ちょっとなら、役に立つのに
ギィ、と孤児院の木扉を開けると、出る時にはひんやりしていた玄関には、夕飯のふんわりとした温かい匂いが漂っていた。長く続く廊下は窓から西陽が差し込み、反対側に並ぶ子ども部屋の扉をオレンジ色に照らしていた。
「おかえり、ノギ。どうだった?」
「ただいま、シスター・アニー」
子ども部屋のひとつから、シスターアニーが出てきた。
その顔は、心配そうで。でも、なんとなく、もう答えを分かってる顔でもあった。
「……ダメだった。住み込み、なくて」
「ああ、そうよねぇ」
頰に手を当てて、気の毒そうに頷く。
「水魔法だものね」
悪気なく、ぽつりと続く言葉。
――また、それだ。
「生活で使う分には困らないけど、お仕事となると、難しいよね」
「うん、そう」
それ、もう聞いたし。
ふぃっと横を向いて、後ろでひとくくりにした髪を引き寄せる。指に引っかかった髪はワラみたいで、ゴワゴワしていた。
「無理に急がなくてもいいのよ。まだ少し時間はあるし」
優しい声に、黙って頷くけど。でも嬉しくない。
ここにいられるのは、『あと少し』だって。
……わかってるよ。
「院長先生には、ノギが報告しておいてね」
「はーい」
返事はしたけど、足はそっちに向かなかった。
今は、ちょっと、行きたくない。
廊下の窓に寄りかかって、外を見る。夕焼けの色が、なんか中途半端で、じわりと不安がにじんできた。
……どうしよう。
考えようとして、やめる。
視線を下げると、礼拝堂の屋根が見えた。
「神頼みでも、するかー」
口に出してみて、ちょっとだけ変な感じがした。水魔法使いが? 火の女神様に?
でも、他にやることも思いつかないし。帰ってきたばかりの孤児院から出て、教会の横を通って礼拝堂に向かう。
礼拝堂へ続く道は、まだ昼の熱が残っていた。
「おや、ノギ」
入口の手前では、司祭様が砂をホウキで掃いている最中だった。
「お帰りなさい。今日はどうでしたか」
「まあまあでした」
曖昧に笑うと、司祭様はそれ以上は聞かなかった。
代わりに、足元を見る。
「もしよければ、少し手伝ってもらえませんか」
そう言って、近くに置いていた桶を軽く持ち上げる。
「この道に、打ち水をしたくて。今日は少し、暑かったでしょう」
中の水が、ゆら、と揺れる。
「……はい。やります」
桶を受け取ると、手の中で、水の気配がなじむ。
柄杓ですくって、ぱしゃ、と道にまく。
乾いた地面が、じわりと色を変えた。
「助かります」
司祭様の声を背中で聞きながら、もう一度、水をまく。
ぱしゃんっ。
ぱしゃんっ。
水だって、ちょっとなら、役に立つのに。




