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「何か、危険な気配がゆんゆんするな」
「いや、ゆんゆんって何だよ。つってもしょーがねぇだろ取らねぇことには身体系一切合切取得できねぇんだから」
着座に関してはクリアしている。
全員座って炬燵囲んでいるからね、現状。
だから取得するのに問題はないはず、なんだけど……不穏な気配がする。
「まぁどの道やるしかないなら覚悟きめるべきよねー」
私が怖気づいていると、容赦なく躊躇いなくえい、とばかりに母がチョイスしやがった。
何なのこの人のこの躊躇いのなさ。肝っ玉カーチャンかよ!
そうしたなら、イエクサが反応した。
『身体能力向上の取得が選択されました。ダウンロードを開始します』
そんなことを言ったと思えば、くるくるとロードの為にか電気が明滅する。
『ダウンロードが完了しました。身体能力向上、インストールを開始します』
インストール、とな?待て待て、そのインストールされる末端って我々のこと?異世界に行ったら人間扱いすらしてもらえなくなるの?えぐくない?
と、次の瞬間激痛が走った
「ぃいっででででで!!」
「あだだだだ無理無理無理無理!!」
まるで全身が引きちぎられるような痛みが唐突に襲い掛かり、のたうち回ってもんどりうつ。
反射的に悲鳴を上げたのは私と海で、両親は声にすらならないのかぶっ倒れてなんか震えていた。
指先まで余すところなく走る激痛に、息をすることすらままならず短く呼気をうめき声と共に吐き出しては吸い込む。
全身の神経が悲鳴を上げて、毛穴という毛穴から冷や汗や脂汗が滲み出てくる。
もんどりうっても痛いし、さりとてじっとしていることすらできない激痛に脊髄反射で身体が痙攣を繰り返す。
いっそ気を失えたらと思うのに何故だか意識ははっきりとしている。
何の拷問だろう。
空気に触れていることすら苦痛でしかないこれはあれだ。
たぶん、ものすごい筋肉痛だと理解すればいいのだろう。
引きちぎられるような痛みを覚えているのは全身の筋肉繊維なのかもしれない。
だがしかし、考えても見てくれ。人間は全身何かしらの筋肉が詰まっているわけで、舌の先まで筋肉だ。
つまり口の中すら痛い。なんなら目の奥すら痛くてぼろぼろと涙が出てくる。そう、視力というかピント調節する筋肉が鍛えられているのだろう。
涙が出たなら当然鼻水もついでに出てきて、きっと顔面ぐっちゃぐちゃになっていることだろうが、それを拭うために手を挙げることすらできない。元来筋肉など鍛えた事のない人間の筋肉を強制的に鍛えるのがこの身体能力向上なら、せめてせめて気を失わせてほしい。
途中でシャットダウンしたらインストール完了しないでしょってか、やかましいわ。
強制的に意識を繋ぎ留められたような感覚のまま、激痛にのたうち回ってただただ苦しむことおおよそ15分。インストールが完了した。
はっきり言おう。
地獄だった。
こんな地獄を考えつくやつの頭はどうかしている。
異世界転移ってもっとこう、なんだ。希望を持たせろよ夢がないよこんなの。
なんかあるだろ?そういうの。
苦痛から解放されたところで、ぐったりと床に横たわって誰も彼もが荒い呼吸を整える。
全員が全員、汗とか涙とか鼻水とか、もう汁気に塗れているので湿度が上がっている気すらする。
そんな現状、このリビングに身動きが取れるだけの元気のある生き物はいない。
……あ、いや、いたわ。お猫様がいらっしゃったわ。
3段ケージのてっぺんからとても猫とは思えない着地音をさせながら降りてきた、ようやく起床なさったお猫様が。
そしてとことこ近づいて来たと思ったら
「……ぐぇ」
踏みつけて通過された。
あんた邪魔よと言わんばかりだ。お前それはひどくないか?
通過した先には海が居て、その匂いをすんすんと嗅ぐような仕草を見せたならフレーメン現象を起こした。くさいのか。そりゃそうだよね。汗まみれだもんね。
ほのかにショックを受けたように海の眉がしょんぼりと下がるのが見えた。
「……全員、無事に、生還してるか……?」
そんな中、一応家長として親父が息も絶え絶えに問いかけを絞り出す。
その声は掠れていて、苦痛の余韻を感じさせるものだ。
しかして、返事するにもあっちもこっちも疲労困憊だ。
よくこれショック死しなかったな。
人間苦痛が過ぎるとショック死することだってあるんだぞ。
そこのへん解ってんのかこのシステム。
とはいえ、意識を失うことすらさせて貰えなかったとなれば、ショック死すら何らかのプロテクトで防がれている可能性すらある。
善意ではないよな。これ。悪意よな。拷問よな。
やっぱり責任者でてこい。許さん。
まぁ何とか「おー」だとか「んー」だとか返事を銘々返して、溜息なのか深呼吸なのかすら判別つかない息を吐き出して海がごろりと寝返りを打つ。
もう動けるのか、回復早いな。流石若いな。
寝返りついでに炬燵の脚に足ぶつけていてぇとか言ってるが。
お前なんなの。
朝から炬燵に膝ぶつけるわ天板叩くわ足ぶつけるわで炬燵に何の恨みがあるっての。
「……あー、ひでぇ目にあった」
まったくだ。酷い目だなどと表現するだに生ぬるいほどにえげつない目にあったもんだ。
「異世界って、甘くないのね……」
うめくように母からも声が漏れる。
そうだね、もっとイージーモードを求めているよね。
別に最初から無限アイテムボックスとか無限魔力とかよこせってんじゃないんだから、せめてスキル習得くらい無痛でさせてくれよ。
そもそも、レベル上げるという条件があるのに何で取得に苦痛まで伴うの。ばかなの。
にゃー、とお猫様が鳴きながら相手しなさいよとばかりに母の腹に乗り上げている。だからねお前、人を足蹴にするんじゃないよ。
しかし、これまだ身体能力向上だけしか取得できてないのよな。
これからステルスとシャドウウォーク取得すんの?
メンタル持たないよ……。せめてもこちらは苦痛なく取得させてくれ。
うんざりとした心地でいると、どっこいしょぉとおっさんくさい掛け声を挙げて海が起き上がる。
「おお?腹筋くっそ楽にできた」
お前、腹筋で起き上がったの?元気だね。
と、言うかやはり筋力がアップしているのか。
身体能力ってそういう物理的なあれか。
強制的に短時間で鍛えてやるんだから痛むのなんて当然でしょってか。
「マジかー……」
「お前どうなんだよ」
「ええぇ……」
起き上がるの?私が?もう億劫通り越すわ。
渋々と腹筋に力を入れて起き上がってみる、と
「おお、できた」
すんなりと起き上がれる。
はっきり言おう。私は腹筋ができない子なのだ。
筋力なんて日常生活分くらいしかない、きっと将来寝たきりになってしまうタイプの駄目な人間だ。
そんな私が、今、何の苦労もなく腹筋で身を起こすというミラクルをしてのけた。
「すげぇ、不可能が可能になった……」
不可能とまで言うんじゃないよ。
私だって努力すれば腹筋くらいできるようになるはずなんだからね!
まぁその努力ができないんだけど。
……じゃあやっぱり不可能なんじゃないのとは言うなかれ。
まぁ起き上がったついでにスキル画面を引き寄せてみると、
「んぁ?」
「なんぞ」
「めちゃくちゃハッキリ見える」
やや近眼な私の目が、まるで眼鏡を掛けた時のようにはっきりと文字の羅列を捉えた。
と言う事は、きっと裸眼視力で今大体1前後まで上がっているのだろう。
まぁ目も痛かったもんね。ここも鍛えられたのね。
あまり視力を上げると遠視状態になるから、このくらいの調節なのか。まぁ遠視なら老眼と大差ないもんね。
「親父、母さん、どうよ」
ほぼ反応が死んでいる両親に水を向けると、起き上がることもせずに母が画面を引き寄せて寝転がったまま眺めるという怠惰極まりない姿であら、と感嘆の声を漏らす。
乗っかっていた母が動いたのが不満だったのか、んぅとか言いながら猫が炬燵に潜った。何しに出てきたんだよお前。
「すごいわ。しっかりはっきり見えるわ。本読も」
よかったね!でも本読むのは生活基盤整ってからにしましょうね!何でこんなゆるいのこの人。
「うーわ、これは仕事捗るぞ本気で」
そっちもよかったね!でも多分この世界にSEの仕事は転がってないと思うよ!
「これだけでも価値がある、か?」
「いや、あの激しい痛みに対してこれだけならペイできないよ無理だよ憎しみしかないよ」
どんだけ老眼辛いのよ。




