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しかし龍の御力に翳りが起きたのって、龍脈に何かしらの問題が発生したからってことでいいのか?だが、初期の段階ではそれほど脅威が蔓延っていたわけではないので、その時点で腕を喚べば何とかなっていたのではないだろうか。
と、なるとそれはそれ、これはこれなのか。
「……結局解らん事がまだ多く残るわけよなぁ」
「それな。でも解った事として……あと東、北、南、全部の天穴回ったらアクセス権補完できる可能性があるってことか」
徐々に頭痛が治まり、右目の痛みも引いて来たのでのそりと身を起こして顔を上げる。相変わらず強い光を湛えてイエクサがふわふわ浮遊しているが、もう明滅はしていなかった。
そして後ろから妙に遠い声が断続的に聞こえる。殿下達の声だろう。何かに遮られているような、そんな声だ。
肩越し振り返れば、光の壁が聳えてその先に殿下が張り付くように両手をついていた。騎士達もまた、同じように壁に阻まれているようで、手でぺたぺたと壁を触りながらも此方に声を掛けていたらしい。
ばち、と目が合ったその瞬間に殿下が息を飲んだように一瞬仰け反って動きを止める。そして騎士達もまた、こちらを凝視しているようだった。
痛みは引いたが、涙が治まっていないからだろうか。なんか、すまん。右側で振り返ったのは失敗だった。そう思いながら海に目を向ければ、海もまた右目からぼろぼろ涙流しながらこちらを見て、
「は?」
「え?」
お互い絶句した。
右目の色が、変わっておりますん。
海の右目が、それはそれは美しい柳緑色になっているではないか。
「おま、え、その、目」
「いや、おまえ、え?」
この反応はつまり、そう言う事か……?
インベントリからコンパクトタイプの鏡を取り出し、自分の目を見たなら同じく右目が柳緑色で、涙をぼろぼろ押し流しながら揺らいでいた。とりあえず海にもその鏡を渡したなら自分の目を見てやはり目を見開いてえええ?とか言ってる。
死んでからしか変容しないって話だったじゃん!いきなりガセだったのかよ……!そして右目ぼっろぼろに涙流してるのにごろごろしてて凄く心地が悪い……!乾いてるわけないのに乾いてる感覚に、そういや目が乾いてるから杯を満たせとか言ってたわと思い出す。むしろそれしに来たんだったわ!
イエクサのインパクトで忘れるとこだった。やばいやばい。
「……杯を、満たさないと」
「あー……忘れてた」
お前もか。そうだよな。
鏡を返却されたのでインベントリにしまい、のそりと立ち上がる。
揃って祭壇に歩を進め、階段を一段一段登れば頭上に輝くイエクサ。むっかつくなお前ちょっと明るさ落とせや。
イエクサの真下のそれっぽい台に聖杯があり、これを満たす事を欲求されているわけだなと理解する。
「……イエクサ、杯に何を注げばいいのか教えて」
そこに居るなら仕事しろや。そんな気持ちで声を掛けたなら、当然のように応えが返る。
『はい。ミドル・ポーションを注ぎましょう』
「ミドルかよ……やっぱ涙関係なのかよ……」
はー、と深い溜息を吐き出したなら、インベントリからペットボトルに入ったミドル・ポーションを取り出し蓋を捻って開ける。
そして、海と目を合わせて互いに頷いたなら同時に杯に注ぎ込んでいく。
とくとくと注がれる青い液体が満ちて行くにつれ、イエクサがまた勝手に明滅を初めた。
「……こいつまた何かダウンロードしてねぇ?」
「してると思う……」
そうして、二人分で約1リットル注ぎ終わったなら
『龍脈との接続を確認しました。龍の眼、インストールを開始します』
勝手にアナウンスが流れたと思ったならぶわりと鳥肌が立つ程の魔力が聖杯から右目に流れ込んできた。
入っては流れ出て行くその感覚は右目がまるで空洞になっているかのようで不安感すごいんだが……痛みは、ない。気持ち悪さはあるが。
『西の龍脈が接続されたことにより、レベルポイント500を使用し、マップの一部が解放されます』
続いて流れるアナウンスに、マップが一度ブラックアウトしたかと思えば次の瞬間にはばーんと西の方面を全開放してきた。スクエアのケーキを対角線で4等分にしたような形で西方面だけが黒塗りが無くなると言う仕様である。
この身を通過していく魔力は、龍脈に馴染んでいくようでこの広い西の地を瞬く間に駆け抜ける。
ぞくぞくとする感覚と、先に見た上空からの景色がリンクしていけばどくりと何かの鼓動が聞こえた気がした。
そして、インストールが終わり、魔力の流れが収まったならどっと肩の力が抜けた。ついでに右目から流れる涙も止まったわ。いつの間にか聖杯は空になっているのだが……飲んだの?この聖杯無機物っぽいくせに?
あと今どさくさに紛れてレベルポイント500使用とか言ってやがったな?確かに使ってないポイント恐らく余りまくってるけどな、それも残しておくように先に言っておけ。もしかして少なくともあと三か所分、1500は最低限残しておかなければならないのだろうか。まぁそうなんだろうな。
相変わらずの不親切仕様で頭の血管切れそう。
「……この右目が龍の眼なわけ?もしかしてこれから先、龍のなんたらシリーズがインストールされるとか言わねぇよな……?」
「え、嫌なんだけど。普通にお断りなんだけど」
はー、と脱力して今度こそその場に揃って座り込めば光の壁が収まっていくようで、殿下達の声がクリアに聞こえるようになった。
「ソラ、カイ……っ!」
完全に壁が取り払われたら殿下がダッシュで近づいて来る。
「おー、殿下。神具これでいいみたいだぜ」
「西の龍脈は繋がったっぽい」
超心配しました!みたいな顔で駆けよってくる殿下に、へらりと笑いかけて片手をひらひらとさせて見せたら二人揃ってがしっと殿下に抱き締められてしまった。
「無事で……っ!」
いや、危険はないって殿下言ったじゃん。接敵もしてないし……ああ、でも確かに急に顔抑えて蹲ったりしたらそりゃ心配するか。
でも殿下。筋肉パワー緩めてくれまいか。痛い痛い。ギブギブ。
「はいはい海くん無事ですよー」
「空さんも全然無事ですよー」
何か目の色は変わってるけどな。片目だけ西色してるけどな。
これ他の土地に行って龍脈繋げたらその土地の色に変わるのだろうか……?こっわ。
私達を抱き込める殿下の背中をぽんぽん叩いて宥めていれば、司教様と宰相さんが祭壇を上がってくる。騎士さん達は階段の下で待機しているのだが、何か身分的なあれこれがあるのだろうか。うーむ、解らん。
「御遣い様……ああ、何と……なんと申し上げたなら良いのでしょう」
何か感極まったように司教様が震えてそっと目を伏せる。大丈夫?興奮して心臓に負担掛けないでねおじいちゃん……はらはらする。
「この奇跡に、立ち会うことをお許しくださった……お二人の祝福に、感謝を……」
いや、私達祝福とかなんもしてないんですけど。やり方すら知りませんが。勝手にキレて喚いてただけですが。良いんですかそれで。
あとその拝むような仕草やめて下さい本当に。そんな大層なアレではないので。さっき散々な悪口言われたような奴らなんで。
「何か、ご満足頂けたなら何よりです」
どんな顔していいかよく解らんのでへらり笑ってそう答えておいた。
「御遣い様、御身体に問題はございませんか……?瞳の色が変わっておられるようですが」
未だに距離感が解らないのか、おずおずと声を掛けてくる宰相さんにも海がふにゃりと気の抜けた笑顔を見せて大丈夫と答える。
「心配どうも。あと、忙しい中で迅速に対応してくれて、それもありがとな、宰相さん」
「いいえ……いいえ、お二人のお時間を無駄に浪費させてしまったせめてもの償いとなっていれば、」
「まだ気にしてたのか宰相さん……全然気にしてねぇって。俺等もガキじゃねぇんだしお仕事上しょーがねぇのくらい解ってるってば」
「それにまぁ、終わりよければって言うし結果オーライですから」
あー、終わったわ。多分ここでのイベント完遂したはずだわ。業務連絡ないから定かではないけれど、これ以上何しようがあると言うのか。これで終わりでよかろうが。
「しっかし疲れたな……ここ数日怒涛の勢いで色々ありすぎたわマジで」
「それな。森の外って時間の流れ速すぎない?置き去りにされるわ普通に」
ぎゅうぎゅうと未だに殿下は私達を抱きしめて離さない。ちょっとぐす、とか言ってるので泣いてるのかもしれない。心配性だなこの若者は。
「まぁ森の中でも割と様々な事に置き去りにされ続けたけどな」
「確かに……最初から置き去りだったわそう言えば」
「ようやく追いついたって感じかねぇ……」
「いや、尻尾掴んだくらいじゃないの」
「龍の尻尾?」
「そ。龍の尻尾」
全容は未だに解らない。けれど、確実に何かは掴んだ。
これからどう動くか、まだまだ未定ではあるけれど……ひとまず家に帰りたい。家族会議しなくちゃだわ。
……ところで今回のインストール、何の前触れもなく両親は叩き込まれたのだろうか。いや、だとしたらホントすまん。でも私達もまさかこんな展開になるとは思っていなかったので、許して頂きたい。
ああ……会いたいなぁ。両親にもしらたまさんにも。対面で話をしたい。グループトークじゃ足りない。ちょっと怒った顔で、心配したって言われるの申し訳ないけど、実は嫌いじゃない。
イエクサの正体も、そのうちアクセス権とやらが揃えば解るのだろう。その時はお前、マジで覚えてろよ。
「……殿下ぬくくて眠くなってきたわ俺」
「疲れたもんねぇ……わかるー」
魔力はあほみたいに消費したし、勝手にインストールされたし、目は変化しちゃったし。情報量多いし。もうね、ホント疲れたわ。
「殿下、そんなわけでそろそろ戻ろうぜ。寝落ちしちまう」
ぽすぽすと海が殿下の頭を撫ぜるように二度叩けば、そっとその身体が離れて情けない半べそになった顔が視界に入る。
思わずふ、と吹き出してしまった。
「なんて顔してんの殿下……っ」
笑いで震える声で突っ込めば、耳まで赤くして拗ねたように目線を斜め下に反らして
「心配したのだ……っ!」
と、唇を尖らせて言い放つ。
あはは、とこらえきれずに笑って立ちあがり、海と二人で殿下に手を差し伸べる。
「ありがとな、殿下」
「心配かけてごめんね」
さあ戻ろう。とりあえず、何はともあれ休憩を求む。
あのクソ長い階段登るの億劫だけどな!
そういや扉の外で待機になった騎士さん達待たせっぱなしじゃないの早く戻ってあげないと申し訳ないわ。笑いの余韻を抱えながら、帰路につくことにした。あの森に似た、この森の中を歩いて。




