ちょっとなら、役に立つのに
孤児院に戻ると、夕飯の支度の匂いがしていた。
「おかえり、ノギ。どうだった?」
シスターアニーが振り向く。
その顔は、心配そうで――なんとなく、もう答えを分かってる顔でもあった。
「……ダメだった。住み込み、なくて」
「ああ、そうよねぇ」
気の毒そうに頷く。
「水魔法だものね」
ぽつりと、続く。
――また、それ。
「生活で使う分には困らないけど、お仕事となると、難しいよね」
「……うん、そう」
それ、もう聞いたし。
ふぃっと横を向いて、後ろでひとくくりにした髪を引き寄せる。指に引っかかった髪はワラみたいで、ゴワゴワしていた。
「無理に急がなくてもいいのよ。まだ少し時間はあるし」
優しい声に、黙って頷く。でも嬉しくない。
ここにいられるのは、『あと少し』だって。
……わかってるよ。
「院長先生には、ノギが報告しておいてね」
「はーい」
返事はしたけど、足はそっちに向かなかった。
今は、ちょっと、行きたくない。
廊下の窓に寄りかかって、外を見る。
夕焼けの色が、なんか中途半端で。
じわりと不安がにじんできた。
……どうしよう。
考えようとして、やめる。
視線を下げると、礼拝堂の屋根が見えた。
「神頼みでも、するかー」
口に出してみて、ちょっとだけ変な感じがした。
火の女神様に?
でも、他にやることも思いつかないし。
足がそっちに向いた。
礼拝堂へ続く道は、まだ昼の熱が残っていた。
「おや、ノギ」
入口の手前で、司祭様がほうきを持って立っている。
「お帰りなさい。今日はどうでしたか」
「まあまあでした」
曖昧に笑うと、司祭様はそれ以上は聞かなかった。
代わりに、足元を見る。
「もしよければ、少し手伝ってもらえませんか」
そう言って、近くに置いていた桶を軽く持ち上げた。
「この道に、打ち水をしたくて。今日は少し、暑かったでしょう」
中の水が、ゆら、と揺れる。
「……はい。やります」
桶を受け取ると、手の中で、水の気配がなじむ。
柄杓ですくって、ぱしゃ、と道にまく。
乾いた地面が、じわりと色を変えた。
「助かります」
司祭様の声を背中で聞きながら、もう一度、水をまく。
ぱしゃんっ。
ぱしゃんっ。
ちょっとなら、役に立つのに。




