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言葉を失う、と言うのはこう言う時に使うのだろうか。
そんな事を思いながら、眼前に広がる光景をただ受け入れたく無くて、眺めていた。
帰宅から二週間。言い換えれば半月。
ぼちぼちと東へと出立することにしたわけだが、今度はしらたまさんにお出かけしてきます。お留守よろしくねとご挨拶しておいたのでお許し頂けると信じている。
一日目は母さんの結界トンネルで送って貰ったので大変快適に進んだ。その後は結界と隠密とをうまいこと使い分けて森を抜けてきたわけだが……いやもうね。ほんとね。
森の淵まで来るとあんま西と変わらない普通の森感出してくるけどね?
ここに至るまでは割とアスレチックだったわけよ。
岩多過ぎなんだわ。
何故なのかと思ったら岩転がす虫いたわ。マッスルフンコロガシと名付けた。
岩転がしてどうすんの?食料にすらならんだろ?
通れる道を限定させることで獲物追い込むの。へぇ、そう。
まんまと追い込まれたけどな?
結界なかったら詰んでたけどな?
深層部はスネークパイセンがいて、中層はマッスルフンコロガシがいて、そして浅いところはなんか森。割と普通の森。虫多め。
西と似たような感じの森。ここで安心感を感じるあたりもう終わってる。
とは言え、今回は森の中でヒューマンとエンカウントなぞしなかったので、すんなりと森の外まで出てこれたわけだ。
そして、マップさんがロード画面になっているわけだが、とりあえず真東に進めばクィンスタッドまでたどり着けるらしいので別段困らないだろうと、気合を入れて自転車に跨がり真東に向かっていたわけで。
だがしかし、様々な準備を整えて挑む東の地は、見渡す限りの荒野であった。
カラカラにひび割れた大地、枯れて根までが露出した植物であっただろうもの。
酷い、と。一言感想を漏らすのであればそう言っただろう。
この環境で生き抜くのは相当困難ではないのだろうか。
そして、さらに付け加えられた追加要素。
うつ伏せに倒れた人。
そう、人だ。
第一村人発見、と喜べないこの状況下。
幸いと言えばいいのか、この人はご存命だ。パッと見たところ外傷もない。
乾いた風が吹き抜けて行けば砂塵が舞い、人の上に浅く積もる。
そして、次の風でまた舞い上がってはまた積もる。
とは言え、眺めていても事態は好転しない。
如何に受け入れ難くとも、行き倒れているのだ。
つまり、なんとかせねば。
そっとしゃがんで、倒れた人の顔を覗き込めばカラカラに乾いてひび割れた唇が見えた。
故に、ハンカチを水で濡らしてその唇に当ててみたなら、うにうにと唇が反射で動いたのが見える。
「……脱水症状って、どう対処すべきなんだろねぇ?」
「まぁ経口補水液は鉄板だよな……あとは皮膚の保湿もせにゃならん筈」
「皮膚の保湿って、クリームとかでいいの?」
「傷がねぇならそんでいいんじゃね?傷がある場合は感染症にも注意が必要そうだよな」
なるほど。それなりに気を使う必要はあるのか。面倒だしポーション掛けるか?一番安全な気がする。
「に、しても。水不足相当深刻なんだな……西よか酷ぇ」
「……もしかしたら、祭壇の森付近はマシだった可能性とかない?」
「あー……なるほど?あるかもしんねぇなぁ。陛下が少なくとも魔力流してたみてえだし」
途中の道は見る事もなくほぼ直通だったからこそ、知ることのない現状があったのかもしれない。
森から出て、真東にまだ数kmしか進んでいない。
そこで直面した東の惨状と、行き倒れに溜息しか出ない。
「そもそもこの人、こんな辺鄙な所でなにしてんのって話なんだけど」
近くに村なり集落なりあるのだろうか。
解放されていないマップは黒塗りで、視界の外の情報は得られないのが不便だ。
「……で、この人どうしようか」
「運ぶ……にしても、担ぐのは現実的じゃねぇな」
「台車とか荷車とかあったら良かったかもねぇ」
車は流石に出せないし……チャリでは人の搬送は無理だろう。
見上げる太陽は天高く、燦々と陽光を降り注いでいる。つまり真昼間。野営には少々どころでは無く早い。
しかしだからと言って、まだ生きているこの人を見捨てて行く訳にもいかないだろう。
此処を一時拠点にして人助け……まぁそれはそれで良いのだが、今見えている東の土地の様子から、可及的速やかにクィンスタッドに向かうべきであるのも事実。
「……この人道に明るいかなぁ?」
インベントリからローポーションのペットボトルを取り出して、頭と言わず身体と言わずダバダバと振りかけて見れば、海がうわぁと顔を顰めた。
「お前さぁ……もうちょっとやりようねぇの?」
「手っ取り早い保湿かな、と。傷があれば治るし」
「雑に過ぎるんじゃね?」
「気付になれば最高よな?」
その一言に、やっぱ雑だわと言われたものだが……結果が大事だと思うのよな。
空気も乾燥しているし、太陽光も降り注いでいるので乾くのにそれ程かかる事もないだろう。
なんか、皮膚の辺りの水分は不思議なことに魔力的な何かの作用か、それとも単純に乾いた肌がごっくんしたのかすでに乾いているしな。
「あ、」
不意に、海がぽつり呟く言葉に顔をあげて仰ぎ見れば、じっとマップを見て眉を寄せている。
いつの間にロード終わったのこいつ。気付かなかったわバカッタレ。
「赤点発生」
「マジか。結界はるか」
「いや待て。赤点と、黄色がふたつ……あ、増えてみっつ」
何だそりゃ、と思って自分でもマップを引き寄せて確認したなら、成程。
「赤点を、追ってる?狩り?」
「かねぇ?そういや殿下達も魔獣討伐がどうのとか言ってなかったっけか」
「言ってた気がする。てことは、あの黄色って東のどっかの国の騎士的なやつ?」
「かもよ。だったらこの行き倒れ、保護して貰うってのも手じゃねえか?」
「良い案、と言いたいけど……友好的か否かが問題」
因みに、眼帯は一応左眼に装着して、西の色を出している。東に書簡鳥を飛ばしたのが西なのだから、その方が良いだろうと話し合った結果だ。
なので、いきなり敵対心バリバリに出して来られると言うことはない、と信じたいが。
チラと点の方角を見れば、乾いた土を蹴り砂埃を巻き上げる何だか大きな獣めいた生き物一頭……一匹?サイズ的に一頭だな。あれは。
猪ベースだろうか……どうにも形容し難いが、フォルム的には猪。しかし御面相はザ・肉食と言わんばかりの犬科だな?追い立てられているようで、時々転身しては牙を剥く様は中々の迫力だ。
「……殿下達あんなの相手してんのか、頭おかしいな?」
ぽつり、海がその光景を眺めて零した言葉に深く頷く。
一体を複数人で相手にすると言っても、あれは無いわ。
森の深層の連中よりはサイズ感はやや小ぶりに感じるが、それでも下手をすればワンキル待ったなしよな。
「でも誰かが相手せんことには、どうしようも無いんだろうねぇ」
「世知辛い」
「それな」
陽光を弾く刃と、獣の爪が交差して甲高い音を立てるのが聞こえてくる。
「爪、何で出来てんのあれ」
「さあ?金属音してっけど、普通爪はカルシウム的な何かよな」
「と言うか、近接戦闘なの?飛び道具とか魔道具とかないの?」
「あったら使うんじゃねぇの?ってことは無い、か又は使えない理由があるかのどっちかよな」
とりあえず、後々面倒なことになるのは困るので、自転車をインベントリに片付けておく。
このままぼんやりと観戦している訳にもいかないだろうし。
「どうする?スタンしとく?」
「危なそうなら、って感じかねぇ……?あんま余計な事して変に警戒されんのもなぁ」
それもそうだ。
魔道具出せとか言われても、そもそも持ち合わせが無いのだから無理だしな。
「うーん、フラッフィしてこの人連れて避難が妥当、かな」
「そうな。徐々に距離詰められてっし。多分あの犬猪、俺等狙いよな。弱そうな獲物と弱った獲物のカタマリだしよ」
「まー、狩り易い獲物に見えるわな」
何度も金属音が鳴り響く。その度に徐々にこちらへ進んで来る喧騒。
どうやらあちらの人々も、こちらを認識したらしい。
逃げろとか何してるとか、何だか切羽詰まったお声掛けを頂いている。
最初に認識した黄色の三点から、今は増えて七点。マップ上でわちゃわちゃしている。
「しゃーねぇな。様子見ながら避難するか」
と、海がぼやきにも似た声音で言ったなら、行き倒れをひょいと抱えてしまう。重さを感じさせないのは、フラッフィの恩恵か。
「そうな。こっちに意識割いて怪我でもされたら後味悪いし」
赤の他人ではあるが、無事に狩りを成功させて欲しいものだ。よっこいせと私も立ち上がり、喧騒から遠ざかる方向に歩き出す。
大変見晴らしが良い土地ではあるが、少し離れれば土埃がもうもうと舞い上がっている為に、霞んでしまって様子がよく解らなくなるので困る。
「……服の隙間にめっちゃくちゃ砂入るなぁ」
「なんなら担いでるその人からもはらはら落ちてるって話よな」
「うっそ。俺砂塗れになるやつじゃね?」
「なるよねぇ。そりゃねぇ」
のこのこと歩いて避難しつつもそんなどうでもいい事を話す。
「打水してぇ……マジ乾燥ってイヤよねぇ」
「唐突なカマ言葉何なの」
「そこは同意しろよアラサー女なら」
「うるせぇな。最近魔力さんのおかげで肌超潤ってるからその悩みは忘れちまったんだわ」
「次のお肌の曲がり角迎える前にちゃんと手入れしとけよ」
「余計なお世話だわ」
確かに、若い時にちゃんとしておけば良かったと何度も思ったわ。だからこそ、日焼け止めは欠かさず塗っている。あと、割と保湿もしている。ズボラはしていない。
洗顔後の保湿はむしろ癖になっているので忘れようもない。安心安全だ。
そんなどうでもいい会話をしながら場を離れる方向で足を進めていたなら、一際大きな声が弾けるように空気を切り裂いた。
あぶない、はやくにげろ。と。
鼓膜を叩くような叫びに振り返れば犬科猪がこちらに爆走してきていた。
「げ。包囲から逃げたのかガッツあんな」
重低音な足音と共に駆けてくるその獣の迫力は中々のものだ。
その目は確実に私達を捉えて仕留めてやろうと狙いを定めている。
「めっちゃ砂。めっちゃ埃。海くん喉痛くなっちゃう」
「お前に限らんと思うよ」
揃って顰め面をして上がる砂塵に文句をつける。
流石にこうなったらスタン一択よな、と距離を詰められる前に一発打ち込めばビクリと跳ねた獣は重い音をさせて倒れ込み、慣性でそのまま少しばかり地を滑って止まった。
それに追いついた人達が、少しばかりの動揺を見せはしたものの、速やかにその刃を振り下ろし……
「あ、無理。スプラッタ耐性ないんだわ」
思わずさっと目を逸らしたならば、海もきゅっと口をへの字に曲げてこちらを見ていた。
「画面の向こうならイケるけど、現実は俺も無理……いや、誰かがやらなきゃなんねぇってのは理解してっけど……」
森の中の、命の食らい合いとは異なる光景。
いや、まぁ殺さなければ食われるのだろうから、これは防衛戦だよなぁ。
しかし、なるほど殺伐としているなぁ。
この世界の現実を垣間見る瞬間よな。
本当ならば、現実を直視するくらいの根性は必要なのだろう。
だがしかし、そこはそれ。現代日本人がそこにイキナリ順応できるかと言われたならばそれは否ではないかと思うわけよ。
ちょっとずつでお願いします。ちょっとずつ。
別に否定しているわけじゃないのだ。こちらがチキンであることくらい許容してくれ。
そんなことを考えていれば暫くすれば音が止む。
かと思えば土を踏む足音が一つ。近づいてきたので顔を上げれば、割と年嵩の男性がこちらへ歩を進めていた。
その顔は苦い物でも食ったかのように顰められているが、きっと内心面倒くせぇななんだこいつらとか思ってんだろ?解る。そりゃそうだよな。
狩りの現場に明らかな非戦闘要員がうろついていたらそりゃ何してくれよんじゃいとなるよな。
お気持ち察して余りあるほどである。
マジごめん。
二か月経っても定期的に更新できるだけの量は打ち込めていないので、ひとまず生存報告がてら。
全体のプロットができていないので暫くは不定期になります申し訳ない。




