ミカンから布⑥なんかムカつく
仕事を終えるまで、ノギは頑張って普段通りに働いた。
だけど帰り道はもう無理だった。アーノルドの顔が頭に浮かぶたび、歩く速度がどんどん上がる。ノギをよく見かける市場の店主が「おーい嬢ちゃん、コロッケ買っていかないかー」と声をかけたが、それも耳に入らないまま、ずんずんと足取り荒く通りすぎた。
「な、なんだぁ?」
そのまま薄暗い小道を抜け、狭い階段をあがり、部屋へ戻ったノギは、バタンとベッドへ倒れ込んだ。
「はぁぁぁぁぁぁ……」
顔を枕に押し付ける。
『怒ってるー?』
『怒ってる顔だー!』
『むー! むー!』
妖精たちが面白そうに周りを飛び回る。
(怒ってるのかな)
胸の中がモヤモヤする。
(何に?)
私も、妖精たちが着ていた服をスケッチしただけだ。
ごろん、と寝返りを打つ。
(うーん……)
別に、裏切られたとは思ってない。だって最初から、ドレスショップにいる誰のことも信用していない。
銀縁眼鏡を押し上げながらため息をついていたアーノルドの顔が浮かぶ。
——だから女性は感情的で困るんだ。
——下働きの落書きに価値なんてないでしょう。
思い出した瞬間。
「むかつくーっ!!」
ガバッと起き上がった。
『わぁっ』
『あはは、怒った!』
『逃げろ〜っ』
きゃらきゃらと笑いながら妖精たちが舞い上がる。
「……あれを私の作品だって言うのも変な話だけどさ」
(なんで、あの人が偉そうなの?)
胸の奥がまたムカムカした。
悔しい。
なんだかすごく悔しい。
『仕返しする?』
『いたずらする?』
『何する? ドレス隠す?』
妖精たちが楽しそうに騒ぐ。
……え。ドレスを隠す? そんな事できるのか。意外と怖いなこいつら。
「しないよ」
ノギは膝を抱えて、またベッドに転がった。
元孤児の雑用係が、お店の人気デザイナーに逆らうなんて馬鹿だ。大人たちがどっちの味方をしてくれるかなんて、分かってるじゃん?
せっかく手に入れた仕事も、部屋も、無くなるかもしれない。
この部屋は暗いし狭いし、なんなら壁もちょっと傾いている。両隣の生活する音や会話も筒抜けだ。
それでも、初めて手に入れた自分の居場所だ。
「それに、私が考えたわけじゃないし」
ごろん。
「でも、私が描いたやつなんだけど」
ごろん。
ベッドの上をゴロゴロと寝返りを打つが、考えれば考えるほど分からなくなる。
『怒ってるー』
『転がってるーっ』
『ごろごろーっ』
妖精たちが真似をする。
「うるさい」
ぽすっと枕を投げると、妖精たちはきゃあきゃあと笑いながら逃げ回った。
その様子を見ているうちに、少しだけ気持ちが落ち着いてくる。
「まぁ、良いやーっ」
ノギは大きく息を吐いて、また起き上がった。
「良くない。全然よくないよ? でも、どうしようもないじゃん」
大きめの独り言を言いながら、台所の棚から干し芋を取り出す。市場でまとめ買いしておいた最後の一枚だ。
(なんかムカつくけど)
そのまま噛り付く。
むしゃむしゃと噛むと、ほんのり甘くて嬉しい。
(どうしようもないや。むかつくけど)
そう思うことにして、干し芋をひたすら噛んだ。
妖精たちが「いもだー!」と集まってくるが、それは無視することにした。




