ああいうのじゃないし
「ノギ姉ちゃーん! 桶に水出して〜」
「はーい。ちょっと待ってー」
呼ばれて振り返ると、空っぽの桶を抱えた子どもたちが、ずらりと並んでいる。はいはい、と順番に手をかざしていくと、ちゃぽん、ちゃぽんと水が満ちていった。
――これが、私の魔法。
桶に水を満たす。それだけ。
井戸まで行けばすむけど、こうして呼ばれるくらいには、まぁ役に立つ。
「あーあ。ノギ姉ちゃんが浄化魔法も使えたらさー、水捨てなくていいのに」
「だったら、井戸まで水汲みに行ってきな」
「わー、うそうそ。ゴメンって!」
けらけら笑いながら謝るチビたちに、ちょっとだけ口を尖らせる。
……別に、いいけど。
孤児院での暮らしは、だいたい三つ。勉強と、自由時間と、それから奉仕。
奉仕は、畑を手伝ったり、洗濯したり、掃除したり。教会も同じ敷地にあるから、教会の掃除に呼ばれることが1番多いと思う。
「だいたい、浄化魔法が使えたら、こんなことしてないからね」
「だよなー」
みんなで、うんうんとうなずく。
そして、同時に――廊下の奥をちらっと見る。
「……うわぁああー!! 腕が! おれの腕がぁああ!!」
養護室の扉の向こうから、悲鳴が響く。
びくっとして、思わずチビたちとくっついた。
少し前に駆け込んできた冒険者たち。そのうちの一人が、石化の呪いにかかったらしい。扉の隙間から見えた腕は、指先からひじまで、灰色に固まり始めていた。ちょっと――いや、だいぶ怖い。
カツ、カツ、と規則正しい足音が近づく。
「司祭様だ」
誰かがヒソヒソと話す。
扉が開いて、中へ入っていく背中。ゆったりとした足取りで、怯える男の前に立つと、優しく手をかざして――
ボボゥッ!!!
「ギャーーーーーッ!!」
炎が上がった。
「し、司祭様っ!?」
「大丈夫ですよ。すぐ終わります」
にこやかな声と、燃え上がる炎。
こっわ……。
見ているこっちのほうがひやっとするけど、しばらくすると、ふっと火は消えて――
「……あれ?」
さっきまで叫んでいた男が、ぽかんとして自分の腕を見ていた。
元通りだ。
「……っ、あぁ女神様……! 司祭様、この奇跡に感謝を……!!」
「良かった、良かったなー!!」
仲間たちが泣きながら肩を叩いて、養護室の中は一気に騒がしくなる。
すご……。
「やっぱカッコいーよな、浄化魔法」
「いや説明ゼロで燃やすの怖くない?」
「そこがいいんだよ! あー、俺も使えたらなぁ!」
チビの一人が、ぐっと拳を握る。
「焼き払え! 浄化の炎!」
ばっ、と手を広げるけど――もちろん、何も起きない。
「えー! おれ魔獣役やだー!」
「消え去るがいい、不浄のモノよ!」
「やだってば! ばかー!」
「はいはい、そこまで。掃除終わらせるよー」
騒がしいのをなだめながら、床を拭く。
濡れた布で拭けば、汚れはちゃんと落ちる。
時間はかかるけど、やればきれいになる。
……まぁ、それでいいか。
ああいうのは、特別だし。
聖女とか、聖人とか。
女神の祝福を受けた、選ばれた人たち。
教会の司祭様も聖人だ。
「ノギ姉ちゃんも、なればいいじゃん。聖女」
「えー、やだよ」
思わず笑ってしまう。
「なんか、こわいし」
「えー!」
「それに、私ああいうのじゃないし」
ちょっとだけ言葉に詰まって、布をぎゅっと絞る。
「……ちゃんと住むとこがあれば、それでいいって」
うん、まぁ、たぶん。
どこかで働いて、ちゃんとやっていければ――それで。
魔法は、「少しは使える」って人が割といる。
灯りをつけたり、風をおこしたり、水を出したり。
……まぁ、便利だよね。
でも、その中でも火の魔法だけは違う。
火の魔法使いの中にときどき現れる、“特別な力”。
呪いや瘴気を焼き払い、すべてを浄化する奇跡の炎。
“女神の祝福”とか呼ばれて、聖女とか聖人とかになって。
……さっきみたいに、人を助けて。
床を拭く手を止めて、さっきのことを思い出す。
燃えて、消えて、元通り。
すごいな、とは思う。
ああいうのが、“役に立つ魔法”なんだろうな。
桶の水面を、指先でちょん、とつつく。
小さな波紋が広がって、すぐに消えた。
ぱん、と軽く手を打つ。
「ほら、掃除終わらせるよ! お昼までに帰らないと、シスターアニーに怒られるよ」




