間章 誰にも名前を呼ばれない少女
ドレスショップ『オランジェール』が休みの、ある日の朝。
ノギは買い出しのために市場へ向かった。
冬が近づいてきて、朝に吐く息が白くなってきた。立ち並ぶ屋台には冬の商品も目立ち始めている。
テーブルと椅子が並べられた一角では、大人たちが湯気の立つホットワインを片手に談笑している。焼きたてのパンをちぎる人。シロップをかけた焼き菓子を頬張る子供。笑い声が重なって、休日の市場はいつもより賑やかだ。
『楽しそう~!』
『お祭り、お祭り!』
積み上げられた薪の値段を見て、ノギはそっと目を逸らした。
(うん。両隣の部屋の人が暖房をつければ、私の部屋もあったまる気がする)
屋台では温かいスープが人気のようだ。
「いいなぁ。私も、今日はスープを作ろうっと」
タマネギスープに、保存してある黒パンを浸して食べて——。
(あっ。でもタマネギまだ残ってたっけ)
「ソーセージはいかが」
「うわっ。あ、おいしそ——わっ、高っ」
(これ一本で黒パン三日分じゃん)
どうやら前半は声に出てしまっていたらしい。屋台の人は気にした様子もなく笑い、ノギに話し続ける。
「そうかい? お嬢ちゃん、いつも上品な髪型しているじゃないか。いいとこで働いてるんだろ? 芋ばっかり食べてないで、たまには肉も食べなよ」
「えぇー……じゃあ、そっちのお肉を」
「燻製肉じゃなくてよぉ……」
「だって高いんだもん」
「若いうちは食え!」
「若くてもお金がないんだよ」
『ねぇねぇ、今日はあれ買わないの?』
妖精が目ざとく見つけたのは、コロッケ屋さんだ。美味しそうな匂いが漂ってくる。
う、気づかないふりをしていたのに……。
「おーい、お嬢ちゃん!」
「お、おはようございます」
おじちゃんが満面の笑みで手を振っている。もう。買い出しに来た時は絶対買うとか思われていそう……。
苦笑いをしながら屋台のほうへ足を向けると、すぐ横で若いお姉さんの声がした。
「あれ、この前の子じゃん」
振り返ると、カラフルなドライフルーツが並ぶ屋台があった。
オレンジ色の果物に、薄黄色の果物。あっ、りんごは分かる。でも、買うのはいつものやつだ。
「ちょっとぉ、またそれなの?」
お姉さんが苦笑しながら見る先にあるのは、干し芋だ。
「もっとキレイで美味しい果物もいっぱいあるのに~っ。他のも食べてみてよぉ」
「だって干し芋ならいっぱい買えるし」
「せっかく可愛い子なのに、地味な干し芋ばっかり買って。残念な子ねぇ」
(可愛い??)
お姉さんは、ふふっと笑って紙袋に干し芋を入れると、最後にりんごの切れ端をひとつ入れてくれた。
「食べてみて! 今年はりんごもイマイチだって言う人もいるけど、ドライフルーツにしたら充分おいしいんだから!」
「ありがとうございます」
紙袋をのぞき込む。
干し芋を買っただけなのに、りんごが一切れ増えていた。
(得した)
帰り道、細い路地からのぞく青空を見上げながら、りんごをかじる。
『ノギー!』
妖精たちが金色の粉をキラキラとこぼしながら、頭の上を飛び回る。
「うるさいなぁ」
そう言いながら笑った。




