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死屍累々。
いや、死んでないけど。
コルドさんの馬上から通りすがりにエリアスタン連打でとりあえず速やかに場を沈静化させるのに、それ程時間は掛からなかった。
いやぁ、馬って想像してたより高いし揺れるし直風怖いし不安定だし実に恐怖体験。
初体験過ぎてひぇ、となりつつも現状赤点の制圧が完了した。
「……戦う力はないと聞いていましたが?」
「逃げる為に相手を無力化はするよそりゃ。でないと死ぬじゃないのあんな森」
「いや、俺は森の中の事は解りませんが……」
赤点を制圧したなら緑の面々が捕縛の手伝いをしてくれているのでスタンの効果が切れても暴れ出すことはないだろう。恐らく。
ただ、マップ上で今は緑の人も赤になるかもしれない。
あたりに渦巻いている黒い靄はこの場の方が余程濃い。
これホントなんとかならんかな……どこが起点なのかすら解らないのが問題だ。
コルドさんの手を借りつつ馬上から降り、とかく近くにいる赤点に近づいて行けばやはりずきずきと殊更に痛む右目。
涙で水分全部持っていかれるんじゃないのこれ。後で水分補給しなくては。
麻痺ってるくせとんでもなく凶悪な目でこちらを睨み上げてくる知らない人にやや引け腰になりながらも、鱗を探せば特に靄の濃い場所にやはりある模様。
手を伸ばしてそれを摘まめば宰相さんと同じく意識を飛ばしてそのまま完全脱力して地面に倒れ伏す。
マップアイコンは……黄色か。そうか。
手の中に残る鱗はやはりドブ色をしている。汚い。汚物である。
「あ、そうか」
汚物よ消え去れ、だ。バニッシュしてみよう。
「どうなさいましたか」
軽く首を傾げてコルドさんが斜め後ろから私の作業を見守りながら、呟きに対して問い掛けを投げてくる。
チラと振り返ってから、
「ちょっと実験」
そう告げてから、地面に鱗を置いてバニッシュを掛けたならぶわっと黒い靄が霧散してあたりに散った。
「……そして実験失敗したくさい」
「何をしたんですか……?」
散った靄がうろうろと周囲を纏わり、コルドさんに向かって集約していくのでとりあえず振り返ってコルドさんをパタパタはたいてみたなら、貼り付こうとしている靄が剥がれてはひっつき剥がれてはひっつきと無限に繰り返せそうなループが発生してしまった。
「超失敗したやばいやばい」
「なんですかどうしたんですか」
されるがままにパタパタとはたかれているコルドさんは困惑を顔面に張り付けて、止めるか否かを迷うように手をうろつかせているが、すまんちょっと抵抗しないでくれ。
「集まってる集まってる鱗になっちゃうやばい」
龍社長これどうしたらいいんですかマジで!
しつけぇなこの靄!諦めろよふざけんなよ!大人しくバニッシュされてろよ不定形の気体みたいな存在のくせに生意気なんだよ!
「ソラ様、あの……」
「取れるけど引っ付く。やばい」
「……もう最悪俺も麻痺させて固形にして取ってしまうという手がありますが」
「ひとでなしかよぉ!」
ちょっとそんな方法が脳裏を過ったけれど考えないようにしていたのに本人が提案しちゃうのどうなの。
あせあせと手を動かして逞しいその身体をはたきまわしていたなら、先程インベントリから出して上着のポケットに適当につっこんでいた森産龍の鱗がぽろりと零れ落ちた。
「あ」
と小さく声を出したコルドさんが、器用にもそれをキャッチして
「落ちましたよ。大切なものでは?」
とその手に鱗を持った途端に、ぶわ、と靄が嫌がるように逃げて行ったのだが。
思わずぽかんと、手を止めて見詰めれば、ことりと首を傾げたコルドさんが疑問符を浮かべている。
「は?」
しかして私の喉から出たのは何だそりゃ、と言う気持ちが一音として漏れただけだ。
「え?」
さらに疑問を重ねた顔でコルドさんが困惑しているのを差し置いて考える。
え?岩塩で祓えるの?盛塩みたいなあれなの?塩撒いとけみたいな話?
え、今龍の鱗どのくらい持ってたっけ?……いやそんなにない。けれどこれを持っていたら靄にとり憑かれることがないのならお守りとして持っていて頂きたい。
「あの、ソラ様?」
「とりあえずそれコルドさんが持ってて。多分お守りになるから」
鱗が効くなら涙はどうなのだろうか。インベントリの薬草に水やりする為に如雨露は小ぶりなものを持っている。なんとゾウさんの形をしているのだ。
大変申し訳ないが、第二騎士団と思わしき方に掛けてみよう。どうせ雨で濡れてるし許される実験だと思いたい。
ちなみに、第二騎士団の詰襟は濃い灰色だった。水分で濡れているから濃い色になっているのか、元々濃い色なのかは解らないが殿下達の濃い藍色とは異なっているので見分けがつきやすい。
ちょいちょい第三の騎士さんも赤点で麻痺ってるのを同僚が縛り上げているが、あちらも何とかしていかなければ。
ごそごそとインベントリから如雨露を取り出し、龍の涙も取り出した。灯油缶に入っているので大変重いが、そうっと如雨露に注ごうと持ち上げたならひょいとまるで軽いものを取り扱うようにコルドさんが手を貸してくれる。
「これも実験ですか?」
「うん、これがうまくいけば話が速いと思って」
如雨露が涙で満たされたなら、灯油缶の蓋を締めてちゃんと収納。
「うまく行かない場合は?」
「こつこつ一人で作業するしかないよねぇ」
そんなことを言いながら近場の第二騎士団の方にちょろちょろと涙を掛けてみる。
なんかごめんね……絵面が酷い。虐めっぽい気がしてきた……結局ひとでなしかよ。
「あ、溶けた。そして逃げた」
「……逃がして大丈夫なんですか、それ」
「あ、駄目だ他の人ロックオンしてる失敗これも失敗!」
ダッシュで逃げた靄を追いかけて同僚を捕縛している騎士さんをぱたぱたしつつ、インベントリから龍の鱗を出してぐいぐい手渡す。
「ごめんホントごめんちょっとこれ持ってて」
「は、御遣い様、あの、」
「アレが成功していたら俺でも手伝えたんでしょうねぇ……」
急に謎の物体を押し付けられて狼狽える騎士さんには申し訳ないが、とりあえず説明は後だ。
ひたりと後ろを付いて回るコルドさんがそんなことを言いながら残念そうに言ってくるもので、本当にそれだわと思う。
「それなんだけどねぇ。駄目だった。もうズボラせずに集めるわ……仕方ないから」
コツコツ手作業タイムの開幕である。
くっそ。こんな汚い色の鱗集めたくないし、集めた所で何の役に立つと言うのだ腹立たしい。
とりあえず捕縛されてる第三の騎士さんから鱗を採取して、周囲を見渡す。
割と気を使ってなるべく固まってくれているので収穫自体はそれほど大変ではないのか。
でも、手の中にこの鱗が増える度痛みが増すのは頂けない。恐らく今私は結構酷い顔をしていると思う。痛みに顔を顰めているのでそれはもう、全てを憎んでいるのではないかと思われる程の顔をしているに違いない。
コツコツと鱗を集めてはポケットにつっこんで、時々靄が集まっているのを見つけてはダッシュで駆け寄ってとり憑くのを阻止するために鱗を渡す。
そろそろ痛みが天元突破しそう。目玉これ破裂しない?脳みそまでガンガンしてきたんだけどこれどうしてくれんの?
「ソラ、コルド!」
10分経ったのか。
殿下が追いついて来て声を掛けてくる。声がぐわんと鼓膜を揺らして痛みが増す気がした。
声ちょっと抑え目でお願いします。
そうだ……殿下とフォルテさんにも鱗渡しておこう。今赤点増えたらもう発狂するわ絶対。
それにしても後どれくらいで回収作業が終わるのだろうか。
終わった所でこの靄を処理しなければ意味がない気もしてきた。
根本の解決法が解らないのが歯がゆい。あと痛い。物凄く痛い。キレそう。
苦痛耐性がなければもうきっとキレてる。間違いない。あの役に立つんだかどうだかと思っていたスキル取得しておいて良かった。
……良かったのか?うん、きっと良かった。
「ソラ、酷い顔だぞ」
近づいて来た殿下がひょいと顔を覗き込んでそう言い放つ。
「殿下、それを言うなら酷い顔色です。女性に向けてその言い間違いは失礼極まりないかと」
すかさずフォルテさんがツッコミを入れていた。
そうだよな、酷い顔ってその言い草が酷いよな?殿下だからで何でも許されるわけじゃないよな。




