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わらしべ聖女〜ただし、私の配役は藁(ワラ)のようです〜  作者: まめ まめみ


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6/6

教会か、それとも

 食堂へ続く廊下は、スープの匂いがふんわりと漂っていてほんのり暖かかった。

 ほっ、と息を吐く。気づかなかったけど、緊張していたみたいだ。


「ノギ姉ちゃーん! おっかえりぃっ!」


「ただいまー」


 後ろからバタバタと走ってきて、ノギの胸の高さほどを、いくつもの頭が通り過ぎていく。ノギはヒラヒラと手を振りながら、さっきの男の事を思い出していた。


 若くもないけど、そんなにオジサンでもなかったなぁ。普通にカッコよかったし。


 少しクシャッとした黒い髪に、腕まくりしたシャツから見えるのは、働いている大人の太い腕だった。


(あと、近づいた時、洗ったばかりの布の匂いがした。たぶんホントにクリーニング屋さん)


「ノギ」

 

 ぼんやりと歩いていたノギは、自分を呼ぶ穏やかな声に足を止めた。


「あ。院長先生」


「少し、いいですか」


 あっ! そうだ、アニーに「報告に行け」って言われてたんだった。たぶん怒ってはいない。でも、なんとなく気まずい。


「はい……」


 並んで廊下を歩く。

 窓の外では、薄い藍色の空に星が瞬き始めていた。


「シスター・アニーから聞きました。今日も、ギルドではよい仕事が見つからなかったそうですね」


「……はい」


 あー。やっぱり、その話か。

 ノギの唇の端が、自然と下がっていく。


 本当は、さっきの相談をしようかと思っていた。

 礼拝堂で知らない男に声をかけられたこと。でもそれは危ない人じゃなくて、住み込みで働かないかって誘いだったこと。そしてその男は、ノギの水魔法を当てにしているってこと。


 でも、気の毒そうにノギを見る院長先生の顔を見ていたら、言葉が引っ込んでしまった。


「ひとつ、話があります」


 隣を歩いていた院長先生が、足を止めてノギに身体を向けた。正面から、ノギの表情を読むようにじっと見つめてくる。


「教会からノギに、仕事の打診を頂きました」


「えっ」


「シスターではありません。掃除、洗濯などの下働きです。住み込みではありませんが、孤児院から通う形で、しばらく面倒を見ることも出来ます」


 教会で、下働き――?


「え。やだ」


 ぽろっと口から出してから、しまった、と口をふさいだ。院長先生に向かって言う言葉じゃない。

 

 ちらりと見ると、院長先生は眉を下げ、心配そうな目でこちらを見ていた。


「ノギ」


「……すいません」


 でも、だって。教会で働くって、それはつまり、ずっとこのままだ。水魔法だから仕方ないよねって顔をされて。ハズレだって思われたままで。なのにチビたちの事は押し付けられて。


 別に、チビたちが嫌いなわけじゃない。


 でもやっぱり嫌だ。


 貴族が毛嫌いする水魔法使い。

 火の女神様の教会で働く、水魔法使い。

 そんなのって、最下層、決定じゃん。


「いや、です。すいません……」


 院長先生は怒らなかった。

 ほぅっ、と小さく息を吐くと


「……そうですか」


 と、静かな声で答えた。


「ですが、現実問題としてほかに紹介できる仕事がありません」


 うつむくノギに、院長先生はゆっくりと声をかけた。

 その言葉に、胸の奥がズキッと痛む。


 分かってる。

 そんなの、分かってるよ。

 だから困ってるんじゃん。


 目を合わせたくなくて、うつむいたまま黙り込んだ。


 食堂からは、チビたちのお気楽な笑い声が聞こえてくる。


「もちろん、無理にとは言いません」


 院長先生は続ける。


「ですが、もし他に当てがないのであれば、落ち着いて考えてみて下さい。教会は、少なくとも危険な場所ではありませんよ」


「はい」


 小さく返事をする。


 確かに、教会で働くなら安全だし、安定した生活になるだろう。別に贅沢がしたいわけじゃない。


 あり寄りのあり、なんだと思う。でも。


(やだなぁ……)


 胸の奥が、もやもやする。


(でも、ほかに当て……)

 

 もう一度、夕方に会った男の事が頭に浮かぶ。

 クリーニングのお店だって言ってた。石鹸の匂いがして、汚れてない、よく洗ってある服を着ていた。

 ただ、なんかこう、嫌な感じもした。ぐいぐい来るし。笑ってたけど、なんか偉そうでちょっと怖かった。

 

 でも。


『うち来ない? 住み込みで』

『こっちも困ってるし』

『水出せるやつがいると助かる』


 その言葉が、頭から離れない。


(役に、立てるかもしれない)


 教会に残れば、たぶん安全だ。

 でも、ずっと“水魔法だから仕方ない”って顔をされ続ける気がする。


 男のほうは、なんか怪しい。

 でも、ちゃんと働けるかもしれない。


(どうしよう……)


 ノギは、むっつりと黙り込んだまま食堂へ向かって歩いていった。

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