行き場のない、十五歳
昼食のあと、チビたちは一斉に昼寝に入った。
静まり返った厨房で、食器を片付けていると
「ノギ」
シスターアニーがひょっこり顔を出した。
「何? アニー」
「シスター・アニー、ね。院長先生が呼んでるよ」
「ふぅん?」
アニーは数年前からシスターとして働いているが、年齢がノギと数年しか変わらないため、つい気安い話し方をしてしまう。
「ほら、片付けは私がやるから。行っておいで」
「はぁい。ありがとー」
なんだろう。午前中の清掃は、特に問題なかったはず。チビたちも、少し遊んじゃったけど怒られるほどじゃないし。他に、何かあったかなぁ。
あれこれ考えながら、ひんやりとした石造りの廊下を進む。こじんまりした孤児院なので、あっという間に院長室の前まで来てしまった。
「失礼します。ノギ、来ましたぁ…」
恐る恐る部屋に入った私を、小柄な人影が迎えてくれた。この道何十年のベテラン院長先生。今年で六十歳になる彼女は、目尻に深い笑いジワを作って優しく微笑みかけてきた。
「ノギ、これからの事について話をしましょう」
院長先生は、いつもと同じ落ち着いた声で話し始めた。だけど、続く言葉はなかなかにシビアだった。
「具体的には、仕事の話です。見つかりましたか?」
直球の質問に、うぐっ、と思わず喉が詰まる。
「いえ……まだ、です……」
院長先生は穏やかな表情を崩さなかったけれど、困ったように視線を斜め下へと落とした。その小さな肩が、小さくため息を漏らしたように見えた。
「規則です。この孤児院で面倒を見られるのは、十五歳まで。そろそろ、次を考えなければなりません」
少しだけ言葉を選んでから続ける。
「仕事の紹介をしてあげられたら良いのですが。今は、募集が来ていません。街のギルドで探してみなさい」
「……はい」
今は、というか。募集なんて、ずっと来てないよ。自分で見つけなきゃなぁ。
ギルドには先週も聞きに行ったけど、仕事、見つかるかな。
◇
孤児院を出て、街へ向かう。
パン屋から漂う、焼きたての美味しそうな匂いを嗅ぎながら、店の前に積んである木箱で日向ぼっこしている黒猫をポンッとなでる。ゴツゴツした石畳の道を行き交う人にぶつからないように進む。いつもと同じ景色。先週と同じ。……いや、今日は、仕事が見つかるかもしれないし。
小さくそう思って、ノロノロと進む。
ギルドの古ぼけた木扉をギィ、とゆっくり押し開けると、ざわざわと雑多な音が聞こえてきた。
大人たちに混じって列に並んで、じっと順番を待つこと数十分。
「あのっ。すみません、仕事を探していて。住み込みでっ」
勢い込んでカウンターに手をつくと、窓口の女性が、ノギの顔を見て、目をぱちくりと開いた。
「あら? ええと、ノギちゃんだったわね」
手元の書類をめくる。一枚、また一枚。
やがて、申し訳なさそうに顔を上げた。
「うーん、今日も来てないわ」
「そう、ですか」
「あっ。あのね、通いなら、いくつか見つけておいたの。これとか、女の子でも出来ると思うわ」
「住み込みは、出来ませんか」
女性は少しだけ困った顔をする。
「ごめんなさいね。女の子の住み込みって、なかなか無いのよ。男の人ばっかりの大部屋とか、あり得ないし」
「……あ、はい」
やっぱり、なかった。
会話が途切れて、少しだけ間が空く。
隣の窓口で、カラン、カラーン! と鐘が鳴った。
「臨時クエストで〜す! ギルドの裏手で、魔獣の皮洗いの手伝い募集! 今日の飲み代稼ぎにちょうど良いよ〜」
明るい声が響く。
ギルドの中が、飲み代だってよ。お前行ってこいよ。とガヤガヤし始めた。
「やりますっ!」
ノギは、沈む気持ちをなんとかしたくて、思わず手を挙げていた。
◇
裏手に回ると、水の匂いに少しだけ獣臭がまざった、しっとりした空気の広場があった。
「はいはい、お手伝いさん?」
腕まくりしたおばちゃんが、おいでおいでと手招きする。大きな桶の横っ面をポンっと叩き、「水、出せる?」と聞いてきた。
「少しだけなら」
おずおずと答えると、おばちゃんはニカッと笑った。
「やった、助かる! じゃあ、ここに皮入れるから。あんたは、ざーっと水をためて」
言われた通りに手をかざす。
ざざざ、と水が満ちる。
「おっ、いいじゃない。速い速い。慣れてるの?」
「ちょっとだけ」
褒められて、ほんの少しだけ口元がゆるむ。もやもやとした気持ちが、少しだけ軽くなる。
「でもまぁ、これくらい出来てもねぇ」
……あ、やっぱダメかも。
「ねぇ。私たちも若い頃から、こうやって水を使ってんのよ」
隣の人が笑いながら、水桶に水流を起こして、グルグルと何かを洗っている。
「でもさー、お仕事となるとハズレなのよねぇ」
「え」
「ほら、お貴族様とかさっ。住み込みメイドとかあるでしょ?」
「そう、ですね?」
だよね。窓口では無かったけど。
「浄化の女神様って火でしょ。だから、ねぇ。あたしらみたいな水魔法使いは、お呼びじゃ、無いっ」
言いながら、水を吸って重たくなった獣皮をふんっと持ち上げて、隣の桶に移す。またざぶざぶと洗うと、魔獣の血が滲み出てきた。やれやれ。と肩をすくめながら、おばちゃんは続ける。
「女神様に仇なすワケでも無いのにねぇ」
「ねー。毛嫌いしちゃってねぇ」
ざぶざぶと皮を洗う音に、笑い声が混ざる。
「ハズレよねぇ〜」
「あっはは。嫌だ、何回も言わないでよ〜」
(ハズレ……毛嫌いされる魔法……)
そんなつもりじゃないんだろうけど。なんか、ちょっと。
軽い調子で流れていく会話を聞きながら、ノギは桶のヘリをぎゅっと握った。
「すいませーん。これも洗い、お願いしまーす」
声と一緒に、ノギの横に重たい皮がどさっと置かれた。
「あれ? ノギ?」
顔を上げる。
「カイ」
幼馴染が、驚いた顔でこっちを見ていた。
後ろにいるのは、たぶんカイの仲間たち。
「何やってんの? ノギも冒険者になったのか?」
「ううん、仕事探し」
「へー、水魔法使いなの?」「仕事探し中?」
後ろの仲間たちが反応して、近づいてきた。
あ、これ。もしかして、いけるかも?
「あんた達、水魔法もバカにしたもんじゃないよ!」
「そうそう! 飲み水なんて、冒険の死活問題でしょ?」
一緒に洗い物をしていたおばちゃん達が、援護とばかりに声を上げてくれる。
あぁ、でも待って。私の魔法は――
「あのっ、私のは、飲み水には使えないみたいで」
私の出した水は、そのまま飲むとお腹を壊してしまう。煮沸すれば、飲めなくはないんだけど。水魔法使いの中でも、ちょっと使い勝手が悪いというか。
そんなだから、一瞬で場が静かになってしまった。
「あー……。ごめん。ノギ――」
「えっ、ごめんよ、あたしもそんなつもりじゃ――」
「大丈夫!!」
思ったより大きい声が出た。
「それに、私、冒険者とか体力ないし無理だよ! 大丈夫!」
その後は、なんとなく気まずい雰囲気の中、洗い場の手伝いをこなして終わった。
「またな!」
軽く手を振られて、カイの背中が遠ざかっていく。
……まぁ、そうだよね。
分かってたし。
……やっぱり、見つからなかったなー。仕事。
まだまだ明るい時間だ。街を歩く人たちはみんな、それぞれ行く場所があって、しっかり歩いているように見える。
自分の手を、少しだけ見る。
手のひらに水を出す。指のすき間からチョロチョロこぼれて、石畳に染みを作っていく水をしばらく眺めて。
「……帰ろ」
帰る場所は、まだある。今のところは。
院長先生に、なんて言おうかなぁ……。




