22
そんな事を話していたならまたしても階段を下る。昨日とは違う階段だな、と思いながら下って行けば随分と長い階段だ。螺旋状になった階段が下へ下へと伸びている。王城の右側に位置しているあたりらしい。周囲は壁に囲まれている上に、途中に扉などはないのでどこかへ直通する階段なのだろうか。
いやまぁ、普通に考えれば祭壇直通なんだろうが。
不意に、森の匂いがした。
「あ?」
海が怪訝そうに眉を顰めて下を覗き込めば、
「……木が生えてる」
下の方にはもっさりと、枝葉が伸びていた。え?日照問題大丈夫なの?光合成とかしないのこの木。観葉植物的なやつ?まぁでも、なんだか微妙に中が発光しているようにも見えるので陽光の代わりの何かがあるのだろうか。
「祭壇は、森の一部と言われているのだ」
殿下がそう語り掛けてくる。つまり、出張聖域的な扱いなのだろうか。
「森の、一部……」
「とは言え、祝福を受けていなくとも入ることは可能であるから、誠の森ではないのだが」
まぁここで祭典をするという話であるならば、それはまぁ……そうなのだろう。
「故に、魔道具による封じが成されているのだ」
「上から侵入はできないの?」
……頑張ったらここの筋肉共なら階段からダイブして侵入できたりしない?
「結界と似たようなもので、正規の道以外は弾き出されるようになっているのだ」
「へぇ……そうなんだ」
そうして、森の際まで階段を下りたならばそこにやや腰の曲がったおじいちゃんが一人と、御付きの騎士さん?みたいなのが一人いた。こちらの騎士さんは殿下達とは服装が違うので、所属が違うのだろうか。なんか、白を基調にしたやけにキラキラしい服装の騎士だ。おじいちゃんが恐らく司教様なのだろう。淡い緑の法衣らしきものに、紺色のストラ。その上から深い緑色のカズラみたいなものを重ねていた。……とはいうものの、私の知識の中ではストラやカズラではあるが、この世界で何と呼ぶのかは解らない。ただ単に肌寒いからストール羽織ってるんだよねと言われても、あ、そうですか。で納得して見せる。
このおじいちゃん、少々腰が曲がっておられるがそれでも海くらい背が高いのだが……震えるわ。頭髪はもう真っ白で、御年を感じられる。柔和な表情が大変優しそうでほっこりとさせられる。細められた目の色もまた、柔らかな水浅葱色で穏やかな空気を醸し出していた。
その二人が立っているその背後には、青みを帯びた鉄の扉が聳えていた。その向こう側に、あの森が茂っているのだろう。
「お待ちしておりました、龍の腕様」
そっと囁かれるような声音で語り掛けられる。静かであるくせ、よく通る。
「いえ、お待たせいたしました、と申し上げるべきでしょうか」
「あ、いえ。こちらこそお待たせして申し訳ありません」
昨日から掛けて呼び付けておいて、まさかこんな寒いところで待機させていたなんて申し訳ない事この上ない。朝食拒否しておいて良かった。暢気に食ってから来てたらもっと長い時間待機させていたことになる。
老人労わろうぜ。
「御遣い様にお心遣い頂くなど恐れ多いことです」
ほんのりと微笑んで答えが返る。
この納得できていない龍の腕と言う役職相当重いな……ええ、初対面からこの下にも置かない扱いとか……所属変えて頂きたいんだが。色々荷が勝ちすぎるんだが。
「司教を務めさせて頂いております、ゲナウと申します」
元々曲がった腰をさらに沈め、礼を取られたので、こちらも礼を返す。
「……空と、申します」
「海です。急な事にも関わらず、対応して頂きありがとうございます」
揃って頭を下げたなら、今度は少し困ったように微笑みを零す司教様。多分求められている対応はなんか、あるんだろうけど……いや、流石にタメ口は愚か上からいくとか無理だって。どう見ても徳の高いおじいちゃん相手ぞ。
「とんでもございません。私の代で、御遣い様が天穴を訪れるなど……なんたる僥倖でございましょうか」
そう言って、扉を見せる為なのかそっとその場を横にずれる。
殿下達もまた、横に大きく避けて扉までの道が左右に広く開かれた。
見上げる程の鉄の扉には、龍が象られている。あの、靄が形作っていた龍とよく似ていることからして奴の姿なのだろう。無性に苛っとするが、妙に神聖な雰囲気を醸し出しているのは場の空気のせいだろうか。
しかしこの象られた龍には両目があり、そこには珠が埋め込まれていた。私が見たのは隻眼だったのだが……はて。
じっと見上げて、さてこれを開けて下さるわけだよなぁ……と思ったならもぞり、と魔力が動く気配がした。
「……何か嫌な予感がする」
「……奇遇だな。俺もだ」
二人してみぞおちを抑えて顔を見合わせる。
いや、待てや。魔道具で開けて下さるって話だっただろうが。何故私達の魔力が動いているんだ。
「御遣い様……?」
「ソラ、カイ、どうしたのだ」
思わずその場から後ろに下がろうとしたなら、左右から司教様と殿下の声が掛かる。
「いやどうしたかってーと、何か……」
返事をしようとした海のその言葉の最中、ぶわりと魔力が身から溢れた。
「待って待ってやめて待って!」
「駄目だこれ吸われる自動吸引ってこんな感じなのかよ気持ち悪ぃ!」
吸い出された魔力が龍の眼に吸い込まれていく。はめ込まれた珠に魔力が流れ込み、魔道具の充魔と同じく不可視の器に魔力が注ぎ込まれて行く気配が感じられた。
「嘘だろ冗談だろ吸い過ぎじゃねぇ!?」
「いやこれホント回復しといて良かったねぇぇ!?」
多分昨日の消耗した状態なら足りなかったんじゃないのかな。ハイポーション生成レベルで吸われてるんだけど正気かお前。
渦巻く魔力が周囲を照らし、轟と風を生む。魔力がこんな現象起こすの初体験ですがこれどういうことですか龍社長!震える空気に押しやられるように司教様がふらついたのを白い騎士が支え、殿下もまたじりと後ろに下がりながら何かしら声を上げているが、聞こえない。殿下の肩を支え、その前に盾になるように立つフォルテさんも何か言っているようだが、音が遮断されているかのように口がはくはくと動いているだけで何の音も聞こえてこない。
『待ち侘びた』
そこで、龍の声が舞い降りる。
『我が眼は乾いている。疾く、杯を満たせ』
うるっせぇな今やろうとしてるとこなんですーっ!言われたらやる気なくすわー!とか言いたいわ呆け。
苛っとしたところで器が満ちたのか、吸い上げが終わる。はめ込まれた珠がきらりと光を発してまるで生きた眼のようにぎょろりと動いた。
渦巻く魔力が落ち着き、場が静まり返る。
そうして、カチリ、と音がしたと思ったならギィと重々しい音をさせながら扉が開いていく。
招き入れるかのように両開きに、ひとりでに。
「……いや、無理。くっそしんどいちょい休憩」
「それな。ふざけてんのこの扉。どんだけ喰うの普通死ぬわ」
当然馬鹿みたいに魔力を一息に吸われていきなりどっと疲労したので、その場で脱力してへたり込む。
いやぁ、おいでおいでされてもな……ちょっと休ませろ。
少しずつの消費ならそこまで疲弊することはないが、大幅に一息に消費するとしんどいのはミドルポーションやハイポーション生成の時に解っていた……枯渇した時のように身動きが取れないレベルではないにしても、全力疾走してそれなりの距離走り切った後くらいのしんどさがあるのだ。
とは言え、昨日のミドル作成で疲労しきったのは正直元々疲れていたというのが一番の要因だろうが。心身ともにリフレッシュした本日の状態ならミドル生成くらいでならあそこまでへろへろになることはまずない。しかし今回のこの魔力消費はミドル生成の比ではない。
知らず肩で息をしながら扉の奥を見遣れば見慣れたような森がそこに広がっていた。ただ、エネミー表示がなさそうなことが救いだろう。
「何今の。司教様の持ってきた魔道具で開くって話じゃなかったのかよ……何で俺等魔力持ってかれたんだ……?」
「いや知らん。もののついでみたいなやつかな……あの龍マジで一度張り倒したい」
溢れ出る憎しみが留まるところを知らないんだが。どうしようこれ。やはり帰ったらまた魔力を鍛えたほうがいいだろうか……持って行かれた魔力は体感で8割程度だ。吸われる割合が少なくなればこの疲労もマシになるかもしれない。そもそも母さんが元気にハイポーション生成しまくっているから間違いでもないと思うし。
「……ふ、たりとも、大丈夫なのだろうか?」
恐る恐る、殿下が声を掛けてくる。その声がこちらに届いたことにほっとして、そちらを見てへらりと笑って片手を上げて見せる。
「物凄い疲れたけど何とか大丈夫」
「それよりこれどゆこと?何か目玉動いたし普通にホラー過ぎる」
「まさか……魔道具もなしに、扉が開くとは……」
答えそのものを持ち合わせていないのだろう。呆然とした殿下が驚きを声音に滲ませてそう呟く言葉が掠れて消えた。
そもそもその魔道具の用途って何なのだ。この魔力分を補う魔道具だとしたらそれしょっちゅう使える代物じゃないのでは……?結界で充魔に数日、魔力が多くて一両日という話であったわけだから……宮廷充魔師が一月半程度付きっきりで魔力注いでなんぼくらいの感じ……?
普通に司教様ぽかんとしちゃってるじゃないの。わざわざ持って来て下さった魔道具が活躍することもなく、本当にご足労頂いて申し訳ないにも程がある。宰相さんとか騎士さん達の大半は何か扉に向かって祈りを捧げるかのように跪いているわけだが……。
「魔道具で開けてもあの目動くの?」
「いや、それは初めて見る現象だった……お二人の魔力は、扉に命を吹き込んだのだろうか……?」
「そんなとんでも魔力持ち合わせてねぇよ。どこまで俺等人間辞めてんだよ……」
はー、と溜息混じりに長く息を吐き出す。
「……うーん、謎現象かぁ。まぁいいか。今さら多少理不尽な事が起きた所で、もうそんなもんだと思うしかないし……休憩ついでに朝食にしていいかな」
「あー、そうな。今さらよな。俺も今のでちょっと腹減った気がするわ。そういや殿下達朝食は?食べた?司教様もだけど」
「は、いや……まだ、だが……」
「そか、じゃあみんなで朝食にしようか。あ、でも足りるかな……みんな凄い食べるよね、足りなかったらごめん」
そんなことを言いながら床にピクニックシートを広げてインベントリからここ数日で備蓄しまくった食料をガンガン出していく。
サンドイッチとかパンとかおやつとか、貰った先からどんどん詰め込んだ食べ物をここぞとばかりに取り出していけばそっとフォルテさんの顔が曇る。
「そんなに残して……しっかり食べなければお身体に障ります」
「ホントその気持ちはありがたいんだけどな?食えねぇんだってそんなに。って、リダルトさん何で追加で軽食が出てくんの!?」
「お二人がお腹を空かせた時の為に用意しておいたのですが……?」
そのさも当然だよね何言ってるのみたいな顔、何故なのか……。ピクニックシートの上凄い豪勢なことになってるんだが……?
「ちなみに我々は朝食も済ませて職務に当たっておりますのでご安心下さい」
にこやかに告げられた言葉。マジかよ、この人軽食を与える為だけに近づいて来たのかよ……。
「え、じゃあ朝ごはん食べる面子って……」
「殿下と、司教様方でしょうか……?」
「え、出し過ぎた?これ食べきれる?殿下いける?あ、司教様の護衛騎士さんも若いし量いけるよね期待してる」
は、いや、わたしは、とか何とか言ってるけど強制参加でよろしくお願いします。またインベントリにしまい直すのも何だかなぁ、と言う感じだしな。
「お二人とも、床は冷たいでしょう。お身体が冷えてしまいますのでどうぞこちらへ」
そっとマントみたいなものを敷いてくれ、そう声を掛けてきたのはコルドさんだ。
あ、そうか、とそこで気付く。司教様に固く冷たい石の床に座れだなんて失礼なことをしようとしていた。海と一緒になってクッションを出し、司教様どうぞ!と言えばとんでもなく狼狽えながらいえそんな、とか何とか言っている。いいから参加してくれよ。騎士さんの分と、殿下の分も出したならコルドさんの所に近づいて教えてくれてありがとうと告げる。
「そういうつもりでもありませんでしたが、まぁそうですね。お二人のクッションがあればこれは不要でしたね」
ほんのり眉尻を下げて笑って見せる顔は、呆れてるのかなんなのか。
しかしてとりあえず、扉は放置で朝食兼休憩だ。初っ端からこんな出だしとかやってらんねぇわ。




