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「はいではここで俺等による俺等の為の俺等だけの会議を開始します」
「いえーい」
帰城したなら、とりあえず与えられた部屋に入って水気を拭って着替えてと、色々したのだが護衛さんを扉の外に残して様々な後始末に皆さま出て行かれました。
という事で、室内で大人しくしていろモードになったので二人で膝突き合わせて会議となる。
「先ず、海くん本日誘拐されました初体験、めでたい」
「めでたくねーわ犯人しばくぞオラァ」
「やだお前、成人女性にあるまじきドスの利いた声と凶悪な顔つき」
きゅっと両の拳を顎の下に持ってくるぶりっこポーズはやめろ。かわいくねぇわ。いや嘘かわいい。無事でよかった。
「街の外に出たってことは犯人は外にいると思われますがそこらへんどうよ」
「それは俺も同意見。最初に進んでた方角の延長線上に赤点はねぇんだけどなぁ」
マップを二人でこねくり回しながら確認しても外にある赤点はぽつぽつとしていて、これが人であるのか魔獣と呼ばれる獣であるのかすら解らない。
「……存外このマップ不便?」
「ここで龍脈の出番?インストールされた時みたいに場所にリンクして景色見れたりしねぇかな……?」
なるほど?そんな機能があったらそりゃ助かるな?
しかして私は今魔力残量がやばい。となると、チャレンジは海がすることになるのだろう。
チラと目配せしたならこくりと頷いて、その目を閉じて魔力を動かしているのかほんのりとその身体が発光する。
ふわふわと明滅するようなその光をぼんやり眺めながら、蛍みたいだなとどうでもいい事を思う。
黙ってその様子を眺めながらも、今回のこの一連の騒動を思う。まさしく、私達のせいで無用な争いが巻き起こった訳で……
――ローポーションくらいは差し入れるべきか、否か。
やはり軽傷とはいえ、こちらの咎なのだろうと思えばそんな事にも悩んだりする。あまり無作為に撒くのもよくはない、とは思うものの罪悪感が凄いのだ。
それでなくとも、せめて何かできる事は無いだろうか、と。
そんな事を考えていたなら、そっと目を開けた海が真顔で一言、
「魔力足んねーわ。ちょっと何か見えかけた気がしたけどもうこれ以上やると倒れるわ」
「いちいち消費えぐいな」
3割残ってたって言ったじゃないの。なのにその様なのかよ。
「いや多分使い方が下手なんだと思うけどよ。でも取説もねぇし」
「手探りでやるしかない、か」
「……祭壇のイエクサに聞けねぇかな?」
「……また祭壇に行かせて貰えると思う?」
「応相談、って感じ?」
「でもイエクサの所に行けるなら、スキル画面の確認とかできたらありがたいよね。今回みたいなことがあるなら、もう少し何かしら自衛手段を持っていたい。人間相手だと森の生き物とはやっぱり勝手が違う」
もういっそ勝手に隠密で行ってしまうという手もあるが、室内から忽然と消えたらそれはそれで誘拐されたとか騒動になりそうで怖い。そうなった時に、あ、ごめーんとか後から言える程肝は据わっていない。
「ちょっと殿下に相談してみようか」
「そうな。……大事にならなきゃいいけどな」
「後は……城下の赤点についても調べたいね。第二騎士団に鱗があれだけひっついてたってことは、城下で何かが起きてる可能性があるよね」
「あー。外にいると見せかけて城下に何かある、的な?」
うんうんとお互い首を傾げながら頭を悩ませる。
どの道行動しないことには何も見えてはこないのだろうが、可能性はできる限り考えておきたい。
「あの汚い鱗の産出元がどこにあるのかも気になるしねぇ……」
「食用不可って時点で不純物マシマシよな。塩として無価値」
「そもそも龍の鱗も塩として使ったことないけどな。……あ、もしかしてこの騎士団の食堂で塩として使って貰ったらお守り効果あったりしないかな?」
「あ、それいいな。身に着けるでなく食っておけば身体に取り込めるもんな」
ただし、これが塩としてどの程度の味わいであるのかは未知数ではあるが。どう見ても硬そうな結晶なんだよなぁ……。食べ物に見えない。
しかしまぁ、岩塩だと言うのならば多分食べられるのだろう。駄目ならその時だ。打診くらいはしてみよう。
「しっかし、神殿は暫くお預けかねぇ?」
「まぁそうだろうねぇ。お出掛けを知る人が限られてるのにも関わらずこの仕儀だからねぇ」
「それな。そもそも馬車に乗る順番とか、殿下が最初とかならこのやり方じゃあ失敗だよな?」
「……割と無計画に行われた犯行なのかな」
行き当たりばったりで、チャンスじゃない?みたいな感じで突発的に巻き起こったとでも?
それにしては第二騎士団の配置は随分と計画性を感じるものだったが……はて?
「もしかしたら、最初は第二騎士団で襲撃の予定だったとか?」
「あー。待ち構えてた感はあったな、確かに。コルドさんがわさーって囲まれてやべぇなって思ったのはある」
「……馬車から引っこ抜かれて運搬される予定だったかもしれない、と」
それはなかなか恐怖体験だったかもしれない。
と言うか、そうなるとかなり大変なことになっていた可能性が高い。エリアスタンでなんとか捌ける可能性もあるが、人間が積み重なる恐れもあるわけだ。最悪馬車と人の人身事故が勃発する可能性も……うむ、よくないな。
「今回の流れは結果としちゃ良かったのかもしんねぇな……殿下達に危険が及ぶのはちと看過できねぇし」
「コルドさんも……無事で良かったよねぇ。うーん、やっぱり護衛そのものが良くないねぇ。龍のあれこれに巻き込むのは本意じゃない」
「俺等が巻き込まれるのはもうしゃーねぇけどなぁ。諦めるしかねぇのは解った」
うん、と頷いて溜息を吐き出す。
「龍の腕とか言われちゃったもんねぇ……クソムカつくけど仕方ないことだし」
私達がどれほど抗ったとて、もうどうしようもない事なのだろう。仕事押し付けられちゃった、やだー。とか駄々を捏ねても仕方もないし、最早その段階では無い。
状況を把握できないままの不満は募る一方であれど、何とかするしかないのは結局森にいる時と変わらないのだろう。
生きる為に、なんとか。
ただ日常を平穏無事に送りたいというささやかな願いが、物凄くハードル高いのはどうかと思うが。
転職したいです社長。
なにかれと痛いのもハッキリ言って勘弁してほしい。森よりは命懸け感は減ったが、そう言う問題じゃねぇのよ。現状真面目にパワハラでは?何処に訴えたら良いのか……。
重い溜息をひとつ吐き出した。
「……しっかし、現状魔力不足を感じるわ」
「解る。でも俺等化け物扱いされるくらい魔力あるってのに、これで足りねぇとかどんだけだっつー話だよな」
「もう今日寝る時結界だけ張って魔力使い尽くして寝る?」
「あー……丁度あんま残ってねぇもんな。しゃーねぇな……背に腹は代えられねぇもんな」
帰ってからなんて悠長なことを言っている場合ではない。残量が少ない時にやっておかなければ今後何が起こるか解らない。
うんざりすぎる。
と、なればある程度魔力を削ることを目的に、今日は割と雨に当たっている人も多かったことだし風呂の水でも張ってくるか?
いや、でも浴場一杯に満たせるだけの魔力あるかな……途中で倒れたらそれはそれで目も当てられないか……?しかし一杯でなくても需要はあるよな。あると信じたい。最悪洗濯にでも使ってくれたらいい。
「じゃあ目下今できることとして、結界分の魔力だけ残して風呂に水張って来ようと思います」
「成る程じゃー俺も」
どっこいしょとソファから立ち上がり、廊下へつながる扉を開ければ護衛騎士さんが振り返りことりと首を傾げる。
「如何なさいましたか?」
……そうか。説明義務があるのか。
「色々相談したいことはあるっちゃあるんだけど、とりあえず俺等が今できる事やろうってことになって……申し訳ねぇんだけど浴場まで行ってもいいかな」
「浴場、ですか」
「あ、大丈夫。水は使わねぇからそこは安心してくれ。って言うか水不足なの知らなかったんだよマジすまん」
戸惑いながらもご希望でしたら、と浴場までの道のりをご一緒して下さる騎士さん二名。名前はすまん、解らん。……そもそも人の顔と名前を覚えるのが極端に苦手なんだ……許してくれ。海がきっと覚えているに違いない。頼んだ。
浴場まで来れば空っぽの浴槽が出迎えてくれるので、栓をしているのを確認してとりあえず一発クリーンを掛ける。
「……おお、水垢まで取れた。凄い。ぴっかぴか」
「やべぇ。カビもピンク汚れも死んだ」
え、そもそもこの浴槽の清掃手作業だったの?クリーンももしかしてご法度な奴?誰もつっこまなかったのって気づかれてなかっただけなの?そんなことある?
いや、もうやめよう。考えるのやめよう。
何かあっても御遣いパワーという事で処理して頂こう。もう諦めた。ちょっと護衛騎士さんが動揺しているのなんて気にしない。
「ちなみに残量は?」
「1割程度」
「俺もそんくらいだな。満タン行けるかねぇ……?」
「足りなかったらお洗濯にでも使ってもらおう」
そんな会話をしつつ、クリエイトウォーターでざばざばと浴槽に水を張っていく。
「おお……結構いけそう?いっつも少量しか出してなかったけど抑えなかったら思いの他出るねぇ」
「意外だったぜ……俺等結構使える子じゃねぇか」
「何をしているんですかお二人とも」
浴槽に水を張りつつ何だか可能性を感じて楽しくなってきたところで、肩にぽんと掌が置かれて静かな声で問いかけられた。
割と聞きなれたその声はタッカートさんだ。肩越し振り返ると、ほんのり笑顔であるのだが……なんだこれちょっと表現し難い顔だな。
二人いた護衛騎士さんの内一人が呼びに行ったのだろうか……お仕事増やしてしまった、のか……?申し訳ないことをしたのかもしれない。よかれと思ってやったことが逆効果になることってあるよね……そんな気分だ。
「……いや、水不足って言ってたけどほら。雨の中活動してたら風呂入ってあったまらないと風邪引くかな、と」
「だったら水出すかな、と」
動機をゲロしたら、まるで頭痛を覚えたように眉間に皺が寄り、そっとその織部色の目が伏せられた。
「あなた方は、今日、誘拐被害に遭ったばかりですね……?」
「あ、その節はご迷惑をお掛けしました……」
「俺等のせいで雨の中の野外活動させちまってマジごめん……」
「そこではなく!もう少し、警戒心を持ってください。こんな人気の少ない所で水を張ってる場合では……は?水?いや、待ってください色々待ってください」
タッカートさんに叱られた、かと思いきや急に混乱し始めた模様。片手で顔を覆って何やら考え始めたので、待つことに否やはない。
待っている間にたっぷりと浴槽に水が満ちて、魔力残量もほどほどに目減りした。
あと床とかクリーンしとくかと掃除に移行したなら海も同じように見える範囲を綺麗にしていく。
天井まで大変きれいになった。大満足である。いや、普段から決して汚いわけではないが。
「タッカートさん大丈夫か?一応ここでの用事はほぼ済んだんだけど、これどうやって沸かすのか聞いていいか?」
額を抑えて何やら考え込んでいる様子のタッカートさんに海が声を掛けたなら、ふと顔を上げてからぱちぱちと瞬きをしてことりと首を傾げた。その目に疑問が乱舞しているのが見て取れる。
「……私の理解が追いつく前にまた何をなさったのか……いや、もう……ええ?」
「掃除」
「うん、掃除」
端的にお答えしたならば、一度息を詰めたような気配と、それから腹筋に力を込めたような呼気を細く吐き出したタッカートさんが、呻くような声を発する。
「……先ずですね。普通あのような目に遭って、そうほいほいと無警戒に歩き回るものではございません」
あ、先程のお叱りの続きか、と。背筋を伸ばしてじっと見上げて拝聴することとする。
「そして、水を生み出す魔道具が存在しないのはご存じでしょうか?あまりに日常的に奇跡を起こされると混乱いたします」
それは申し訳ないが、こちらも魔力を使いたい事情があるので言い訳を聞いていただけると嬉しい。
「最後に。尊き森の御遣い様に浴場掃除などさせてしまった我々は一体どうすればいいのか……っ」
「奇跡とかそんな重い話ではなく……なんかごめん」
「ただ風呂であったまるべきというか……沸かし方知りてぇっていうか……すまん」
ほんとごめん……?
次から掃除は許可取ってからするから、許して頂きたい。思いのほか水で魔力が消費しきれなかったんだ。計算外だったんだ……クリーンでは正直焼け石に水ではあるが。
しかし少々過保護に過ぎないだろうか。こちとら二人揃って成人済みのいい年こいた大人なのだが。騎士寮の中くらいはほいほい歩き回ってもいいのでは……?
「あ、そうだ。食堂の料理なんだけど、龍の鱗使って貰うことってできるかな」
とは言え、ここにタッカートさんが居るのならばついでとばかりに聞いておく。
「は……?」
「体内に取り込んでおけば何かしらの効果はあるかな、と思って。アレ一応岩塩結晶だから食べ物だし」
「……うん?」
「お守りとしては数がないけど、スープかなんかに使って貰えたら皆取り込めるよね?あ、大丈夫。あの汚い鱗と違ってちゃんと食用可だから」
夕食の仕込みってまだ間に合うよね?と思いながら言い募れば、またきゅっと眉間に皺を寄せて考えるように目を伏せてしまう。
駄目だろうか。割とナイスアイデアだと思ったのだが……。
「……殿下と、副長が間もなく、お戻りになられますので……そのご相談は、その時にお願いいたします。私には判断できかねます」
「あ、はい。すみません」
苦悩の末に出した結論は、上司に丸投げであったようだ。うむ……話聞いてくれる上司がいるって素晴らしいことだよね。羨ましい限りだ。
「もうすぐ帰ってくるならやっぱ湯にしときてぇな。これどうやって沸かすの?」
「……人をやりますので、どうか。どうかこれ以上お二人直々になさることのないようにお願いいたします」
「あ、はい。すまん」
どうか、と言うところに妙に力が入っていて最早懇願の勢いだなと思う。……そんな大層な事をしているわけではないのに、お風呂の準備なんて誰がやっても一緒じゃないかと思うんだが。
うーむ、正直私達が思う私達と、この人達が思う私達の認識の温度差が激しすぎてついていけない。
過保護であることもそうだし、何より下にも置かないこの扱い。雑用なんて指一本触れさせたくないとでも言わんばかりのこの態度。
だがしかし考えても見てくれ。こちとら庶民なのである。そんなそちらが望む尊い人ムーブなぞできると思っているのだろうか。
息が詰まるわ。
もう常識の軸すら違っているのだからちょっとそこらへんもご配慮いただけると幸いなのだが……。
いや、こちらも頑張って合わせて行けるようにするので、どういう感じを求められているのかをだな。具体的にだな。ちょっと誰か教えてくれまいか。




