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翌日、案内された部屋に溢れかえる道具の数々に思わずぽかんと口を開けてしまう。
乱雑に積み上げられたものは総て、魔道具であると言うのだから。
窓には埃だか砂塵だかがうすらと積もり、空気の入れ替えすらマトモにされていないであろうということが窺える一室に所せましと積み上げられた大小様々な魔道具の数々。棚なども一応ありはするが、おさまりきらずにあちこちに積み置かれて見えている床面積のほうが少ないくらいだった。
魔力が切れて放置されている魔道具をとりあえず保管しておく為の部屋、というか物置。
嬉々として許可取れたんだぜとあの若者が朝から案内してくれたのだが、
「……これは凄いねぇ。中々の物量」
「いやー、マジで年単位で放置されてっから。この部屋だけでも一部よ一部」
ひらひらと手を振りながら笑って見せるにーちゃんに、マジかと呻く。これはひどい。
どうやらレランドさん、めっちゃくちゃ悩んでいたらしいのだが今朝になってにーちゃんに宜しくお願い申し上げるとお伝えしてくれと言ってきたらしい。そんな悩まなくていいのだけれどもなぁ。
手近な魔道具を手に取れば、なるほど確かにすっからかん。
「後で隊長も来るって言ってたけど、とりあえずできる範囲でいっから無理はしねぇでな」
「いやまぁ無理はする気ねぇけど、どれが優先とかねぇの?俺等こういうの使わねぇから優先順位つけてくれたほうが作業しやすいんだけどよ」
海も適当な魔道具を手にしながらしげしげと眺めては首を傾げた。鑑定しても優劣なぞ解らないしな。
「騎士さん達が使いやすい道具とか、先に充魔しといた方がいいだろうし、お兄さん的にはどれがおススメ?」
最終的にはガンガン充魔していくつもりではあるが、速い方が助かる代物もあるだろう。こういう時、現場の人間の意見は重要だ。
問いかけに対して少しばかり眉を下げて笑うお兄さんは小さく首を傾げて後頭部をカリカリかくような仕草を見せた後、
「いやぁ……実は俺騎士団の魔道具ほっとんど使った記憶ねぇのよなぁ。結構若手なもんで」
「え、その割にレランドさんの側近みたいな感じなの凄くね?」
「側近みたいに見える?マジで?うわーそれいいなー。でも残念。連絡係兼雑用の下っ端よ俺」
ケラと笑って見せるお兄さんに、では魔獣討伐これまでこの人ほとんど肉体言語だけでこなしてきたのかと思わずまじまじ見てしまう。殿下みたいに着やせするタイプ?実はこの騎士服の下マッシブなの?うわこっわ。怒らせんとこ。
「つっても、多分この辺のとか新しいから最近まで使ってたんだろうし優先順位高ぇ、のかな。わかんねぇな……こんなことなら魔道具もちっとは勉強しときゃよかったなぁ」
「最近まで使ってたってことは最近になるまで使わなくても良かったってことでもあるしねぇ……?難しいねぇ」
とりあえず手にした魔道具に充魔してみれば、割とすんなりと満ちていくのが解る。これなら作業そのものは骨だろうが、それほど魔力の心配はしなくてよさそうだ。
「あ、充魔したのとまだしてないやつ解るようにしとかないと混じるね」
「あ、そうな。えーと、この箱に済んだ奴入れてもらう感じ、で」
ごそごそと、そこらへんの箱を見繕って中に入っている魔道具を取り出すにーちゃんに首を傾げる。
「いや、それだとすぐ埋まるよ。部屋単位で済んだ奴移動させるくらいがいいと思う」
「待って。待って。お二人さん。おかしい。おかしいから。いや、おかしいのは解っちゃいるけどどんだけやんの。身体持つのそれで」
「これくらいなら割とイケる。昨日の地下水汲み上げる魔道具に比べりゃこれめっちゃ器小さいし、一個一個やんのが面倒くせぇくらいで魔力そのものは全然問題ねぇと思う」
言いながら海も手にした魔道具に魔力を注いでいた。こう……コップに麦茶注ぐくらいの感覚なのだが、解るだろうか。とても何気ない感じで充魔が完了するというか……。
「……魔力操作うまいことして部屋ごと充魔できねぇかな」
ぼそ、と。とんでもない事言い始めたんだがこの弟。
「いやぁ……流石にどうなんだろ。多分器から零れるよね。漏れちゃう」
それこそ魔力のお漏らししちゃう可能性高いと思う。
「漏れちゃう、じゃねぇーよ!発想が頭おかしいから!!」
それにしてもこのにーちゃん、ツッコミが早い。会話のテンポの良い人だな。
しかし部屋ごと充魔は確かに、多少漏れてもてっとり早いかもしれない。試しに魔道具が詰まった箱をずりずり引き寄せて、じっと観察。いくつ入っているかは知らないが、箱めがけて魔力をどばっと流し込んでみた。
「ちょっとぉぉぉ!何してんのぉぉ!」
流し込んだ先、器が複数感じられるが、
「あ、駄目だこれ酔う。情報量どばっと来て脳みそパンクする」
脳内に投影されるイメージが多い。器がたくさんごろごろと感じられて、それぞれに魔力が注がれるイメージは解るのだが一貫しない。どれが満ちてどれが満ちていないのかが解らない上、満ちたからと言って意識の外に出ていくわけでもなく居座ってごろごろしているような……とにかく脳内が雑多に散らかされて情報処理ができない。
「きもちわるい……これは駄目だわ。部屋ごとやったら倒れる絶対」
ふつりと魔力を流し込むのをやめて、大きく息を吐き出す。
「一個一個やった方が健康にいいと思う。まだらに入るし、全部満ちるまでやったら際限なく魔力垂れ流す事になるわこれ」
結論として海に告げたらまじかーとか言って箱を覗き込み、どばっと海も魔力を注ぐ。
「あ……なるほど?なるほど?」
「ね?ね?気持ち悪いよね?」
「入ってる奴も入ってねぇ奴も一緒にくんのな?なるほど?全部纏めてごっちゃになるのなー……っと、駄目だこれ確かに酔うわ」
だよねぇ、としみじみ頷いているとにーちゃんが化け物を見る目でこちらを見ながら壁に背を当ててドン引きしていた。
「……信じらんねぇ。頭おかしい」
「失礼な。作業をなんとか効率的にかつ速やかに済ませる方法を考えた結果ぽしゃっただけじゃないの」
「いやいやいや、今垂れ流した魔力だけで一体何人分?どうなってんの?充魔師つってもそこまで規格外なのいねぇでしょ」
「いるんだなぁ、これが。っつか、充魔終わったやつだけそっちの箱に移動すっか。で、あと半端に入ってるやつ入れて……んで、後は順次作業進めてくか」
先程にーちゃんが用意してくれた箱に一個一個、充魔具合を確かめて移動させていくという地味な作業をしつつも今一度部屋に視線を巡らせる。
「……この部屋だけでも今日中に終わるか微妙だよねぇ」
物量的に。
「トライアンドエラーつっても、このトライは失敗した感すげぇよな。どうやったら纏めてドンってできんだろな」
龍脈みたいに器に直通で道作れないだろうか。無理か。
「待って、ほんと待って。俺の理解を軽く超えてる。お二人さんこわい。普通にこわい。何なのなんで普通の顔してんのこわい」
「それ言ったら肉体言語であの魔獣討伐に行っちゃうアンタの方がこわいっつの。アレとガチンコ勝負とかそれこそ頭おかしいだろこわいわ。どうなってんのその身体能力、海くん理解できない」
「空さんも理解できない。騎士さんこわい。大体こわい。筋肉こわい」
こわいこわいと言い過ぎてこわいがゲシュタルト崩壊を起こしそうだ。
「いやいやいやそっちが少数派だからな!俺達頑張って鍛えてるから!そりゃ俺だって怖ぇよあんなの、でもやんなきゃやべぇじゃんしかたねぇじゃん!」
「あ、そこは普通に怖いんだ。そっか。そうだよね、よかった。メンタルまで鋼かと思って震撼するところだったわ」
「でも筋肉だけであんなのに立ち向かえるってだけで恐怖心があったとしてもメンタル鋼だろ。逃走一択の俺等とはこころの強さが違う」
「それな。と言うか私等の場合は立ち向かったらワンキルだから。たちどころに死ぬから。姑息に足止めしつつ逃げ隠れするのが関の山だから」
大体の選別を終えて、半端に魔力が入った魔道具にも残りの魔力を充魔しつつ駄弁る。その間にもにーちゃんは壁からこちらに一歩も近づいてこない。そんなに怖がるなよ。噛みつかないから。
「その気になりゃアンタ、俺等を仕留めるのだって割と楽勝だろ?いやまぁ、そりゃそう簡単に仕留められる気はねぇけど。頑張って抵抗はすっけど」
スタンして逃げる。正直エネミー相手にする時の手順を踏むしかないだろうが、割と生き延びる為には効果的なやり方だと思う。多分。
とは言え、このにーちゃんはマップ上でもメイン黄緑色で緑と黄色をうろうろと彷徨う心理状態なのでいきなり殺しにかかってはこないだろうが。モザイク龍のちょっかい含んだ場合は除く。
「いっや、仕留めねぇよ!?何なのその物騒な発想やだもうこわい……!」
震えあがっているところ大変申し訳ないが、みっちみちに魔道具が収められた箱をずずず、とにーちゃんの方に押しやりつつ、
「ごめんこれもういっぱい。充魔済みね」
次の箱は今しがた空いた箱でいいか。
「やだーっ!普通そんだけ充魔したら倒れるやつー!」
「これで倒れてちゃあの水汲む魔道具充魔完了できねぇって。無理無理。あれくっそでけぇもん器。俺でもちょっと疲れたもん」
ちょっとと言うのがネックだろう。まぁ確かに、これだけ雑な事をしでかしておいて、減った魔力は1割にも満たない。いけるいけるとばかりにまた適当な魔道具に手を伸ばしては充魔して次々に空いた側の箱に納めていく。
「嘘ぉ……そのペースで入れちゃうの?マジで?正気?」
「正気も正気。次の箱今のうちに用意してくんね?」
海が作業しながらそう要望を出せば、緩慢な動作ながら壁沿いに動いてごそごそと箱を空ける作業に入るにーちゃん。
外に放り出されたソレ、結局充魔するから箱は絶対的に足りないのだが、そこはどうするつもりなのか。
薄暗い部屋の中でひたすらに作業をしていれば、つと開け放たれた扉を律儀にノックする音がした。
視線を向ければノックした姿勢のまま室内を見ているレランドさんがそこにいる。
「あ、レランドさんだ。おはようございます」
とりあえず挨拶をしたら、少し困ったように眉を下げてコツリと足音をさせて室内に入って来た。
「おはよう、ございます。その、このような事を頼んでしまって、」
「あー、いいからいいから。どうせお迎え来るまで俺等暇だし、部屋貸してくれんなら仕事あった方が気が楽だしそう畏まらねぇで。な!」
「そうそう。むしろ充魔許可ありがとうございますって話で。で、優先度が解らないから適当に込めてるんだけど、レランドさん来てくれたなら是非優先してほしい魔道具教えてほしいんですけど」
「よかったぁー!もう俺一人じゃ心折れるとこだったヤバいんすよこのふたりー!」
各々が好き勝手に語りかけたものに、どこから答えたものかとまた困惑しているのが見て取れる。
実に真面目な人である。なんかすまん。
「ヴィーヴォ、失礼な物言いをするな。ご厚意で成して下さっているのだぞ」
嗜めるような口調でにーちゃんを一瞥したかと思えば、部屋の奥に足を踏み入れてごそごそと魔道具を漁りだす。
「確か、この辺りに……結界の魔道具が埋もれていた筈で……」
あ、優先的には結界の魔道具なのか。
「かたくなに教えたくなさそうにしていた名前がしれっとぶっこぬかれた件について」
海がにーちゃんに絡んでいる。どんな気持ち?と顔面で語りつつ。
実に面倒くさい絡み方だなおい。
やめなさいよ若い子いじるのは。
「こんなことある!?」
「あ、この箱もいっぱいになったや。その箱頂戴ー」
「マイペースすぎない!?お嬢さんマイペースの化身なの?」
「あ、それは間違いねぇわ。正しい評価」
「お黙り若造二人。悪口は本人がいないとこでやりなさいよ」
「本人に自覚させて反省を促す為にここでするんじゃん。なぁ?」
「やめて俺を巻き込まないで。そう言うのは姉弟間でやっててマジで」
なんて失礼な連中だろうか。少しばかり不愉快な気持ちで顔を顰めて見せれば、ちょうど魔道具を発見したのかレランドさんが振り返り、私の顔を見て軽く肩を揺らした。なんだなんだ。そんなに凶悪な顔をしていたか。すまんな。
片手で頬をむにむに揉んで顔面を戻してからレランドさんを見上げ、
「それ優先?結界が優先ならなるべく漁ってそれから入れていくようにしますね」
別に顔面凶悪でも暴走して魔道具壊したりしないよ。大丈夫だから躊躇わずお渡しなさいよ。




