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わらしべ聖女〜ただし、私の配役は藁(ワラ)のようです〜  作者: まめ まめみ
孤児院編

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8/20

孤児院を出た日

 翌朝。食堂に集まった子どもたちを見回しながら、院長先生が胸の前でポンッと手を打った。


「今日は、別の報告があります。今朝早く、司祭様が王都へ向かわれました。なんと昨夜、礼拝堂で御神託があったとのことで――」


「ごしんたくってなにー?」


「女神様からの大切なお知らせ、ですね。素晴らしい事なんですよ」


「なんで?」


 普段なら、適当なところで上手く話を誘導する院長先生が、今朝はずっとニコニコ付き合っている。へぇ、神託ってほんとにあるんだ。


「司祭様が不在の間、私が代理として礼拝堂と救護室に向かうことになります。何かあれば、そちらに来てくださいね」


 突然の院長先生の不在宣言に、誰も慌てることなく頷く。ただ、そこそこ大きいレオたちのような子ばかりではないので、


「いんちょーせんせ、いないの?」

「お隣の建物にいますよ。安心してください」

「なんで?」

「司祭様がいないと、浄化魔法を使える者がいなくなるからです」

「なんで?」


 幼児のなんでなんで口撃が始まったが、今日の院長先生はいつも以上に優しい。全部の質問に答えていた。

 


 食後の洗い物や掃除でバタバタしている時間がひと段落したあと。ノギは教会に面した通用口で、風にあたりながら休んでいた。


「もう初夏だなー」


 まだ朝の時間帯なのに、少しずつ空気があたたまってきている。今日は洗濯物がよく乾きそうだ。

 やわらかい日差しと、ワサワサと元気に茂ってきた木の葉っぱを眺めていたせいで、ノギは周りへの注意が抜けていた。


「いたいた。おはよう」


 それほど離れていない場所から、聞き慣れない声がして振り向くと、教会の横を通ってこちらに向かってくる男が見えた。


(うわっ、まだ院長先生に相談してないのに)


「おはよう、ございます」


「昨日の話は覚えてるかな?」


 うろたえるノギに構わず、男はにこやかに近づいてくる。そのまま「はいこれ、雇用契約書ね」と、一枚の紙を差し出してきた。


「名前は書ける?」


「はい。ここで習っているので」


 契約書をじっと見る。


一、甲は乙に対して、衣食住を保障する。

一、乙が、仕事について外部で話す事を禁じる。

一、乙は住み込み期間中、甲に無断で離職しない。

一、……


「あ、名前以外も読めたりする? それはね。住み込みの約束を守るよ、とか。仕事中に知った、お客さんの名前とか個人的な何かとか、そんな感じのを他人に言わないっていう契約書だよ」


 じっくり読むほどでもないよ、と男は軽い調子で言った。


 読んでもよく分からなかったし、まぁいいか。そう思ったノギは、渡されたペンで名前を書く。


「ノ、ギ――……っと」


 名前を書き終わると、紙の表面がほわっと光った。


「……わあ、きれ──」


 言い終わる前に、きゅうっと首を絞められた感じがした。


「!??」


 慌てて喉を触るが、何もない。


「あれ!? いま、何か……」


「あぁ、魔法契約が完了したんだよ。知らない?」


(魔法契約!?)


 初めて聞く言葉に戸惑うが、でも首が絞まった感覚を思い出してゾワっとした。


「えっ、やだっ。何??」


 もう一度さすってみても、やっぱり何もない。


「ははは、大丈夫だよ。未成年との契約はね、うっかり秘密を漏らすことが多いから、魔法で縛りを入れるんだ。『仕事のことを勝手にしゃべらない』ってね。大人になったら解除するから、心配しないでいいよ」


 涙目のノギをなだめるように、明るく声をかけてくる。でも、騙し討ちをされたようで全く信用ならない。


(最悪……! これ、どうしたらいいの!?)


 ジトッとした目で睨むノギを気にする素振りもなく、男は機嫌が良さそうにしながら、ノギが持っていた契約書を回収した。


「これでよし。孤児院の人に、挨拶に行こうか」


 ズンズンと孤児院に入って行こうとする男を押し留め、院長先生は礼拝堂だと伝える。


「また礼拝堂かー。オレ昨日も行ったんだよな。なんか変な女の声も聞いてさぁ」


「えっ、神託を聞いたんですか」


「神託? いやまぁ、あの時いたヤツらはみんな聞いたと思うよ」


 そんな会話をしながら、礼拝堂に向かう。


(あれ、普通に話せるんじゃん? もしかして、普通のことなのかな)


 ちょっと怖がりすぎたのかもしれない。そう考え直して、ノギは男の後をついていく。朝の礼拝堂には、仕事前に立ち寄った人がそこそこいた。


「おや、ノギ。どうしましたか」


「院長先生、実は――」


 仕事が決まりました。そう言おうとした瞬間、冷やりとした何かで首をきゅっと締められた感じがした。声が出ない。息はできるのに、言葉だけが喉の奥から出てこない。


(えっ何で! さっきまでは話せてたのに)


 焦るノギを隠すように、男がすっと前に出た。


「初めまして、オレはクリーニング店を営んでおります、ガイルと申します。ノギさんの雇用の件で、お話ができればと思いまして」


「まぁっ! ぜひ伺いたいです。教会へご案内しますので、こちらへどうぞ」


(院長先生、声が出ないよ!)


 訴えようとするが、困ったことに声が出ない。なんとかして伝えようとするノギを振り返ることなく、院長先生はウキウキと教会へ先導した。



「それで、お仕事というのは?」


「自分はクリーニング店を営んでおりまして。彼女には、住み込みで手伝っていただければと」


「まぁ、今日はなんて素晴らしい日なんでしょう! 良かったですね、ノギ」


 院長先生が、ようやくこっちを向いた。どうにか伝えようと、ノギは必至に目で訴える。


「ノギ? どうしました?」


 院長先生が眉を寄せる。必死に口を動かそうとしたが、やっぱり声が出ない。なんなら、口もほとんど動かない。


「……すみませんが、ノギの雇用契約書を見せていただいても?」


「いやいや、院長さん。個人の雇用契約の内容までは見せられないでしょう? ノギさんは、もう私と契約した。立派な社会人ですよ」


 ガイルはペラペラと都合のいいように話を続ける。


「大丈夫ですよ、ウチはただのクリーニング店です。いかがわしいお店じゃありません」


「そんな事を疑っているわけでは……! 気分を害されたなら申し訳ありません」


「いえいえ、良いんですよ。急な話ですからね」


 ガイルは肩をすくめて笑った。

 

「実は、オレにとっても急な事だったんですよ。昨日、礼拝堂で不思議な声を聞きましてね。『最初に見た者を大切に』だったかな。それが彼女だったんです」

 

「まぁ……!」


 院長先生の目が、驚きと感激で潤んでいる。


「それでは、やはり昨夜の御神託は本物だったのですね……!」


 うっとりと呟き、院長先生は両手を胸の前で組んだ。

 

「ノギ、良かったですね。女神様は、貴女を見ていてくださったのですよ」


(待って待って、院長先生ちがうよー!)


 必死に首を振るが、それが院長先生の目にどう映ったのか。ノギの不安は伝わっていないようだった。


「彼女も納得して契約してますから」


「ええ。どうか、ノギをよろしくお願いします」


 こうして、ノギの孤児院からの卒業は、あっという間に決まってしまった。


 

 その日のうちに、ノギはクリーニング店の店主、ガイルと一緒に孤児院を出ることになった。


 見送りに来た子どもたちが「がんばれー!」「働くのかっけー!」とはしゃいでいる。ノギは引きつった笑顔で手を振った。


 そのまま孤児院の門をくぐる。振り返ると、初夏の光の中で、孤児院の古い建物がやけに明るく見えた。


 ノギたちが孤児院を出たあと。朝の光にまぎれて、いくつもの小さな淡い光がふわふわと後を追いかけていった。葉っぱの影に隠れたり、くるくるまわったり。どこか楽しそうにチカチカ光るそれに、気づく者は誰もいなかった。

ここまで読んで頂き、ありがとうございます!

ノギに応援よろしくお願いします!

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