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と、言うわけでレランドさんには割と有耶無耶にこちらの立場を解って頂いたわけだが、相変わらずどう接したらいいの?状態でちょっと困る。従来通りで大丈夫です。不審者として扱って頂いて結構ですってな話だ。
で、あの行き倒れはアルデさんが無事引き取って下さったのでこれできれいさっぱり忘れていいだろう。多分。件の神殿関係者だったそうですお疲れ様です。目覚めたらきっとお説教だな。どんまい名も知らぬ神官さん。無茶するからだぞ。
あの後も色々あったがそれほど重要なやり取りではなかったと思う。
なんかこう、アルデさんがレランドさんに私はお二人の事知ってましたけどね!というマウント取るみたいな真似してたけれどそれも些末な事だ。
そしてそんなことはどうでもいい。
あれこれやっている間にもうすっかり日暮れである。この時間になってようやく本日滞在するお宿に案内頂けましたありがとうございます。
騎士寮の一部屋お借りできるってよ!
いや、これもレランドさんが用意したけどここではちょっと……と後からごねだしたので、折角用意してくれたのだからとごり押しして待遇アップを阻止しておいたわけだが。それもまたどうでもいいことだ。
とりあえず、ようやく腰を落ち着けることができたのだ。いやほんと何よりです。疲れた。なんか一日が濃かった。
「あー……なんか疲れたー」
「わかるー。人と遭遇すると普段の5倍は疲れる」
お部屋には簡素なベッドが二つ。それから、事務的なデスクと木製の椅子二脚。ビジホよりもシンプルで大変落ち着く。
互いにベッドを決めて腰掛けながら脱力しつつ、溜息交じりに今日の疲労を空気に溶かす。
「お前基本対人関係くそ雑魚だもんな」
「うるせぇわ」
街に張り巡らされた水路が月光を反射してきらきらしているのが窓の外に見える。
ここまで歩いてくる道すがら、道行く人々の顔は随分と明るいものになっていた。
なので、この疲労もまぁ……悪いものではないのだろう。言うて、充魔したの海だけど。しょっちゅうすれ違い様に拝まれてたけど。ウケる。
「しっかし……この街の魔道具だけ充魔したところで、はやいとこ根本なんとかせにゃ焼け石に水よな」
「それな。今見えてる範囲だけでも魔力流しておくってのも手だろうけど……祭壇詰まってる場合、これって意味あるのかな」
「どうなんだろなぁ……?森産の加護なわけだし、森から繋がってる龍脈ならまるで意味がねぇとは思えねぇけど……なんせ範囲がせめぇよなぁ」
まぁ踏破したところだけだもんねぇ……街の中ですらまだらになっちゃうあたりがいかんともしがたい。
「そう考えると、祭壇の杯って有用よな」
「腹立つけど、範囲をカバーできるって点では間違いなく有用よな。詰まるとなんの役にも立たねぇのが難点だけどよ」
家にある自動修復機能、杯にこそつけるべきではないの?そこらへんどうなの?できないのならできない理由が知りたいわ。
とは言え、意味がないわけではないだろう。
私の魔力は余っているので、とりあえず試しに流してみるかと右目に意識を傾ける。魔力を操作し、龍の眼にアクセスしたなら視界に映る龍脈は光っていない、なんだか灰色の線が視界一杯に広がって変な病気にでもかかった気分になる。
が、そこに吹き込むように魔力を流せばじわりと自分の周りから色付き光が流れ込んでいく。じわじわと広がる枝葉は深淵で見た芽吹きを彷彿とさせた。
「これいつ見ても蛍みたいで風情あるよなー」
そんなことを言いながら、浮かぶ光を指先でつつく海。季節は蛍には程遠いが、確かに蛍に見えなくもない。私は星だと思ったけれど、なるほど海は蛍だと思うのだなとちょっとした違いが面白い。
「でもこれ、視認できっからやばくね?何事かって誰か来たら……」
あ、そうか。
と思った時にはもう時遅し。
扉が結構雑にノックされる音がした。
「ちょっと!ちょっと!?何してんのお二人さん!?なんか魔力的なモン漏れてねぇ!?大丈夫なの!?」
扉越しに聞こえたのは名乗ってくれない連れない騎士君の声だ。
海が扉を開け、片手を上げてへらりと笑う。
「すまん。勢いあまって漏れた。すぐ収めるから勘弁して」
「魔力って漏れるもんなの!?どういうことなの!」
「いやー、ほら。あれだ。魔力操作に失敗したらぽろって出ちゃうじゃん?」
「出ねぇよ!!?」
うん。出ないね。うちの弟が適当な事いってほんとごめんね。
魔力を収めながら胸中で謝っておく。
「マジで?アンタ魔力のお漏らししねぇの?すげぇな」
「漏らすほどねぇんだよ!逆にそっちがどうなってんの!」
「まぁまぁ。お騒がせしてごめんねお兄さん。でもあんまり大きな声出してると近所迷惑になっちゃうよ」
魔力を完全にしまったなら、私も扉に近づいて会話に参加する。とりあえず静かにしないと。もう日も暮れてるのに元気なことだ。
「魔力みたいなのが急にぶわーって広がったらそりゃびっくりもするし声も大きくなるよ!って言うか今のお嬢さんの?姉弟揃ってとんでもねぇな……」
おじょう、さん……私君より絶対に年上なのだが。そこはツッコミをいれるべきか否か。いや、もういいか。そこらへんも諦めるべきか。魔力のせいで若く見えるんだよそうだよ。そして身長はもうどうしようもないのだからそこをどうこう言っても詮無い事だ。様々な複雑な思いを飲み込みながら、少しばかり苦い笑みを浮かべて見せる。
「いやぁ……ごめんなさい?って言うか今の私のアレも近所迷惑だったね……気を付ける。と言うかお兄さん部屋近いの?反応早くてびっくりした」
「近いっていうか、二つ隣。ちなみに間は空き部屋」
「あ、空き部屋あるんだ」
「もうそろそろ避難民に空いてる部屋開放するか否かって話だけど、そうなると新人入った時にどうすんだって話でねぇ」
「新人入る予定あるの?」
「いやぜんっぜん。まともに魔道具も使えねぇこのご時世、あぶねぇ魔獣討伐とかやってらんねぇでしょ普通」
でもやらねぇわけにもいかねぇからやってんの、と言うお兄さんは口調のわりに真面目だな?そしていいやつだな?
「あ、なら騎士団の魔道具充魔しようか。お迎え来るまでお部屋貸してくれるなら、だけど」
あとはこの国の充魔師さんが許すなら、だけど。
「え?マジで?……いやちょっと待って、隊長に聞いてくるわ。でもできるならしてほしい」
これもまた、恐らく付け焼刃でしかないのだろうけれど。
手が届く範囲くらいは、何かしらの手助けになれば幸いよな。そもそも交換条件出してる時点で有償だけど。
一瞬きょとりと目を丸くした後、聞いてくると言った通り足早に背を向けて去っていくお兄さんの背中を見送ったなら扉を閉めて海が振り返る。
「……魔力って漏れんの?」
「いや知らんよ。視認できるようにはなるけど漏れるって事象は今のトコ見たことないよね」
今しがた言った適当な発言を改めて自分で疑問視するのはやめろ。
脊髄反射で適当な発言するから後から後悔することが多々あるんだぞお前。
「ところで隊長に確認つってもさ、レランドさん許可すると思うか?」
「五分五分じゃない?一応こっちが何者かはぶっこぬいたけど、それはそれこれはこれな気がする。魔力が足りてないのは事実なんだし、部屋貸してくれればって条件付けたんだから無償ってわけでもない。頼むのに気が引ける要素は減らしてるよね」
「まぁそうよな。後はどの程度、龍の御使いとやらを仰ぐかってー話か。言うて拝まれても正直困るからもう雑にしてくんねぇかな……」
「割と色んな人に拝まれてるもんね」
すれ違う人にしょっちゅう拝まれては変な顔してたもんねお前。龍の寵愛とやらの恩恵マジ要らねぇとかぼやいてたもんね。解るけど。
とは言え、それほどに水を渇望していたのだと知れる。
あれだけ水路すっからかんになっていたらそりゃそうだろう。他に水汲み上げる魔道具があるなら滞在中に充魔しておきたいくらいだ。
近隣の町や村に充魔しに行くのは流石に無理だろうけれど、せめても大きな都市の水だけでも確保しておけば大分違うはず……だと思いたい。
「……現時点で東がこれなら、南北どうなってんだろうな」
ぽつ、と海が呟いた言葉に溜息一つ吐き出して肩をすくめる。
「ろくでもない状態なんだろうけど、それは今どうしようもない事だから。目の前の問題から順次片付けるしかないんじゃない?」
「いやまぁ、そうだけどよ。南とか湿地帯だったじゃん?森の中。もしかして逆に洪水被害とか出てんじゃねぇかと思うとぞっとしねぇ?」
「いや普通にぞっとする。ゴムボートとか用意しとくべき……?」
「そういうのも含めて、計画は練っておくに越したこたねぇよな」
不足しているものはいつでも現場で気付くからな。備えあればと言うものの、どこまで備えたら憂いが無くなるのか……誰か教えてくれ。マジで。
「そもそも東西南北できっぱり加護が分かれてるってのも問題じゃねぇ?一括管理しとけよっつー話でよ」
「それな。何故分けたって話よな。クソ面倒くさい仕様よな」
大体遠いんだよ、祭壇がいちいち。そりゃ詰まっても中々修復に行けねぇわって話である。
往復するだけで大概掛かるからな。その間に他に手を回せないんだからな。いや、単独行動をすればまた話は違ってくるのだろうけれど、知らない土地で単独行動とか怖すぎて無理。あと心配すぎて無理。なんかあったらどうすんの。うちのこ誘拐されかけてるのよって話だわ。
「そういや今回まだモザイク龍のちょっかいないね」
ふと思い出す。神殿支部に寄った割に、何のアクションもないなと。
「あー、それな。あいつも動けない時とかあんのかねぇ?ぎっくり腰とかしてたりして」
「んなあほな。でもそうだったらいいのにな。苦しめ。身動きできないあの激痛にあえげばいい。寝返りすら打てない苦痛に苦悶の声を上げろ」
「呪いの言葉を吐き出すんじゃねぇよ。お前筋肉足りねぇから腰痛になんだぜ?」
「筋肉不足は解決してるからもう私が恐れるものは何もないってことよな」
そう、あの激痛と引き換えに筋肉を得たのだ。ぎっくり腰とはおさらばしているはず。不意に来るよね。油断してる時にね。あれね。重い物持ち上げる時中腰の姿勢とか危険だと認識してる時は大丈夫だけど、忘れたころに来るからね。冷え込む時期とかほんと油断大敵だよね。老いも若きも気を付けるべき案件。世界を呪うことしかできなくなるからな。
「ま、現段階では奴も動きを見せてねぇ以上、警戒しつつもお迎え待ちしかできる事ねぇし……レランドさん許可くれっといいな」
「それな。有用な暇つぶしは必要よな。充魔の経験もあって損することはないだろうし」
「何事も経験って大事よな。積み重ねが身を助くとはよく言ったもんだよなぁ」
ある程度経験したらもしかしたら何かがひらめくこともあるかもしれないしな。
しかし濃い一日だった。行き倒れ拾ってから先、怒涛の展開で実に疲れた。森で感じる疲弊感とはまた異なる疲弊に、深く息を吐き出して肩の力を抜く。風呂は先ず間違いなくありつけないだろうから、汗拭きシートで身綺麗にして着替えて寝よう。人里に来ても風呂に入れないの真面目に苦痛。家が恋しくなる瞬間ナンバーワンだわこれ。




