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とりあえず近くの応接に移動したなら城内のあれこれは宰相さん達が後始末してくれると言う。
まぁ私達には何もできないからな、その方面に関しては。すまん。
神殿騎士さん達も鱗付きの被害者なので、ごめんねと言伝をお願いしておいた。
あと、深緑の騎士服は第一騎士団の方々だそうだ。主に王族警護を担当する所謂近衛騎士的な人達だそうで。
勿論王族警護以外にもこなしてはおられるのだが、大抵城の三階より上はあの方々のテリトリーになるそうだ。
へぇ……そうですか。
因みに、宰相さんに絡んでいた公爵さま?とやらは正気に戻り、こちらを視認した時点で何か拝まれていた。
お声掛け頂くことは無かったが、不敬にあたるからとのこと。
……知らないおっさんに声を掛けられてもそりゃ困るけどさぁ、敬われても困るわ。
何やかやでバタバタしたが、今回は怪我人は出ていないようでそれは不幸中の幸いと言えるだろう。
階段前で一部人間ドミノが巻き起こっていたが……そうか、怪我してないのか。頑丈だね。いや、いい事だけどさ。
給仕された紅茶を啜りながら色々と持ち込まれる情報で城内状況を把握していく。
第三の騎士さんが割と定期的に報告を上げに来てくれるのだ。
それはそうだろう。団長も副長も私達に付き合ってこの応接にいるのだから報告先がここになるのは道理だろう。
「それで、鱗の主について何か解ったのだろうか?」
「んー、何かっつーか、俺等もあんま解ってねぇんだけど、龍の敵ではありそう」
「……お二人に害成す存在であらば、それは解っていた事では?」
「まぁ、そうなんだけどよ」
ことりと首を傾げて普通のツッコミを入れられるとそうだよね今更だよね、と思わなくもない。
ちょっとバツが悪そうに海が後頭部をカリカリと掻きながらも、眉間に皺を寄せて伝えるべき言葉を探っている。
「うーん、殿下、天秤って何か解るか?何か、それが戻らねえとかどうとか言われたんだよなぁ」
そう訊ねたならば、今度は殿下がきゅ、と眉を寄せてその顔に疑問を散らす。
「天秤……?いや、聞いたことが無いな……陛下や神殿の者なら解るのだろうか……?」
うーん、と似たような顔で悩み出す姿を見ながら紅茶を啜っていると、廊下に続く扉がノックされる音がした。
フォルテさんがすかさず対応してくれている。
開かれた扉から姿を見せたのはコルドさんで、その後ろには大司教さまの姿もあった。
「コルドさん!あれから何も無かった?面倒押し付けてごめんね」
「平和なものでしたよ。質問にも快く答えて下さいましたし、それ程面倒な事にはなりませんでした」
にこりと笑みを浮かべてその金春色の目を細めるコルドさんの姿にホッとする。
怪我もなし、疲労も見て解る程には無さそうだ。
「ただ、お二人に申し訳ないと落ち込む神殿騎士を宥めるのが少々骨でしたが」
あはは、と軽い口調で言われた言葉にこちらもえへへと温く笑う。
「いやぁ、あれは不可抗力だよねぇ。むしろこっちが申し訳ないくらいだよねぇ」
「いやぁ、でも気持ちは解りますよ。取り憑かれてお二人に害成す事を考えたらゾッとします」
「すぐ動き封じるから安心してくれていいよ」
「それはそれでゾッとします」
急に真顔になってガチトーンでゾッとしないで貰いたい。
「ところでご希望と伺い、大司教様に御一緒頂きました」
そっとその場から半歩程ズレて、大司教さまの前を開けるコルドさん。
そうしたならば、しょんぼり眉毛のおじいちゃんがやや伏せ目がちに一歩、前に出る。
「この度は誠に不甲斐ない仕儀と相成りまして、神殿一同心よりお詫び申し上げます」
深々と頭を下げられて思わず焦る。
「いえ、此方こそ……あの鱗に対して明確な行動を起こす前にしてやられて、そのせいで巻き込んでしまって申し訳なく思います」
あと1週間くらい猶予欲しかったわマジで。城下マップでくまなく赤点巡りとか、せめてさせて欲しかったわ。
「それで、その……どこであの鱗に取り憑かれたのか、お心当たりはありませんか?」
しかしここでごめんねの応酬をしたところであまり意味はない。
互いに謝ったなら話を先に進めるべきだろう、と質問を重ねたならばへなりと大司教さまの眉がまた下がる。
「恐らく、ではございますが……」
と、前置きをした上でそれはそれは言いにくそうに口元をもごもごさせてから、一度きゅ、とその口を引き結んで腹を括ったように表情を引き締め、
「神殿本部である、と推測しております」
な、なんだってー
普通に驚きなんだが。
龍社長、信者はもうちょっと大切にしては如何だろうか。モザイク龍にしてやられているではないか。
思わず驚きで目を見開き、ぱちぱちと瞬きをしてから首を傾げる。
「……それは、神殿騎士さん達も同意見、と思ってもよろしいのでしょうか」
「はい。……信仰の足りぬ未熟さに、恥じ入るばかりに御座います」
沈痛な面持ちで目を伏せて項垂れる大司教さまは全力で哀愁を漂わせている。
かわいそう……おじいちゃん、そんなことないよ!社長のフォローが足りないんだよ!ほんとごめんね!
「いや、あれは信仰は関係ないかと思われますのでどうか気を落とされないで……恐らく、人の抗える存在では無いと思われます」
だって龍社長がカチコミ掛けるくらいなんだし。
もしかして私達も危なかったのだろうか。あのままだと。
右目炸裂するかと思う程の痛みであったわけで……欠損した場合琴子印のハイ・ポーションで治るの?どうなの?
不確定要素であるから決して失いたくないものだ。隻眼とか社長とお揃いだねとか何も嬉しくないからな。
それにしても、神殿本部で鱗が付着するならやはり速やかにカチコミを掛けに行くべきか。
そもそも用事があるのだから一石二鳥なのでは。
ふむ、と顎に手を当てて考える。
その場合、どうやって行くかな、と。
もうできれば殿下達とは行動を分けたい。
現時点でこの城は加護に満ちていることだろうから安全地帯と言っても過言ではないと思われるので、是非とも常勤の方はここにいて頂きたいものだ。妙な事に巻き込むのは本意ではないし、やはりここは二人でカチコミを掛けたいところだが。
「……そういや神殿本部って徒歩圏内か?こんだけの人数動員するなら馬車じゃねぇよな?」
と、恐らく同じことを思っている海が誰に対してという訳でもないがそう質問を投げかけたならば、やや困った顔をした殿下がうむ、と小さく応えを返す。
「一応徒歩でも行ける範囲ではあるが、近くはないぞ」
「具体的にどんくらい?」
「……朝に出て昼頃には到着する程度、だな」
ざっと4時間くらいか。充分徒歩圏内だな。
街中ならば舗装もされているだろうし、森の中より歩きやすいだろう。隠密していたら危険度は低そうだし、場所さえ解れば何とでもなるか。
「まさかとは思うが、お二人で行くつもりであるなら流石にそれは許容しかねるぞ」
と、解っていたことではあるが釘を刺される。
「いやー、でもほら。本部に鱗の原因があるならそれこそ殿下達一緒だと危ねぇじゃん?」
紅茶のカップを傾けながらそう言った海に、殿下はその顔を顰めて首を振る。
「危険があるからこそ、我等第三騎士団がお傍に、」
「だからだよ」
殿下の言葉を遮るようにして海が発言する。
陶器が重なる微かな音を立てながらカップをソーサーに戻して、溜息のように息を吐き出した。
「だからだよ。殿下達はさ、俺等の事そりゃ大事にしてくれてんだろうけどさ。悪いんだけど、俺等は互いの事しか離れていてもハッキリ認識できねぇ。ってことは、何かあってはぐれても俺等じゃ殿下達を探せねぇし、助けに行けねぇ」
アイコン緑も相当増えた。となれば、私達は殿下すら見つけ出すことはできないだろう。
赤点が居るであろうことが予想できる場所に、不特定多数の緑を連れて行けばフォローができないのは必定だ。
「殿下達と俺等の得意とする分野は違うんだろうってことも解る。確かに俺等に戦う力はねぇし、暴力に対してできることも限られちゃあいる。でも、だ。無力じゃねぇ」
「それは、」
「最悪の場合結界使ってどうこうすりゃ、二人ならなんとかなる。森でもそうしてきた」
ああ……うん。虫が湧いた時とかね。魔力が増えてからは遠慮なく結界に逃げてやり過ごしたよね……無理だわあんなのから逃げるのとか。
今なら結界内から範囲でスタンも出来るわけだし、何とでもなるだろう。魔力さえあれば、だが。
あとは、やはり二人ならと言うのがポイントなんだよなぁ。
この前は御者さんが居たから身動き取れなくなったわけで……やはり何だかんだと二人で行動したほうが色々と融通が効く。
「あの伯爵を捕まえる為に視認された時点で、鱗付きは俺等を目指してきていた。ってことは、視認されてなけりゃ安全だってことがあの時証明されたっつーことでもある」
両手を組んで、膝の上に置いて目を伏せた海はふぅ、と息を一つつく。
「……視認されたくねぇ。後は、この意味解んねぇ事態にこれ以上人様を巻き込みたくねぇんだ。俺等が龍の腕だってんなら、これは俺等がやんなきゃなんねぇことなんだろう」
全く持って同意見だ。
押し付けられた業務で、かつこんな理不尽かつ厄介な事に巻き込まれているとは言え、それが職務上発生するリスクであるならば私達の責任でもって処理すべき案件なのだろう。
明らかに目的が私達であるのならば、解りやすくここにいますよとアピールするのもよろしくない。
チラ、と殿下が私に目を向けて来た。
それは多分、海の言葉を覆す何かを求めての事なのだろうけれど、正直すまん。
「不在にしてるって通達してればお城の人たちに迷惑かけずに居られるだろうから、もう速いとこお城出てしまおうかと思うのだけど。神殿の場所教えて貰える?」
流石に夜に訪問する気はないので今夜も野宿だ。カップラーメンが美味い。
私の意向を伝えたところで殿下の顔面にまた『嫌』と言う字が見えるくらいの悲壮な表情が生まれる。
だが、どうもこちらを説得する言葉を探しているのかうろうろと視線が定まらない。
そして、殿下の視線に被弾したコルドさんが少し困った顔をしてから、
「承服しかねますよ、流石に。今夜の宿とかどうするつもりですかお二人とも」
横から声を掛けてくる。
「野宿慣れてるから大丈夫」
「道に迷ったらどうなさるおつもりですか」
今度はフォルテさんが渋面を敷いて追撃してくる。
「まぁ到着時期が曖昧になって逆にいいんじゃねぇの?逆算できるよりはそっちのほうが向こうさんの不意を突けるだろうし」
物は言いようだ。迷子になる可能性も確かにあるが、それはそれで良い方向に解釈して突き進むが吉。
まぁでも場所さえ把握していれば、マップさんで目的地は解るだろうから迷うこともない筈だが。
「ねぇ殿下。心配ばかり掛けているのだと思う。けど、ごめんね。私達も殿下達が心配なんだよね」
「それな。あんなわけわからん奴相手にすんのに、肉体言語じゃどうにもなんねぇし」
こちとら最終兵器スコップだが、多分殿下達よりはあのモザイク龍相手には向いているだろう。ダメなら社長に丸投げだ。
「龍も、雑だけど手助けしてくれてるし」
多分。してくれてる。恐らく。きっと。
確信は持てないが……。
「ただ、結局森へ帰るのは殿下に頼む事になるだろうから終わったらこっちに帰って来るんだけどな」
「城門隠密で入ったら怒られるかな……やばいよね流石に」
「そこよな。帰りが心配」
「いやそこじゃ無いです問題は。お二人を城門で足止めするような不敬が発生するわけないでしょう」
帰りの心配に対してコルドさんがツッコミを入れてきた。この人割と切れ味いいよな。
「無事に帰って来れる保証もないのに、送り出せませんって話をしてるんですよ」
「でも殿下達がいてもそれは変わんねーだろ?逆に視認されてリスクが上がるし」
「人間相手だったら頼もしいことこの上無いんだけど……鱗の主はあれ完全に人外だしねぇ」
「もののけ担当みたいな感じよな。俺等」
もののけ……。言い得て妙だなおい。
そのもののけに対して、殿下達は抗う術が不足していると思う。であれば、やはり行動を共にするリスクは負わせたくない。
大体この人王族なのにフットワーク軽過ぎない?こんなもんなの?そんなわけないよな。
割と全員の顔に拒否感を感じるのだが、ことこれに関してはなぁ。
そんなに頼りないかねぇ。いや、そりゃ筋肉は足りないんだろうよ。見た目から。荒事にだって慣れてない。それもわかる。
しかし、割と図太い神経を持ち合わせている自負はある。大体のことはなんとかなるし、なんとかする。
「あとはまぁ、懸念があるとすりゃ第二騎士団の鱗がどこで拾われたか、だよなぁ」
「あー。神殿本部って部外者立ち入り禁止だって言ってたもんね。じゃあやっぱ城下かぁ……」
神殿本部にカチコミだけで話が終わらないのか、考えてみれば。
そんなことを話していれば、
「それについては、神殿支部付近で付着したものと思わしき証言がありますが……」
と、嫌そうな顔をしたままコルドさんが情報をくれた。
「マジか。行きか帰りに寄ってみるわ、情報感謝」
「いえ、ですから送り出せない件についてですね、」
「俺等に囮になれってのなら、どういうやり方で龍モドキを抑え込むのかそこんとこ提案してくんねぇかな」
コルドさんの言葉に被せるように問いかけたその言葉に、ぐっと言葉が詰まったようにその唇が引き結ばれた。
「囮などと……」
殿下がそんなつもりはない、とでも言いたそうに眉を下げて小さく呟くのに対して海が肩を竦めて見せた。
「そんな気はねぇんだろうけどさ、視認されるってのはイコールでそう言う事だろ。ちゃんと俺等だって殿下達が俺等を案じてくれてることくらい解っちゃいるけど、今回の龍モドキに関しては二人で行動した方がお互いの安全度が高いのも解ってほしい」
「……お二人の意思は変わらぬ、と」
「リスクマネジメントは仕事をするにあたって必要だろ。例えば殿下達に何かあったら流石の俺もキレるかも。で、後からめっちゃ後悔する」
それな、と私もうんうん頷いておく。
それでなくても今回海の誘拐でキレているのに。
あのモザイク龍に何とか痛い目を合わせてやりたいという情熱を胸に抱いて、カチコミ上等な気分でいるというのに。
とは言え、衝動的に暴力をふるった場合に後から後悔しない保証はない。いや、恐らく物凄く後悔するだろう。なんなら地面にめり込んでしまうかもしれない。
「人外相手にするなら、やや人外の俺等がやるしかねぇもん」
やや人外、というあたりにこだわりを感じる。そうだよねぇ。人間辞めてるって言いたくないよねぇ。まだまだ人間のつもりだわ。
暫し、沈黙が降りる。
物凄く嫌そうな顔のまま、殿下が黙考しているのか目を伏せ、軽く俯いてその唇を引き結んでいるのがなんとも申し訳ない。
けれど、深い、それはそれは深い溜息を絞り出したと思えば、そっとその目を開いてこちらを見据える。
「……確かに、私達では今回の件に関しては何もできぬのだろう」
と、認めたくねぇけどな!と顔が語っているが認める発言をして、とてつもなく苦いものを嚙み潰したような渋面でもって小さく頷く。
「なれば、お二人の成す事の枷となるような真似は、すべきではない」
ぎゅう、と。その両手を組んで膝の上できつく握りしめている。血の気が引いて真っ白になる程握りしめるその手の色もまた、マジで嫌。と語り掛けてくる。
「龍の御遣いの、御心のままに。されどどうか、必ず、無事にお戻り頂けますよう」
多分、最初から一定の理解は得ていたのだろうとは思う。
けれど、殿下の中でそれを納得できる形に落とし込むまでに時間が掛かったのだろう。正直納得している感じはあまりないが。
それでも、この件は普通の人の手に負えるものではない、と。認めて、飲み込んで、諾の意を示してくれる。
強く、無事を祈るかのように組んだ手を俯き額に当てている姿に、ホントごめんねと思う。
殿下に習うように、フォルテさんもコルドさんも、嫌そうな顔のままではあるが軽く俯き言葉を飲み込んでいた。
「おう。いつだって命は懸けてねぇから、安心してくれ」
「安全第一で行動するから。ありがとね」
まぁ懸けてなくてもたまに勝手に命の危機が訪れるけどな!




