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さて、屋内の探検はつつがなく終えた訳だが、私達の居る空間の奥は住居スペースの雰囲気を醸し出していた。
流石に人様の個室を覗くわけにもいかないので、ザクっとした探検となってしまったが二階造りの住居スペースは、どうやら一階はほぼ共有スペースが占めているようだった。
いやね、ありがたいことにね、リネン室みたいなスペースもありましてね?
ゲットしました、布。多分シーツ。
ちょっとつぎはぎがあるのが趣深い。何枚かお借りしますね。クリーンして返す予定であるので、このちょっと黄ばんだ感じは落とせると思う。故に勝手にお借りすることを許されたい。
いそいそと何枚かお借りして、リネン室の奥の扉を開ければ直通で先程確認した水場と思わしき場所に出る。
お洗濯大変だからな。距離が近いのはとても理に適っている。洗濯機は無さそうだし、これ人力で洗濯しているのだろうか。それとも何か、そういう魔道具とかあるのだろうか。その辺は解らないが近いにこしたことはない。
洗濯ロープを支える支柱を移動させて、二畳程のスペースを囲んだならばシーツで目隠しを作る。飛ばないように洗濯バサミのような物もお借りして固定もバッチリだ。
そしてインベントリから取り出すのはバスタブ。それも湯抜きの穴が超シンプルなゴム栓の一品だ。
いや、最近のバスタブってぽちっとボタンみたいなのを押したら連動してぽこっと湯抜きの穴を塞いでる器具が浮いて流れていくのが多いので、このシンプルスタイルのバスタブをショッピングのホームセンターで探すの少し苦労したのだ。最悪糸鋸やヤスリ使った破壊工作まで考えたくらいだ。
が、見つけたこのシンプルなバスタブ。こいつには森の中でも時々お世話になっている。
もうね、大自然の中で結界張って素っ裸になるのすんごい開放感。温泉の素まで入れちゃってね、天然露天風呂。
とは言え、それは海と二人だからできることで、流石に今回はそんな馬鹿な真似はしない。ちゃんと隠すよ。慎み大事よな。
どーんとバスタブを出したなら、いそいそとシャンプーやボディソープの類も用意してだな。あと洗面器と風呂用の椅子な。ボディタオルも必要だ。スチールラックが大活躍する場面である。
「こんなもんかなぁ……」
ぽつり、独り言がこぼれる。それからはたと気付いてマップを見るが、相変わらず私とグラーヴェさまの点しか周囲にはないので問題無かった。
森では独り言なぞ命に関わるので、ぽろりこぼれる事など無かったのだが……気を抜いたつもりは無いが、人の営みの名残の中では警戒心が薄れてしまうのだろうか。
……否、多分ただ単に風呂が楽しみなだけだな私。浮かれてるんだな。だって寒いし。芯まで温めるには風呂に浸かるのが一番なんだもの。お湯の温度は41℃で長湯してやる予定である。
一通り浴場作りを終えたなら、また正面まで外から回ってグラーヴェさまの様子を見に戻る。
テントを覗き込んだなら、すやすやと気持ち良さげに眠っていた。
……これいつ起きるのだろうか。とりあえずご飯の支度でもするか。
何だかんだと気付けばもう外は茜色に染まって、今暫くすれば夜が訪れるだろう。あ、浴場にランタン必要だな。と言うかここにも灯り用意しておかねば。
まぁ、そんなものも抜かりなどあるはずも無いが。
テーブルと椅子を出し、テーブルの上には電気ランタンを置いておく。そうして、今日の夕飯は何にすべきかと出したキャンプチェアに腰掛けて考えた。
――殿下レベルで食うだろうか……?
と、問題はそこだ。
二人前くらい出せば空腹は満たせるだろうか?西では少食だと散々言われた私達だが、東ではどうなのか。屋根はお借りしたが、食堂の類は利用していない。色んな人に見られるの恥ずかしいし、海が目立つのを嫌がったからおとなしく部屋で野営飯をしていたのだ。
三日目くらいにヴィーヴォくんに、アンタら飯食ってる……?と心配されたくらいにはひっそりと生きていたのだ。そもそも食堂で出てくるメニューも、聞いたところによると先ず、基本はめちゃ硬いパン。あと魔獣とかの干し肉だってんだから栄養状態大丈夫?とこちらが聞きたくなる有様で。
……魔獣って食えるのかぁ、と。その時は妙なところに感心した訳だが。
まぁこうも植物が枯れ果てていては、野菜の類は育たないだろう。もうはちゃめちゃに高級品ではなかろうか。湿度もないからキノコの類も育たないだろうし……パンを作る穀物とかも、備蓄庫から何とか捻り出しているとのこと。だいぶ古い小麦を使っているから味は残念なことになっているとかなんとか。賞味期限的なもの大丈夫なのだろうか……。
やはり海にお急ぎ便でクィンスタッドに行ってもらうべきよな。全力で雨を望むわ。
とりあえず野菜……寒いし、お値段はそこそこするが贅沢におでんを出そう。缶詰おでん、興味本意で買ってしまったのだ。あとは主食は乾麺のうどんだろうか。おでんの出汁で茹でればもうそれで良いのではないかな。
ところで麺の文化ある?パスタは違和感なく殿下食べてたけど、うどんはどうなのかな。まぁ初見でも同じように食べてくれればいいよ。
……啜ったらマナー違反になるのだろうか。異文化解らん。
大きめの鍋を出して、缶を開けていれば音が気になったのかテントの方でごそりと人の動く気配。
それからパサリと布地を押し上げて寝起きのぼんやりとした顔のグラーヴェさまが顔を出した。
「あ、良かった。起きた」
缶の中身を鍋にぶちまけながらそう声を掛けたなら、ぱちぱちと瞬きをしてから少し困ったように微笑むグラーヴェさま。
「御迷惑をお掛けしました。もう大丈夫です」
そう言いながら置いてあった靴を履いてこちらに近づいてくる。
「油断大敵ですけどね。ごはんまで少し掛かるので、とりあえずお茶でも飲んでゆっくりしてて下さい」
ちょいちょいとお茶を淹れてカップを渡せば大事そうに両手で受け取り、じっと揺れるお茶の波紋を眺めている。
「……ウェイラムの水は、お二人の祝福なのでしょうか」
そして、ぽつりと囁くように問われた言葉に軽く横に首を振って否定する。
「あれはただ、水を汲み上げる魔道具に充魔しただけで根本解決には程遠いかと。とかく天穴を開いて龍脈を通わせないことには……」
「そう、ですか」
「なので、今後の行動方針の相談もありますが……とりあえずごはん食べながらにしましょう。お腹空くと寒さが身にしみますし」
そうして手元の作業に戻れば、立ち尽くしたままカップを眺めているもので。
……思うところは多々あるのだろうなぁ。そりゃそうだよなぁ。
しかしその心中お察しすることはできないので、鍋を温めつつ乾麺をぶっこむ。くつくつと煮込んでいればお出汁の良い香りが室内に充満し、かと思えばくぅぅ、と控えめな音がグラーヴェさまの腹から聞こえた。
思わず視線をやれば、少し頬を赤くしているではないか。恥ずかしがるでないわ。
「もうちょっと煮たら食べられるので」
小さく笑ってそう告げれば、口元を片手で覆って顔の半分を隠して目を逸らされてしまう。おお、耳まで赤い。
「いえ、あの、すみません……本来ならば私が成さねばならない事で、御使い様のお手を煩わせるなど」
「いやいや、私も海もそんな面倒見てもらわないといけないような子供では無いのでお気になさらず。若者が変な気の使い方をするものでもありませんよ」
「わかもの……いえ、しかし……」
「多分グラーヴェさまノクト殿下とそうお年頃変わらない、ですよね?」
「え、はい。私の方がひとつ年上ではありますが……近い年齢と言うことで、鳥のやりとりは主に私がさせて頂いておりました」
なるほど?文通友達的な?
多分殿下のことだから、先ず友達に当てて鳥飛ばしただろうなぁ。それから上同士のお話に持ち込まれたのでは無いかな。何となくそう思う。最初に陛下から鳥飛ばしてない時点で色々ぶっ飛ばした手続きしてそう。殿下だし。
「そっか。なら私よりは一回り近く年下さんですねぇ」
「え?」
「一回り近く年下さん」
「……え?」
「なので遠慮なく甘えて下さって構いませんよ、と。できる範囲はお姉さん頑張りますんで」
「……え?」
グラーヴェさまが壊れたのだが。誰かなんとかしてくれ。え?しか言わねぇ。
そんな中、そろそろこれ食えるな?と、器にうどんとおでんを盛り付けて、出汁を注ぐ。うむ、これは大変美味しそうだ。缶詰のバラエティには本当に日々助けられている。
「あ、箸使えます?それともフォークのほうがいいですか?」
「え、あ。箸……は、使えます。はい」
使えるのか。逆に驚いたわ。
え、東の食文化どうなってんの?パンが主食というわけでは無いの?米あります?ソウルフード米。ジャポニカ米レベルの米。とは言え米があったとて、水田干上がっているだろうから近年収穫できて無さそうだが。水よ……ソウルフードを奪ってはならんよ。いや、まだ米が主食と決まったわけでは無いが。
「食べたらあっちとまた音声のみだけれど繋げるので、今後の行動について会議しましょうね」
箸を渡しつつ、海にメッセージを送る。
あちらの状況次第では風呂が先になるかもしれないが。その場合、湯冷めしないようにお布団で会議だな。寝落ちしないように気を付けねばならない案件。
『グラーヴェさま起きたので夕飯なう。そちらの状況次第で食べ終わったら会議したいけどどんな感じー?』
また返事まで多少は掛かるだろうから今のうちに食べておこう。大根様がお待ちである。お出汁しみしみの大根なぞ美味いに決まっているからな。
『ちな、夕飯はおでんにした。寒さに効く』
どうでもいい情報も追加しておいたなら、グラーヴェさまにちゃんと座るよう促してごはんタイムに突入である。
それにしてもグラーヴェさまホントに普通に箸使えるのでやんの。あとうどん啜ってる……音を立てずに啜ってる……熱くないの?その食べ方。おでん食べる時めちゃいい顔してるし、おいしいおいしいと些か大袈裟な程だが、まぁ硬いパンよりはそりゃ美味かろう。魔獣の肉の味は知らんのでなんとも言えないが。
出汁の一滴すら余す事なく食い尽くす勢いだ。凄いね若者。鍋の中身を追加投入しても輝くような笑顔で礼を言って再び食い尽くす。その所作は決して下品では無いのに、早い。殿下達もそうだけど、食事のスピードの割に品良く食べるこのスキルなんなの?特殊技能なの?
まぁかなり多めに煮込んだおでんうどんはどうやら問題なく消費できそうで何よりではあるが。
しかしエンゲル係数半端ないなこのお子様。あ、違う。成人済みだった。
インベントリには相当量の保存食を入れているが、果たして大丈夫だろうか。クィンスタッドまで保つだろうか……少し不安になってきた。最悪魔獣とか口にすることになるのだろうか……?狩りとかできないんだけど?解体なんてもっとできないんだけど。
平地に出たら速さ重視の移動を考える必要が出てきたなこれ。とは言え路面状態次第ではあるが。のこのこ歩いていては食糧が尽きる。
その前に海と合流せねば。
……でもあっち三人抱えてるんだよなぁ。例えば一週間移動だとしても、瞬殺では……?いやでも海なら魔獣の肉とかチャレンジしそうだし何とかなる、か?胃腸弱いからそこは回避するだろうか?
考えても仕方ない事ばかりではあるが気になってしまう。
『うわ、おでんいいな。俺も今日はおでん食うかなぁ。でも騎士さんらも居るから食堂かなとも思ってんだけど』
あ、返事来たわ。でもおねーちゃん今食事中だから待ってね。あと食堂て。やっぱり魔獣チャレンジしちゃうの?やばくない?
『ただ硬いパンを食いちぎる顎の力が俺にあるかが疑問』
問題点はそっちかー……。
『魔獣肉はどうやらスープに進化してるらしいぜ』
あー、水が確保できたからか。ただ何味になるのかが不透明すぎて怖くないの?あとスープになってるならパンふやかして食べられるのでは?
『こっち聞いてみたら会議オッケーってよ。むしろグラーヴェさまの声聴きてえみたいな空気感。まぁそりゃそうよな』
ああ、うん。納得しかないわ。そうよな。
「ところでグラーヴェさま。今いるの、なんかクィード地方とか言うらしくて、山越えなくちゃならないみたいなんですよ」
美味しそうに食事してるとこごめんね。現状でわかっている情報の共有もさせてくれ。今の間に。
「……ん、む。クィードならば鉱山地方ですね。成る程……ならば山道は整備されておりますので、越えることそのものは問題ないかと思われます」
「あ、そうなんだ。良かった。流石に獣道を越えるのは難儀かなぁと思ってたんですよねぇ」
「速さ重視で移動するのならば獣道も手ではありますが……安全面から、あまりお勧めは致しかねます」
「うん、安全第一で。とは言え、速いところ天穴を開いてしまいたいのも事実なので、いっそ海とグラーヴェさまのお連れさんに先行してクィンスタッドへ行って貰うのはどうかと思うのですが。合流はもう現地でいいのでは、と。恐らく天穴を開くことそのものは、海ひとりでもできなくはない……と思うのです」
ここで本題を切り込めばぴたりと箸を持つ手が止まり、じっと目を合わせてくる。
「龍の加護を、なるべく早く回復させたいと。この現状を前にして、あまり悠長にしているわけにもいかないなとは思うのです。とは言え、これまでも別段悠長にしていたつもりはありませんが」
お役目が解ってからは割と頑張ってるよね私達。確かに休暇と言う名の修業期間は得たけれど、それはそれで必要な事だったと言い切れる。魔力が不足していては、生き延びるのに難儀するのだから。そもそもが生きていてナンボなのだ。死んでる場合ではない。そしてこうして、離れ離れになった時の個人の能力値は高いほうがいいのも言わずもがな。離れ離れになる予定なぞなかったけれど、結果としてそうなっているのだから本当に魔力鍛えておいてよかったとしみじみ思う。そしてインベントリの中身も、相手のものに依存するような準備の仕方はしていない。個別に分かれたとしてもなんとでもなる程度には充実させているのだ。
「……そう、ですね。お二人がそう望まれるのでしたら、私に否やはございません」
いや、何か思うところありそうだけど大丈夫かこれ。
「ええと、ちゃんとグラーヴェさまを国まで送り届けるのは約束します。危険からも全力で守りますので、護衛さんがお傍にいないのが不安でしたら……」
「いえ、そうではなく。むしろ私がソラ様をお守りする立場ですので」
「あれ。違う……?何か不安そうだったのでてっきり……」
思わず首を傾げて見せれば、こほんと一つ咳ばらいをして、
「……その、ですね。妙齢の女性との二人旅と、なるわけでしょう。勿論、不埒な真似は誓って致しません。ですが、ソラ様は不安に思われないのでしょうか、と」
言われた言葉に思わずきょとんと目を丸くしてしまう。不埒な真似て。いや、海よりも年下の男の子にそんな事言われる日がくるとは思わないだろう普通。
「いやぁ……すみません。全くこれっぽっちも考えてませんでしたねぇ……海よりも年下の異性って、最早若すぎて男性には見えてないというか……」
射程範囲外すぎてそんな発想が欠片たりとも思い浮かばなかったわ。海と同年代でもかわいい世代だぞおい。なんなら私は海のおむつを替えた経験すらあるのだ。その年代以下の異性とか……ねぇ?って話だ。いいこいいこしてやろうかってくらいの次元なのだ。




