布から馬⑦ちぐはぐな令嬢教育
積もった違和感を隠しながら警戒して過ごしていた、ある日の朝。
いつものように無言の着替えタイムが終わり、ノギは大きな鏡台の前に座ったままになっていた。ノギの身支度を終えた使用人たちは、もう部屋を下がっている。
繊細な彫刻がほどこされた鏡には、令嬢姿の自分が映っている。ミアお姉様が「蜂蜜のよう」と言ってくれた金髪に、薄緑色の瞳。わらボウキみたいだったギシギシした髪の毛が、今ではふわふわと波打っていて、未だに見慣れない。着付けられたドレスも、レースがたくさんで布も透けていたり重なっていたり、とにかく高そうだし着慣れない。
「シュトリア様」
鏡台の前に放置された私に侍女長が声をかけてきた。
「本日のご予定ですが、朝食後にマナー講義。休憩を挟んで、お嬢様による実習がございますので、ダンスホールに移動して頂きます。午後は、ご自由にお過ごしください」
「わかりましたわ」
ちなみに、この場合の『お嬢様』はミアお姉様の事だ。私の事は『シュトリア様』と呼ぶか、そもそも呼ばないかだ。
◇
「なぁんか、チグハグなんだよなぁ」
そうつぶやくと、ミアお姉様が首を傾けた。
「ちぐはぐ、とは?」
「ええと、ミアお姉様。私は――」
「わたくしは」
「……わたくしは。お父様の庶子。つまり、この家の汚点でございましょう?」
「!! そのような事を言う者がいたら、わたくしの前に連れておいでなさい!」
……。
お姉様のキレイな瞳と見つめ合う。
朝日を反射する海は、きっとこんな風に澄んだ青色なんだろうな。
……いやいや、そうではなくて。話を進めよう。
「あのですね。汚点として嫌っているにしては丁寧で、令嬢として扱うにしては雑ではないですか?」
「『ちぐはぐ』というのは、一貫性がないという事かしら?」
「もしかして、チグハグという単語について聞いていらっしゃいましたか?」
二人して「あれ?」という顔になり、ダンスホールの真ん中でまた見つめ合う。壁に取り付けられた大きな鏡には、同じ向きに首を傾げた二人が映っている。
「……こほん。そう言われてみれば、そうですわねぇ」
(ミアお姉様は、少し天然というやつかも知れない)
ノギは苦笑しながら、ぎこちなく膝を折った。
「ノギには言葉遣いや姿勢、歴史は教えておりますのに、カーテシーやダンスのレッスンはありませんし――ノギ、目線はもう少し前に」
そのカーテシーは、習っていないと聞くや「わたくしが教えて差し上げますわ!」とミアお姉様が教えてくれることになった。
本当はダンスも教えたいらしい。けれど、カーテシーすら出来ない令嬢にダンスを申し込む者はいないだろう。カーテシーの練習で行き詰まっている。
「デビュタントにダンスは必須。ノギはもう16歳になりますし、急いだ方がよろしいのに。――ノギ、もっと腰を落としなさい。きっとお父様は、何かお考えなのでしょうね」
そう自分に言い聞かせるようにつぶやきながらも、指導はスパルタだ。ミアお姉様は、高い窓から入り込む自然光の暑さを気にもせず、みっちり1時間もレッスンを続けた。レッスンが終わったのも、執事がミアお姉様を呼びに来たからだ。そうでなければ、まだ続いていたかもしれない。
お姉様はこのあと、招待されているお茶会の準備があるのだそうだ。体力あるなぁ。
誰もいなくなったホールの床へ、大の字に倒れ込む。真上には抽象的な天井画が広がっていた。
……光? あ、太陽? まぁ絵に興味はないんだけど。
起き上がろうとすると、足がプルプル震える。まだしばらくは動けそうになかった。
(起き上がるの、しんどい……)
◇
その日の夜。ふかふかのベッドに沈み込むように寝転がりながら、ノギは天井を見上げた。
ミアお姉様から見ても、私への教育はどこかおかしい。
使用人たちは丁寧だけれど、ずいぶん距離を置く。
私をここに連れてきた公爵様は無関心で、公爵夫人には一度も会っていない。
それなのに、毎日の食事は素晴らしいものが用意され、立派なドレスを着せられる。言葉遣いや歴史まで、きちんと教えられる。
(……変なの)
やはり家族として迎えられたわけではないようだ。
まぁ、それは別にいい。そもそもノギは、自分が公爵の娘だなんて信じていない。
(じゃあ)
ゆっくりと目を閉じた。
(私は、何のために、ここへ連れて来られたんだろう)




