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わらしべ聖女〜ただし、私の配役は藁(ワラ)のようです〜  作者: まめ まめみ


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女神様が言うことには

 ぱしゃ、ぱしゃんっ。


 水をまくノギをしばらく見守っていた司祭は

 

「ノギ、一緒にお祈りに行きませんか」


 そう声をかけてきたが、ノギは少しだけ迷ってから、首を横に振った。


「このまま水まきしてます」


 司祭はそれ以上は言わず、小さく頷くと、背を向けて礼拝堂のほうに向かった。


 入り口の扉を静かに押す。

 夕方の礼拝堂には、昼の暑さが少しだけ残る、ゆるりとした空気が漂っていた。


 ゆっくりと扉を閉める司祭の背中に、ぱしゃり、という水の音が追いかけてきた。


(あの娘にも、良き道が開かれますよう)


 そう、司祭は祈った。



 司祭が入っていった礼拝堂の中には、まだ何人かの人が残っていた。そのうちの一人、その男は後ろの席にだらっと座っていた。


「はぁ〜……」


 小さくため息をつく。


 今日、店に持ち込まれた洗濯物は、どれもこれも汚れがひどかった。

 水も余計に使ったし、干す場所も足りない。


「手間ばっか増えて、金は増えねぇし……」


 ――なんか、楽に儲かるネタ、ねぇかなぁ。


 ぼんやり考えて目をつぶった、そのとき。


 ――ここを出て最初に出会ったものを大切になさい――


 ふっと、頭の中に声が響いた。

 やわらかくて、でも妙に耳に残る女の声。


「……は?」


 目を開ける。


 周りを見ても、誰かが話しかけてきた感じではない。

 だが礼拝堂の空気が、目をつぶる前とほんの少し変わっていた。


 ヒソヒソとささやき合う声。近くの夫婦が顔を見合わせて、小さく笑っている。


「あなたのこと、ってことかしらね」


「はは、そういうことか」


 はぁ? なんだそれ。


 いや、でも――


「最初に会ったやつ、ねぇ……?」


 首をかきながら立ち上がる。


(どうせなら、当たり引きてぇな)


 そんなことを考えながら、礼拝堂の外へ出た。


 夕方の空気が、少しだけ冷えている。


 ――ぱしゃんっ


 水の音がする方に目を向ける。最初に目に入ったのは、道に水をまいている小さな背中だった。


 手際は悪くない。シスターの服ではないし、おそらく、裏にある孤児院の子どもだ。――もう働けそうなくらいの、子ども。


「……あれか?」


 しばらく眺めたあと。

 男は、にやっと口元を歪めた。


「使えそうだよな」


 少し考えてから、軽く手を上げて声をかける。


「おーい。暑いのに大変だな。それ、ずっとやってるの?」


 ちらっと振り向いた少女に、笑いかけながらゆっくりと近づいていく。逃げられないように、少しずつ。

 

「へえ、水出せるんだ」


 また少し近づいて、手元を見る。


「それって、仕事な感じ?」


「……手伝いです」


 返事があったって事は、感触は悪くないんじゃないか?


「ふーん。いや、ちょうど人手が欲しかったんだよな。水を使えるやつ」


 腕を組んで、ジロジロと眺める。わらボウキみたいな髪の、貧相な子どもだと思ったが、正面から見ると悪くない。派手さはないが、キレイな緑色の目をしている。店番に置くにも、ほどよい見た目だ。


「うち来ない? 住み込みで。飯くらいは出すし」


「え。知らない人なので、ちょっと……」


「え、あー……そりゃそうか」


 ははは、と頭をかきながら笑って続ける。


「でもほら、悪い話じゃないって。こっちも困ってるし、そっちも仕事探してたりしない?」


「え。まぁ……」


「女神様のくれた縁ってやつだなー。ギルドで待ってても、そういうの来ねえだろ。住み込みって」


「……」


(ぐいぐい行きすぎたか? でも、ここで逃すのもアレだしな)


「いや、すまん。急すぎたわ。明日また来るから、考えておいてくれねぇ? クリーニング店やってるから、水出せるやつがいると助かる」


 そう言って、いったん引く事にする。


(あ、そうだ。魔法契約書も準備してぇな。逃げられても困るしな)



 礼拝堂の外で、そんな勧誘が行われていたのと同じころ。司祭は歓喜に打ち震え、しばらく礼拝堂から動けなかった。


「偉大なる女神、ヘスティア様よ……!」

 

 どれほど時間が過ぎたのか。いつの間にか、礼拝堂には誰もいなくなっていた。


 外では、日暮れを告げる鐘が鳴り響く。低く、大きく。

 

 その音の余韻を聴きながら、ゆっくりと扉を開けて外に出る。


 夕暮れから夕闇に変わる中、灯りのともる孤児院と教会の姿が見える。先ほどの奇跡を思い出し、そっと息を吐いた。


『ここを出て最初に出会ったものを大切になさい』

 

 孤児院と、教会。その灯りを、静かに見つめる。


「……ここを、大切に」


 小さく呟いて、再び目を閉じた。

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