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翌日は朝から天気が悪かった。何だおい。
こういう場合、晴天の爽やかな陽気の中で意気揚々と神殿に向かうのがセオリーではないのか。
しとしとと鬱陶しい霧雨が降りしきる中、曇天に覆われた空が鬱陶しいことこの上ない。
快晴の青空に聳える神殿、とかそういう神聖さとか荘厳さとかを感じさせる何かを期待していただけに何だかもうテンションだだ下がりである。
ただ、殿下のテンションはうなぎ上りであった。
「久方ぶりの雨だ。恵の雨とは幸先がいいな!」
にっこにこである。
ええ……水不足だったの?農作物育ちにくい感じだったの?それは大変だね雨降ってよかったね、と。
これも龍脈が修復された恩恵なのだろうか。だとしたらまぁ、喜んでいることだしよろしい事なのだろう。
「いや誠に。各地の川の水位もそろそろ拙い領域に達しておりましたので、実に喜ばしい事です」
曇天の空とは対照的に晴れやかな表情の宰相さんがもののついでに南無南無と私達を拝むような仕草を見せる。
やめろや?
テンションが低いのは私と海くらいで、他の面々は表情が綻んでいた。現地人にとっては待望の雨だったのだなぁ、と思えば諦めも付くか。
目の前にじゃーんと存在している馬車。本日はこれでの移動らしいのだが、森から来た時の物とは違う。
どうやら、ちゃんと鍛えていない一般人でも乗れる仕様らしい。本当だろうな?と思うものの、座面もちゃんとクッション性のある代物で、いいとこのお嬢さんでも子供さんでもこれで移動できるそうだ。
成る程、軟弱な生き物向けの馬車を用意してくれたという事でよろしいな?
飴色の木枠でシックなデザインの馬車。繋がれているのは普通の馬……に見える。それが二頭。毛並みのよろしいつぶらな瞳の子達だ。私の記憶の中にある馬と遜色ないので馬なのだろう。異世界遺伝子の不思議がない限りはきっとそんなに違わない。
とは言え、鐙に魔道具とかわけ解らん装備をしている可能性は充分に考えられる。
ちなみに今日は殿下と宰相さんとフォルテさんとコルドさんが一緒に行動するそうだ。ディベル殿下は相変わらずお仕事で忙殺されているらしい。
大変だねぇ……父上が速く現場復帰するといいねぇ。
今回も行きたがったらしいが、やっぱり都合付かなかったって。
まぁ、行った所で楽しいことないよ、きっと。レジャーではないからね。
ところで馬車に繋がれている以外の馬が、ちょいちょい海の頭を食んでいるのだが。ちゃんとご飯貰ってる?
そそそと近づいて来る度に私はつつつと逃げているので被害には合っていないが、海はどーんと腕を組んで仁王立ちしているのでもひもひと髪を食まれている。
唾液に塗れるだろうから、後で流さないとな……と思いながら見ているのだが。
そう、繋がれていない自由な子が二頭いるのだ。決して敵意は感じないので構わないと言えば構わないのだが。
ついでに馬車に繋がれている子達より一回りは逞しい。マッシブ系馬。多分イケメン。牝馬だったとしてもクールビューティー。
「おや、カイ様滅茶苦茶懐かれてますねぇ」
と、コルドさんが目を細めて笑って言った言葉に、あれ懐いてる動きだったのかと驚いた。
「めちゃくちゃ食われてるから何でかと思ったら、懐かれてたのかよ俺」
「割に動じてないよねお前」
「敵意がないからまぁ、いいかと」
雑か。
「動物相手に敵意以外を感じることにいっそ感動しているとも言える」
「しらたまさんがいるじゃない」
「帰ったら敵意を感じるかもしれねぇだろあいつの場合」
有り得る……。シャーとか言って威嚇されたら暫く立ち直れないわ間違いない。
「ちなみにこの子達は何用でここに?」
「ああ、警護の都合上俺と副長が馬車に並走する予定なんですよ」
あ、じゃあ馬車に乗るのは4人なのか。
そして乗馬して並走するのか。この筋肉さん達を乗っけるからこの二頭は結構な逞しさを誇っているわけだな?
「……なるほど。もしかして滅茶苦茶絵になるのでは」
筋肉に筋肉がライドオンとか、逞しさの二乗では。
歩兵より騎馬のほうがゲームでも攻撃力高いしな。でも騎馬兵って剣より槍のほうがいいのでは?詳しくは知らんが。
「すげぇな乗馬とか。俺には無理だ」
「私にも無理だわ」
と言うか、現代日本人の大半が無理だと思う。できる人尊敬している。マジで。あと動物園の飼育員さんとか凄いと思う。時々ネットで見かける胸キュンショットの写真とか、動物達と心通わせていないとできないのでは。
ちなみにしらたまさんは写真写りが悪い。私が悪いのか、奴がカメラの気配を察知してブレるか変顔するのが悪いのか……。かわいい写真が中々取れないのだ。寝ている時に触れても起きないくせに、カメラ向けたら起きるの何なのあの謎現象。
「ところでカイ様、頭凄いことになってますが」
「おう。どうすっかなこれ」
インベントリからタオルを取り出して手渡してやれば、ん、と辞儀を取るように頭を差し出してくるので仕方ねぇなとマップで周囲の確認をしてからクリエイトウォーターでザバーと流す。
フルフルと頭を振ってから渡したタオルでガシガシと拭って、よし、と一言。
「……想像した以上に雑な出来事が今繰り広げられた気がしています」
コルドさんが解せぬ、という顔でそんなことをぼやいていた。
森で生活してるとね、色々雑になっていくんだよ……決して普段から私達が雑な生き方をしているわけではないんだよ……。
「そもそも水を生み出す魔道具なんて存在しているんですか」
「……?風呂とかあれどうなってんの?」
「いえ、沸かす魔道具はありますよ?水を引いて来ることもできます。が、生み出すことはできない筈ですが」
ちなみに現在節水制限中なのであまり頻繁に風呂を沸かすことはありません。と言われてしまった。……私達のせいで一日置きに沸かしてたの?言えよそういう事は。
そしてクリエイトウォーター、人前アウト系のスキルかよ。殿下が何の反応もしてないから大丈夫だと思ってたのに駄目なのかよ。
もう殿下基準にするの止めるわ。
「……なんか、ごめん」
「いえ、お気遣いなく過ごして頂けることが最優先ですので」
後出しされたほうが気まずいんだ。そうだよな、水不足感先程醸し出してたもんな。雨万歳だわ災害にならん程度にしっかり降ればいいよ。畜生が。
「ちなみに、魔道具じゃないので差し上げることもできない。ごめん」
しょんぼりだわ。
「成る程……御遣いとしての御力であるのですね」
もうそれでいいよ。
しかし、火は起こせるのに水が生み出せないのは何故なのか。
不思議な事だなぁ……もしかして私達のこの水も生み出しているんじゃなくて我が家のライフラインから引っ張ってきているだけとか言わなかろうな。……あ、言いそう。生み出すなんて都合の良い事してないのよと言いそう。
じゃあ我が家のライフラインはどっから水引っ張って来てるのか、という話にもなってくるが。そもそも電気すらどこから供給されているのか解らないので考えるのは止めたほうがいいだろう。ドツボに嵌りそう。
とりあえず海も綺麗になった所で促されて馬車に乗り込もうという時に、それは起きた。
快適性が格段に上がったと言うその馬車にはステップから続く扉があり、アトラクションに乗り込むような少しばかりのワクワク感を持ちつつも海が最初に乗り込む。
私もそれに続いてステップに足を掛けた、その時に
「痛って」
「――っつ」
右目が、唐突に痛みを覚えた。
ずくずくと脳まで刺し貫くような鋭い痛みが走ったかと思えば、鈍痛が尾を引く。
思わず足を止めて右目を抑えてその場で身を竦ませた。
見れば海も右目を抑えて馬車の中で着座仕掛けた半端な姿勢で固まっている。
「うおお、右目が疼く……これが噂の邪気眼……!?」
お前馬鹿なの?思いの他余裕があるなコイツ。
そしてそんな中二病設定は求めていない。やめろ龍社長。ホントろくなことしねぇなお前。
「ソラ、カイ、どうしたというのだ、大丈夫なのか?」
おろ、と少しばかり慌てたような声音で殿下が問いかけてくるのに、答えは持ち合わせていない。
どうしたのかも解らないし、大丈夫なのかも解らない。とりあえず、痛い。
どくどくと鼓膜を震わせているのは龍脈の音なのか、それとも自分の鼓動なのか。痛みに冷や汗が滲む。
「ちょい待って……待ってね」
待ってもらって収まるのか否か、それすら解らないがなんとかそれだけ返事をして目を閉じ右目に意識を集中する。
一体何文句があって痛むのかちょっと教えてもらえまいか。何のアナウンスもなしにただただ痛いとか、それ虐待だぞ解ってんのかああん?
息を詰めて痛みを堪えつつその場に固まっていれば、カラリと音がする。
は?
と思い閉じた目を開けば目の前の馬車がステップを残してスライドしていくのが視界に飛び込んできた。
今の音は、馬車の車輪の音であったらしい。
へぇ……ではない。
「え?」
そのまま、カラカラと扉を開いたまま移動していく馬車。
中の海もぽかんとこちらを見ながらスライドしていく。
「は?待て!どこへ……!」
殿下の制止の声に反応することなく、速度を徐々に上げて遠のく馬車。
背後で地を蹴るような音がしたと思えば馬の蹄が聞こえて、
「待たんか!」
コルドさんが大きな声を上げて馬上から叫んで追いかけて、
――は?え?何?
私はもう右目痛いわ状況が解らんわでぽかんとするしかなくて。
ふよふよしているマップが視界の端に掛かったのでそちらに目をやれば、遠のく青い点と、追いかける緑の点と、赤い点の群れ。
「……え?」
赤い点の、群れ。
位置関係的に、御者さん赤点じゃない?これ。
え、でも最初に確認した時普通に緑だったよね、と。殿下の部下さんだったはず。
今日はお手数おかけしますいえいえそんなお力になれて光栄ですとご挨拶だってした間柄だ。とてもにこにことした朗らかな青年だった。が、そんな急な裏切りある?嘘だろマジかよ人間怖いな。
というか、これはつまり、
「……ゆう、か、い?」
うちの子が、誘拐され……た?
は?
はぁ!?
「はぁぁぁー!!?」
状況が思考に追いついた。そうかと思えば急激にプッツンきた。
「ふざっけんなぁぁっ!!テメェうちの子に何かしてみろぶっ殺す!!」
怒りなんて生易しい感情ではない。私は今、激怒している。それこそ瞬間湯沸かし器にも引けを取らない。
当たり前だろうが!
ぽかんと見送った馬車の方向に向かって吠えたならば駆け出そうと下肢に力を込める、がガシッと殿下に捕獲された。
「放せ!絶対許さん!」
「相手は馬車だ!走って追いつく筈がない!コルドが追ったのだ、落ち着いてくれ!」
そうなんだけど……!
「馬車の進路にたくさん敵がいる……!コルドさんだって危ないかもしんないでしょうが!」
「フォルテ!」
「すぐに!」
笛みたいなものの音がする。
バタバタと騒がしくなる現場は騒然として、そうこうしている間にも赤い点と海とコルドさんが接敵するのが見える。
追いついたコルドさんの点が、馬車から引きはがされるように赤点に群がられて、海を乗せた馬車はどんどんと城の敷地外へと突き進んでいく。
やっぱ駄目じゃんコルドさん危ないじゃんそっちはそっちで何とかしてやってくれ。




