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移動した先、神殿支部はこぢんまりとした教会のような建物だった。
白い石造りの壁に、大きく切り取られた窓から差し込む陽光は硝子の色を通して彩られている。
ステンドグラス、と言うにはやや雑な印象を受ける窓ではあるが、色ガラスを嵌め込んだ窓はそう言えばあまり見かけないなとどうでもいいことをぼんやり思った。
教会の奥から続く扉をくぐればひっそりと静まり返った廊下があり、カツカツと靴音を響かせ進んで行けば居住エリアだろうか、簡素な建物に行き着く。
中庭と思わしき空間が建物に囲われていて、そこには何人かの子供が見られた。
はしゃぐでもなし、妙にテンション低い子供達だ。
こちらです、と。案内された応接間と思わしき部屋へ入り込み、室内を見渡せばこれまたシンプルで飾り気のない部屋。
清貧でも売りにしているのだろうか。それとも単純に懐具合が寂しいのか。解らないが、次の間があり、そこで着替えをするよう促されて海はそちらへ消えていく。
マップを見た限り、一応この建物内に赤点は見られないのでとりあえずそのまま見送り、さてではちょっと暖かい飲み物でも淹れて待っているかなと中央に配置している応接セットのローテーブルに近付いた。
ローテーブルは、子供の悪戯で描かれたような傷が散見されて微笑ましい。枝か何かで削ったのだろうか。
きっとやらかした時は叱られたのだろうなと想像できる有様だ。
「……ここの神殿はこどもが多いの?」
指先でテーブルを撫でながら、案内してくれたにーちゃんに問い掛けたら、小さく頷きが返る。
「孤児、と言うわけではないのですが……」
少し困ったような笑みを浮かべて窓の外を見る。その眼差しには憂いが含まれているのは間違いなさそうだが……はて?親御さんいらっしゃるとな?
聞けば、近隣の町や村から流れて来た人達の中には仕事が得られずに困窮する者もいる、と。
いやまぁそうよな。街の規模に対して人間多すぎるもんね。解らんでもない。
で、そんな生活に困窮した親御さんが神殿の前に子供置き去りになさるそうだ。
で、親御さんどうしてんの?と思ったら、割と橋の下とかでギリギリ生き延びてるのではないか的な。
ええ……せめて子供さんは屋根のあるところで的なアレだろうか。
でもって、流石に神殿としても総てに手を差し伸べる事はできないが故に、なんとか子供さんだけでも養育しとると。
いやぁ、すべてがギリギリ過ぎて震える心地だ。
一撃ワンキルも嫌だけど、ジワジワと迫り来る飢えと渇きも嫌だ。
いやむしろそっちの方が嫌かもしれない。
子供さんを置いて行った親御さんの心中如何なるものか……身を切る思いであったのではないだろうか。
社長……そりゃ深淵に傾くわ普通に。これは酷い。
この世界に対しての満足度ゼロぞ?不満と不安しかないことだろう。わかる。
速いとこクィンスタッドに行かないと、と。
見聞きする度気持ちは焦るしこちらの表情とて曇ると言うものだ。
「あ、そうか。滞在がこの街になるなら今のうちに鳥飛ばしていいかな」
不意に思いつく。
速いとこ業務を遂行したいのならば、連絡が速いほうが良いだろう、と。飲み物淹れるのは後回しにすることにして問いかける。
「御心のままに」
即答で許可出たわ。びっくりだわ。少しは躊躇っていいのよ。
とは言え、許可が出たなら速やかにインベントリから魔道具を取り出し魔力を込める。
「空です。とりあえず二人とも割と元気にやってます。お迎え頂けるの普通にありがたいのでお願いします。現在地はウェイラムと言う街?国?で、そこの騎士さんにお世話になってます。不審者じゃないです。ロルクェストの充魔師としてちょっと充魔とかしながら屋根お借りする感じで滞在、てな流れです。適度にお仕事しながらお迎え待ってます。できればお急ぎ便でお願いします。お手数おかけします。先方にもご負担お掛けしますとお伝えください」
近況も含めて言葉を封じ、魔道具に嵌め込めばぶわりと魔力が鳥となる。
速さ重視で込めた魔力は大鷲サイズで大迫力だ。かっこいい。
ぶわっさ、とか羽音をさせて壁を突き抜けて舞い上がるその勇姿よ。
窓の外でちょっと悲鳴が聞こえた気がする。すまん、こどもたち。
「……そうだった。普通怖いよねあんなの。ごめん、こどもさん怖がらせたわ。悪気は無いけど配慮に欠けた」
思わずしょんぼりしたならば、少しばかりひきつった笑顔で、
「……いえ、安全であると、言って参ります、ね?」
フォローをしてくれる旨を示してくれた。
「ほんとごめん。お手間掛けます」
やらかした。
気持ちが焦ると良いことがないとはこのことだ。
一礼したならば、速く安心させてやりたいのか少々失礼致しますと部屋から出ていくにーちゃん。その背中を、ほんとごめんと見送りながら思わず眉間をおさえてうめく。
隼とか鷹あたりを狙ったつもりなのだけれど、この魔道具微妙な調整が難しいのよなぁ。割と誤差範囲でサイズ感変わる。いや、これを誤差と思ってしまうあたりが一般的な視点からはズレてはいるのだと解ってはいるんだけど。
当然のようにレランドさんもドン引きである。
チラと視線を向けたなら、難しそうな顔をしているではないの。
「……驚かせてすみません」
とりあえずこちらにも謝っとくかと声を掛けたなら、その時隣の部屋の扉が開いて海が戻ってきた。マジ救世主。
「あー、乾いた服マジあったけぇ。何お前、殿下に返事したの」
「うん。速い方がいいかな、て」
「まーそりゃそうだけど。でもあの鳥街中で出すにはデカめじゃね?」
「失敗した」
「めちゃ素直に失敗認めるのウケる」
ウケてんなよ。しょんぼりしちゃうだろ。
「神官のにーさんは?」
「こどもさん達に危なくないよって言いに行った」
「余計な仕事増やすの罪深いなお前」
「それな。普通に申し訳ないわ」
でもそれを言うなら私達に遭遇してから先、レランドさん達にも割と余計な仕事が発生しとるよね。
あと真面目にどういう態度で接するのが正解なのかがわからない、と。戸惑っておられるのがよく伝わってくる。
なんせ神官のにーちゃんがあまりに恭しく接してくるから……そういうのいらんと言ってもどうにもならないのだよなぁ。宗教こわい。
「しっかし……もしかして俺等、神殿直行したら話速かったのかね」
「んでも神殿どこにあんのって話よな。街入るにも不審者じゃあ、そこまでのハードル高くない?」
「あー……そうな。他国の不審者をそうそう外壁入れてくんねぇかー」
「別に印籠的なもん持ってる訳でもないしねぇ」
「そこらへん殿下に何か借りて来たら良かったのかねぇ」
「いつ返すんだって話だけどね」
「それな」
あと問題として、滅びの龍の存在もある。
神殿経由でちょっかい掛けてくると予想されるのであまりべったりと神殿に寄りかかる訳にもいかないだろう。あのクソモザイク龍、面倒臭いな普通に。
こっちの行動の邪魔をすると言う意味では奴はきっちり仕事こなしてやがる。ヘイト溜まるわ。
そんな他愛無い話をしていたなら今度は思いの外バタバタと騒がしい足音が聞こえてきて、次いでバタンと扉が開いた。
神官のにーさんのお帰りだ。
が、何故か妙に焦っておられるようだが、何事かあったのだろうか。
はて、と首を傾げて見せれば、
「先程……!聞き流してしまいましたが……っ」
少し荒げた語調と共にズカズカと距離を詰めてくる長身のにーさんに思わず後退る。
え、なに。こっわ。筋肉無くても威圧感凄いわこれ。
「ロルクェストの充魔師とはどう言うことにございますか!?かの国はお二方を何だと思って……っ、ああいや、この件は神殿から正式に抗議を……!」
あ、そこ?そこ怒るとこなの?え?
いやでも待って。待ってほしい。抗議とかマジやめて。ヤバい。
「いやいやいや待って待ってごめん待って……!違う違う、ロルクェストなんも悪くないよ!?殿下めちゃ良い人マジ助かってるって言うか誤解誤解!」
「待ってマジでそこ俺のせい!殿下俺等のことめちゃ大事にしてくれてっから!超過保護にされてっから安心して!?」
「ちょっと待ておぬしらロルクェストの充魔師と言うのは嘘なのか!?何故神官がそうまで他国の充魔師を敬うのかと思っておったが嘘だったのか!?」
反射的に神官さんにストップ要請を掛けたなら今度はレランドさんに誘爆したではないか。なんだこの状況は。
「あーもー!ちょっと待ってレランドさんマジ今はそれ置いといてくんねぇかなぁ!」
海が誘爆処理の為にレランドさんを振り返れば、流石にそれは通らないようで。
「置いておける筈が無かろう!いかなる理由があってそのような嘘を、」
「お二人が置いておけと仰るのならば快諾すべきでしょう、不信心ですよ騎士隊長殿!」
「不信心とはどういう……!」
うむ……室内が混沌としてきた……?
「それ言うならにーちゃん当然さっきの抗議云々は無かったことにしてくれんだよなぁ!?」
「御心のままに!」
「いいお返事あんがとな!」
おお……勢いで纏まった……?
いや、纏まってねぇな。置いておいた話は後でむし返されるやつな。神官さんにしか通用せんわコレ。
声の大きい人の勝ちみたいな空間作るのやめろや。皆落ち着けばいいと思うよ。うん。




