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殿下達が帰ってきたならやはり結構この寒い中、濡れそぼっていたらしく沸かした風呂は一応使って頂けたらしい。
何よりだ。
皆風邪引くんじゃないぞ。脳筋だからって油断はしてはいけない。なんでも筋肉が解決してくれるわけではないからな。
龍の鱗については一応食堂で使ってみてくれる運びとなったが、結晶岩塩そのものを出しても削るの大変だよねと思ったので薬魔スキルの粉砕で粉にしておいた。これも魔力消費の一環として。
粉になってもきらきらとしていて、どうにも食用感が出ないのだが……これ大丈夫なのだろうか。
そう思いながらも提出したらこれ食べるの?マジで?罰当たらない?みたいな反応をされてしまったが、とりあえず物は試しという事で何卒よろしくお願いいたします。
料理長さん達には妙なご苦労お掛けして申し訳ない。
「……風呂に入るのに、あれほど厳粛な気持ちになったのは初めてだ」
と、大体の始末が済んだ夜半。夕食も終わった後に部屋を訪ねて来てくれた殿下がそう呟いた。
「いや、それはちょっと大袈裟すぎねぇ?ただ掃除して水出しただけだぜ俺等」
それな。
「いや……お二人の魔力で生み出された水などと、拝むものでは?と、戸惑いが広がったものだ」
ふっとやや遠い目をしながら微笑んだ殿下に、いやお前何の気なしに飲んでますよと。
なんなら今手に持っているそのココアを淹れるのにも使ってますよと。
時間経過で少しずつは回復してしまうので、寝る前に空っ欠は中々難しいのだ。ちょいちょい調整しなければならない。
ステンレスマグに注いだそのココアを、両手で包むようにして持ちながらちびちび飲んでいる殿下の姿に、もうどこからつっこむべきかなぁ……と思うのだが。
「あと、第二騎士団がソラ派とカイ派と中立に割れたのだが、どうすればいいだろう」
知らんがな。何その派閥。こわ。
「此度の奇跡を目の当たりにしては自然なことではあるが……」
ふぅ、と息を吐くついでにココアを冷ましている。熱くてぐいっといけないらしい。
「そう。どうやらあの鱗がついている状態では夢の中にいるような感覚であったらしい。はっきりとした意識がない状態でただ動いている、という……」
「あー、つまり結局黒幕はさっぱりってことでいいのか?」
「……そう、だな。すまない」
「殿下が謝ることじゃないよね。とは言えそれなら、勝手にこっちで調べたいんだけど……殿下、祭壇に行ってもいいかな?明日にでも、隠密で動くからできれば護衛騎士さんは無しで」
というかイエクサと会話しに行くだけなので正直護衛とか居ても仕方ない。どころか、気を使って短時間で切り上げることになるくらいなら二人で行動した方がじっくりと事を成せるだろう。
「もしかしたら何日か祭壇の森に籠るかもしれないし、その場合二人の方が色々と都合がいい」
「それは……」
「今回の事は殿下達も第二騎士団の人達も、私達に巻き込まれた形になる。それに関しては申し訳ないと思ってる。でもだからこそ、二人での行動を許可してほしい」
二人での行動さえ許可して貰えれば、祭壇の森の中ならばテント張って電話使って家族会議すらできるのでは。
龍の眼の効果効能についての知識も共有しておきたいところだ。
「巻き込まれたなどと、そのように思う者は誰一人としておらぬ」
「俺等がそう思ってるってだけじゃ駄目か?俺等じゃどうしようもねぇことはちゃんと頼るよ。でも祭壇の森は城内だし、道も覚えてるし、隠密で行動したほうがこっちもそっちも安全だと思うんだよな」
「ちゃんと戻ってくるし、正直あっちの森の近くまでは送って貰わないと帰るに帰れないから勝手に消えたりしないよ」
一応お願いの態を成しているつもりだが、聞いてくれる余地はあるだろうか。
殊更に渋面を浮かべて顔面に『嫌』と書いてあるのだが……うーむ。殿下、私達が大人だって忘れてないか?大丈夫か?はじめてのおつかいでもなし、過保護に過ぎるのだが。
いや、確かに。森の外に出てからはもう言われるがままに流されているのでそれはそれは無知な子供に匹敵するほどの頼りなさであろう。が、森でのことを思い出して頂きたい。森では私達がリードしていた筈だ。
しばしそうして黙って渋い顔を浮かべたまま何やら考えていたが、ついには溜息を一つ吐き出してその目を伏せた。
「……お二人がその気になれば、抜け出してしまうことも容易なのだろうな……。であれば、せめても行動を知れる間に諾の意を示すのが良いのであろうな」
解ってんな殿下。そう、その気になれば置手紙一つ残してちょっと行ってきますとか言えなくもないのだ。ただし、それはあまりに不義理であると思うので許可を取ろうと言うだけで。
「最長で、何日程かかりましょうか」
「うーん……長くて3、4日かなぁ」
それだけでも現状の魔力の倍以上にはなる筈だしな。あとは龍の眼の都合次第か。
「なればその間は、お二人の不在を悟られぬように我々も務めることとしよう」
まぁここにいないと知れれば探されるリスクは確かにあるだろうな、と思う。見つかるようなヘマはしたくないが、したとしても、海と二人ならなんとかなるのでは無いだろうか。そう踏んでいる。
見通しが甘いと言われるかもしれないが、もう色々振り切ってしまえば何とでもなる、と思うのだ。
こちらの普通の人ムーブはきっとできない。なんせ何が普通かこの短い期間で掴みきれる筈もないからだ。
で、あれば。もう諦めてしまおう。第二騎士団にもバレたし。となれば多方面に色々バレてるだろう。
北の王族とか土台無理な設定だったのだ。
いや、そらそうだろう。何故いけると思ったんだそんな設定。
拐かしの危険があるからと言ってはいたが、もうそれが起こってしまったなら隠し事なぞ意味はない。殺害目的の敵意が減るならむしろ公表しても構わないのでは。
森の人ですよろしく、と。
まぁ別にどちらでもいい。周囲にあまり迷惑を掛けずに過ごせるのなら構わないのだ。
「ありがと、殿下」
その顔面から嫌だと言う意思が抜けているわけではないけれど、許可は出してくれたわけで。
礼を述べれば眉を寄せたまま軽く首を振ってココアを一口。ふ、と短く息を吐いたならばマグをテーブルに置く。
「……お二人の隠密が優れていることは解ってはいる……が、もし危険を感じたならば迷わずに相手をねじ伏せてほしい」
まっすぐに迷いのない目で言い切られた言葉に、海と共にひとつ頷く。
殺傷力はないので、遠慮なくスタンしていくスタイルで行こうと思っている。
「明日から動かれるという事であれば、準備が必要だな」
そう呟いて殿下がソファから立ち上がる。不在隠蔽の為の準備だろうか、と目で追えばごく真面目な顔付きでもって、
「日持ちする料理を作らせなければ」
「準備ってそこかー……いや、それくらいの日取りなら手持ちの食料全然あるから気にしねぇでくれ」
「そうそう。食堂の方のお仕事増やしてどうすんの。ただでさえ塩使って貰うとか言う妙な仕事してもらったのに」
それくらい自分達で賄える。帰りの事を考えても、食料が尽きるということはないと思うのでここで数日分消費したところで問題はない。
……というか、ここで提供してもらえる食事は結構美味しいし、身体にも良さそうな雰囲気が漂っている。しかしぼちぼちジャンクな味も食べたい。カップラーメン的なやつな。化学調味料が恋しいと思わなくもない。
そんなわけで、食事の提供はご遠慮頂こうと思う。
「そんな事よりも、あんまり夜更かしすると朝フォルテさんに怒られるからそろそろ殿下部屋戻って寝たほうがいいんじゃない?」
朝弱いくせに夜早く寝るという発想があまりないのだよな、殿下。
ちょっとフォルテさんの為に、やること済んだら早寝する習慣を付けたらいいと思う。毎朝フォルテさんの声が響いて来るのだが、その度ほんのり同情してしまうのだ。大体私も海を起こすのに苦労している頃だから、尚更。
「む……ん。それは、そうなのだが……」
「食料の面なら心配ねぇから安心しろって。大体俺等いい年した大人なんだぜ?そんな何から何まで世話されにゃ生きていけねぇようなこっちゃねぇから」
全く持ってそれだわ。お子様扱いされ過ぎて忘れそうになるが、私もうアラサーだぞ解ってんのかそのへん。
「という事で殿下は部屋帰って寝るべき」
「俺等もそろそろ寝るし。明日の為に魔力回復させねぇとだし」
割と今日もイベントてんこ盛りで疲れてるのもあるしな。右目は涙流し過ぎて腫れぼったいし。正直眠い。
色々と話したいことがあったので頑張って起きていたが、もう寝たい。
結界張ったら完全にくたばるのが解っているので即寝確実だ。
魔力回復の話をしたなら渋々と殿下は納得したのか、これも少々嫌そうではあるが頷いてくれた。何だかんだで色々と要望を飲ませてしまって申し訳ない。が、どちらかが折れなければ話が進まないのだから仕方もないと思って貰おう。
退室する殿下を見送り、扉が閉まれば就寝準備だ。
飲み干したココアのマグをクリーンして収納し、歯磨きをしたならそれぞれのベッドに潜り込む。
「さて……くそしんどい魔力枯渇、しますかー」
「おー……背に腹は変えられねぇもんな……」
深い溜息と共に、結界を張れば底をつく寸前の魔力。そこから更に、無意味にクリーンを連打したなら空になってズシリと身体が重くなる。
指先まで重い、極度の倦怠感に見舞われたなら声を出すのも億劫だ。
おやすみ、と。目線を交わして瞼を閉じる。
明日からまた大変だな、と覚悟を決めて。




