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わらしべ聖女〜ただし、私の配役は藁(ワラ)のようです〜  作者: まめ まめみ
王国編

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19/20

ミカンから布④拾われたメモ帳

「……なんだ、これは」


 羽根を幾重にも組み合わせたドレス。

 花びらを編み込んだようなスカート。

 見たこともない装飾。


 アーノルドは目を見開いた。


 描かれているのは下手くそな落書きのようにも見えたが——もし自分が仕立てるなら。もし高級な素材を使うなら。頭の中で完成した姿が一瞬で組み上がる。


(美しい)


 思わずそう思った。いや、違う。美しいのは、この落書きじゃない。僕が頭の中でイメージした完成形の方だ。

 メモ帳をもう一度見る。才能があるかも——いや、雑用係の孤児が? そんなはずがない。人のバランスが崩れている上に、羽根が生えている。なんだこれは。デッサンの基礎もなっていない。


 他の誰かに見せる気にもならない。そうだ。アイデアは良いが、こんなものを見せるわけにはいかない。アーノルドはメモ帳を上着の内ポケットに滑り込ませた。


 月銀の騒動から数日。ノギは前よりも相手の事をよく見るようになった。


 ドレスショップ『オランジェール』には、たくさんの人がいる。優しく笑っている人ばかりだが、あの時にノギを庇ってくれる人は一人もいなかった。


 そうしてよく観察してみると、前よりも色々な事に気がついた。

 

 お客さんの中には、何もせずに帰る人もいる。その人達が何をしているかというと。

 

「あら、もう帰りますの?」

「うふ。レディ・ベルガモットの予約が取れましたの」

「えぇっ! 羨ましい」

「次に来た時は、デザインの打合せよ。あぁ、待ち遠しいわ」


 貴婦人たちは楽しそうに盛り上がる。

 人気デザイナーともなれば、予約だけで何週間も埋まる。ベルガモットはその筆頭だった。

 

「相変わらずの人気ですね」

 

 近くの部屋では、アーノルド付きの見習いが感心したように言う。

 

「ええ。オランジェールとして、誇らしいことです」

 

 アーノルドは穏やかに微笑んでいるが、その目が冷え切っている、と最近は分かるようになってきた。

 盛り上がっていたお客さんたちが帰って、誰もいなくなった瞬間。

 

「ふん、女だから目立つだけさ」


 吐き捨てるような声が聞こえた。ノギが思わず振り返ると、見習いが慌ててアーノルドに駆け寄っているところだった。


「すいません、アーノルドさん。指示を聞き逃してしまい——」

「ん?」


 アーノルドは柔らかく微笑んだ。


「何でもないよ」

 

 さっきの冷たい声が、聞き間違いかと思うような穏やかな表情だった。


(うわっ)


 ノギは、コソコソと部屋から離れた。

 

(裏表が激しそうだな……)

 

 

 別のある日。


「来週に届けてちょうだい」


 貴婦人が扇で口元を隠す。


「夫が不在ですの」

「それはそれは。ご主人が戻る前に届けなければ」


 アーノルドが、手の甲へ口付ける。


「うふふ」

「ふふ、いけない人だ」


 離れた場所で目撃してしまったノギの周りで、妖精たちが騒ぎ始める。


『すけこましー!』

『女好きー!』

『いけない人ー!』


(おお、あれが枕営業か)


 孤児院を出た先輩たちが話していたやつか。


(大人の世界は怖い怖い。近づかないようにしよ)



 そんなある日。なぜかアーノルドの方から話しかけてきた。

 

「愛ってね」

 

 急に語り始めた。げ、何こいつ。


「人を美しく見せるものなんだ」

「……はぁ。そうなんですね」


 どこか陶酔したような声で語り続ける。ノギが引いている事には気づかないらしい。

 

「だから僕は——」

「そうなんですね」


 即終了したことで、アーノルドが固まった。


 今までの女たちなら、「素敵ね」「さすがね」そんな言葉が返ってくる。なのに、この興味のなさそうな反応はなんだ。


(なんなんだ、この女)


 この僕から話しかけてあげてるのに、なんて生意気な。



 季節が進み、その年の秋。気がつけば街路樹の葉も色づき始めた頃、ベルガモットのあまりの人気に、オランジェールでは彼女の新作発表会が開かれた。


「素敵……!」「なんて綺麗なの」「さすがベルガモット様!」


 鳴り止まない拍手と歓声で、部屋は熱気に包まれていく。


 発表会の終盤には、他のデザイナー達の新作もお披露目された。その中にはアーノルドの作品もある。

 しかし、発表会が終わり会場を後にする貴族たちの話題は、全てベルガモットのドレスだった。


(またか)


 耳の奥で、歓声がよみがえる。

 

(またベルガモットか)


 惜しみない拍手と賛辞。

 

(なぜだ)


 拳をグッと握る。デザインを評価されるのはいつもベルガモット。自分ではない。

 アーノルドの顧客が熱っぽく見つめるのは、アーノルドの顔だ。ベルガモットのそれとは違う。

 

 自分が割り当てられた個室へ戻り、発表会用の腕章を苛立ちのままに剥ぎ取る。その勢いのまま放り込もうと机の引き出しを開けたところで、ふと思い出す。

 

「そういえば、あのノート……」

 

 奥に押し込んでいたメモ帳を取り出すと、パラパラとめくる。


 妖精のような子どもが着ている、花のドレスや異国風の装飾。どれも荒削りで、どれも未完成で、どれも見たことのないデザインだった。


「これを、僕がデザインし直せば作品になる」


 誰も、雑用係の落書きが元になっているなんて考えもしないさ。

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