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この男性、物凄く難しい御面相であるが言葉を選んでいるのだろうなぁ。
さり、と。三歩ほど離れた場所でその足を止めたと思えば少し躊躇いを見せてから、息を吸い込むのが見て取れた。
「……こんな所で何をしている」
ごもっとも。
「おつかいの途中に行き倒れを見つけて途方に暮れてた所、ですかね……?」
しかしてどう答えるのが適切なのか。
とりあえず現状を伝えてみたならチラと海が背負う行き倒れに視線をやったのが解る。
「行き倒れ……知り合いではないのか」
「全く知らん人ですねぇ」
そりゃもう一欠片たりとも知らん人だ。
「折角騎士さんと会えたわけだし、この人保護してやって欲しいんですけど……」
海が少し控えめな口調で語り掛ければ男の眉間に皺がよる。
「おぬしら二人も保護対象であろうが。それに、他国からのつかいなぞ密偵の可能性すらあるのだぞ。不審者たる自覚はないのか」
「ふしんしゃ……」
思わず鸚鵡返しに復唱してしまうその言葉に、少しばかりの懐かしさ。
そうよな。不審者よな。
なんか西ではすっかり受け入れられてしまったが、元は私達不審者なんだわ。そうだったわ。
そして目の色だけで他国から来たの普通に割れる世界だったわ。
「これはつまり、お縄につけ的な?」
海を見てそう呟けば、ぱちぱちと瞬きをしたと思えば
「やだ、初めての経験。優しくしてね」
急にカマ言葉が繰り出された。だからそれ何なの。
そんなやり取りを前に、溜息ひとつ吐き出して、呆れたようにその顔を歪めた男は軽く首を振り、
「こんな緩い密偵がいるとは思ってもおらぬが……悪いが同行願うぞ。その行き倒れは部下に運ばせる」
「あ、はい。宜しくお願いします」
「お世話になります」
かくして、東の何某との遭遇及び連行が確定した。
クィンスタッドまでの日程とか、できれば聞いておきたい。
あと、この土地の生き抜き方とか。治安あたりも気になるところだ。
折角のエンカウントならば、必要な情報を集める機会として活用させて頂く所存。
聞けば、この森側にある小国の一つに属する騎士さん方であるそうな。
北との境とは少し離れているので、そっちとの紛争は少ないものの、魔獣は割と多くうろついてるらしい。
「まぁ、騎士団という程の規模でもないがな……大国のそれとは比べてくれるなよ」
部下さんに行き倒れを任せて、私達と歩調を合わせて歩くこの騎士さん。
名前はレランドさんと言うそうな。
日に焼けた肌は浅黒く健康的で大変よろしい。
だが解せないのは、その頭髪の色。アッシュカラーの緑色。
……それは、地毛なのか?どうなってんの?異世界不思議カラーの頭髪を間近で見て、ちょっとテンションあがっちゃうわけだが。
瞳の色は東の色と言えば良いのか、胡桃色でちょいと可愛らしい。
全体的に厳つい御面相だが、目はなんだかつぶらであるのだ。
「で?おぬしらは結局どこのつかいでどこを目指しておるのだ」
……森のつかいでちょっとクィンスタッドまで、と言うのは憚られるなぁ。
「ロルクェストから、クィンスタッドまで……です」
どう答えたものかと思った先から、海がさらりとロルクェストを出してきた。
お前、政治的な問題が発生したらどうすんのさ。
「ふん……?森の一族になんぞあったのか?」
森の一族ってなに。
ああいや、きっと森王族の別名とかそんなんだろうけど。
「だがしかし、おぬしらのような若者が派遣される意図が読めんな。北を抜けて来るのも難儀したろうに」
「あー、まぁ俺等魔力だけは人一倍あるんで、その絡みで派遣されたって言うか……他に適任いなかったんですよねー」
「魔力が?と言うことはおぬしらまさか充魔師か……?若いのではなく、若く見えるだけであったか」
「まぁ。そこそこ大人っす。ところでここからクィンスタッドまでどれくらい掛かるか聞いて良いっすか」
気になる事を速やかに聞いていくこのスタイル流石。
しかし海の物怖じしないコミュニケーション能力って何なの。初対面のおっちゃんとの距離感測りかねるとかないの?
「……徒歩、か?」
「大体はそうなるかと。ってか俺等みたいな西の人間が辻馬車とか拾えるもんなんすか?」
「ん……む。確かに、難しいかもしれんな……特に近年はあまり他方角からの客人は来ぬ故、警戒されるだろう」
まぁ方角の境が紛争地帯と化していれば、そうもなるだろうなと納得しきりだ。
「やっぱそっすか……徒歩ならどんくらいかかります?」
「少なくとも一ヶ月は、見た方が良いだろうな……」
眉を寄せて呟かれた言葉に、なるほどなと頷く。
森からロルクェストまでの距離とそれ程変わらないのかもしれない、とも。
「街道や宿場を無視して、最短距離で突き進んだ場合はどんな感じです?」
「それはまた……現実的ではないが、それでもあまり変わらんだろうな。稼げて五日から七日程度ではないか?」
「現実的ではない、ってのはどう言う意味ですか。道が険しいとか、治安が悪いとか……?」
思わず割って問い掛けたならば、眉間に皺を寄せたレランドさんは軽く首を振り、
「水だ」
と。一言。
「水……」
「町々では、なんとか魔道具で地下水を汲み上げているが……他は見ての通り、水の気配すらなかろう」
あ、そこも魔道具さんで今のところなんとかなってるのか。
それはよかった。少なくとも水不足過ぎて東の国干からびた死体だらけという恐ろしい話ではないのだな。
少しほっとした。
……しかし地下水か。
東の森も地下に水が流れていたなと思えば、森と外の作りには多少のリンクがあるのだろうか。
……となれば、北ってもしかして滅茶苦茶寒いとか?南は湿度えぐい熱帯雨林的なあれか?
そこらへん考えて、次は装備を整えていく必要があるだろうか。
そんなことを考えていれば、周囲に視線を巡らせたレランドさんが溜息のように息をついて目を伏せた。
「地表は乾いておるからな……雨は降らず、川は見る影も無い」
すんません。はやいとこ何とかします頑張ります。その憂いを帯びた表情突き刺さりますわ普通に。
「とは言え、魔道具の数にも充魔師の数にも限りがある。小さな村々には行き渡っておらぬのが現状だ」
「村の人達は、じゃあ町に出てるんすか?」
「そう言うことだな。水の補充を考えれば、とてもでは無いが宿場は避けて通れまいよ」
おかげで馬も使えん、とぼやくように愚痴まで出てきた。
そうな、お馬さんも水いるもんね。
でも現地調達できないなら連れて来れないよね。
……てことは、これ延々徒歩で帰還なさるのか。夏でなくて良かった。炎天下、日陰なしの徒歩移動とかただの苦行でしかない。
「それで、おぬしらは……」
と、再び何かしらレランドさんが発言しようとした時に、割と大きめの鳥が天空を舞った。
物量を持たない魔力の鳥が此方を目指して飛んできたので胸ポケットから魔道具を取り出してやれば羽音をさせて着地する。
物量ないくせに音はするって謎のギミック何なの?必要?着信音的なアレなの?
重みもなく着地した鳥が魔道具に吸い込まれ、続いて馴染んだ殿下の声が辺りに響く。
『無事東へ辿り着いたこと、お喜び申し上げる。お二人の事は先方に伝えてある。迎えを寄越したいそうなのだが、現在地は解るだろうか?解るのなら手数だが鳥を飛ばしてお教え願いたい。東の地は旅をするには些か過酷な現状であると聞く。どうぞお身体を大切に、無理をなさらぬよう願う』
淡々と、恐らく紙面を読み上げたのだろう口調で流された言葉。
インベントリから海が紙を出して転写の用意をしているので魔道具を渡しておいた。
「お迎えくれるって。やったね」
「おー。助かるよな、マジで。引率いたら不審者具合、軽減するし」
「するかなぁ……」
そこは変動しないんじゃないかと思うけどなぁ。
「あ、すみません。話遮っちゃって。続きお願いします」
転写は海に任せるとして、話を戻すためにレランドさんに向きなおれば苦虫を噛んだようなご面相であった。
「……いや、別段後で構わぬ。返事は良いのか」
「返事……あー。お迎えに来てもらう場所指定できるようになってから、ですかねぇ。現在地が確定していないのにお返事しても困るかな、と」
「今の鳥は相当な魔力を込めねば具現できぬ大きさであったが、ロルクェストは充魔師も豊富なのだな……」
いや正直その辺の細かな人材については知らん。許せ。
適当に、日本人お得意の曖昧な笑みを浮かべて流してしまおうそうしよう。
「もし可能であれば、城下の魔道具に魔力を分けてもらうことはできぬだろうか」
ぽつ、と。
落とされた呟きのような問いかけに、首を傾げる。
「お国の充魔師さんがいるのでは?」
「いるにはいる。……が、やはり最低限の充魔しか望めぬのだ。水の不足は民を苛む」
地下水くみ上げる魔道具が最優先にしても、他をすべてほったらかしというわけにもいかんのだろうな……それはまあ、わかる。
しかして、ではこの騎士団の装備が近接バリバリの物理オラオラ系であるのは充魔師の手が足りないからと言うことでよろしいか。
「うーん……お迎え待つ間、城下の滞在許可とか貰えるなら、充魔することに否やはないですねぇ」
対価としてこれくらいは求めておけばよかろうか。流石になんでもかんでも大盤振る舞いはできないだろう。
しれっとロルクェストの名前を出してしまっている以上、この人の認識下では私達はロルクェストの充魔師であるはずだ。
となれば、国交があるかどうかも知らないが、余所の国に無償で魔力撒いてきましたてへ。と言うのは多分問題がありすぎるだろう。
「それは可能だろう。最悪宿が取れぬとしても、騎士寮でも俺の家でも滞在場所は用意できる」
宿取れない可能性とかあるんすか……いやまぁ、そうですよね。地方の村から町へと人が流れ込んでいるのなら、そりゃ城下なんて避難民大量に沸いてるよね。道理。
「まぁ、おぬしらが拾った行き倒れ含め、細かな話は戻ってからとなろうが……」
ああ……忘れてた。もう騎士さんに預けた時点で私達の手から離れたものだと思っていたわ。
思わず視線を先を行く、行き倒れ担いだ部下さんに向けたなら、やはり重そうに運んでおられる。
いやぁ……正直ほんとまるで知らん人なので、あの人に対して何かしらの責任を負う気はまるでないのだが。問題のある人でないことを祈ろう。




