行き場のない、十五歳
昼食のあと、チビたちは一斉に昼寝に入った。
静まり返った厨房で、食器を片付けていると――
「ノギ」
シスターアニーがひょっこり顔を出した。
「何? アニー」
「シスター・アニー、ね。院長先生が呼んでるよ」
「ふぅん?」
手を拭いて、院長室へ向かった。
◇
「ノギ、これからの事について話をしましょう」
院長先生は、いつもと同じ穏やかな顔で話し始めた。
「具体的には、仕事の話です。見つかりましたか?」
直球の質問に、ぐっと喉が詰まった感じがした。
「いえ……まだ、です……」
院長先生は、穏やかな表情のままだが、視線を斜め下に向けた。
「規則です。この孤児院で面倒を見られるのは、十五歳まで。そろそろ、次を考えなければなりません」
少しだけ言葉を選んでから続ける。
「仕事の紹介をしてあげられたら良いのですが。今は、募集が来ていません。街のギルドで探してみなさい」
「……はい」
今は、というか。先週も聞きに行ったよ。
見つかるかなぁ、仕事。
◇
孤児院を出て、街へ向かう。
石畳の道、パンの匂い、行き交う人。
いつもと同じ景色。先週と同じ。
……今日は、あるかもしれないし。
小さくそう思って、ノロノロと進む。
ギルドの扉をゆっくり押し開けると、ざわりとした空気に包まれた。
大人たちに混じって列に並んで、じっと順番を待つこと数十分。
「あのっ。すみません、仕事を探していて。住み込みでっ」
窓口の女性が、ノギの顔を見て、目をぱちくりと開いた。
「あら? ええと、ノギちゃんだったわね」
手元の書類をめくる。一枚、また一枚。
やがて、申し訳なさそうに顔を上げた。
「うーん、今日も来てないわ」
「そう、ですか」
「あっ。あのね、通いなら、いくつか見つけておいたの。これとか、女の子でも出来ると思うわ」
「住み込みは、出来ませんか」
女性は少しだけ困った顔をする。
「ごめんなさいね。女の子の住み込みって、なかなか無いのよ。男の人ばっかりの大部屋とか、あり得ないし」
「……あ、はい」
やっぱり、なかった。
会話が途切れて、少しだけ間が空く。
隣の窓口で、カラン、カラーン! と鐘が鳴った。
「臨時クエストで〜す! ギルドの裏手で、魔獣の皮洗いの手伝い募集! 今日の飲み代稼ぎにちょうど良いよ〜」
明るい声が響く。
ギルドの中が、飲み代だってよ。お前行ってこいよ。とガヤガヤし始めた。
「やりますっ!」
ノギは、沈む気持ちをなんとかしたくて、思わず手を挙げていた。
◇
裏手に回ると、水の匂いに少しだけ獣臭がまざった、しっとりした空気の広場があった。
「はいはい、お手伝いさん?」
腕まくりしたおばちゃんが、おいでおいでと手招きする。大きな桶の横っ面をポンっと叩き、「水、出せる?」と聞いてきた。
「少しだけなら」
おずおずと答えると、おばちゃんはニカッと笑った。
「やった、助かる! じゃあ、ここに皮入れるから。あんたは、ざーっと流して」
言われた通りに手をかざす。
ざざざ、と水が満ちる。
「おっ、いいじゃない。速い速い。慣れてるの?」
「ちょっとだけ」
ほんの少しだけ、胸が軽くなる。
「でもまぁ、これくらい出来てもねぇ」
……あ、やっぱダメかも。
「ねぇ。私たちも若い頃から、こうやって使ってんのよ」
隣の人が笑いながら、水桶に水流を起こして、グルグルと何かを洗っている。
「でもさー、お仕事となるとハズレなのよねぇ」
「え」
「ほら、お貴族様とかさっ。住み込みメイドとかあるでしょ?」
「そう、ですね?」
だよね。窓口では無かったけど。
「浄化の女神様って火でしょ。だから、ねぇ。あたしらみたいな水魔法使いは、お呼びじゃ、無いっ」
言いながら、水を吸って重たくなった獣皮をふんっと持ち上げて、隣の桶に移す。またざぶざぶと洗うと、魔獣の血が滲み出てきた。やれやれ。と肩をすくめながら、おばちゃんは続ける。
「女神様に仇なすワケでも無いのにねぇ」
「ねー。毛嫌いしちゃってねぇ」
ざぶざぶと皮を洗う音に、笑い声が混ざる。
「ハズレよねぇ〜」
「あっはは。嫌だ、何回も言わないでよ〜」
(ハズレ……毛嫌いされる魔法……)
そんなつもりじゃないんだろうけど。なんか、ちょっと。
軽い調子で流れていく会話を聞きながら、ノギは桶のヘリをぎゅっと握った。
「すいませーん。これも洗い、お願いしまーす」
声と一緒に、ノギの横に重たい皮がどさっと置かれた。
「あれ? ノギ?」
顔を上げる。
「カイル」
幼馴染が、驚いた顔でこっちを見ていた。
後ろにいるのは、たぶんカイルの仲間たち。
「何やってんの? ノギも冒険者になったのか?」
「ううん、仕事探し」
「へー、水魔法使いなの?」「仕事探し中?」
後ろの仲間たちが反応して、近づいてきた。
あ、これ。もしかして、いけるかも?
「あんた達、水魔法もバカにしたもんじゃないよ!」
「そうそう! 飲み水なんて、冒険の死活問題でしょ?」
一緒に洗い物をしていたおばちゃん達が、援護とばかりに声を上げてくれる。
あぁ、でも待って。私の魔法は――
「あのっ、私のは、飲み水には使えないみたいで」
一瞬で、場が静かになってしまった。
「あー……。ごめん。ノギ――」
「えっ、ごめんよ、あたしもそんなつもりじゃ――」
「大丈夫!!」
思ったより大きい声が出た。
「それに、私、冒険者とか体力ないし無理だよ! 大丈夫!」
その後は、なんとなく気まずい雰囲気の中、洗い場の手伝いをこなして終わった。
「またな!」
軽く手を振られて、カイルの背中が遠ざかっていく。
……まぁ、そうだよね。
分かってたし。
……やっぱり、見つからなかったなー。仕事。
まだまだ明るい時間だ。
人も多い。
みんな、それぞれ行く場所があるみたいに歩いてる。
自分の手を、少しだけ見る。
手のひらに水を出す。指のすき間からチョロチョロこぼれて、地面に染み込む水をしばらく眺めて。
「……帰ろ」
帰る場所は、まだある。
今のところは。
院長先生に、なんて言おうかなぁ……。




