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さて、色々あったがとりあえずドライアイはあれで治ったのだろう。
私達の右目も涙が収まり少々腫れぼったいが落ち着いた。色は緑のままだが……これ大丈夫なの?中二病とか言われない?いい年してちょっとそれは……。
しかしインストールされてしまったものは仕方ないので諦めるしかないだろう。時折殿下が興味深そうに私や海の右目に視線を向けてくるが、正直これをどう説明していいか解らない。龍の眼インストールされたので、とか言ってもなぁ……インストールって通じるの?
応接室まで体力の限りを尽くして階段を登り、歩いて戻ってきたので休憩がてらお茶を頂いているこの状況の中、一体私達に何を説明しろと言うのか。喉を通る紅茶の味もよく解らんわ。
あと割と眠たい。昨日から眠気との戦いが勃発しすぎである。
会話の切り出しも解らない状況で、黙々と茶を啜る面々。私達と、殿下。そして宰相さんに、司教様。
騎士さん達は同じ室内に何名か居るにはいるのだが、立っておられる。……立っておられる。上背があり、幅もある筋肉が数名立ったまま室内に待機しておいでである。圧迫感凄いので、どうか座って頂けないかなぁ……無理かぁ。
マップを見ればもうほぼ緑しかいない。なんだこれ。マジかよ。城内の所々にはそりゃあ、赤もあればオレンジもあるけど……この度同行頂いた面々はほぼ緑。時々黄緑くらいの有様である。龍の腕、御遣いという扱いのデタラメ具合をひしひし感じるのだが……いいのかこれで。
この世界において、龍の立ち位置を知る必要があるなぁ……これ宗教のお勉強になるのだろうか。あと生活水準も知りたい。一般的なやつな。ロイヤルでないやつな。それから金銭についても知らなくては。
……あれ?もしかしてこれ直ぐ帰れないやつか?この世界においての常識的なものを学んでからしか帰れない……?
気付いてしまった事実にうんざりとした心地になる……マジかよ。とは言えいい年こいた大人が出稼ぎ行ってきますと言って、情報を持ち帰らないのは少々頂けないだろう。
思わず小さく溜息を吐き出して、カップに残った紅茶の水面を揺らす。半分程に減っていればもう息を吹きかける必要もなく随分と温度は下がっているそれに息を零したなら、そっと殿下が眉を下げてほんのりと微笑んだ。
「お疲れであるのだな」
いやそりゃそうだ。最後の階段がトドメだったわ。とは言え、うんそうだねと言うのはどうかと思うので曖昧に笑って見せた。
「そこそこね。……ところで、龍についてもう少し聞かせて欲しいんだけど」
「龍について?」
「そう。正直、腕とか何とか言われた所で結局私達何も知らないのはあんまり変わりないから。この世界の根幹に龍がいる、と言うのは前に殿下が教えてくれたよね」
「そうだな」
「でも、この世界の人々にとって龍って何なのかが解らない」
それが信仰の対象なのか、それとも守護者なのか、はたまた無くてはならない空気みたいな存在なのか。
時はもはや、残されていない……と、最初にあの龍に言われた言葉。これはどういうことなのか。
「それについては、私からお話したほうがよいでしょうな……」
静かに、けれどよく通る声で司教様が切り出すのを聞いて、よろしくお願いしますの意味を込めて軽く頭を下げた。
この世界の人々の歴史の中で、最初に在るのが龍の存在であるそうだ。
世界中を加護で包むこの存在は、古くから人々から神として崇められている。今でも、神龍の信仰は存在していて、司教様はその神龍を奉る神殿の、王都支部在任の身であるそうだ。支部とかあるんだ……へぇ。
一応王都支部とは言うものの、王都には本部もあるそうだ。ただ、今回本部の大司教様は急なこと故身動きが取れず、ついでに本部の司教様も大司教様の代理として派遣したかったそうなのだが、ちょっと出張中だったらしい。なので、至急のこと故この度支部の司教様が魔道具持って朝っぱらから王城を訪れたそうだ。……なんかすみません。神殿の皆様、妙に慌ただしくさせてしまったようで……挙句の果てに魔道具要らなかったんです……申し訳なさ過ぎてやばいなこれ。
いや、まぁいい。そこはいい。おいとこう。
でだ。元々この世界は現実として、加護を与えこの世界を支えている神龍信仰の一本であったのだが、派生宗教もあるらしい。森王族を頂く国に本部を置く神殿が本物!と思って構わないらしいが、派生宗教気になるな……一応龍を奉ることには変わりはないそうなのだが、信仰の在り方が違うらしい。どう違うのか、は教えて貰えなかったが……意外とそれ重要な事だったりしないのかなぁ。
龍の御力に翳りが出てから先は、派生宗教も随分と力をつけてきているらしいが、その勢力は地方に偏っているとのこと。どの道龍を奉っているので、龍に対する信仰心は持ち合わせているから宗教同士の抗争とかは今の所ない、らしい。だが、交流もないそうだ。
しかしまぁ……なんだ。結局龍を奉っているのだから一神教なのは変わらないの、か?信仰の在り方の違いとか正直解らんのだが。
まぁそこはそれ。その神龍の神託モドキを受け取れるようになる司教様以上の存在は宗教的にも大変重いお立場であるそうだ。各支部一人ずつ派遣と行きたいが、マンパワーが足りないらしく大き目の支部にしかいないらしい。……なら王都に支部作る必要ある?とか言ってはいけない。本部は基本、一般人の立ち入りができないらしい。なんか、ご神体的なものがあるそうで。……ええ、それ超気になるんですけど。まさかイエクサじゃねぇだろうな。
で、だ。そんな神龍信仰の厚いこの世界において、誠に神龍の直属の御遣いである龍の腕という存在は最早崇める対象ですらあるそうで……ご説明頂いている間も事あるごとに拝まれるのやめて頂きたい。こちとら大変失礼な理由で喚び出された一般人なので……崇めるようなアレじゃないんで……。
あれかぁ……こう、天使とかそういう感じの扱いなのかなぁ……うわぁ、似合わねぇな。神々しさゼロだぞこちとら。森でにわかキャンパーしているような御遣いとか、あんたらそれでいいのか。
……とは言え、何か妙に緑率が上がった理由としてはよく解った。
龍の指先たる管理者にしか作れない霊薬を目の前で作った時点で殿下がこちらに傾倒した理由もだし、宰相さんが一気に緑に移行したのも、フォルテさんが黄色から緑になったのもだ。
そして扉に魔力を吸われた時も、あれ、やはり普通の人間にはあり得ない魔力量であったらしい。身体から迸る魔力の強さに、人間ではないと認識されたそうだ。人間辞めてる気配はしてたけど人外認定はちょっと待ってホント待って頂きたい。
せめて認識下だけでも人間でいさせて欲しい……っ
でもまぁ周囲に影響をガンガン与える程の魔力が溢れていたわけで、その上扉の龍の目が動くという事態にその場に居合わせた騎士さん達もすっかり人間じゃないんだあの二人、マジで御遣い様じゃん。みたいになったらしい。ちなみにあの時、祈りを捧げるように跪いていらっしゃった宰相さんも騎士さんも、扉に対してじゃなくて私達に対してだったんだって……うっそだろお前等。正気か。
「……つっても、俺等龍の腕って役職、昨日初めて知ったんですけど……?」
呻くように、何とか絞り出した声音で海が司教様にそう語り掛ければ、微笑みで細められた目が海を見遣る。
「ご存じなかったこともまた、神龍様のお導きであるのでしょう」
成る程。龍やっぱぶん殴らせろ。この方々と違って龍至上主義とかじゃないからな私達。恨みしかないからな。
「ちなみに、ですが。昨日龍に、残された時間がもう……ないと言われました。これについては何かご存じでしょうか」
そう問いかければ、細められた目がそっと見開かれ息の詰まる気配がした。
「……それは、私には解りませぬ」
驚きを表現したと思ったなら、ゆるく首を左右に振られてしまった。うーむ、困った。
「腕様がよろしければ、神殿へお越し頂くことは可能でしょうか……大司教、又は枢機卿であれば何か……ご存じであるやもしれませぬ」
「あー……うん、一般人入れないって話は……あ、はい。そうですね腕ですもんね解りました。ところでついでにその時ご神体を見せて頂くなんてことは可能ですかね……?」
貴方が一般人なんてとんでもない、みたいな顔で見るのやめて。結構迫力ある顔でカッと目を見開いたのでちょっとびくっとしたわ。
「恐らく可能でしょう。腕様にご足労頂くのですから、何を以てしてもご要望にお応えするのが神殿の責務にございます」
「あ、はい。なんか、すみません。ええと、じゃあ日程とか色々あると思うんで……えーと、どっかで宿でも取ったら支部に報告を……」
「お二人が滞在して下さるというのなら引き続き王城に居て頂きたいのだが」
ふいに殿下が割り込んでくる。いやぁ……人様のおうちにずっと滞在ってのもねぇ……?お部屋立派すぎて落ち着かないし……こう、狭いツインルームとかの部屋がいいんだ。うん。
「いや、俺等ちょっと……この王城の部屋は立派すぎて落ち着かねぇっていうか……」
「それなのよな。あと、他にもほら。色々外の世界の事を知りたいというか……市場調査的な?感じで?物価とかも知りたいし、生活水準とかも知りたいし、外の常識も知りたいし。それって王城に引きこもっててもできないことでしょ」
「では、騎士寮にお部屋を用意すればよろしいだろうか。騎士寮であれば、城下へ出るにも出入りがしやすい。それに、お二人のお気に召す部屋もご用意できましょう」
「……いや、あの」
「私の騎士団寮であれば、警護の手も回りやすいので安全でもあろう」
超いい事思いついた!って顔してるんだけど……殿下。
「それに、その眼……北とも西とも言えぬお姿となってしまった故、確かに王城では煩わしい思いをさせてしまう可能性もある」
じ、とまた私達の右目を見てそう言われた言葉に、思わず右目を手で抑えてしまう。
「あー……これかー。これなぁ」
「これ勝手にぶっこまれたんだよなぁ……龍脈に繋がってるみたいだってのは感覚で解るんだけど、勝手に色変えられてマジ困る」
「眼帯とかでどっちか隠せば……いっそ左目隠して西の人間ですとか?」
「でも揃って眼帯とかしてんの変じゃね?怪しくね?」
「そういう家系ですとか……無理があるか」
うーん、と揃って眉間に皺を寄せていれば、ことりと殿下が首を傾げる。
「お二人の意思でそうなったわけではないのか」
「違ぇな。効果効能もよく解ってねぇから正直困惑してるとこ」
「昨日から困惑しかしてない件について」
「それな。龍社長業務連絡してこねぇんだもん」
「イエクサ専務だか常務だかでもいい。業務連絡してほしい」
アクセス権云々じゃなくて、ちゃんとしろ。
冷え切った紅茶をぐいと飲み干し、カップをローテーブルのソーサーに戻す。カチリと食器の重なる音がしたが、正直音もさせずに置くとかそんなハイソな教育は受けていないので許されたい。
「で、まぁ。ええと、殿下の騎士寮に泊まる案件については……うーん、まぁ王城よりはいいのかなぁとは思うのだけど、でも」
「ではそのように!至急部屋を整えさせよう!」
待て。聞け。おい。まだ発言の途中でしょうが。
しかして速攻フォルテさんが動いた。待機している騎士に指示を出して速やかに退室させてしまう。
「……駄目だこれ。諦めようぜ。こっちよか居心地いいだろ多分」
周りほぼ緑だし、とぼそりと小さく加えられた言葉にはぁ、と溜息。まぁねぇ。
「神殿との連絡は私が受け持とう。お二人には是非城下を楽しんで頂きたい」
にっこにこかよ。いつもそうだが、悪気がないのがなぁ……咎めることもできないではないの。これはこれで厄介な気質だよな、と思う。
そして存外強引なのだよなぁ……結構自分の意思は貫き通す性質だ。私達も大概我が強いとは思うが、殿下程ではない気がする。もしこれが計算尽くでのことであれば、なかなか恐ろしい話でもある。……天然、だよな?
「では、神殿からの連絡はノクト殿下宛てに出すように申し付けておきます」
「うむ!お任せ頂きたい」
にこにこと司教様と殿下が何か話を纏めている……私達また置き去りかよ。いつでも爆速で置き去りにされている気がするよ……外の世界って本当に時の流れが速いね……空さんは悲しい。
まぁ、手持ちの金銭がまだゼロなのでいいんだけどさ……貰ったところで宿代に消費する余裕があるか否かも解ってないし。いいよ、もう。無料で宿泊できるというのならありがたくあやかるよ。諦めりゃいいんだろうがよ。
しかしまぁ……御遣い、龍の腕、全く大層な肩書であったことだ。
寝耳に水過ぎて何の自覚もないが、その肩書に沿った仕事をしなければならないのだろう。とかく、神殿で残された時問題について調べる事が目下の第一目標となったわけだ。
……西でのお仕事終わった気になってたけど、そんなことはなかったな。え、これ業務外ですか?サービス残業的な扱いですか?どうなんですか社長。
ちなみに完全出来高制であるというサラリーに関しても、そう言えばイエクサに聞きそびれたな。グループトークする時にでもちょっと両親に聞いて貰おう。まさかこの龍の眼がサラリーですとか言ったら流石にブチ切れるぞ。いらねぇんだわ。それそっちの都合なんだわ。
よろしければ残高が増えていますように、と祈りながらも、帰宅まではまだ掛かるだろうなとホームシックに拍車が掛かる。あれ程出たがった森だが、出たら出たで色々ありすぎて正直吐きそう。情報過多でストレス過多。ついでにカロリーも過多。餌を与えすぎないで下さい。適量でお願いします。
そんなこんなで話をしていたら、扉が開かれる音。先程退出した騎士さんが戻ってきたのだろうか、と思いきや
「御遣い様、龍脈が修復されたと陛下より伺いました。西の地を代表し、ロルクェストより感謝を」
ディベル殿下だった。
入ってきて早々、物凄く真面目な顔でとんでもなく美しい礼を取りながらそう告げられてしまったわけだが。
そういや陛下って龍脈と繋がってるとか言ってたなぁ……今回のあれこれを身体で解っちゃう系の人だったか。しかしそう考えると陛下も大概人間辞めてない?仲間なんじゃない?
「あー、いや。こちらこそ素早い対応ありがとうございます……?」
海がもうどう返事したらいいのか解んねぇなこれみたいな顔で曖昧な笑みを浮かべながらへこりと頭を下げつつ疑問形で返していた。そうだよねぇ……感謝されちゃったけど、正直自分達の変容怖さに急いだんだよなぁ……。
「そのような……勿体ないお言葉です。かつてないほどに龍脈の加護が満ちていると、喜びの声を上げておりました」
あ、そうなの。それはよかったね……?
もしかして扉に吸い込まれた魔力って右目を通して龍脈に流された挙句、加護変換されてるとかそんな話でもあるのだろうか。いや、まさかね。そんな魔力返還ツールみたいな扱いされてないよね……?考えるだに怖い話である。変換ツールがこの右目だとしたら龍、お前ホントいい加減にしろよ。勝手に人様の身体を変容させてるんじゃない。小鬼にならなければいいという話ではないのだ。人でありたいのだこちとら。
「あ、うん。それは、何より……です」
もうね。きらっきらの笑顔でディベル殿下がちょい興奮気味にお話し下さるので、こちらは少々引き気味である。なんか、ほんとごめんね……。きっとこの世界的には物凄い事が起きたんだろう、ということは解るんだが。私達には龍脈が詰まっている為に引き起こされる人々の苦悩も、それによる国家の苦悩もさっぱり解らんのだ。急に湧いて出て、今ココみたいな扱いなんだわ。常に温度差が激しいので、早々に色々情報を集めて知識としてでもすり合わせをしておきたい。
「陛下も御礼に参じたいと願っておりますが、まだ身を起こせぬ状態で……代理の身でお詫び申し上げます」
「あ、いや。うん。全然、ご無理なさらず……お身体大事に」
「うん、そう。ご自愛ください、という感じで……」
しどもどとした返事しかできない。何この苦痛。いや、いいんだわ。国王陛下直々に御礼とかこの身には過分すぎる対応なんで勘弁して頂きたい。




