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わらしべ聖女〜ただし、私の配役は藁(ワラ)のようです〜  作者: まめ まめみ
王国編

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17/20

ミカンから布②妖精たちとドレス

 ドレスショップ『オランジェール』の朝は、優雅に始まる。


 カララン――


 来店を告げる鐘の音と共にお客様を迎えるのは、飾ってある花のさりげない香りと、「いらっしゃいませ」と上品な笑顔の美男美女。エスコートされて向かった部屋では、デザイナーが美しいデザイン画集を揃えて待っている。品の良い会話をほんの少し。その後はドレスの打合せが始まったり、仮縫いのドレスをお披露目したりと、それぞれだが、華やかで優雅な空間がそこにはある。のだと思う。


 ただ、妖精たちが見えているノギにとっては、今日も陽気な妖精たちに囲まれて、賑やかな事この上ない。


『ねぇねぇ! あれ! 私も描いて!』


 デザインの打合せをしている部屋をのぞいた妖精が騒ぐ。

 

『ずるい私もー!』

「わ、っぷ。前が見えないっ」


 大量の布地サンプルを抱えていたノギの周りを、妖精たちがぐるぐる飛び回る。キラキラした粉が目の前を舞い、一瞬だけ何も見えなくなった。


 ぐらっ。


「あ」


 どたんっ!


 転んだ拍子に、抱えていたサンプルが派手に床へ散らばる。羽根のように軽い布がふわりと舞い落ちて、ノギの頭へ降りかかった。


「ちょっと、何やってるのよ」

「も、申し訳ございません!」


 近くを通りかかったデザイナーが眉をひそめた。ノギは慌てて布を拾い集める。


(言えない。妖精が原因です、なんて)


 他の人には見えていないみたいだから。

 もし妖精が見えるなんて知られたら、気味悪がられるかもしれない。せっかく手に入れた仕事なのに、ここを追い出されたくない。


「どんくさい子ね……髪まで崩れているじゃない」


 デザイナーは呆れたように言った。


「奥に引っ込んで直してきなさいよ」

「はい……」


 そう言い残して去っていく。


『わぁい! 布のプールだ〜!』

『ふわふわー!』

『きれーい!』


 きゃっきゃと騒ぐ妖精たちを見て、ノギは深いため息しか出てこない。


「わかった……」

『?』

「私が、いいよって言うまで待ってられたら、描いてあげる」

『ほんと!?』

『やったぁ!』

「だから今は待って」


 妖精たちは顔を見合わせる。


『待つ』

『なにを?』

『待つんだって!』


(長くは待ちそうにないなぁ……)


 ノギは遠い目になった。



 奥の部屋でモタモタと三つ編みを直す。くるっとお団子にしたところで、搬入口の方から元気な声が聞こえてきた。


「どうも〜! 布材のお届けに上がりました!」

「あっ、はい!」


 振り返ると、大きな巻物が二本。


 周囲を見渡しても、ノギの他には誰もいない。とりあえず受け取ったものの、どうして良いのか分からないので、遠くをスタスタと歩いているデザイナーへ声をかける。


「あのっ」

 

 真っ直ぐに前を見たまま、通り過ぎてしまった。仕方がないので、次の人に声をかける。


「あのっっ」


 また素通りされてしまった。気を取り直して三人目にも声をかけたが、やっぱり見向きもされない。


(忙しいんだなぁ……)

 

 まごまごしていると、「どうした?」と見習いの青年が足を止めてくれた。


「布が届いたんですが、どちらに置いたら良いでしょうか」

「あぁ、それなら先に糊を洗い落としておいて」

「分かりました。その後は、どちらに運べば良いですか?」

「取りに行くから、裏庭に干したままでお願い」

「分かりました」



 真夏の日差しを避けるように、木陰に移動する。布を広げて、ノギは息を呑んだ。

 

「うわぁ……」


 生地の向こう側が透けて見えるほど薄い、白い布。しかも光を受けるたび、細かな粒がきらきらと輝いていて、とても涼しげだった。


「すごく綺麗……」

『ねぇ、まだ?』

「まだ。これ洗わないといけないの」

『ふふ』


 妖精が笑う。


『洗うの? へーんなの』

「?」

『ただの水で洗ったら怒っちゃうよ』

「??」


(なにが?)


『よし、分かった!』

『手伝ってあげる!!』


 妖精たちは元気よく飛び上がった。


 ノギは首を傾げながらも、水を出す。さすがに水流魔法で勢いよく洗うのは怖いから、そぉっと。慎重に、布を傷めないように手洗いしていく。


 手伝うと言っていた妖精たちは、水の上をくるくる回りながら遊んでいた。


『終わった!』

『遊ぶんだよ!』

『デッサン! ドレス!』


「はいはい、順番ねー。ケンカしたら終わりだよ」


 待ちかねていた妖精たちが一斉に集まってくる。

 おしゃれ好きな彼女たちは、花びらを縫い合わせた妖精の服を着ている子もいれば、絵本で見たような異国の服を着ている子まで色々で、見ているだけで楽しい。


『見て! お花のドレス!』

「うん、素敵だね」


『私はエキゾチック!』

「えきぞちっく?」


『見て〜! お姫様!』

「わぁ……」


 ノギは目を丸くした。


「本物のお姫様って、こうなのかな」


 次々に描かれて行くドレスを見て、妖精たちは嬉しそうに笑った。



 一方その頃。


『オランジェール』の店内では、店長のマダム・セドラが困惑していた。

 

「おかしいわね……」

「マダム・セドラ、どうかしましたか?」

「月銀の羽衣が届くはずなのだけれど」


 周囲がざわつく。


「月銀の!? すごいですね、どなたの注文ですか?」

「レディ・ベルガモットのお得意様よ。あと少しで、夏の終わりの大夜会があるでしょう? そのドレスの、仕上げに使うの」


 その場の空気が変わった。王都から取り寄せる、滅多に手に入らない稀少布。この街に代わりなど存在しない。


「誰か知らない?」


 しばらく返事がなかったが。


「……そういえばお昼前に、雑用の子が何か持って歩いてなかった?」

「僕は覚えがありませんね」

「私も知らないわ」


 ざわつくものの、本当に思い出せないのか、あるいは不穏な空気を察して黙っているのか。知らないと言う者ばかりで話が進まない。

 

「はぁ、直接聞くわ。呼んできて」



 午後、店へ戻ったノギはいきなり腕を引っ張られた。


「あなた!」

「ひゃっ!?」

「月銀の羽衣を知らない!?」


 普段はピンと背を伸ばして格好良く歩いているデザイナーさんが、ノギの腕をガシッと掴んだままぐいぐい引っ張っていく。

 

「あの、午前中に届いた布の事ですか?」

「月明かりで瞬く雪ような、儚げで神秘的な布よ、見れば分かるはずだわ」


 歩くのが速い。脚が長い。

 小柄なノギは小走りでついていく。


(な、なんでこんなに慌ててるの?)


「午前中に届いた材料を受け取ったのは、あなた?」

「あっ、はい」

「はー……。なんで持って来ないの?」

「え、あの――」

 

 意味が分からない。

 

「適当に扱っていい品物ではないのよ? あなたもここで働く者なら、きちんと自覚を持ってもらわないと困るわ」

「あの、聞いてみたのですが――」

「言い訳は必要ないわ」


(なんで!?)


 前方には、怖い顔をしたデザイナーさんがたくさん集まっているのが見える。こ、怖いっ。ホントに何?


「あの、糊を洗い流すように言われましたので――」

 

 だいぶ近づいたので、ノギたちの会話が聞こえたのだろう。マダム・セドラの表情が凍りついたのが見える。


「待ってっ!」


 声を張り上げ、ノギの方へ駆け寄ってくる。


「その布は洗っちゃダメよっ!!」


「えっ!」

「!! 洗っちゃった!?」

「あの、もう干して――」

「なんてこと……!」

 

 周囲からヒソヒソと声が上がる。


「それでは、もう使えないだろう」

「今から手配をかけ直したって、間に合わない」

「あの布を洗えなんて、誰が言うのかしら」


 冷たい視線が、一斉にノギに集まる。


「クビが怖くて、嘘をついてるんじゃ……」


 その言葉に、ノギの顔が真っ青になった。


(く、クビ!?)


 仕事。部屋。生活。全部、全部なくなる!


「そんな……」

(ほんとに、洗ってって言われたのに)


 集まっていたデザイナーさんたちを見渡すが、誰に言われたのかハッキリ分からない。おしゃれな男の人だったな、とは思うけど、みんなおしゃれだし、誰も目を合わせてくれない。

 

 ノギの胸が絶望感でいっぱいになった、その時だった。


「待って」


 その場にセドラの声が響き、しんと静まった。


「違う布かもしれないし、責めている場合ではないわ」


 彼女は真っ直ぐノギを見た。


「まずは確認させて」


 落ち着きを取り戻したマダム・セドラに案内を促されて、ノギは来た道を戻る。


(どうしよう、どうしよう。妖精たちが言ってた「怒っちゃう」って、この事だったの?)


 そして一行は、険しい顔のマダム・セドラを先頭に、ゾロゾロと裏庭へ向かうのだった。

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