布から馬③裏庭の庭師
「正面玄関の近くや応接室など、外部の方とお会いになる可能性の高い場所はお控え下さいませ。それと、執務室やお嬢様のお部屋なども——」
侍女長は、入ってはいけない場所を次々と並べ始めた。待って待って、覚えきれないから。それに、お屋敷探検をするつもりはない。
「あの、大丈夫です」
思わず手を上げる。
「部屋から見えていた庭を、一度歩いてみたかっただけですので」
「裏庭でございますか?」
ノギの部屋から見えていた庭は、裏庭らしい。
確かに、晴れている日には使用人たちが何枚ものシーツを干しているし、森に近い場所には小さな作業小屋も見える。
そして、そこには時折ひとりの老人が出入りしていた。
「あちらでしたら問題ございません」
侍女長は頷き、それから少し困ったような顔をした。
「ただ、この季節は冷えますので……」
唐突に外に行ってみたいと口にしたノギだったが、侍女長は否とは言わなかった。
「一度お部屋にお戻りくださいませ」
首をかしげつつ言われたとおりに待っていると、しばらくしてシンプルで動きやすそうなドレスと分厚いマント、それからブーツが届けられた。
「マントとブーツは侍女用の物ですので、本来はノギ様にお貸しするような品ではないのですが」
「いいです、いいです! ありがとうございます」
嬉しくなって頭を下げる。
ばふっとマントを羽織ると、ドレスはすっかり隠れてしまった。
案内するという侍女長をどうにか断って、道順だけを教わると、さっそく裏口へ向かって歩き出した。
作業小屋に出入りしているお爺さん。その周りには、遠目にも分かるくらい、いくつも妖精が集まっていた。
公爵家というよく分からない環境に放り込まれ、誰とも関わるつもりがないノギだったが。
(あんなに妖精をくっつけている人、初めて見た。話してみたい——!)
長い廊下を進み、裏庭へ続く扉をギイッと押し開けると。
「おっと」
低い声が降ってきた。
見上げると、そこには目的の人物がいた。
もじゃもじゃの茶色い髪と、同じくらい立派な髭のお爺さん。鍬や鋏を握り続けてきたのだろう。扉を押さえるゴツゴツとした手には土が染み込んでいたけれど、不潔な印象はない。
(うわぁ。絵本に出てきた森の門番みたい)
「なんじゃ、こんな寒い日に。薪が足らなくなったか?」
お爺さんは、薪を積んだソリを引っ張って来たところだった。薪にも髭にも、妖精がしがみついている。
『重たーい!』
『運べなーい!』
『あはは、ブランコ~』
(やっぱり妖精だったんだ)
窓から見えた金色のキラキラは見間違いではなかったらしい。
「あの、その薪に——」
「もう少し待て。今いつもんトコに運ぶから」
そう言いながら、よっこいしょと薪の束を抱え上げた。
「すまんが、そのまま扉をおさえててくれんか」
「あ、はい」
そうして、扉を開けたり閉めたり、妖精に気を取られながら薪運びを手伝っていた。
「ふーっ、やれやれ」
最後の束を運び終えると、お爺さんは大きく息を吐いた。
「ありがとよ。何か用事を邪魔しちまったかい」
「いえいえ、大丈夫です」
「そうかい。ところで、ワシはただの庭師だ。かしこまった言葉遣いはせんでええ」
「庭師様でしたか」
「ぶはっ!」
庭師のお爺さんは腹を抱えた。
「なんじゃ、庭師様って!」
皺だらけの顔をくしゃりと崩し、わははっ! と豪快な笑い声を響かせる。
『わははー!』
『わし様ー!』
この屋敷で妖精を見かけるのは、いつも庭師のお爺さんの周りだけだった。林縁の庭でキラキラと光る様子を、静かな部屋の中から眺めていたのだ。
久しぶりの妖精たちの賑やかさに、なんだか少しホッとする。
「こんにちは。初めまして」
思わず妖精たちに向かって声をかけると、お爺さんが変な顔をした。
「お、おう……? 初めまして」
戸惑ったまま返事をしてくる。
『初めまして!』
『あっ! この子、見えてるよ!』
『わぁっ。久しぶりに——』
「なんじゃ、丁寧にされるとなんだか照れるのう」
お爺さんがぽりぽりと頭をかいた。
周りでは、妖精たちが一斉に飛びまわり始めた。
(あ、あれ?)
ノギは瞬きをした。
お爺さんの顔の前で、金色の粉を散らしながら飛ぶ妖精たち。かなりまぶしいと思うんだけど……。
「むぅ。雪の中から急にお屋敷の中に入ったからか、目がチカチカするのぅ」
庭師様はそう言って、目頭をギュッと押さえた。
この人、もしかして……妖精が見えてない? こんなにいっぱい、くっついているのに?




