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こちとら命懸けてねぇんだわ。  作者: もち。
西の国とのつきあい方
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『西のひとたち』2

森の子を無事送り届け、城へ帰還した面々は一週間のうちに溜まった業務に打ち込みながらも日常が戻ったことを実感していた。

特にノクトは、二人に明け渡した執務室をまたもとに戻し、そこで業務にあたることでより一層それを実感していたのだが……

(……心なしか、室内がきれいになっている)

と、そんなことを折に触れ思っていた。

壁のクロスにしても、床の状態にしても、妙に綺麗になっていた。

海が煙草を吸うその度にクリーンを掛けた痕跡なのだが、普通手が届かない天井まで磨き上げられたかのようになっていれば違和感を持つのも不思議はない。

流石に日に焼けた素材が新品同様になるということはないにしても、普通に清掃するよりは遥かに状態がよくなっているのは言うまでもないことだろう。


帰城してより早4日、そんな感じに小さいとも言えない変化を感じながら二人のいない日常を過ごしていれば、真昼の陽光差し込む執務室にぶわりと魔力の塊が窓と言わず壁と言わず突き抜けて入り込んできた。

書簡鳥だ。

デスクに置いた、二人との連絡用魔道具に威風堂々とした鷹の姿をした魔力の塊が降り立ち、その嘴を開いたと思えば、

『海です。無事帰宅したので報告だけ。返事は特にいらねぇんで、あいつらちゃんと帰宅できたんだなって思ってくれれば幸い』

と。ごく短い言葉を話したと思えばふわりと魔道具に吸い込まれてその姿が失せた。

(……この短いメッセージを伝える為だけに、これほどの魔力を込めるのか)

なんとも非常識な話だな、と思わず乾いた笑みが零れた。

とは言え、逆に最低限の魔力に抑えることそのものが困難であると実験段階で判明していれば、こうもなるのだろうと納得もできた。

つつ、と。指先を魔道具に滑らせ、その表面をなぞる。

ここひと月ほどはほとんどこの部屋を拠点に過ごした二人が、森の家へ無事に帰宅した。

その事実は共有すべきであろうと思いながらも、どうせあれだけの鳥が騎士棟に飛んできたのだ。

そのうち誰かしら訪問してくるだろうとただあの二人の顔を思い浮かべる。

(きっと笑っておられるのだろう)

無事に帰宅したことを喜び、安堵で笑みを浮かべているに違いない。

時折見せる大人びた表情とは違い、くるくると変わる表情の中でも特に笑顔は稚い二人。

その身に内包する膨大な魔力と、あふれる加護の力は今やこの西の地に随分と恩恵をもたらしていた。

水不足から来る作物の不作にも、水源の枯渇にも、復調の目処が立ち先行きは明るいとディベルの表情も随分と晴れやかになったものだ。

ノクトとしても、恩恵をひしと感じる面がある。

各地に現れる魔獣の力が、随分と衰えを見せているのだ。

討伐報告にありありと現れるその結果に、しみじみと龍の加護を見る。


ふと、扉が軽くノックされる音が耳朶を打つ。

それに対して、入れとだけ短く声を出せば静かに開かれる扉。

その手にどっさりと書類を持ったフォルテがそこに現れて、思わずノクトの眉間に皺が寄る。

「……もう少し手心を加えてくれてもいいと思う」

「ここひと月で随分と色々溜まっておりますので」

慈悲のない一言と共に室内に入ったフォルテがデスクの上にその書類を置く。

様々な報告書である。

日々それなりには目を通してはいたが、基本的にフォルテと3人の大隊長がこれは最重要だなと判断したものだけがあの二人が滞在している間よこされていたもので、あとは細々とした報告書が山積していた。

「これでも処理できるものは処理された後です。泣き言は仰せになりませんよう」

「……わかっている。とはいえ、魔獣の目撃も随分と減ったようで喜ばしいな」

「これもあのお二人の御力あってこそ、でしょうね。とはいえ、その分人間同士の諍いがどうにも」

「北か」

それはそうだろう。

加護が満ちたのは未だこの西の地のみとなれば、枯れた北の地からすれば垂涎の土地となるのだ。

なれば侵略し、奪い、少しでもその恩恵を取り込みたいと願うのは当然のことなのだろう。

「……境の国の戦は激しさを増すばかり、か。ままならんな」

ロルクェストの中は随分と平穏を取り戻しつつある。

だが、その他の国に対しては龍脈の加護の復活に関する通達は行ったものの、それ以上の干渉はしていない。

否、できない。

どれほど平穏を取り戻しつつある、とは言っても疲弊した国力を立て直すのに今は精一杯なのだ。

次の収穫期まで、おそらく備蓄した食料は持つだろう。だが、他国に融通するほどの余力はない。無論、兵力もだ。

光明が見えたとは言え、一朝一夕で総てが解決するようなものでもない。


チラ、と。

フォルテの若草色の瞳がノクトの指先の下、魔道具に注がれる。

その視線を目で追い、それからふと小さく笑みに似た吐息を零してノクトは小さく頷いた。

「お二人とも、無事に帰宅なされたそうだ」

その一言を受けて、フォルテもまた小さく息をつく。

「何よりです」

森の脅威について、フォルテは詳しく知ることはない。

ただ、命の危険のある場所であるとだけしか。

もともとノクト一人の森への突貫すら、可能であれば止めたかった。だが、国王陛下の御為となれば止める事もできなかった。そしてその権利もない。

上からの命令であれば、飲み込むしかないのだ。

いかな思いを内包していても、ただその無事を祈り送り出すよりできない身の上の歯がゆさに、ノクトが森から出てくるまで何度苛まれたことか。

出た来たら出て来たで不審な二人を連れているし、その二人がまさかの龍の御使いであるしと怒涛の展開にここひと月まるで気の休まる日がなかったものだが……

とは言え、森まで送り出してもまた、無事に帰宅できているのかと今度はそればかりが気がかりでどうにもできない落ち着かなさを抱えていた。

が、ようやく。

ようやくだ。

無事に帰宅した、その一言でもってようやくフォルテの心に平穏が舞い降りた。

いやもう本当に良かった、と。誰に言うでもなく胸中で零す。

そうして、どうせあとの3人も落ち着かない心地でいるのだろうと思えば教えてやらねばなと微かにその口元に笑みを刻んだ。


と、少しばかり空気が緩んだところで再び魔力の塊が室内に襲来した。

先程と比にならない大きさの、それこそ最初に海が失敗した時とそれほど変わらないサイズの書簡鳥がノクトの指先すら貫通して魔道具の上に降り立ったのだ。

思わずびくりと肩を震わせ、目を瞬いたならばその怪鳥が嘴を開く。

『やだこれであってるの?』

『いやもう多分録音されてるから発言気を付けて……』

『え、うそ。録音早いわよ困るー……んん、こほん。空と海の母です。この度はうちの子がお世話になりました。また機会があればご挨拶に伺えればと思います』

『挨拶って何。まさかそれ持って行くつもりじゃ……』

『いや流石の母さんでもンな真似はしねぇだろ』

『えへへー』

……そこで音声が途切れて怪鳥は魔道具に吸い込まれて消え失せた。


そして訪れるのは何とも言えない沈黙。

馴染んだ二人の声と、聞きなれない女性の声。どこかふんわりとした、浮世離れしたおっとりとした女性の声だったが、今の音声からするとあの二人の母親であるということだろうと理解する。

(……それとは何だ?)

一体何を持って来るおつもりだ、と。じわりとノクトの背中に冷や汗が浮かぶ。

大体、どのような手段で森からここまで訪れるというのだろうか。まさか地道に歩いてお越しになることもあるまいな、と。

そっとフォルテを見れば、きゅっと眉間に皺を寄せて何かしら思案しているような顔をしていた。

「……フォルテ、私は返事を出すべきだと思うか?」

とりあえず、そう問いかけてみればその若草色の眼を伏せて引き結ばれた唇を開いた。

「……おそらくは」

できればご足労頂くようなことのないよう、それとなく断ってほしい。そんな気持ちを込めてフォルテは返事をした。

何を持って来る気であるのか。

それが怖い。

あの二人がドン引きしているそれ、とは。何を指すのか。

きっと普通ではない何かなのだろう。

そう思えばこそ、フォルテは心の底からお断りを入れてほしいと思っていた。


そんな穏やかとは言い切れないやり取りを余所に、空を悠々と舞う魔力鳥の姿に吉兆を見た人々の心には微かに希望が宿りつつあった。

西の地に、少しずつ希望が灯りゆるやかなれど変化が訪れていく。

それが秤を覆すほどのものとなるかはまだ解らない。だが、ほんの僅かにでも灯った小さな希望は、明日への糧になることだろう。

そうしていつかは、秤を傾ける力となることだろう。


そしてまたさらにそれとは別に、ロルクェストの第三騎士団の面々は空を見上げて妙にこみ上げる笑いに互いが顔を見合わせ、またやってるな、あのお二人。と身近な御使い様に思いを馳せていた。

討伐任務の空の下であったり、鍛錬場の空の下であったりと、その鳥を目撃した場所は様々ではあるが、二人を知る騎士達はただほっこりと笑って、今日も頑張るかとなんとなく、やる気を出した。

その中には3人の大隊長も含まれていたのだが、

「いやぁ……相変わらずぶっ飛んだ魔力の塊を飛ばしてますねぇ」

と。見送った鳥の方角を目を細めて眺めたまま、吹く風に灰色の髪を揺らしてコルドが呟けば近くにいたリダルトもまた苦笑を零す。

「お元気である証拠、と思えばいいのだろうが……」

「タッカートさんも見えましたかねぇ」

討伐任務で隊を率いて出かけている同僚を思いながら呟いた言葉に、リダルトがひとつ頷き、

「森から直線で飛んで来たのであれば、見える範囲だろうな」

「まさか蛇行はしてないでしょう。帰ってきたら是非どんな気持ちになったか聞きたいもんです」

「きっと我々とそう変わらんさ」

肩をすくめて、もうあれ笑うしかないよな、と言ったリダルトにコルドは笑みを深めてですねぇ、と同意する。

これから龍の加護は広がっていくことだろう。

あの二人の御使いは、なんだかんだと文句を言いながらも妙に業務という点にはこだわりを持っていた。

となれば、先行きはきっと明るい。

この世界はいいほうへ転んでいく……そんな気がする。


空を羽ばたく王者がごとき鳥の姿は、そんな未来を予感させる。

晴れがましい気分だ、と。笑い合って、また会える日が来ることを夢想する。

その時はまた、嫌がるまで腹を満たしてやりたいものだ。と、そんなことを思った。

とりあえずここで西一区切り、ということで。

東少し書き溜めるまで更新おやすみします。

読んでいただけて励みになりました。ありがとうございました。

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