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わらしべ聖女〜ただし、私の配役は藁(ワラ)のようです〜  作者: まめ まめみ
王国編

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布から馬①静かな朝と白い部屋

 そんな、少し前の暮らしを夢に見た。

 ゆっくりと目を開ける。豪華な寝室。静かな朝。


 あの頃と同じように部屋が薄暗いのは、まだ早朝だからだ。早起きは孤児院で暮らしていた頃からの習慣だった。


 分厚いカーテンを開けると、ひんやりした空気が顔に当たった。日が昇る前の空は、淡い藍色と灰色が混じっている。誰も歩いていない庭は霜がおりてうっすらと白くなっていて、物干し台が朝霧の中に浮かび上がって見えた。


 その向こうには、葉を落とした森が広がっていた。朝靄が漂うばかりで、動くものは何もない。

 

「静かだなぁ」

 

 孤児院の冬は寒かったから、少しでも暖かいように大勢でくっついて寝ていた。

 クリーニング店では朝から晩まで仕事だった。

 少し前まで住んでいた部屋は、両隣から話し声や生活音が聞こえてきて、いつも誰かの気配があった。


 ここは違う。

 広い部屋に、ノギひとり。


 もう少しすれば誰かが着替えを手伝いに来るだろう。けれど今は、廊下にだって誰も歩いていない。


 静かだった。広すぎるくらいに。

 


「失礼いたします」

 

 扉が開き、メイドさん? 侍女さん?

 よく分からないけど、毎朝、何人かの女の人がやってくる。


 朝の支度が始まった。寝巻きを脱がされ、髪を整えられ、ドレスを着せられる。

 

(最初の頃は抵抗したなぁ)

 

 服なんて、自分で着られると思ったんだ。小さい子じゃないし。そう思ったんだけど。


 背中側がどうなっているか、さっぱり分からない。どうやって締めてるの? うっ、苦しい。

 

(まさか私が着る側になるなんて)

 

 ほんの数週間前まで、ドレスショップで布を運んだり、飾るための床を掃除したりしていた。ドレスを作る人を手伝う側だった。

 

 それが、今は自分が着せられている。


(こんなに大変なモノだったとは)

 

 歩けない。

 足首まで隠れる服なんて初めて着た。足元が見えない。それに息が浅くしか吸えないから、すぐ息切れを起こす。


 歩き方も難しい。

「滑るように歩きなさい」と言われたので氷の上を滑る真似をして、怒られた。

「裾を蹴るように歩きなさい」と言われたので蹴り上げながら歩いたら、もっと怒られた。

 

 その結果、公爵への挨拶は何度も延期になった。公爵の庶子として迎えられて数週間。父親だという相手の顔を、ノギはまだ知らなかった。

 

「とてもお見せできません」

 

 という事らしい。


 ちなみにトイレだけは例外である。

 緊急時ということで、ヒールを脱ぎ捨て、ドレスを膝までたくし上げて移動する許可を得ていた。さすがに、間に合わなかったら困る。


 着替え終わって、部屋で豪華な朝ごはんを食べた後は何かしらの授業が始まる。今日は発声練習だ。

 

 初めて会った日に先生は何冊かの本を用意していたが、その本が使われる事はなかった。

 

「あの……」

「まずは発声練習からなさいませ」

 

 ぴしゃりと言われてから、ひたすら特訓が続いている。


「あ! え! い! う——」

 

 ぱんっ。

 

 講師のマガルなんとか先生が、扇子を手の平に打ち付けた。手、痛くないのかな。

 

「大きなお声を出せば良いというものではありません」


 先生はいつも無表情で、淡々とした口調で、なのに扇子だけは勢いがある。

 なのでついつい扇子を目で追ってしまう。


「よく通る声を出すのです」


 ノギも先生を見ていないが、先生もノギを見ていない。よく動く扇子に気を取られているノギを気にせず指示を出す。


「あ、え、い、う……」


 お互い相手を見ないまま授業は進んでいく。

 

 

 昼食を終えると、午後はいつも自由時間だ。

 と言っても、まだ公爵に挨拶すらしていない身である。勝手に歩き回ってはダメらしい。そもそも歩けないけどね。

 

 部屋を訪れる人もいない。

 なので結局、窓の外を眺めたり、絵本を読んだりして過ごしていた。刺繍の道具やら詩集もテーブルに置かれているが、どちらも楽しいと思えなかった。


「縫い物はシスター・アニーに任せて、掃除ばっかりしてたなぁ」


 詩集も意味が分からない。デザイナーのアーノルドが言いそうな言葉がたくさん並んでいる。


『君の瞳に散る星が』

(いやいや、目の中に星は入らないよ)


『月が涙を流した夜』

(涙? 目があるの?)


 そうっと外を見る。薄暗い空に、枯れた木々。冬の森は静まりかえっていた。月はまだ出ていない。

 なんだか怖くなって、詩集を閉じた。や、やっぱり、綺麗な色で描かれた絵本を眺めているほうがいい。

 

 夕方にお茶を飲んでいると、侍女長がやってきた。ずっと気になっていた事を聞いてみる。

 

「あのう」

「はい」

「公爵様には、いつご挨拶するんですか?」

 

 侍女長は少しだけ考えた。


「まずは補助なしで歩けるようになって頂いてからです」

「補助なし」


 今のノギは、ドレスの裾を踏むし、方向転換で裾が絡まる。練習中に三回に一回は転ぶ。階段なんてどうやって降りるの?

 なるほど。まだ公爵様の前へ出せる状態ではない。というか、たどり着けない。


「歩ける頃には、発声も整っているでしょう」


 発声もダメなのか。道は遠い。


「……春になりそう」

「それでは、失礼いたします」


 侍女長は一礼すると、そのまま部屋を出ていった。扉が閉まり、部屋はまた静かになった。

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