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結論から言おう。
耐性スキルのインストールは拍子抜けするほどに軽い反動で済んだ。
何だか身体がムズムズするなぁ、というもやぁ、っとした感じで二つとも取得できてしまったのだ。
どちらも脳構造をいじりそうなものだと思ったので、それ相応に痛みを覚悟していたのだけれど……
まぁ、良かった。という事にしておこう。
そして、精神頑強を取得したことにより動揺しっぱなしだった気持ちが少しずつ落ち着いてくるのを実感した。
すとん、と収まるところに収まったような、安心感とでも言えばいいのだろうか。
家に帰りついて、生きた心地を味わって、それでも湧き上がる恐怖心に戦々恐々としていたそんな気持ちが落ち着いたのだ。
「……なんだろうなぁ、これ。根性が据わったとでも言えばいいのか」
うぅん、と釈然としない表情で親父が首を傾げる。
自分自身が何も変化していないのに、気持ちだけが図太くなっているような、そんな釈然としない感じは解らなくもない。
これ、大丈夫なんだろうか。逆に危険かもしれない。
多少のことでは動揺しなくなる、というのはメリットではあるだろうけれど、逆に危険に対して鈍くなる可能性がある。
思考まで感覚に塗りつぶされないように、危険を危険と認知できるように充分な配慮が必要になってくるだろう。
様々な面で良し悪しよなぁ、とどうにもこうにも手放しで取得を喜べない感じで困ってしまう。
そうは言っても、引き続き取得すべきスキルがあるのだからそこで悩んでいても仕方がない。苦痛耐性も取ったことだし、ここからは覚悟を決めて魔法関係の前提スキルを三連続でインストールすることになるだろう。
「先ずは魔法回路生成よねぇ」
相変わらずインストール執行は母がやるのか。この人の積極的さに震撼するよね普通に。
元々精神頑強だったんじゃないのかと疑うくらいにぐいぐい行くじゃないの。耐性身に着けたから大丈夫、なんてあまり思えないのは私だけだろうか。
ちょっと待って頂きたい。もんどりうったとしても大丈夫なようにクッションも用意するから。ごそごそとクッションだのタオルだのを用意してもんどりうって汗みずくになっても大丈夫なように色々と準備を整える。
だって、苦痛耐性があるとは言えどの程度苦痛を軽減してくれるのかが不透明なのだから……って、待て。
耐性?
軽減ではないぞ?
不意に、その違いに気付いた。気付いてしまった。
やばい、と私の脳がアラートを発動するのと、無慈悲なる母の「えい」が炸裂するのはほぼ同時だった。
「あ、ぐ、ぅぅ」
「さ、さしこみが……っ!!」
「っい、ったいんですけどぉぉーっ」
ですよねー!!
解ったよ!私直前で解ってしまったよ!
軽減じゃないんだもん、痛みは減らないよね!
ただ、苦痛に文句が言えてる時点で『耐える』という事は前回よりできてるんだわ、これ。
みぞおち付近に唐突に発生する痛みが内蔵を突き上げるように熱を灯す。吐き気に似た不快感に胃液がせり上がってくるが、これを何とか飲み下しながら歯を食いしばった。
あ、魔力回路って左のみぞおちあたりにできるんだぁ、なんてしょうもない思考を差し挟む余裕すらあるのに、全身から汗が噴き出して苦痛をまざまざと訴えてくる。尖った石でも中に入れ込みましたかと言わんばかりにぐりんぐりんと熱は動き回り、そうかと思えばじわじわとその枝葉を広げてきているではないか。
ちょっと待ってこれまさか全身浸食するんじゃないだろうな、それはあまりに無慈悲というもの。
持ってきていたクッションに顔面を埋めて、息を荒げて呻き声を上げる。本当に準備していてよかった。硬い床に懐いてしまうよりは随分とまともな状態ではないだろうか。
さりとて痛いものは痛いし、キツイものはキツイ。
じわじわと針が突き進むようにみぞおちから末端にかけてじりじりと痛みの範囲が広がって行くのが嫌にはっきりと解るのが尚キツイ。
下手に覚悟を決めてから挑んだ為か、頭の中身が尚の事冷静なのがまた辛い。
前回の混乱と動揺の中でただ時間が過ぎ去るのを待つのとはまた違う、猛烈な痛みを完全に知覚して受け止めているこの苦痛。陸揚げされた魚のように脊髄反射でびくびくと身体が跳ねるのに、その場で蹲ってただ奥歯噛みしめて耐えてしまうこの現状。
もんどりうって七転八倒している方がなんぼかマシだったのでは……?とすら思う。
全身が熱に覆われる。熱い。体内が燃えているようだと思う。
突きさされながら燃やされながら、ただただそれを知覚して耐える。これもまた、拷問だ。相変わらず意識は繋ぎ止められたまま、できれば気を失いたいのになぁと思うのも同じで
そうして、きっかり15分。
インストールが完了した。
もうね。ほんとね。ちょっと違う種類の痛みだったねなんて、朗らかに笑ってやれる余裕なんてこれっぽっちもないんだわ。
肩で息をしながら、苦痛からの解放にどっと力が抜ける。全身が弛緩するようで、指先ひとつ動かすことも億劫だ。
喉はからからに乾いているし、やっぱりどろどろに冷や汗とか脂汗とかに塗れている。
「……たいせい、しごと、して」
息も絶え絶えに母がぼやいた。
してたよ。してたんだ、これ。
耐えてたよね、もんどりうたなくても居られたよね。なんなら頑張ったら着座姿勢を維持できたかもしれないよね。
もうね。今回は、私達が悪いよね。どうして軽減だと思っていたのだろう。耐性ってなってるのに、何故苦痛が軽くなるなんて思ったんだろう。
思い込みって本当に、本っ当に怖いよね。
耐性と軽減について、もだもだと持論を述べたなら「ええぇ……」とか悲しげな声を上げて物凄くしょんぼりした母に、私が悪いわけではないのに申し訳ない気持ちになる。
そんなわけで、覚悟していた以上にしんどい思いをしたわけだがそこで一度スキルのインストールを止める。
何故って、そりゃ苦痛軽減がないかどうか探すに決まっているではないか。今現在消費したレベルは3、まだ11残っている。1を無駄に消費してしまったのは非常に惜しいが、このままインストールを続けるのはあまりに辛い。
が、4人がかりで探しても苦痛軽減はない。
ないんだわー、これが。
いや、あるべきじゃない?あってしかるべきだと思うのよ。何故ないのか。必要だと思うの。
何なの?この世界は我々に苦痛を与えたくて与えたくて仕方ないの?
嫌われてるの?
なんなの?
まぁ魔力感知と魔力操作には一応注意文はついてない。ついてなくても、だ。頭痛とかこむら返りみたいな、なんかこう、耐えられなくはないけど苦痛は苦痛、みたいな微妙なアレはあるんだろう?どうせ。
「最悪か」
はぁ、と深い溜息を付きながら何度眺めまわしてもスキル一覧に苦痛軽減がないことに軽く絶望する。
海なんて眉間に皺が寄って凶悪な人相になっているではないの。
「ふざけてやがる」
いやもう、本当それな。
「大体、初っ端からあんなえぐいのと接敵させられた時点でもう殺しに来てるじゃねぇか。何なんだよこの世界」
だいぶ頭にきているようで、苛々とした様子を隠しもしない。
全くもってその通り過ぎて激しく同意しかできんわ。
生きる為には苦痛を甘んじて受け入れるしかない。それを許容できないなら死ぬしかない。
天秤に掛けるにはあまりに極端すぎて、選ぶ余地すらないこの現状にそりゃあ文句も吐き捨てたくなるよね。私も何度胸中で吐き捨てたかわかったもんじゃない。
そういえばアレと遭遇したせいで、楽しみにしていたおにぎり食べてないじゃないの。
思い出したのでインベントリからおにぎりを取り出した。
「唐突に登場するおにぎりなんなのお前」
「いや、マストダイなあの化け物と遭遇したせいで食べ損ねたな、と」
「思い出したのな」
自由かお前、と先程の怒りが霧散したようでがっくりと脱力して海が頬杖をつく。
「そもそもぼちぼち昼時だし、一旦昼休憩を所望します」
大体、この世界が何なのかなんてわからないし、それを考えても詮無いことだ。悩んでも答えが出ないことに費やす時間は無意味でしかない。
それならとりあえず、カロリー取ろうぜ。
腹が減ると尚のこと苛々するからね。
「それはいいけど、食べ物おなかに入れた後はスキルのインストール躊躇うわねぇ」
母が呟く。
「なんで?」
「吐かない?」
あ、そういう。
「吐くかも」
「食休みも所望する」
親父も納得の理由だったらしく、食休みの提案が飛んできた。
「ま、じゃあとりあえずおにぎり食って食休みして、腹がこなれたら注意文ないスキルのインストールしちまうってことでオーケー?」
まぁそうなるよね。
注意文あるやつはちょっと後回しにしよう。一日に二回もあんな苦痛味わいたくないわ。
そうと決まればおにぎりタイムだ。
せっかく家に居るのだからと改めて母が温かいお茶を淹れてくれた。最高か。
こんなささやかな幸せでもないとほんとやってらんねぇんですわ。ホントなら自然の中でほのぼのと食べる予定だったおにぎりだが、あんな環境で飯が食えるはずがない。何の安心感もない。
程よくいびつな三角形の頂点にかじりつけば混ぜご飯の素、梅わかめの味がきいて大変美味しい。もぐもぐと咀嚼しながら、結局家で食べているこの現状に少しばかりしょんぼりと気落ちする。
こんなはずではなかった。
正直異世界転移と言うものを舐めていた。
そんな悔恨に似た気持ちが胸中に渦巻く。
もっと準備ができたのではないか。
もっと短い距離で帰ってきて、スキルを充実させてから進むべきだったのではないか。
どうして侮っていたのだろう。
都合のいいRPGのような展開を期待していたのだ。最初の村から出てすぐさまラスボス!みたいな目に遭わないゲームの世界。
けれどこれは現実だ。
嘘みたいな現実だ。
気を引き締め直す必要があるだろう。
自分の為にも、家族の為にも。
きっとそれぞれが似たような気持ちでいると、そう思う。でなければ、苦痛を伴うと解っていてこんなにもスキルのインストールに積極的になるはずもない。
そして同時に、この理不尽さにそれぞれが憤りを感じているのもまた事実。
一体、何の目的で、我々がこんなところに放り込まれたのか。それを暴く日は来るのだろうか。
しかしおにぎりおいしい。
おかか最高か。
「そういや、取得する魔法スキルってどうするよ」
おにぎり食べながら海が行儀悪くスキル画面を操作している。
食事中は食事に集中しなさい。よそ事しながら食事とかいかんよお前。
「食休み中に検討すればいいんでないの?」
「あ、そっか」
とは言え、もう既にいくつか欲しいと思うものはある。
そのうちの一つが【スタン】だ。
麻痺系の魔法スキル。相手の動きを一定時間麻痺させて動けなくするスキルとのこと。
これがあれば相手の動きを止めている間に姿を隠すことも可能だろう。一度視認範囲から出てしまえばステルスとシャドウウォークは再び効果を発揮するのだからそう長時間の拘束はできなくとも構わない。
見つかった時の、保険。
今回はこれがなかった為に余計に恐怖が募った。ならば、保険があればまだ余裕はできるはずだ。
あとは【バインド】
正直な。もう私は疑うことを覚えた。筋肉とか神経とか通ってない相手にきっとスタンは効かない。なら、このバインドだ。魔力の鎖で相手を拘束するスキルで対応する手に切り替えるということでどうか。
拘束系に二つもスキルを振る理由は?となれば単純に、魔法スキルのコストというか、魔力的なものをどの程度必要とされるのかが解らないからだ。もしもバインドのほうがコストが低いならバインド一本でいいかもしれない。けど、物理的な拘束力なら引きちぎられる可能性も考えられるし……そう考えればやはり取れる手は多い方がいい気もする。
そしてそのどちらもダメならもう相手の視界を奪うことを考えてはどうだろう。
という事で【ブラインドフォグ】だ。なんか、黒い霧で顔の周りを覆って視界奪うんですって。割と効果的じゃないかなぁ、とも思うけど視覚だけに頼る相手だけとは限らないのでこれ一本なんて馬鹿は言わない。
あとこれも魔法系に該当するのかー、と些か不思議に思ったものだけれど【スメルレス】とやら。
多分、これ、絶対いるよね。
体臭を含む匂いを消すスキル。よくよく考えたら嗅覚の鋭い相手に接敵したならどれだけ姿が視認されなくてもアウトだ。常時作動させていたいくらいのスキルだろう。
そう考えると、今回はえっぐい化け物と遭遇したのはしたが、アレは嗅覚がそれほど鋭くないという事でいいのだろう。ある意味では救済措置だったのか。
まぁなんせ、絶対に提案したい魔法スキルはこんなものだ。
あとはもし可能なら結界系や回復系があれば尚いいだろう。回復系があれば薬魔技能を無理に取得しなくてもなんとかなるかもしれない。
でも回復魔法って種類揃えないと意味がなさそうでなぁ……ならやっぱり薬魔技能の方が知識と材料さえあれば幅広く対応させられる気がする。
実に悩ましい。
そもそも材料ってどの程度採取できるのか、そこが問題だ。
草の種類なんて解らないから現段階で材料が揃えられる可能性の有無すら図れない。
……やっぱり諦めて鑑定取得するべきなんだろうなぁ。いやだなぁ。
でもよくよく考えると、薬魔技師だって発展形スキルとか取らないといい薬作れませんよとか言いそうだよなぁ。そういう性格悪い仕様になってそうだから結局のところどっちがいいとか正直現段階ではさっぱり解らないのも事実なわけで。
まぁ結局考えるだけ考えたところで、空回る未来すら見える気がするのだからうんざりしてきた。
本当に理不尽だなぁ、この世界。
溜息を飲み込むように咀嚼したおにぎりを喉に押し込み、茶を飲んだ。




