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ふと、文句の一つも言ってやろうかと思い殿下を見遣れば、殿下の周りに何か小さな光の粒子が散っているのが視界に飛び込む。
……なんぞ、これ。
思わず目を細めてじぃと見ると、慌てたように両手を振ってわたわたとして見せる殿下。
「すすすすすまないっ!顔色と言いたかったのだ!決して悪気はない!」
いや解っとるわ。あと悪気があったら張っ倒すわ。
恐らくじぃと見たのが睨んでいるように見えたのだろうが。すまんが、目付きはどうしようもないので許せ。
「殿下それなに?」
「それ……?」
「なんか、きらきらしてるやつ」
「……きらきら?」
先までは見えなかったが、今見えるのは何故だろう。
フォルテさんを見ても、特に何もない。殿下だけにこれが見える模様。何だこれ。
ついでに、殿下のきらきらを見ていると少し右目の痛みがマシになる……気がする。
……うんん?
不意に、龍脈から音がした。
そうして、どくり、と魔力が吸われる気配。
右目を通して吸われた魔力が、チカチカと瞬くように星を飛ばす錯覚。
眩暈だやばいなこれ。
数歩たたらを踏んでその場に踏みとどまり、かと思えば反射で両目を閉じたが故に瞼の裏に広がる景色。
……そう、景色。
枝分かれした、まるで葉脈のような緑の線が入り乱れてはきらきらと小さな光の粒子を撒き散らしている。
――これは……?
そういえば、殿下は祝福を受けていると言っていたな?と思い出す。
であれば、このきらきらは龍の加護ということなのだろうか。
今見えているこの線は……となれば龍脈か。
こんなにもはっきりと視認したのはこれが初めてな気がする。そしてこれだけハッキリ見えているのなら、意図的に魔力が注げそうな気がする。
……殿下の周りのきらきらが見えて、そこにきてこの仕儀。
これはまさか、龍社長からのヒントだとでも?……いや解んねぇわ何でこう回りくどいことすんの勘弁してくれ。
でもこれが正解な気がしてきた。
と言うか不正解であってももうこれ以上の痛みに耐えられそうにない。目玉爆発するわマジで。
トン、と。背中を支えられる感触がする。
「ソラ様……」
「……ごめん、そのまま支えておいて欲しい。どれくらい魔力使うか解らんので、倒れたら何とかしてほしい」
コルドさんが気遣わし気に声を掛けて来たということは、この背を支える手はコルドさんの物なのだろう。
「何かちょっと解った気がする。多分これは失敗しない」
「……大丈夫なんですかそれ」
あ、疑わし気になった。そうだよねぇ……二回も失敗してるの目の当たりにしてるもんねぇ……。
「多分……?龍が、教えてくれた気がするから」
初めてじゃないか?そんなこと。龍の眼とやらの効果がそれをさせるのだろうか。
龍との繋がりが、か細くもそこに成ったからなのだろうか。
ともあれ、プラスに働く情報を寄越してきたのだと信じて、行動あるのみだ。
しくじったらもうホント龍しばくからな。絶対ぇ許さんからな。
ふー、と。息を吐き出し腹を括る。
自分の中の魔力に働きかけ、割とエリアスタンでガンガン使ってはいるが残量はそこそこあることを確認してそれを動かし、今見えている龍脈に注ぐイメージでそっと身体の外に出す。
じわりと滲み出る魔力が、見えている龍脈に注がれて行けば、立ち昇る粒子が勢いを増してこの地を満たしていくのが見える。
私を中心として広がる龍脈から加護が溢れ出るその様は、まるで星が産まれて天に昇って行くかのようだ。
――きれいだなぁ。
と、どうでもいい感想が脳裏を過る。
満点の星空の下、まるで湖面の中心に立っているかのような心地で、ふわふわと覚束ない。
パチン、と弾ける光の粒。パチン、パチンと弾けながら砕けながらも地に満ちていく。
光が弾ける度、右目の痛みが徐々に引いていくのが解る。
――正解を引いた。
間違いない。確信を抱いて内心強く拳を振り上げガッツポーズを取る。なんなら雄叫びを上げて歓喜に転げ回りたいくらいの心地だが自重しておく。何故なら地面は雨に濡れているので、どろんこになってしまうからだ。
「これは……」
「うつくしい、な」
耳朶を打つ呟きは誰のものであるのか。
この景色の一欠片でも共有できているのならそれは幸いな事だろう。
龍の加護を、その目で見られるということはきっとこの世界の人にとってはとても重要な意味合いを持つのだろうから。
そうと、目を開ける。
瞼の裏にあった龍脈は、目を開けてもうっすらと視認できた。
……いや、見えるんかい。
なら最初から見える仕様にしとけよ。
あ、いや嘘。ずっとこんな線が見えてたらそれはそれで鬱陶しい。いらないですすみません。
黒い靄は光に飲み込まれて薄れている。パチンパチンと弾けるそれはどうやら鱗にぶち当たっていたらしい。
いつの間にか私のポケットの中も、もっこりしていたのがぺたんとしている。
立ち昇る光が視界一杯に広がり、降りしきる雨に虹を作る。きらきらと、それは幻想的な程に美しい光景だ。
ふ、と。魔力の供給を止める。
これ以上は駄目だ。動けなくなる。海を助けに行かなければならないのに、それは拙い。
魔力の供給を終えれば、端から徐々に光が収まり最後に私の周りに光の粒子が集まり、パチンと弾けた。
まるでよくできました、と言わんばかりに。
「……はー、成功したぽいー」
ぐにゃり、と脱力したならコルドさんが危なげなく身体を支えてくれるので申し訳ないが寄りかかる。ありがとう筋肉。
「……やったよコルドさん。三度目の正直」
へらりと笑って言ってのければ、困ったような微笑みが投げ掛けられた。
「そうですね……あまりに神秘的で、こうしてあなたを支えているのが恐れ多い程です」
「いや今支え失ったら倒れるわ勘弁してほしい」
確かに先の光景は神秘的と言えるだろうが、それはそれ、これはこれだ。龍脈の力を借りただけの行為で、私に対して恐れ多いなどと言う評価は正しくないだろう。
「倒れられるのも困りますね」
「うん。だから申し訳ないけどちょっと支えてて欲しい」
勿論です、と肯定の意を示したコルドさんにありがたく寄り掛かりながら周囲を見渡せば、きらきらと光の名残がチラついているが、随分と収まり普通の景色に戻りつつあった。
龍脈も薄れてもう視界には入らない。
――見ようと思えば見れるのかねぇ?
そんな気もする。そしてそのための龍の眼であるのだろう。効果効能が全く不明であったコレの使い道が少し解って何よりだ。
さて、場が落ち着いたなら次は海のことだ。
うちのかわいい弟を、速やかに回収しなくてはならない。
もう何だか龍の御使いムーブをしてしまったので今更虚空をスワイプしてもなんかしてるんだなと納得して頂けるのでは、と思いマップの表示エリアを弄る。
海の青点は、停止していた。
どうやらこの城下を包む外壁を越えている模様。外壁門の衛兵さん……そんな不審な馬車通しちゃうのかよ。
「海は外壁を越えて連れてかれたみたい。でも今は停止してるっぽいんだけど……」
ただ、周りに赤点が割と存在している。
ぐるりと円を描くように取り囲まれているのだが……しかし、どうやら御者さんは緑に戻っているので鱗は剥がしたのか。何よりだ。
……でも痛いんだろうなぁ。
あちらにも何かしらアドバイスがあったならば良いのだが、殿下と言う最大のヒントが無ければ私も多分解らないままだったろうし、難しい問題だ。
「そこまで解るものなんですか……流石、御使い様」
「あー、うん。でも海くらいしかハッキリ解らないからそんなに便利なアレでもないけどねぇ」
さて、では大分疲弊しているのは疲弊しているが、気合を入れて海の回収に行かねば、と。脱力した身体に力を込めたなら、しっかりと立ち上がる前にひょいとコルドさんに抱え上げられその腕に座るような格好になる。
これは……所謂お父さん抱っこと言うやつでは……?
「運びます。お疲れでしょうから」
おう……おう。ありがたいのだが、釈然としない。支えるのに恐れ多いとか言っといて、抱き上げるのはいいのかよ。そこら辺の価値基準どうなってんの?バグってない?
「殿下、カイ様はどうやら外壁の外に連れ出されたようです。如何致しましょう」
目の前に立つ殿下に指示を仰ぐその言葉に、思案するように殿下が腕を組みつつ頷いた。
「ああ……ソラ、カイの側に敵はどれ程居るのかは解るのだろうか?」
「んー、馬車をぐるっと囲む程度にはいるみたい。でもここ程の数はいない」
「停止していると言う事は、何かしらの人員と合流して人数が増える可能性もありますね」
フォルテさんのその台詞に少しばかりぞっとする。
今の人数くらいなら最悪鱗の回収をしても痛すぎて泣くくらいで済むと思うが、更に追加とかあったら地獄よな。解決策が見つからないままであれば、私ならキレて泣き喚くぞ。
「あちらの敵も、鱗が付いているのだろうか……?」
「多分ね。でも御者さんの鱗は回収済みみたい」
「そこまで解るのか……凄いな」
「でも海がどこまでこの鱗の性質に気づいてるのかは解らないから、心配ではある」
御者さんも多分意識無いだろうし。
しかし馬車を囲んで動きがない、と言う事はもしかしてこれ、海は結界でも張ってるのだろうか?
一人であれば隠密で抜け出すことは可能だろうが、御者さんがいるから籠城中、とかなのか?
うーむ、現場の状況をもう少し詳しく知りたいものだ。
「ともあれ、救出に行くにはやはり鱗に警戒が必要か……」
「先程ソラ様が何名かに渡していたお守りを使っては?あれを持てば鱗がつかないのであれば有用かと思われますが」
あと幾つ持っていたかなぁ……そして後程返却頂けるとうれしいなぁ。それ、採取本当に大変なので……。




