揺彩の声
お読みいただきありがとうございます。
今回の話では──
名前も顔も知らない相手とのやり取りから、主人公が初めて「声」を意識します。
優しすぎる言葉に戸惑いながらも、
その裏にある“本当の彼”を知りたい気持ちが少しずつ膨らんでいく。
やがて社長の声と、裏アカの言葉が重なって……。
彼女の心はさらに揺れていきます。
どうぞ最後までお楽しみください。
眠れなかった。
昨日の夜、交わした小さな約束が、
頭から離れなかったから。
──「もう少ししてからね……。
僕も、君の名前を教えてほしいから」
その言葉を思い出すたびに、
胸の奥がじんわり熱くなる。
名前も顔も知らない相手なのに。
それなのに、どうしてこんなにも心が揺れるの?
朝、鏡の前に立つ。
そこに映るのは、
相変わらず疲れ切った“つんだ女”の顔。
……だけど。
思わず、口紅に手が伸びていた。
髪も、いつもより丁寧に整えている自分がいる。
(何やってるの、私……)
わかってる。
これはただのDM。
名前すら知らない人とのやり取り。
きっと、ただの気の迷い。
でも──
昨日までとは違う“何か”が、
自分の中で静かに動き出していた。
朝、会社に着くと。
デスクに座る前、同僚がふいに声をかけてきた。
「今日なんか……雰囲気違うね」
一瞬、足が止まった。
(……え? 私が?)
思わず頬に触れる。
ほんの少しだけ、化粧を丁寧にしただけなのに。
「そ、そうかな……」
照れ隠しの笑みを浮かべながら、
心の奥では小さな灯がともったように温かかった。
でも、すぐに自分でその気持ちを打ち消す。
(……意味ないよ。
こんな私を見ても、何にもならない)
胸の奥に広がる虚しさ。
だけど、その言葉とは裏腹に──
昨日までとは違う自分を、確かに意識していた。
夜。
ベッドの上で、スマホの通知が光った。
──新着メール。
差出人は……裏アカの彼だった。
「今日も一日お疲れさま。
無理していないか、心配です」
画面を見つめたまま、胸がざわつく。
(はじめての……メール)
怪しいのに。
でも、あまりにも優しい言葉に、
気づけば返信してしまっていた。
「ありがとうございます。
大丈夫です。無理は……してないと思います」
数分後、すぐに返事が届いた。
「よかった。
僕はね、誰にも見せていない自分がいるんだ」
指が止まった。
その言葉に、なぜか胸がきゅっと締めつけられる。
「仮面って便利だけど……
外して飾らない自分になりたい時があるんだ」
「君のあの素敵な器のように……ね」
息をのんだ。
高校の社会見学で作った、歪んだ陶器。
誰も褒めてくれなかったあの器を、
あの人は“素敵”だと言った。
(……どうしてそんなふうに言えるの?)
胸の奥で、何かがじんわりと熱を帯びていく。
優しいだけじゃない。
彼の言葉は、まっすぐすぎて苦しいくらいに響いた。
(……この人、本当に何者なの?)
ふと、広告で見た社長の姿が頭に浮かんだ。
完璧すぎる笑顔も、仮面のように思えて──
心臓が……ぎゅっとした。
胸の奥が小さく痛むようで、でも不思議と温かい。
(どうして……こんなに胸が苦しいの?)
誰なのか知らない。
なのに、この気持ちを止められない自分がいた。
──きっと今日も、眠れない夜になりそう……そんな気がした。
その余韻を抱いたまま、静かに瞼を閉じた。
翌日。
人混みをすり抜けながら歩いていると、街頭ビジョンがふいに視界に飛び込んできた。
そこに映っていたのは──「キューピッド・リンク」の若き社長。
黒いスーツを纏い、光を浴びながら堂々と話す姿は、広告で見るよりもずっと現実味を帯びていた。
低くて落ち着いた声が、スピーカーを通して響く。
その響きだけで、思わず胸の奥が熱くなる。
素敵な声……。
穏やかで包み込むような声、
耳に届くだけで胸の奥がじんわり温かくなる。
──もし、この声で優しい言葉を囁かれたら……。
そう思った瞬間、スピーカーから流れた言葉に息が止まった。
──「人を繋げるのは、条件ではなく“心の声”です」
胸がぎゅっと締めつけられた。
耳に届いたその言葉は、昨日の裏アカとのやり取りと……まるで同じ。
(……えっ? なんで……?)
驚きで息が止まる。
けれど同時に、心の奥で確信めいた声が響いた。
(この人って……やっぱり……?)
声と文字が重なった瞬間、心臓が大きく跳ねた。
街頭ビジョンの中の彼の声が、耳の奥に残って離れない。
低くて落ち着いた声。
もし、あの優しい文章をこの声で聞けたなら──。
裏アカの人が……この社長だったら。
(……聞きたい。あの裏アカの人の声が……)
小さな心の呟きが、胸の奥からふっと零れ落ちていた。
心が大きく揺れて、優しい風に包まれるような温もりが広がった。
もっと知りたい。
声を聞きたい……。
本当のことを知ってしまったら、私はどうなるのだろう?
(……好きになってしまうかもしれない)
自分でも気づかないうちに、
その予感が、胸いっぱいに広がっていく。
“あの彼”への気持ちが少しずつ変わり始めていることに、
恋愛経験の少ない私は、まだ気づいていなかった。
夜。
部屋の明かりを落とし、布団の中でスマホを見つめていた。
──通知。
画面に浮かんだ文字に、胸が震えた。
「君が笑えるように、僕は誰よりも願っています」
思わず、息をのむ。
まるで“特別扱い”されているみたいで、胸がじんわり熱を帯びた。
(……私だけに? 本当に?)
怖いのに。
でも、どうしようもなく嬉しい。
震える指が、勝手に動いていた。
──「……あなたの、声が聞きたい」
送信ボタンを押した瞬間、心臓が飛び出しそうになる。
数秒後、返事が届いた。
「僕も君の声を聞きたい……」
画面を見つめたまま、息が詰まった。
その一文だけで、胸の奥が溶けてしまいそう。
(……これ以上、好きになったら……)
恋の温度が、一気に上がっていく。
布団の中で、頬が熱くなっていく。
怖い。けれど、それ以上に嬉しい。
(……声が、聞けるかもしれない)
その想像だけで、胸がドキドキと暴れ出す。
スマホがもう一度震えた。
──「近いうちに……話そうね。」
息が止まった。
心臓がギュッと掴まれる。
次の瞬間、甘い予感にのみ込まれていく。
(……本当に、声が聞けるの?)
夜の静寂の中で、鼓動の音だけがやけに大きく響いていた。
──やっぱり、今日も眠れない夜になるんだろうな。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
第4話では、主人公が初めて「声」を求めてしまいました。
たった一言で、恋の温度が一気に上がる瞬間を描きました。
──「近いうちに……話そうね。」
その言葉が、彼女にとって大きなきっかけに変わっていきます。
次回からは、声をきっかけに二人の距離がどう変わっていくのか。
そして、主人公の中でどんな成長が芽生えていくのか。
どうぞ引き続き見守っていただけると嬉しいです。




