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ぽつぽつと会話をしながら様子を見ていれば、グラーヴェさまの調子もまぁ多少はマシになったようなので室内の椅子等の大移動をしてしまう。フラッフィを掛ければ重そうな椅子もほらこの通り、なんて簡単に移動できるのか。
室内の端に纏めて寄せて、中央スペースを多めに空けたならテントを出した。もののついでに結界も室内全域を覆うように広げておけばうっかり移動しても問題はない。
しかしそれにしても寒い土地だ。乾燥しているから余計に寒さが染みる。ガタガタと周囲の物を移動させている間、グラーヴェさまが小さく震えているのが見えたのでブランケットを被せたくらいには寒い。
テントの中をあらかた整えてから、転がっているグラーヴェさまを再びフラッフィしてひょいと抱えればいやあの、だとかあるけますだとかなんだかうにゃうにゃと言っていたが、そこは無視して運んでしまう。人生初のお姫様だっこする側をここで体験するとは夢にも思わなかった。否、これは王子さまだっこか?……くそどうでもいいわ。
そのままテントの中のお布団に転がして、後から靴を脱がせてなかったなと気付いた。後でクリーンせねばと思いつついそいそ脱がして……うむ、スメルレスプラスの出番であった。良かった……やっぱ必要だよ。他人にスメルレス掛けられるのとても大事だよ。
というかクリーン必須だなこれ。東の土地水が貴重すぎてお風呂入ってないもんね。そうだよねぇ……考えてみれば不衛生だわ。かと言って、体調不良の人間に風呂入れやとも言えないので、とりあえず一旦その問題は横に置く。そもそも風呂の文化がこちらでどんなもんなのかもわからんし。西は似たような感じでホッとしたものだが、土地が変われば文化も変わるよねぇ。いかにインベントリにバスタブ完備であっても、文化が違えば意味がないかもしれない。
もっふりと布団に包まれたグラーヴェさまは申し訳なさそうな顔しながらも割とうとうとしているので結構意識を繋いでいるのも限界なのだろう。しんどい時って起きてることそのものがしんどいよねぇ。
「とにかく先ずは休んで、体調回復させましょう。身体が資本です」
マジで身体が思うように動かないとか死に直結するよね。前髪あたりを撫でるようにてのひらを当て、そっと目元におろしたならば目を閉じる感触がした。睫毛がてのひらをくすぐるようで、とんでもねぇ睫毛だな……と、世の女性を敵に回すその長さに震撼する心地だ。
ほどなくして規則的に、深い呼吸が聞こえてきたなら寝かしつけ完了と言うことでよろしいだろう。
ここからは散策タイムだ。
隠密仕様で張り切って、安全第一で行くとしよう。
寝付いたグラーヴェさまを置いて、出口と思わしきボロけた扉をくぐる。外に出ればさわりと砂混じりの風が吹いて埃っぽい。
扉から続く小道を辿れば、最初こそ立ち枯れた木々が居並ぶだけの閑散とした道だったが、暫くすると人里らしき建物が建ち並ぶ村だか町だかが見えてきた。
が、人の姿は無く、生活の息吹も感じられない。
無人の建物、無人の道。ただ侘しさだけを醸し出す景色に思わず眉が寄る。
水の為に自身の生活を置いて行かねばならないのは、苦痛であった事だろう。
静まり返るこの地に、再び人が帰って来れるようになればいい。しかし、花壇も畑も見る影もなく枯れ果てているようだ。一朝一夕にどうこうできるものではないと解っているからこそ、もっと早くに対処できなかったのかと社長に対する怒りがわく。
龍の腕、その命すら捨て駒のように使い捨ててきたツケがここに在るのだ。そんなつもりが無かったとしても、だ。悪気が無ければ許されるわけではない。
もっとちゃんと業務説明があれば、現状に至るまでになんとかできたのではないのだろうか。
とは言え、それは最早過ぎた事。過去を思ったところで現状が変わる事はないのだから、ぐじぐじと不満を積み上げていても仕方もない。
私達に出来ることをする以外にどうしようもない。
ぐるりと人気のない町を一周して、また教会への小道を辿る。枯れた草花の成れの果てが、カサカサと音を立てていた。
ホラーゲーの舞台としてはまずまずの演出だ。
いやあの、これ夜になると怖くない?オバケなんてないさと言ったところで、魔獣だのモザイク龍だのは存在しているわけで。
やだなぁ……と思いながら教会まで戻り、ついでとばかりに教会の周りもぐるりと回る。教会の裏手には、恐らく水場だろう場所があった。
洗濯物を干す為のロープだろうものに、枯れた草が引っかかってなんとも哀愁を漂わせている。枯れた井戸らしきものを覗き込んでも湿気の欠片もありはしない。
――でもまぁ、水仕事の場所なら水捌けはいいってことよな。
適当に目隠しを作れば、ここを浴場にしてしまえるかと軽く算段をつけておく。幸いにも、物干し用の支柱やロープがあるのだ。後は布の類でなんとでも出来るだろう。いや、良い場所見つけたもんだ。
そして更に裏手に回れば今度は土だけが存在を主張する花壇のような場所。大きさ的に家庭菜園用の畑なのかもしれない。屈んでその土に触れても、はらはらと乾いた土が指先を落ちていくだけで植物の気配は感じられなかった。
毎日のように森の中で緑に囲まれていれば、流石にここまで緑の無い土地はなんだか寂しい。酸素が足りない気がしてくるくらいだ。
そんな馬鹿なことを考えながらも教会の周りを確認し終えて、出てきた時にくぐったボロい扉から再び中へ入り込む。
結界に包まれた屋内は静かで、先程グラーヴェさまを放り込んだテントが鎮座しているだけ。端に寄せた長椅子達が恨みがましく見ている気がした。すまんね。
とりあえず、そのうちの一つに腰掛けスマホを取り出す。
『周辺散策したけど、マジ無人の町?村?だった。様々なものが枯れて、復興すごく大変そう』
と、メッセージを送っておく。返事が返るまでは多少掛かるかと思われるので、結界を張り直してアラームをセットしておいた。
背もたれにもたれ掛かればギシ、と鳴き声を上げる椅子。なんとも弱々しい奴だ。頑張れ。
しかし、これからどうするか。
グラーヴェさまは道に明るい人だろうか。なんか真面目そうな気配だけは感じているが、殿下のように魔獣討伐で前線バリバリに動き回るタイプでは無さそうだよなぁ。何か道とか知らなさそう……。
いや、体格だけは通ずるものがありそうだが。硬いし分厚いし。とは言え、だからと言って殿下のように単独でホイホイ動き回るヤンチャはしないのではなかろうか。
こう考えると、殿下なかなかの困ったさんだな?
いやまぁ、それは置いておこう。フォルテさん達がなんとかしてくれるだろうし。
それよりも、現状だ。
海と随分離れた場所への出現。
あの光が社長だと言うのなら、深淵からのピックアップをしてくれたということだが……何故こんな寂れた場所へ飛ばしたのか。
と、言うかどうせ飛ばすなら祭壇の森まで飛ばせや。お前ホントそう言うトコだぞ。
何だって直線距離ならそう変化の無さそうな場所に飛ばした。意味不明だろうが。大変遺憾ですってな話だ。これからどうやって海と合流しろと言うのか。
グラーヴェさまが地理に明るくなかったらマップ見ながらなんとか探り探り行くしかない。
……が、これ途中でまたいらんちょっかい掛けられた場合その努力も無に帰す可能性があるのよな。特急便で移動できる海が先行でクィンスタッドに行って、天穴開いてしまうのが一番手っ取り早い……か?後からクィンスタッドで合流でも良いのでは?そちらの方が安全なのでは?
だがグラーヴェさまがクィンスタッドの使者代表だよなぁ……残りの人は多分、グラーヴェさまの護衛とかそう言うアレな気がする。主を差し置いて国に戻れるものだろうか。そこら辺はあれかな。電話越しにあちらサイドで話を付けてもらう必要があるだろうか。
まぁあくまでこれは仮案だ。他に何かいい手立てはないものか……。
うーん、と頭を悩ませていたならメッセージが返ってきた。
『散策オツ。グラーヴェさまの様子は?』
『多少マシになったけど、テントで休ませてる。現在ぐっすや中。ところでヒール掛けると祝福とやらの威力が増すと言う事が判明した。アレ、回復と言うよりは魔力流し込むのが目的のシロモノなのかも』
『また何か発見してやがる。て事はグラーヴェさまはヒールで何とかなった感じか?』
『うん、たぶん。もうちょっと経過観察は必要だろうけど』
静まり返った空間でメッセージをやり取りしていると、時折吹く風が窓を揺らしてちょっとどきっとする。結界を張っては居るが、あの、なんだ。ぼっち怖いね……って話で。異様に心細いわちくしょう。
『なるほど?まぁでも何とかなりそうで良かったな。で、そっちなんだけどよ、なんかクィード地方とか言う方面らしい。鉱山地帯的なやつで、山多いらしいんだけどどうよ?』
山?そう言えば遠景はあまり確認してないな、と窓を振り返り遠くを意識的に見てみれば、うすらと土煙で霞んだ先に、なるほど山らしき影が見える。
『山あるっぽいねぇ。もしかして登山しないと抜けられん地方なのかね。しんどすぎん?』
『山あるかぁ。じゃあ間違いねぇな。合流まで掛かるか……』
『あー、それなんだけどね。そっち先行でクィンスタッド行ってもう天穴開いて貰った方が早いし安全では?と思うんだけど』
『は?海くんにこのむくつけき筋肉とだけ旅させんの?癒し足りなくね?』
『は?私なんぞグラーヴェさまと二人旅確定なんだけど?取扱わからない王族らしき人なんだけど?』
そもそも私がいたところで癒しにはなるまい。ただ少しお互い心強いだけだ。いや、そこ大事だけど。
『あ、それも聞いたわ。グラーヴェさま第四王子だって。上に兄三人、姉二人。下に弟一人、妹二人の大家族編成。父親一人、母親三人って言うとんでもねぇ話な』
おお……お妾さん?側室?的なあれ?権力闘争あるやつ?家庭内不和とかあるやつ?やだ怖い。深く関わらんとこ。
『あとお連れさんは護衛衆。騎士さん的なやつ。グラーヴェさまのご命令なしに勝手な判断は躊躇われますってノリ』
『じゃあグラーヴェさま起きてから電話で会議が妥当?』
『そうな。今後の行動方針はそうなるよな』
『了解。なら私風呂の準備に取り掛かるわ』
『何故に風呂』
『だって、スメルレスプラス必要なんだもん……』
『あー。うん。えー、なるほど。解らんでもない』
と言うことはそっちはそっちで気になっている、と。
いや、割と身綺麗にしようとしている努力は感じるのよ?でもね、限界はあるよね。やっぱ水大事だわ。
『私のインベントリが唸りをあげるわ』
『俺のインベントリも唸らせるかなぁ』
『そっちは今水豊富だろうが。こっちカラッカラだからな』
『海くん頑張ったからな!』
そうね!
『まぁまたグラーヴェさま起きて、色々落ち着いたら連絡入れるわー』
『りょー。油断せずにー』
『あいよー』
さて、では風呂の準備に取り掛かるか。何もせずにグラーヴェさまが起きるの待ってるのも退屈だし、何より静かなの怖いからな。あとこの建物の中も散策しておこう。何か使えるものがあるかもしれない。使った後はクリーンしたりして、来た時よりも美しくを心掛ければ許されるはず。多分。
しかし山登り確定かぁ……確かトレッキングポールがインベントリにあった筈……。あれがあるのと無いのとでは負担がかなり違ってくるんだよなぁ。まぁ無くても最悪その辺の枝を杖代わりにすれば良いのだが、そもそも健康な枝が落ちてる可能性が低そうよな。
鉱山地帯と言うことは、山そのものも結構岩場が多そうだ。
……そうか。東の森は岩場多かったなそういえば。やはりその辺はリンクしているのか。てことは、乾燥に強そうな爬虫類系の魔獣とか、山には居たりするのだろうか。そのあたりへの備えも怠らないようにしなければ。
グラーヴェさまがどの程度動けるかによっても色々と違ってくるよな、これ。殿下程とは言わないので、せめても自分の身を最低限守れる人であればいいなぁ。




