21
朝はいつでも無遠慮に訪れる。あともう少し眠っていたい……そんな気持ちを完全にシカトして差し込む陽光が瞼を貫通して目覚めを促すのだ。
もぞりと起き上がれば横で海ももぞもぞと起きる気配。珍しい。まぁこいつよく寝たもんな。
「……はよ」
「……おはよ」
お互い寝起きのかすれた声で、寝癖を爆発させながら寝ころんだまま朝の挨拶をする。
ころりと寝返りを打てば、見慣れたテントの布地が日の光を通して眩しい。
……そう、テントだ。
いや、最初はベッドで寝る気だったんだ。本当だ。
でも、広すぎて落ち着かなくて……眠れなかった。
昨晩、夕飯が運ばれてきた折に一度海も起きてきて、食べられる分だけ食べたなら、残りはインベントリにしまってお残しはしてませんよの雰囲気だけは作り上げておいた。残すのももったいないし、もしかして破棄なんてされたら嫌ではないか。食べ物は粗末にしてはいけない。とりあえず日持ちしそうにないものを優先的に食べて、日持ちしそうなものはインベントリに直行だ。まぁ保つと言ってもそれほど長い間は保存できないだろうから、早めに食べてしまわないと傷んでしまうだろう。しかしここ数日で随分とインベントリの中の食料が増えたことだ。ありがたいやら困惑するやら。
そんな感じに食事を終えたら備え付けの風呂場をお借りしてさっぱりして、ベッドにもぐりこむところまでは、した。
けれど、眠気はあるのに空間の広さにそわそわとして眠りが訪れない。
ごそごそと寝返りを繰り返し、眠れないなぁ、と思っていたら海も同じようで。
しばらくして目が合ったなら、もうこれテント張ろうぜと。
室内は充分な広さがあるので、まさかのテントを張るだけのスペースすら充分にある。それが故に、テントを張った。そして、テントに入っていつもの空間になった途端、すとん、と眠れた。
庶民ですまん……本当に、こんな立派なお部屋を用意して頂いていながら……こんな私達で本当に申し訳ない。
御心配りを無下にするなんて、あまりにも失礼極まりないとは解っているんだ。だから、早いところ片付けて何事も無かったかのようにしなくては。
そう思い、着替えを済ませてテントの入口から顔を出せば、ばちりと目が合った。
誰って、殿下と。
声を掛けようかどうか、迷っていたのだろうか。中途半端に上げられた手が宙をうろついている。
それにしても、第二王子御自らが起床を促しに来るとは一体どういうことだ。せめてもここは侍女さんとかあるんじゃないのか。あまりにも気まずいではないか。
「……何故、テント……?」
「いや、あの……ひ、広すぎて……落ち着かなくて……ごめん」
物凄くバツが悪い。何だって寝起き最悪の殿下が私達より早く起きて活動しているんだ。フォルテさん仕事しすぎではなかろうか。
「あ、いや。良いのだが……良いの、だが……」
ちなみにちゃんとベッドはベッドメイクをし直してクリーンもしてあるから汚してないぞ。来た時よりも美しく、は流石にできる気はしないが、最低限の気遣いはしたつもりだ。
「……侍女が、お二人の姿が見当たらぬと……そしてテントがあると申すもので、様子を見に来たのだ」
「あ、すみません。ホントすみません。こんな立派な部屋、分不相応過ぎて身の置き場がなくて……」
ベッドだって二人で転がってるのに身体が泳ぐレベルの広さだ。二畳のカーペットに置いた炬燵で家族4人、押し合いへし合いしながら過ごすのがデフォルトの一般庶民がそんな空間でどう落ち着けると言うのだ。
でも侍女さんに既に何かしらの戸惑いを与えてしまっていたのか……朝早いね……ごめんね、お嬢さん。私達御寝坊さんだったのか……。
殿下の後ろを見遣れば、表情に出すことはしていないがこちらをじっと見ている侍女さん。そしてあとやっぱり御付きのフォルテさん。フォルテさんは何だか渋い顔をしている。いや、厚意を無下にしたのだものな……そりゃいい気分じゃないよな……。
「証拠隠滅間に合わなかったな……俺からもすまん。滅茶苦茶いい部屋用意してくれたってのに……こんなんで」
しょんぼりである。揃って項垂れていたら、あ、いやとか殿下が少し慌てたように首を振って手をわたわたと動かしていた。
「お二人が健やかに眠れることが大切であるので、それは構わないのだ。それに、森とは随分と環境が違う故、落ち着かぬと言うこともあるのだろう」
森から連れ出してしまったのは私であるのだし、と続けてくれた言葉にもう本当にありがたみしか感じないのだが。しかして森で過ごした環境に寄せた事で落ち着けるというのも異常であるし、どうかと思うわけだが。
なんとも言えない空気感の中、廊下に続く扉が開いてそこから宰相さんが現れた。
「おはようございます。司教殿がご到着なされました」
と、告げられた言葉によしきた、と思う。
「ああ。解った……お二人の朝食が済み次第、祭壇へ向かうとしよう」
「あ、いや。急いで来て下さったんだよね?お待たせするのも本意ではないし、朝食は収納のを適当に合間に食べるから祭壇に、」
行こう、と進言しようとしたならカッと目を開けた宰相さんが私達を見て、
「いいえ。お二人は栄養を取るべきです」
きっぱりと言い切った。
「聞けば、殿下よりも年嵩であらせられると。森の畑が全滅の憂き目に合い、お身体が成長する余裕もなくお過ごしでいらっしゃったと……っ」
目頭を押さえて告げられた言葉にいや待て、と思う。
畑全滅してねぇわ!サツマイモ畑だけだわ!失礼か!あとちゃんと成長しとるわ!異世界基準で判断するの本当に辞めて頂きたい
「いや、俺等ひもじい思いとかしてねぇから……ホント。ちゃんと食って生きてきてるから、安心してくんねぇ……?」
ドン引きした様子の海と共にテントから出て立ちあがる。寝癖直さなきゃなぁ……あと顔洗わないと。
「そちらさんから見りゃ小食かもしんねぇけど、ほら。俺等健康体だから。全然大丈夫なやつだから。な?」
そっと宰相さんの傍によって肩に手を置いて大丈夫だよおっちゃん、みたいな感じで話しかけている。宰相さんすら背が高いなぁ……海確かに小さいなこう見ると。
「ちなみに気になってるんだけど……殿下ってまだ背伸びるの?」
「む?大体20代の初め頃までは伸びるぞ?」
「あ……そうなんだ」
「これから成長痛がある時期が来るからな、少々気鬱でもある」
あ、そんな勢いで伸びるの?異世界ってホント解んねぇな。もうそれ成長期じゃないのよ。平均寿命とかも違うのだろうか……同じ人間の形をしているように見えてそこらへんはまるで作りが違うのだろうか。
「まぁでも、私達その成長期とっくに過ぎてるから。今さら栄養叩き込まれても困るし、必要な栄養は取れてるから本当にお気遣いなく。というかここ数日ずっと満腹状態続いててそろそろ胃もたれしそう……」
事あるごとにおやつや軽食が与えられるので、もう……空腹とは無縁過ぎて……。
「そんなわけで、あと顔洗って頭なんとかしてくるから。それから祭壇案内よろしくお願いします」
とにかくテントを収納して、絨毯に一応クリーンしておく。ちゃんとテントにも出してすぐクリーンしたから汚してはいないとは思うが……念の為だ。
納得はしていない顔だったが、顔を洗って歯を磨いて寝癖を直して……としている間に手配は済ませてくれていたらしく、廊下に騎士が何名か集まっていた。殿下直属の4名もいたので軽く頭を下げておく。
そして、ご案内しますとか言われたなら殿下を先頭にぞろぞろと周りを固められて歩くわけだが……こんな人数必要なの?王城の中にあるって事じゃなかったっけか。祭壇。周りを囲まれると全員背が高いので壁にしか見えないんが。圧迫感凄いんだが。
城内の雰囲気を眺める事すらさせて貰えないのか。ふーむ。
何故なのか、と思っていれば後ろを歩く宰相さんがごく小さな声で話しかけてくる。
「王族の皆様と、一部の者を除いてお二人は北の、リグリスダットの王族であらせられると伝達させております。不用意にお二人の御身分を明かす事は、拐かしなどの危険もございますれば……窮屈な思いをさせてしまいますが、何卒ご容赦下さい」
拐かし……それは、つまり、誘拐ですか。そうですか。
え?誘拐してどうすんの?何に使うの?全然解らんのだが。
そして微妙に小競り合いしている北の地の王族とかになってもそれなりに危険はあるのでは?あ、だから騎士がこんなにいるのか。へぇ……。
聞いたところ、ロルクェストとリグリスダットそのものの仲は悪くないそうだ。けれど、森王族を頂く国以外は割とギスギスしているらしいのであまり北の人間が西にほいほい遊びに来ることもなければ、西の人間が北にほいほい行くこともないらしい。面倒くさいな色々と。
小国同士は特に、大国たる森王族の庇護下に入っているものが多いわけだが、一応あっちはあっちで国として成り立っているので駄目でしょって言っても喧嘩をやめないそうだ。
で、そこのあたりの関係もあって、リグリスダットの王族が来賓中ですよとなってもだからと言って必ずしも安全とは限らないとのこと。
城内でもやはり北に対してあまりいい印象を抱いていない人は少なからずいるので、決して一人にならないようにと言われてしまった。お部屋の前にもずっと護衛騎士さんいたそうですよ……ごめんねほんと。お手数掛けます。
殿下直属の第三騎士団の上役にはこちらの正体は割れているらしいが……あ、ちなみに直属4名それぞれに大隊長やってるらしい。へぇ……たいちょーさんなんだ。で、その大隊長とその副長。そしてさらに小隊長あたりまでは伝わっているそうだ。へぇ……それがどこまでのアレかも解らん。とりあえず解説ありがとう宰相さん。
「……つまり、俺等って気配消してたほうが都合良いのか?」
ふと、海がそう宰相さんに告げたなら少し困ったように眉を下げられてしまった。
「お姿が護衛の者にまで認識できなくなると、お守り申し上げることができなくなります」
「あー……いや、殺意と敵意には敏感なんで、多分大丈夫だぜ?俺等」
そうな。マップさんが教えてくれるもんな……赤とかオレンジで。あと最悪スタンして逃げるという手も取れるし……結界で身を守ることもできるわけだ。
しかし城広いな。一度階段を下りたわけだが、そこからさらにぞろぞろと大移動中である。昨日運ばれた道筋から少し逸れているな、とマップを見ながら認識する。視界は狭くても歩けばマッピングされていくのだから城の地図作成は楽でいいな……森とはシステムが違うようだ。
「それに、一応森で生き抜いて来てるわけだし。そんな大層に守って貰わなくても身を守る事だけなら全然問題ない筈なんで」
「カイ様、その痩躯ではあまり説得力がないかと」
と、今まで黙っていたタッカートさんがぽつりと呟く。
痩躯って……ええ?いや、ある程度筋肉あるようちの子。身体能力向上舐めないで頂きたい。あの激痛に耐えて私達は筋肉持ちになっているのだぞ。
「それに、戦闘になりでもしたらどうするのです」
「いや結界張って……」
「結界を囲まれたら?」
「そりゃ結界繋いで脱出?」
「……結界を、繋ぐ?」
「そう。力技だけど結構移動できるんで、結界出る時隠密すりゃ普通に逃げるには事欠かねぇだろ?」
そもそも一度認識から外れれば隠密仕様で逃げてしまえば話は速い。とは言え、森の生き物と違って人間はいろんな手管を持っていそうなので隠密してもあぶり出される可能性もある、のか?
でもそうなったらスタンなりバインドなりで対処できるし……あれ?もしかして私達森の外では割と強い子なのでは……?殺傷能力なくてもイケてるのでは?
「大体過保護にしすぎだって。森より物騒ってこたねぇだろ?成すすべもなく遠距離ワンキルとか……ねぇよな?」
「それは流石に……大弓での一射なら可能ではありましょうが、そう使い手が居るわけでもありませんし」
「……あるのかよ。こっわ」
いやホントこっわ。何なの人の国もやっぱ物騒だったわ。強い子じゃなかったわ。調子乗ってすみません。でもそれ騎士さん達も危なくない?危険極まりなくない?流れ矢に被弾したら死なない?
「見晴らしの良い場所に居る時はご注意下さい」
オーライ。そんな時は結界張るわ。
というかそんな殺意高いのか、王城怖いわ。




