖女〜ただし、私の配役は藁(ワラ)のようです〜  作者: まめ まめみ
王国編

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安らぎの午後

「それでは、大変申し訳ないのですが。すぐ出立の準備を整えてください」

「しゅったつ……?」


 どうしよう。従者さんが何言ってるのか分かんない。


「? お聞きした限りだと、ノギさんはこちらに住まわれているのですよね? でしたら、荷物をまとめてください。このまま馬車に載せて向かいましょう」


 困っているノギを見て、説明を足してくれた。


(そっか、荷物!)


 ウッドリー様は、ガイルとなにやら書類を書いている。あれが終わったらすぐに帰っちゃうのかも。急がないと!


 とはいえ、準備に時間はかからない。ノギは休憩室をそのまま借りて住み込んでいたため、荷物らしい荷物はほとんどない。出かける元気も時間もなかったため、私物と呼べる物も増えていなかった。休憩室に置いてあるのは、支給された制服と、数枚の着替え。孤児院を出た日に持ってきた小さな袋。それだけだ。


「準備、できましたっ」


 全部をひとまとめにして店内へ戻ると、ちょうどウッドリー様たちの書類も書き終わったようだった。


「ではガイル君。これからよろしく頼むよ」

「は、はいっ。ありがとうございます」


 従者さんが店の扉を開けると、目の前には二台の馬車が待機していた。近くには、馬に乗った護衛の人たちが何人もいる。

 豪華な馬車には、ウッドリー様とネロリ様が乗り込んでいく。

 その後ろの馬車も立派だった。少し小さいけれど、この街では見たこともないような造りだ。


(これに乗って怒られない……?)


 思わず、自分の荷物と座席の布を見比べる。手に持っているのは、擦り切れてボロボロの麻袋。これから乗るのは、なんだか高そうな布製の座席。


(立っていれば大丈夫……?)


 「大丈夫ですよ。こちらは、荷物などを運ぶ馬車です。立っていると危ないので、座ってくださいね」


 どうやら、声に出していたらしい。ノギの後ろで、従者さんとメイドさんが笑っていた。



「お父様っ。あんな孤児を連れて帰ってどうなさいますのっ」


 馬車が動き出すと、ネロリは拗ねた声を上げながらウッドリーに寄り掛かった。


「連れて帰りはせんよ」


 わがままを言うネロリの頭を撫でながら、ウッドリーは苦笑して答える。


「どこか途中の店に預ける予定だ」

「そうですの?」


 ネロリは納得した顔をし、それからすぐに頬を赤く染めて微笑んだ。


「……あの方は、こちらへ来られませんの?」

「ガイル君かい?」

「そ、その。はい」


 もじもじする娘に、ウッドリーは思わず笑う。


「ネロリや。彼にはここで商売をしてもらう都合があるからね」

「そうですの……」

「新店舗を構えるまでに何度も視察には来る。その時は随行させよう」

「本当ですのっ?」


 ぱっと顔を輝かせる娘の姿に、ウッドリーは目を細めた。


 まったく。社交界で生き抜くには、この娘は表情が素直すぎる。

 だが、男爵家ならこのままでも良いではないかとも思う。そのせいで、自分も父もついつい甘やかしてしまうのだ。


(店に出入りするようになれば、高位貴族と顔を合わせる機会も増える。……しばらくは、あの青年に夢中になっていてもらうのも悪くないか)


 そう思いながら、遠ざかっていく小さな街を眺めた。


 その後ろの馬車では、ノギが荷物を抱えたまま座っていた。向かいには従者とメイドが座っている。二人とも、目が合うとふわりと微笑んでくれた。


 ガタゴトと、馬車が揺れる。

 初めて座ったふかふかの椅子と、大人からの優しい眼差し。先ほどまでの緊張感からの解放で、ノギの目はだんだん重くなってきてしまった。


(従者さん達しかいないし……少しだけなら……)


 そう思った瞬間、ノギの首がこくりと落ちた。


「……すぴー」


 あまりの早さに、メイドが目を丸くする。


「この子、寝てしまいましたね」


 従者が苦笑した。


「座ってそれほど経っていませんが。よほど疲れていたのでしょうね」


 ノギが働きだしてから初めての、安心して眠った時間だった。



 しばらくして、先頭を走っていた護衛が声を上げた。


「止まれっ!」


 街道脇の森から飛び出してきた複数の影を見て、護衛の顔色が変わる。


「野犬の群れ……?」


 一見して大きめの犬に見えた。だが、毛並みは黒ずみ、異常なほどヨダレを垂らしている。目は赤く濁っていた。


「魔獣だ!!」


 護衛たちの間に緊張が走る。


「馬車を守れ!」

「来るぞ!」


 剣を抜く音が重なった。


 その頃。


「すぴー……」


 ノギは麻袋を抱きしめたまま、ぐっすり眠っていた。

 外の様子を見ていたメイドが尋ねる。


「起こしますか?」

「いえ」


 従者は首を横に振った。


「必要ないでしょう」


 大声を出しながら魔獣をけん制する護衛たちの中から、一頭の馬が進み出る。


「くっ……数が多い!」


 護衛の一人が顔をしかめる。

 だが、前に出たその男は落ち着いた表情のまま馬を止めた。

 

 今回の視察には十人の護衛が同行していたが、白い外套を羽織っているのはその男だけだ。教会へ多額の寄付をして同行を願った、浄化の聖人である。


「下がっていてください」


 静かな声だった。ゆっくりと右手を前へ向ける。そして。


「消え去るがいい。不浄なるものよ」


 ゴゥッ!!!

 次の瞬間、白い炎が街道を埋め尽くした。


 魔獣たちは、断末魔を上げる事すら出来なかった。

 そのまま、焦げた紙片のようにホロホロと焼け崩れて、光の粒へと変わっていく。

 風にさらわれた粒は、白金のキラキラとした光を放ち、やがて溶けるように消えていった。


 前方の馬車からネロリが歓声を上げる。


「お父様っ! 綺麗ですわ!」

「あぁ、そうだね」

 

 窓から身を乗り出しそうな勢いに、ウッドリーは苦笑しながら頷いた。光の粒が舞う様は、まるで雪のようだった。


 後ろの馬車では、メイドが落ち着いた様子で呟いた。


「さすがですね」


 従者も当然のように頷いた。


「浄化の聖人様ですからね」


 ノギはと言うと。


 「すぴー……」


 まだ夢の中だった。



「そろそろ着きますよ」


 優しい声が肩を揺らす。


「ふぁ……」


 いつの間にか眠っていたようだ。ノギが目をこすりながら窓の外を確認すると、遠くに見知らぬ街並みが見えた。


「? 何かありました?」


 乗った時よりも、馬車の周りを走る護衛の人たちが近い気がする。


「いえ」

 従者が首を横に振る。


「特には」

 メイドも微笑んだ。


「そうですか」


 ノギは安心したようにへらっと笑うと、小さな欠伸をした。明るいうちに眠ったのは、いつぶりだろう。

ここまで読んで頂き、ありがとうございます。これにてクリーニング編は終了です。

次回更新まで、しばらくお時間をいただきます。更新再開まで10日前後を予定しております。

今後とも『わらしべ聖女』をよろしくお願いします。

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