初めて呼ばれた、私の名前
初めての電話。
初めて聞く声。
第5話では、璃音がついに「声」と向き合います。
待ち続けた日々の不安と、電話が鳴った瞬間の高鳴り。
そこで告げられた名前──「ジュン」。
声と名前が重なった時、彼女の心は大きく揺れ始めます。
どうぞ最後までお楽しみください。
──「近いうちに……話そうね。」
あの言葉を最後に、スマホは静まり返ったままだった。
ベッドの上で握りしめて眠った夜。
仕事中も、通勤電車の中でも──
ずっとポケットに入れて離さなかった。
それでも。
『プルル……』と鳴ることは一度もなかった。
メールすら、届かない。
(……やっぱり、私なんかに本気なわけないよね)
胸の奥でつぶやき、苦笑いを浮かべる。
落ち込むというより、夢を見ていたような感覚に近かった。
あの人が「本当にいたのか」さえ、
だんだん自信がなくなっていく。
だけど──。
歪んだ器を「素敵」と言ってくれた言葉だけは、
嘘じゃないと信じられた。
「……夢でも、いいか」
3日が過ぎた朝。
鏡の前で小さくつぶやき、会社に向かう。
通勤途中、ふと目に入った高層ビルの屋上。
そこに掲げられた看板には──「キューピッド・リンク」の文字。
大型ビジョンで見た、
あの堂々とした社長の姿が脳裏に重なる。
(……やっぱり、あの人が……?)
答えのない問いを胸にしまい、
私は会社の扉を押した。
昼休み。
いつもなら、一人でコンビニのおにぎりを食べるだけ。
だけど、その日は違った。
「白石さん、よかったら一緒に行かない?」
思わず顔を上げると、同僚が柔らかく笑っていた。
「最初はちょっと話しかけづらいなって思ってたんだけど……
なんか最近、雰囲気が変わったっていうか。
話してみたいなって思って」
少し照れたように言われて、
胸の奥がじんわり温かくなる。
(……私、変わってきてるのかな)
近くのカフェで交わす、何気ない会話。
笑顔でランチをしている自分が、なんだか不思議だった。
その時──スマホが震えた。
「連絡が遅くなってごめんね」
「携帯番号って聞いていい?」
「今夜、電話したいから」
画面を見つめたまま、思わずクスッと笑ってしまった。
(……そうだよね。番号、お互いに知らなかったんだ)
気づけば、心の奥で待っていた答えがやっと届いたような気がした。
向かいに座る同僚が、ちらりと私の顔を見てから微笑む。
「……彼氏?」
一瞬で顔が熱くなる。
否定も肯定もできなくて、ただ恥ずかしそうに笑うしかなかった。
その夜。
枕元のスマホが震えた。
『プルル、プルル……』
(……え?)
画面に映る番号は、見覚えがなかった。
しかも、その表示は──「海外」。
(ん? これって……海外? ……だよね)
胸が一気にざわつく。
震える指先で通話ボタンを押した。
「……こんばんは。初めまして、だね」
低くて落ち着いた声。
でも、不思議なくらい優しくて。
その瞬間、感情が一気に高ぶった。
「は、はい……」
緊張で声が震える。
沈黙を破るように、思わず名乗っていた。
「わ、私……白石 璃音って言います」
「璃音……か。可愛い名前だね」
その一言で、胸がキュンとした。
耳まで熱くなって、声が出せなかった。
「俺は……ジュン」
短く名乗ったその声に、息が止まる。
「璃音って呼んでいい?」
「……はい」
「じゃあ、俺のこともジュンでいいよ」
「……ジュン、さん」
小さくつぶやくと、画面の向こうで微笑む気配が伝わってくるようだった。
ふと、気になっていたことを口にする。
「今って……遠いところにいるんですか?」
少し間があって、彼は答えた。
「うん。仕事で、海外に来てる」
(……やっぱり)
初めての電話。
初めて聞く声。
その夜、璃音ははっきりと気づいてしまった。
──この人の声……。
──大型ビジョンで聞いた、あの社長の声と同じだった。
(この人が……ジュン?)
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
第5話では、璃音が初めて「声」を聞きました。
その優しさと温かさに、胸が震える瞬間を描きました。
──そして、彼の名前は「ジュン」。
この一歩が、二人の関係を大きく変えていきます。
次回は、声がもたらす新しい距離感と、
璃音の中に芽生える“変化”を描いていきます。
引き続き見守っていただけると嬉しいです。




