独占のはじまり──君が欲しい
第7話では、璃音が初めて「独占欲」という感情に触れます。
電話の約束を胸に、飲み会に向かう彼女。
そこで待っていたのは──
少し酔った声、そして電話の向こうで揺れ始めるジュンの気持ち。
彼の“独占”と、璃音の恋愛初心者らしい不器用さ。
温度差が生み出すすれ違いが、
二人の距離をさらに揺さぶっていきます。
どうぞ最後までお楽しみください。
昨夜のあのメッセージが、まだ画面に残っている。
──「ジュンさん、あなたに会いたいです。」
勇気を出して送った一文。
でも、返事は最後まで届かなかった。
朝、目が覚めて真っ先にスマホを開く。
通知は……ない。
(……やっぱり、送るんじゃなかった)
胸の奥に、冷たい棘が突き刺さるようだった。
期待した自分を恥ずかしく思い、
後悔だけが大きく膨らんでいく。
「もう、メッセージ……来ないのかも」
そうつぶやいた瞬間、心の奥がギュッと締めつけられた。
通勤途中。
ふと顔を上げると、ビルの屋上に見慣れた文字が目に入った。
──「キューピッド・リンク」
あの時、大型ビジョンで見た社長の姿が重なる。
(……やっぱり、あの人の声と同じだった気がする)
でも、そんなはずない。
高嶺の花みたいな人が、私に優しい言葉をかけてくれるなんて……。
そう思えば思うほど、胸の奥がきゅっと締めつけられる。
コンビニで、レモンソーダを手に取った。
炭酸のパチパチ弾ける音に、なんだか心が引かれて。
職場の窓際に座り、ペットボトルの中で弾ける泡を見つめる。
太陽の光に照らされて、きらきらと眩しく光るその小さな粒。
ひと口飲むと、喉に爽やかな刺激が広がった。
(……うん。切り替えなきゃ)
そう思ってみても、胸の奥ではまだ、昨夜の余韻が消えない。
──声を思い出すたびに、また心が揺れてしまう。
オフィスには、
続々と社員が出社してきた。
その中で、
爽やかな笑顔を向けてきた一人の男性社員。
「おはよう、白石さん」
いつもより声が柔らかい気がした。
思わず小さく会釈を返すと、
彼は少し躊躇いがちに続けた。
「この前の飲み会なんだけど……
今週末、どうかな?」
不意にかけられた言葉に、
胸が小さく跳ねる。
(……私に?)
視線を合わせると、
どこか期待するようにじっと見つめてくる彼。
なぜか期待されているような気がして、
思わず視線を逸らした。
「……明日?ってことですか?」
戸惑いながらも確認すると、
彼は嬉しそうに頷いた。
「うん。よかったら一緒に」
迷ったけれど──
このモヤモヤを少しでも晴らせるかもしれない。
「……わかりました。行きます」
そう答えると、
彼の笑顔が一段と明るくなった。
(……そんなに、嬉しいことなのかな)
胸の奥で小さな疑問が膨らんだけれど、
恋愛に疎い璃音はそれ以上考えることなく、
心の中でそっとため息をついた。
その日の夜。
お風呂からあがって、テーブルに座り、
新作スイーツと、温かいシナモンティー。
「……返事なんて、もう来ないよね」
小さくつぶやいた。
胸の奥に、冷たいものが刺さるように広がっていく。
シナモンの香りは、確かに心を和ませてくれる。
でも、どこか満たされない。
虚しさが残ったままだった。
──スマホが震える。
思わず心臓が跳ねた。
画面には「ジュン」の文字。
「……え」
息を呑んで、通話ボタンを押す。
「こんばんは」
いつもと変わらない、低く優しい声。
それだけで胸の奥が熱くなる。
(……“あのメッセージ”には、触れてくれないんだ)
少し違和感を抱えながらも、耳が離せなかった。
「この前、海外で君に好きそうな陶器を見つけたんだ」
「陶器……?」
「リモージュ焼っていうんだけど、
透き通るような白に、すごく繊細な絵付けがあって……綺麗だった」
思わず顔がほころぶ。
璃音は昔から陶器が好きだったから。
「すごく素敵……。見てみたいです」
自然に笑い声がこぼれる。
ジュンもふっと笑った気配が伝わってきて、胸がぎゅっと高鳴った。
「明日も、電話してもいい?」
少し考えたあと。
「……明日、会社のみんなで飲み会があるんです」
何気なく口にした璃音。
その瞬間、通話の向こうの空気がぴたりと止まった気がした。
「……飲み会?」
低く落ち着いた声。けれど、その奥に微かな硬さを感じる。
「はい。あの……同じ部署の人に誘われて」
「……帰りは、遅くなる?」
「えっと……多分、そうなるかもしれません」
胸がちくりとした。
それは、叱られているみたいな緊張の痛み。
「……帰りが遅くてもいい。俺は……話したい」
言葉の温度が変わった。
強く、譲らない響き。
(……え? そんなに気にすることなのかな?)
璃音には、それが“独占”の始まりだと気づけなかった。
ただ頬を染めて、笑って答えてしまう。
「じゃあ……帰ってから、ですね」
──彼女の無邪気な一言が、ジュンの胸の奥をさらにざわめかせる。
飲み会の当日。
いつもより時間をかけて髪を整え、少しだけ華やかな服を選んだ。
(……帰ったら、ジュンさんと話せる)
その思いが背中を押してくれる。
自然と笑顔になれていた。
はじめての飲み会は想像以上に賑やかで楽しかった。
「璃音さん、今日は楽しそうだね」
「うん、なんかすごく雰囲気変わったよね」
普段は話しかけてもらうことのない同僚たちと笑い合い、グラスを重ねる。
気がつけば、少し飲みすぎていた。
帰り道。
フラついた足取りを支えるように、あの男性社員が隣に立っていた。
「白石さん、今日は俺が送りますよ。危ないから」
「えっ……でも」
「気にしないで。女の子一人で帰す方が心配だから」
まっすぐな笑顔に、断りきれなかった。
ふたり並んで歩く道は、夜風が少し冷たくて、酔いで熱い頬に心地よかった。
自宅の前。
カバンの中から鍵を取り出そうとした時──スマホが震えた。
(……ジュンさん!)
胸の奥が一気に熱くなる。
鍵は男性社員が代わりに開けてくれて、璃音は夢中で通話ボタンを押した。
「もしも……し♡」
酔いのせいで甘く震える声。
通話の向こうで、わずかな沈黙が流れた。
その隙間に──。
「もう、大丈夫ですよね?」
玄関の中まで入らず、彼は一礼して帰っていった。
「……ありがとうございました」
璃音の小さな声。
それが、通話の向こうのジュンの耳にも届いてしまった。
「…………男、だよね?」
低く冷たい声。
普段の優しさが影を潜め、張りつめた響きに変わっていた。
「え……あ、あの……違っ……」
慌てる璃音。
けれど、その拙さが余計に彼をざわつかせてしまう。
「……ごめん。今日はもう遅いから」
冷たく区切られた言葉に、胸がひやりと凍る。
(……どうして、そんな言い方……?)
恋愛初心者の彼女には、それが嫉妬や独占欲だなんて気づけなかった。
通話が途切れた直後。
スマホが震え、最後のメッセージが届く。
──「……僕も、君に会いたいと思ってる」
その一文に、璃音の息が止まった。
胸の鼓動が暴れ出し、体の奥まで熱くなる。
(……会いたい……? 本当に……?)
戸惑いと期待で、璃音の世界は大きく揺れ始めていた。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
第7話では、ジュンの独占欲と、
璃音の不器用な恋心の温度差を描きました。
少しずつ変わっていく彼女の心。
そして、知らず知らずのうちに強くなっていく彼の想い。
まだ恋に不器用な璃音が、どう成長していくのか。
ぜひ、この先も見届けていただけると嬉しいです。
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