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深淵ネクスト。海は居ない。
既に心が折れそうな状況ではあるが、折れてる場合でもない。とりあえず具合悪そうなグラーヴェさまテントにでもぶち込んで休ませるべきか?
否、おそらくこの深淵が原因だと思われるので可及的速やかに脱出をする事が求められるだろう。
……母さんに連絡するのがベターか。まぁスマホもあれよな。御使いパワーですと言う事で始末つければいいよなと思い、インベントリからスマホを取り出せば着信している。
チカチカと無音でコールしているスマホを手に、溜息ひとつ。
「はいはいこちら深淵の空さん。グラーヴェさまが具合悪そうですピンチ。ヴィーヴォくんが見当たりませんが現場どうなっておりますかー」
『よかった生きてたぁぁっ!忽然と消えるのマジ心臓に悪いから!ねーちゃんのばかー!』
通話応答をタップしてスピーカーにした上で捲し立てれば、電話向こうの海はこちらの質問にはまるで解答しない。挙句罵られた。
「いや知らんわ。そんなイリュージョンしたくてしてねぇんだわ」
『したくてしてたらマジで許さねえわ!因みにヴィーヴォくん無事。擦り傷ひとつなし。棒立ち。マネキンかな』
「あ、そうなの?そりゃなにより。じゃあグラーヴェさまがこっち居るのは私と接触してたからかな」
『そうじゃねえの?考えてみればアレで飲まれたらそもそも世界そのものが存続してねぇっつー話で。狙いはやっぱ俺等なんじゃね?』
「あんのモザイク野郎、仕事的確で腹立つわ」
どうしてその勤勉さがうちの社長に備わっていないのか。解せぬ。
『それな。で、グラーヴェさま具合悪いのってやっぱ深淵効果?祝福足りてねぇって感じ?』
「過不足は知ったこっちゃないけど、結界張る前にちょっと深淵浴びてグロッキーな感じ」
『ふんん……?結界内なら大丈夫ってことか?』
「一応多少は楽になったっぽいけど……どんな感じです?グラーヴェさま」
見た感じだけなら脱力したし、マシにはなっていると信じたいが。
声を掛けてみればのそりと顔を上げてくれはしたが、その顔色は良くない。
「ええ、はい……だい、じょうぶです」
うめくような声でそう告げてくるが、間違いなくこれは気遣いか強がりか。そのどちらかだろう。
「ああ、うん。駄目だねぇ」
『駄目なんかーい』
「顔面蒼白だもん。最初の一撃が効いてるんだろうねぇ……まぁでもスプラッタにならなくて良かった。そこだけは救い」
深淵漬けになったら中からバラされる恐れ有りだからなぁ。
しかし、そうなると結界から出るのは私も危険だと言う事だ。西と違って東は龍脈すら通っていない。と、なると社長の助力は期待できないだろう。元々あまり期待していないが。
『とりあえず結界内ならなんとか保つってことでOK?』
「うん、多分。ワンキルには至ってないからギリセーフの範囲かと。後は……脱出してからどうなるかが未知数ではあるかな」
『ああ……あれな。え、だめじゃん?出てきても串刺しの滅多刺しじゃん?リアルグロじゃん駄目絶対』
「いや、流石に私もそれは忌避するわ当然だろ死ぬわ。グロとか以前の問題だわ」
とは言え、深淵に長く浸らなければワンチャンあると考えて、早期脱出を試みたい。グラーヴェさまの身体も心配だが、もうひとつ。こんなところに長時間居たらこっちのメンタルがもたない。しかも海いないし。充電も、予備バッテリーが死ねば終わりなのだ。そんなことになったらもう駄目だ。心が死ぬ。
「まぁそんなわけで、浸る前に脱出したいのよな」
『脱出っつっても、グラーヴェさま連れて上がれるのかよ』
「さぁ……?駄目そうなら中断するしか無いけど……あ、まって。何か光ってる。遠くの方で光ってる」
確かに、龍のエリアにグラーヴェさまが一緒に上がれるかは未知数ではあるな、と中断も視野に入れて考えていれば、不意に遠くの方できらりと光が瞬いた。
母さんの魔力のような日の出のようなものではなく、刺し貫くような強烈な閃光の気配。
『え?』
「あ、なんかぐいぐい近づいてる。何だあれ。ビックバン?やばいやつ?」
『え、なに嘘待って、知らない展開続きすぎ海くん不安になるからホントやめて』
「大丈夫。現場の私が一番不安だわ。いや、グラーヴェさまのほうが不安かもしれん。深淵蹴散らして怒涛の勢いで迫ってくる。これ光に轢かれる。逃げられないの確実」
『やだー!とりあえずグラーヴェさまちゃんと確保しててそして無事であってー!結界から1ミリも出ずに防御固めてー!』
海に言われる前にグラーヴェさまの胴にがしりと腕を回して確保し、きつく引き寄せる。ガタイが良過ぎて抱き込めるには腕の長さが足りないのが悔やまれるところだ。
「グラーヴェさまめっちゃ分厚い!」
『殿下タイプの着痩せ型かよ!!でもそれ今必要ない情報!!』
「あー!眩しい!目が、目がー!」
『そう言うの今いらねーから!!』
何だよ。少しでも緊張を解そうとだな。
ぎゃーぎゃー喚いている内に、眼前に迫る光に焼き尽くされるかのようだ。熱量は感じないと言う事は、蒸発させられる事はないと思っていいのか。結界耐えられる?大丈夫?信じてるから頑張ってくれ。
ぎゅうと目を閉じて、光から目を守るように顔をうつむければ、グラーヴェさまが腕を伸ばしてこの身を抱え込む。すっぽりかよぉ……サイズ感がおかしいだろうがよ。
ギリと奥歯を噛み締める音がするのは、グラーヴェさまも不安を感じているのだろう。当然だ。こんなわけわからん事に会って早々に巻き込んで本当に申し訳ない。
無事脱出できたなら、秘蔵のおやつを差し上げようと固く誓う。
結界を光が飲み込んで、辺りが真白に染まる。
暗闇で染まっているか、光で染まっているかの違いしかない。何も見えない上に、不用意に目を開ければ間違いなく目がやられるだろう分、光の方が厄介かもしれないなとどこか冷静な部分で思った。
そして、ずしりと突然戻ってくる重力に一瞬息が詰まった。かと思えば、グラーヴェさまがそのまま重力に従って倒れ込んできたので両足を踏ん張ってなんとかささえ……られるわけがないのでフラッフィーを咄嗟に掛けて抱き留めた。
無理に決まってるだろう。大柄の成人男性なぞ咄嗟に支えるのなんて。一緒くたに倒れ込んで頭でも打ったらどうすんだって話だ。
しかし、重力が戻ったと言う事は、これ何もせんうちに脱出を果たしたと言うことだな?もしかしてあのビックバン社長の仕事?普通に怖かったけど?
「……おお、光に飲まれたら通常空間に投げ出された件について」
手に持つ通話状態のままのスマホにそう話しかけてみたら、ああ、ともうん、とも言えない曖昧な返事に続いて、
『……お前、めっちゃ離れたとこに弾き出されたっぽいんだけど……?』
大変戸惑った声音が衝撃の事実とともに返ってきたもので。
「おん……?」
言われてマップを見れば、海の青点は地図上で南側にある。どうやら北東側に出現した模様。指先でどの程度離れているのかをざくっと測ってみたなら、なるほど……?
「森の中心から外まで並みに距離があるように見える……」
『それよ。周囲どうなってんの?そっち』
問われ、ようやく周囲を見渡せば何だか大変ボロい木造の建物だった。埃だか砂塵だかがうっすらと、室内であるにも関わらず積もっているあたり、暫く人の出入りはないと考えていいだろう。
何となく祭壇のようなものも見えるので、もしかしたらこれは神殿とか教会とか言われるものかもしれない。とても小さい地方出張所みたいな趣を感じる。
「……とりあえず、多分神殿支部?すごく廃墟チックな雰囲気を醸し出してる。窓の外は立ち枯れた木々が見える。多分もともとは森だったんじゃないかな?すごく退廃的な光景が広がってんだけど、何これホラー?」
唐突なるホラーゲーの気配。
廃墟の教会に、周囲に人の気配は無し。尚且つ枯れた木々が風に揺れて妙に不気味な演出をしてくれている。ふわりと舞い上がる砂煙が時々窓の外を通過していくのもなかなかの雰囲気だ。
『あー……?あれか。水なくて批難した村とか町とかの教会的な……?』
「多分……?人はいなさそうだしねぇ。まぁとりあえず、グラーヴェさま休ませるわ。で、ある程度周囲確認してからまた連絡する。色々温存しておきたいし、一旦切るね」
『は?あ、おう。了解。とりあえず無事ならまぁ……気を付けろよ。こっちもこっちでそっちとの距離とかちょっと聞いてみるわ』
「はいはい。まぁいつもの通り、今日もご安全にをモットーにやってくー。じゃまた後程」
そうしてとりあえず通話を切って、ぐったりとしたグラーヴェさまを改めて観察する。意識は朦朧としてそうだ。
ものの数秒深淵を浴びてこうなるのか……と、その力に恐ろしさすら感じる。同時に、やはりこの身体は社長に魔改造されているおそれがあるな?と思った。人ならざるものになるのだけは本当に勘弁してほしい。
とりあえず横にすべきだろうと室内を見渡し、何脚かある長椅子の一つにそっと横たえてフラッフィの効果をオフにする。ギシリと古そうな長椅子がグラーヴェさまの体重できしみを上げたが、一応壊れる気配はないので一旦これで置いておくとして……
「うわ、」
と思ったところでグラーヴェさまの大変形のよろしい鼻から出血が見られます。ええ、ええ。鼻血です。これ仰向けにしてたら溺れるのでは?もう一度フラッフィを掛けて横向きに姿勢を変えて、ふと思う。フラッフィが掛かってる間、鼻血が出なかったのは何故だ?と。もしかして、もしかしてだが。私の魔力が影響を及ぼしている間は多少はダメージが軽減されるのか……?社長の聖域が無くともなんとかできる可能性がある……?
よくは解らないが、可能性があるのならば今使うべきスキルはこれしかないなと思いつく。正直消費魔力の割に使い勝手は悪いと感じてお蔵入りしている【ヒール】だ。魔力を流し込むにはおあつらえ向きなのではなかろうか。
そっとグラーヴェさまの肩あたりに触れてヒールを発動させれば、魔力がごりっと減っていく。
これだけ魔力を鍛えても、ヒールが使える回数は魔力全回復状態からでもせいぜい13回しかない。そのコストの悪さは折り紙付きだ。が、多くの魔力を流し込めるという意味では今の状況ならばアリではないだろうか。私の魔力に包まれたグラーヴェさまの纏うきらきらがなんだか強くなった気がするし。
妙にきらきらしい感じになったな、と思ったなら眉間の皺が少しばかり緩むのも見えた。
「……み、つかいさま、もうしわけ……」
「あ、そういうのいいので。むしろ巻き込んでこっちが申し訳ないくらいなので。どうです、これ少しは楽になります?」
はぁ、と苦悶の吐息を零しながらも謝ろうとするので、そんなことはどうでもいいのだと言葉を被せる。巻き込まれたグラーヴェさまが謝るのは筋違いだ。謝るべきはモザイク龍と社長の二大巨頭であって、グラーヴェさまではない。
問いかけた言葉に、うすらと目を開けてこちらを見たと思えば淡く微笑みを口元に刻む。
「はい……とても、あたたかい御力を、感じます」
そのあたたかい御力とやらは魔力でしかないのだが。まぁおいといて。
「そう……なら良かった」
この対処は一応正解だと言うことで脳内メモしておこう。深淵ダメージはヒールでマシになるらしいぞ、と。
しかしあれだな。このボロくて固い椅子で横にしていても寝心地悪かろう。やはりテント出してお布団で休ませるのが適切か。
今一度周囲を見渡して、テント出せるスペースがないかと思うが当然そんなものはない。今室内にある長椅子適当に移動させてスペース作ればいけそうではあるが。フラッフィ使えば長椅子の移動くらいなんてことなくできるだろう。もう少しグラーヴェさまに魔力流したら室内整えてテント出そう。そうしよう。
でもっておねむさせよう。
インベントリからハンカチ取り出してお顔に添え、出ている鼻血をそっと拭う。海相手ならぐいぐい行けるが、流石に赤の他人の顔面ぐいぐい拭うのは憚られる。
「もうちょっと休める環境整えたら一度ゆっくり眠ってください。その間に周辺ちょっと調べてくるので、もし万が一起きた時いなくても結界から出ないようにお願いします」
「そ、れは、」
「絶対に戻ってくるし、置いて行ったりはしないので安心してください。無理はしないし危ないことも絶対にしないので」
ぽんぽん、と肩においた手でなだめるように軽く叩きながら告げ、言葉を続ける。
「それに、今グラーヴェさまが無理をするほうが余程危ないので。とりあえず、ある程度回復するまでは結界から出ずに。私の魔力の影響下に居て貰った方が安心なので。私も深淵から出た時に一度ずったずたにされたことがあるので油断大敵ですいやほんとに」
「……ずったずた、」
「そう、中からぐさぐさーと。いやぁ、あれ対処がもうちょっと遅れてたら今生きてませんわホント」
ははは、と。今となっては笑って言えるがあの時は驚いたし超痛かった。そして笑って言えるからと言って笑い話にできるわけではないが。そこのところ勘違いすんなよ。恨みに思っていることは変わりないからな。




