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生き辛い。
敵意はないんだ。敵意は。でも、敬意がすごい。
無意味に敬われるのってとてつもなく居たたまれない……食事は騎士寮の食堂で殿下達ととったんだけどね……もうね、本当にね……いいよ何だよ急にざわめき収まって起立すんじゃねぇわ。大人しく座って食っててくれお食事邪魔してすんませんねーっ!
挙句拝むのホントやめろ!御利益とかないから!全くないから!ごめんねただの庶民で……!
もんどりうちたくなるほどの空気感の中で食べた食事の味は解らなかった。辛い。
風呂は共同風呂が男女別にあるということでそれをお借りした。
そう、女性騎士さんとか居た!いやぁ……マッシブ。
いや、多分この第三騎士団が基本討伐とかを主体にしている結構ヤンチャなゴリゴリ武闘派の騎士団だと言っていたからなんだろうが。
と言うか、そんな騎士団に第二王子が所属していていいのか?そんなゴリゴリの前線騎士団に王子って配置されるもんなの?私には何も解らんのだが。本人が自慢げにしていたからきっとそれでいいんだろうけどさぁ……。
しかして本当に申し訳ない事に、私達が使う時は風呂が貸し切りになるという仕様だった……ごめん。人様に迷惑かけてまでゆっくりしてらんねぇわ。速攻入って速やかに上がったわ。
ちなみに夜の間に両親とはグループトークできた。ほっとしたわ。残高確認して貰ったら給料入ってた模様。いやぁ……何よりです。両親の残高が二人合わせて大体200万程増えていたそうだ。ってことは、一人頭100万の収入なのか……いや、少なくない?難易度と苦労の割に少なくない?正気か?
殺意しか感じないんだが。何が完全出来高制だ。もうちょっと評価しろよ。経理担当誰だよ。これもイエクサか?分解すんぞお前。
そんな感じで、申し訳なさを爆発させながらも一応騎士寮の一角で過ごしつつ、城内の書庫なんかも利用させて貰ったり、街に護衛付きで散策に出たりして色々とこなしているわけだが……
街中にある赤い点なんなの?
私達がお前等に何をしたというのか。誰に対してもそうなのかもしれんが。そうだとすればそれはそれで生きにくそうな人達だな?もっとこう、気楽に生きろよ。人生損するぞ。
人間関係の基本は先ずは笑顔なんじゃないかな。お前が言うなとか言われそうだが。
そこらへんの店を冷やかしたり、時々野菜を眺めては苗とか種とかどこで手に入れるのか聞いてみたり、物価を見て半銀貨出したらこれ嫌がられそうだなとか思ったり……なんだろう、この、百円の商品買うのに一万円出すような感じになるというか……。もう少し崩してから市場は回った方がよさそうだった。
時々お店の人が、こちらの目を見てちょっと嫌そうなのとか結構傷つく。マップアイコンも黄色からオレンジになったりするんですけど。何ですか……境の紛争の影響のあるご職業とか、親戚がそこらへんにお住まいとか、そんな話ですか。
でもそれ逆恨みじゃない?私達が何したって言うんだ。もしかしたら北から来た亡命者かもしれんだろうが。優しくしろよ。
色々見て回っていれば大体の物価の感じも解って来たし、街の雰囲気も多少は掴める。やはり西洋風だ。この街も地震はなさそうだな、と。逆に地震来たら一撃で崩れるだろうな……いやぁ、日本人としてこの建造物達は心許ない限りだ。
街の中には結構色々な髪の色が溢れている。黒髪茶髪、金髪銀髪諸々。とは言え、物凄く奇抜な色はそうそういない。が、時々居る。染めてんの?それとも地毛なの?異世界の毛髪遺伝子気になる……。やっぱり生き物としての造りが違うのだろうか。
人間の形をしているだけで、私達とは基本構造が違う可能性は充分にある。というか、人間の形であると言うことそのものが奇跡なのでは。私達のスタンダードが異なる世界でスタンダードとは限らないものな。メラニン色素とか考えると頭がおかしくなりそうなのでもう難しい事は考えないに限る。
そんな感じで数日過ごしていたならば、ポーション関係の薬草以外の知識も仕入れることができた。
が、問題は植物の特徴とかちゃんとは覚えられない。精々名前と効能だけでもメモしておくかな、くらいのものだ。あとはそれっぽいのを鑑定すりゃいいかとざくっとした結論に達した。
……鑑定って人間を駄目にするな。そりゃそうだよな、自分の中にデータベースぶちこんでるわけだからな。覚える気なくすわ。そのうち脳みそ死にそう。ボケないように気を付けなければ。
書庫の本は持ち出し禁止であるようで、書庫内の一角で読んだりメモしたりするわけだが、当然その時にだって護衛騎士さんが一緒にいる。大抵の場合はリダルトさんとタッカートさんがご一緒して下さるんだが、この人達他の仕事大丈夫か?私達の為に時間割き過ぎて残業とかしてねぇだろうな。
紙をめくる音、時折手元のメモに記入するペン先の擦れる音。
静かな書庫内に響く音はその程度の物で、一応図書室では静かに、というセオリーを守っている。いや、この世界の書庫が静かにするべき場所かどうかはしらんが。そもそも利用者殆どいない模様。
時折宰相さんとかその部下の方がいらしているが、宰相さんはちょいちょい会話して忙しそうに帰っていくし、部下の方は正直こいつら何やってんのみたいな怪訝な目線を向けてくるだけで会話のかの字もない。
ええ、ええ。オレンジです。宰相さんの所の部下さんにはどうやら北の人間と思われている模様。でも上司がいいって言ってるから仕方なく目こぼししてやんよ、という空気感をひしひしと感じる。
いや、いいんだけどね。触ってこないなら別に。オレンジだろうが赤だろうか。関わらないのなら問題もないし、害もない。
人間適度な距離感って必要だよね、と思うだけだ。
そもそも嫌いな人間に関わろうとする人の心理は私にはどうも理解できない。無駄な労力だと思うのだがそこのところどうか。
いや、関わらざるを得ないこともあるだろうが。そこはそれ、仕方ないと諦めるしかないと割り切るべき場面だろう。
そんなこんなで割と平和に過ごしているのだが、時折窓の外に赤い点が現れてはこちらを見て消えて行く事もある。見せもんじゃねぇんだわ。ちらほらと何かしらの意思を込めた眼差しを向けてくるのは辞めて頂きたい。大体敵意だと思う。
ちなみに騎士寮の外に出る場合、海も私も右目に眼帯をしている。
なんか、妙にお洒落な眼帯を殿下がくれた。
濃い藍色の生地でできたそれは、恐らく殿下達の騎士服の生地と同じものでできているのだろう。微妙な所にお揃い感出してきたな、と思いながらも、騎士寮から出る時はそれで右目を隠しているのだ。
ただ、片目で物を見ることに慣れていないので、時々距離感がバグる。ちょっとした段差とか要注意。
まぁ右目に眼帯付けた二人が書庫で本の虫してたらなんだこいつらってなるのは解らなくもないが……それが一応他国の王族という触れ込みなのだから余計に何してんだあいつらってなるか……なるわな。
神殿とのやりとりは殿下達が一手に引き受けてくれているので、その進捗情報は今の所解っていない。
途中経過とか報告してくれてもいいと思うんだが……どうせ朝と夜は食事時一緒にいるんだからさ。
そこらへんが殿下なんだろうな……。
「そういやさ」
不意に、海がぽつりと抑えめの声で話しかけてくるので目線だけ上げて先を促す。
「時々龍脈から音してねぇ?」
「あれ龍脈からの音なの?」
いや、確かになんか、右目の奥、脳みその奥らへんから時々鼓動みたいな音がしてる気がする。
「いや知らねぇけど。音聞こえる度魔力吸われてる気がすんだけどお前どうよ」
「あー……してるしてる。ずずっと」
「そう。ずずっと」
それ程大幅に吸われているわけではないが、思い出した時にずずっと吸われる感覚がある。いつ、どのタイミングで起こる事象なのかが未知数なので魔力の残量管理が今後難しくなる可能性がある。特に森でこれやられるとちょっと困るな、と。まぁそこまで切迫することはないとは思うが……
「どうせ龍関係のアレなんだろうけど……相変わらず何の連絡もなしにあれこれやってくれるよなぁ」
「それな。用途不明魔力とか何のつもりかと」
「勝手な引き落としに海くん震えるわ」
「悪徳商法にも程があるよなー」
龍の眼もクーリングオフできませんかね。ご利用料金ならぬご利用魔力とか聞いてねぇわ。眼帯も割と鬱陶しいし。
そんな愚痴めいたことをぼそぼそ話していたら、不意にカツカツと元気な足音が聞こえて来たのでそちらに目を向けたなら、燦然と輝く笑顔の殿下が足早に近づいて来ていた。
ご機嫌そうでなによりである。
「お二人とも!」
声でかいよ。気を使っていた我々が馬鹿みたいじゃないの。
「おー、殿下。朝ぶりー。どしたん、今日仕事は?」
海がひらひら片手を振って返事をしたならぐいぐい近づいて来てにっこにこで
「神殿の準備が整ったそうなのだ」
と、お任せからの結果までの中間発表なしの最終結果発表がもたらされた。話が速くて結構な事だが。
「それで、今日すぐにとは流石に行かぬが、明日の朝にはご案内できると思う」
「そっか。ありがと殿下」
都合つけるの早いね殿下。仕事大丈夫なの殿下。フォルテさんに押し付けてないと良いのだが。
「ところで神殿に行くのに服装とか何か決まりあったりすんの?」
フォーマルスタイルとか持ってねぇわ今から城下に買いに行って間に合うのだろうか。と思えば、くてりと殿下が首を傾げて
「お二人が気になさるようなことではないかと」
「いや、王城ですらこのラフな格好でうろつくの結構申し訳ねぇんだけど?」
それな。
まぁ大体は隠密して、リダルトさんとタッカートさんの袖つまんで歩いてるので見えていない筈だが。接触さえしていればお二人からは視認できるのでこの方式は許された。
時々お二人に話しかける人がいて、適当に会話した後申し訳ありませんとか言われるものだが、別に構わない。結構騎士さん同士の会話も興味深いものがあるのだ。
時々北の王族の護衛してるんだって?みたいな会話になることもあるので、北に対するヘイト具合も解るのでそれはそれでよし。
そう言えば南とは争いないの?と聞いたことがある。
どうやら南はあまり他の方角の国と関わらないらしく、森王族くらいしか他の方角の国に触ったりしないそうだ。国内はそれなりに荒れているらしいが、はみ出してこないらしい。
境目に険しい山脈が聳えているというのも理由の一つらしいが。
他国に攻め入るだけの労力があれば国内でなんとかするわスタイルとのこと。それ聞いただけで森の外経由で南は行けないな、と思った。
現地人が踏破を拒む険しい山って、普通に登頂失敗したら死ぬやつだろ?無理無理。
同じ死ぬ危険性があるなら森のほうが高低差ないぶん何とかなりそうだわ。高山病とか怖いし。
「しかし、神殿からすればお二人のありのままが望ましいと思うはずだが……」
ありのままってこのカジュアルラフスタイルですか。それとも森装備ですか。どんだけ我々に夢見ちゃってると言うのだ。どっかで修正しておかねばもう大変なことになりそうだ。否、もうなっている気がする。
そもそも神殿の準備って何なのだろう。出張していた本部の司教様とか呼び戻したりしてんの?別にそんな大層なことしなくていいんだけど。それこそありのままで良かったんだ……枢機卿や大司教様は基本的に神殿に常駐らしいからその人が居て、あとご神体見せてもらえたら充分だったんだ。とは言え、まぁ整ったのなら後からどやこや言っても仕方ないのでそれはそれでいいだろう。
「ありのまま、ねぇ……」
自由過ぎるこのスタイルをありのままという大変口触りのいい言葉で表現しているが、一応私達にも社会人としてのマナーくらいあるんだが……。森の野生児じゃねぇんだわ。
しかし、実際今から明日のお洋服買いに行ってきますというのも憚られる。護衛についてくれている二人にも申し訳ない。となると、それこそありのまま手持ちのままで行くしかないのだろう。
「まぁ……殿下が言うならそれでいいんじゃないの?駄目なら出直すってことで」
「お二人に駄目出しなどできる存在は神殿にはおりませぬ」
にこにこと笑っているが、結構な発言だぞそれ。私達別にパワハラする気はないからな。
ちゃんと敬意を持って神殿の偉い人と会話していきたい所存です。




