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世の中ってすんなりとはいかないものだね、と夕暮れに染まる窓の外を見て思う。
祭壇、いつになったら行けるんですかね……?手続きに時間掛かりすぎじゃないかな……いやまぁ色々あるんだろうけど。
挙句の果てに、30分前くらいにやって来た宰相とか言うおっさまとディベル殿下がやいのやいのと静かに言葉で殴り合っているんだが……祭壇を解放するには儀式が必要だとか、日が悪いとか、司祭なり司教なりがいないとか、なんかもう……様々な問題があるそうですが。
いやぁ……でも奉ってる龍がはよせぇって言ってるんで……そこらへん何とかなりませんかねぇ……?
マップで見たなら普通に赤表示のこの宰相。多分、こんな得体の知れない連中を祭壇に案内なんてとんでもないってことなんだろうなぁ……うん。まぁ解るけどさ。
国王陛下のお墨付きがあったからこそ、王族の皆様は私達をすんなり受け入れたわけだが……まぁ、そんな事があったからこの二人に祭壇解放するよ!とか急に言われたらいやちょっと待てとなるわな。騙されてない?とかってなるわな。
冷める頃にはまた温かいものが注がれるエンドレス紅茶のカップを啜りながら、この無為な時間をどうしてくれようか……と思う。
なんならこれ、場所だけ教えて貰って隠密で行った方が早いのではなかろうか。もう何杯目かも解らない紅茶を啜りながらぼんやりとそんなことを考えてしまう。
海も既に顔面にだりぃ、と書いてある。きっと私の顔も似たようなものだろう。偉い人達のお話に首つっこむこともできないからひたすらいい子で待ってるしかできないのだ。
「でしたら、この二人が龍の腕、御遣い様であるという証明はどのようになさるのですか」
と、聞こえてくる言葉。
「そなたは龍脈に繋がる陛下のお言葉を信じられぬと申すのか」
「病により朦朧となさっておられた可能性すらありましょう。ノクト殿下の御尽力により快癒なされたとは言え、衰弱なさっておられたのは事実ではございませぬか」
そうだねぇ……随分と弱ってはおられたと思うよ確かに。でも意識ははっきりなさってたと思うんだけどねぇ……?
「大体、何故御遣い様が北の民の瞳を持つのでございますか」
いや知らねぇよ。むしろ北の民がこっちに寄せてきてるんだよ。私達のせいじゃないよ。
「北との境目の諍いは今や増加の一方。北の奸計でないとも限りませぬ」
「無礼にも程があろう!お二人に対しなんたる侮辱!」
超ヒートアップしてきたわこれ。喧嘩するならするでもっとこう、落ち着いてやってくれよ。あと国境付近そんな殺伐としてるんだ……へぇ。普通に怖いわ。
「先から黙って聞いておれば……このお二人はこの私をかの森でお救い下さった恩人でもあるのだぞ!」
あ、殿下が参戦した。先程から苛々した様子であったが、ついにキレたご様子。キレる若者って怖いね……。
「そのか弱そうな二人が屈強なる殿下をお救い致すなどそれこそが疑わしいと申しておるのです」
か弱そう……思わず海とお互いを見詰める。……いや、か弱そう……?
「そなたが疑おうとれっきとした事実であろうが!なればそなた、森におわし、森に祈り、森の御力を借り受けることのできる存在を他にどう説明するというのだ!」
「殿下が幻覚を見せられた恐れもございましょう。死に面したというのなら尚の事、薬草にも通じておられるのであらば難しい事ではありますまい」
へぇ……幻覚作用のある薬草とかあるの?興味あるー。ちょっと薬草の本とか見せて貰えないかなぁ……。
しかして、この宰相様はどうしても私達を疑いたいご様子だ。まぁそれも解る。不審者だもんねぇ……私達。
しかし逆にこれ、どうしたなら祭壇にご案内頂けるようになるのだろうか。龍の腕としての証明ってねぇ。
パフォーマンスを求められてるわけ?
チラと海を見れば、海もこちらに目線を寄越していた。
こくりと、小さく頷いたかと思えば、
「空さんと海くんのー、3分クッキングー」
おもむろに、だりぃ、という顔面のまま海がそう言い放つ。
いや待て。お前。そのタイトルよ。
「いや、3分掛かるか?」
「掛かるかもよ?森じゃねぇし」
あ、その設定まだ続けるんだ……いいけど。
インベントリから次々に取り出す薬草各種と龍の涙。折角ならミドルで紅の霊薬とやらをオマケで献上しておくものまぁ、いいかと私も一緒になって出していく。
「ソラ、カイ!?何を……っ!?」
「いや、そっちのおっさんどうしても俺等を疑いたいみたいだし?俺等も早くしてほしいし?」
「だったら天穴がそこにあるのなら、森へ祈ることも可能でしょうし?」
もうねぇ……待機時間長すぎるんだわ。こっちもあの龍に急かされた身の上としては、変容が怖いわけよ。切羽詰まってるの解って頂きたい。
「きっちり見てろよおっさん。証明ってんならしてやるからよ」
「鑑定の準備もなさってどうぞ」
目指すはミドルの上質。必要分量の薬草を取り分け、カップに涙を注げば大元の材料はまたインベントリに片付ける。
必要な物のみをテーブルに置き、魔力を練る。
じわりとみぞおちが熱を持ち、もぞりと魔力が動く気配。
部屋にいる、護衛の騎士と思わしき連中も、宰相も、殿下達もフォルテさんもなんなら侍女さんもこちらに視線を集めている。そう、目を見開いてよく見ておくといい。私達の魔力修行の成果を。
両手を掲げ、薬草を次々に乾燥粉砕したなら魔力の器に閉じ込める。
龍の涙を吸い上げたなら魔力操作でもって丁寧に撹拌して馴染ませていく。ここが重要だ。ここで手を抜くと品質が下がる。じっくり馴染ませながら迸る魔力が室内を満たし渦巻いていた。いっそ目映い程に光を放つ魔力にこちらを見ている面々がそっと目を細めているのが解る。
「……これが、龍の、腕」
ぽつり、誰かが零した呟きを耳が拾う。
些か呆然と、つい漏れ出たとでも言うかのようなその呟きに、このパフォーマンスは一応成功しているのだろうなと確信を抱いた。
魔力の器の中で、充分に撹拌が済んだのならばそこからさらに魔力を注ぎ込み色を変えていく。
薬草が反応をし、徐々にクリアな紅い色が器を満たしたならば最後にカップにそっとそれを注いで完了だ。
鑑定したなら、上質。上手くいった。
ローポーションよりもずっと魔力を使うので、ミドルは色々余裕がある時にしか作らない。大抵の場合琴子印のポーションで話が済むのでハイ・ポーションが上達しないのはこれも原因だよなぁ……と思う。帰ったら少し修行するべきか。
ふー、と海と揃って息を吐き出す。ローと違い割と普通に疲れるのだ、ミドルの生成は。集中力も必要だし、魔力の消費もそれなりにある。
「あー……これ普通にしんどいわ。海くん疲れた……もうだめかもしれない」
「ねーちゃんも結構疲れた……」
ぼすん、とソファの背もたれに身体を投げ出してあー、と意味のない声を上げて天井を見上げる。白い天井が夕日に照らされて赤みの強いオレンジ色に染まっていた。まるでマップのやや敵アイコンである。ああやだやだ。
「あ、殿下これ作ったけどいる?」
テーブルに二杯並んだミドル・キュアを指して海が殿下にそう問いかける。
「な、ん、そん、」
はくはくと言葉にならない、そんな意味を持たない音の羅列が殿下の口を滑り出た。
「勿論鑑定してからだろうけど。ミドル・キュア。紅の霊薬だっけ?それな」
「予備で持っておきたいって言ってたでしょ。折角なら受け取って。また殿下に森の単騎突貫されるの嫌だし」
呆然、とした面が並ぶのを見て少しばかりやっちまったと思わなくもない。だが、こっちも手段選んでらんないんだわ。でもちょっと、いや、普通に疲れた……うーん、眠たい。
「で?これでも証明にならねぇかな?最悪忍び込むって手もあるっちゃあるんだけど、俺等としちゃ一応筋は通したいんだけど?」
じろりと海が宰相に目を向ければ、息を飲むような音と共にびくりと肩が震えた。目付きが悪いので睨んでいるように見えるだろうが、そうではない。信じてほしい。
「別に、俺等が疑わしいのは解るからいいんだけどよ。不審なのもまぁ、確かだ。でも、こっちもこっちでお仕事しなくちゃ森に帰れねぇの」
いやぁ……実に海は頼りになるなぁ……。おねーちゃんそこまで強気になれないわ。でもしらたまさんに忘れられる前にお家帰りたいねぇ。もう10日は帰ってない……やばいな。
「そちらさんも殿下達を守ろうとしての行動だろ?それも解る。北がどうとか言ってんのも、まぁ色々複雑な情勢もあるんだろうし。疑う事が仕事だってのも充分解っちゃいるつもりだ。だから、俺等ができる最大の証明がこれなわけだ。正直めっちゃくちゃしんどいしできればやりたくねぇけど、アンタを納得させるにはこれしかねぇんだろう」
そうだねぇ……殿下ピュアすぎるからねぇ……宰相さんも苦労なさって来たのだろうねぇ。殿下の分、倍以上疑わないと大変なことになりそうだもんねぇ……。ディベル殿下がどの程度思慮深いのかは知らないけれど、ノクト殿下はド天然だもんねぇ。
あー、やばい眠い。考えてみたら昨日から馬車で仮眠しか取ってなかったわ……リダルトさんのおかげで多少は眠れたものの、がたつく馬車で深い眠りなんて到底無理だ。海と違っておねーちゃんはその辺繊細なのだわ。挙句の果てに衝撃の事実を叩きつけられ、初対面の人間と色々あれこれやりとりをして……心身ともに疲労困憊の所に大きく魔力を使ったらそりゃもう……眠いわ。これは拙い。
「これで駄目なら俺等にはもう何をしていいか解んねぇんで、無知な俺に教えちゃくれねぇか?」
そう締めくくる言葉に、場が静まり返る。何を言うべきか、その迷いがありありと宰相の顔面に張り付いていた。良い感じのご年齢のおっさんである。渋みのあるアッシュグレイの頭髪はやや額が下がっているが、オールバックにしているからそう見えるのだろうか。広い額にじわりと汗が滲んでいるのが見える。ハンカチ差し出すべきだろうか。迷う。瞬く目は青漆色で、深い緑が知恵を窺わせた。今はちょっとばかり目が泳いでいる様子ではあるが……なんかごめん。
なんならちょっと震え出したんだけど……バイブレーション機能搭載したおっさんとか、需要ないと思う。
うーん……相手の立場を慮りつつ思いっきり責めに責めたこのチンピラフェイス。二の句を紡げなくしたらそれはそれで話が進まないよなぁ……。
どっこいしょ、と重い腰を上げてソファから立ち上がれば注目の的になるわけだが。自分に視線を集中させたなら、両の手を合わせてぽむ、と音をさせてから
「休憩しよう」
とりあえず進言する。
「そちらさんも随分ヒートアップしていたわけで。少し落ち着こう」
もうできればあまり時間を食いたくはないのだが、放置しても進まないし、横やり入れても進まないなら一旦クールダウンするべきだ。宰相さんを追い詰めたいわけでもない。
「こっちも今ので相当疲れたので、今すぐどうこうってのは無理になったことだし」
「そうな。俺もすげぇしんどい……寝落ちしそう……」
お前馬車でも爆睡だったのにまだ寝るの?マジかよ。
「わか、り、ました。すぐに、休める部屋を……」
「ああ、いや。そこまでして貰わなくても大丈夫です。ここで充分だから少し休ませてもらいたいだけで……」
途切れ途切れにディベル殿下がなんとか返事をしてくれるのを遮って、またソファに腰を下ろす。意識をこちらに傾ける為に立ちあがっただけなので、返事が返る程度に思考が回復したのならもう別段立っている必要もない。
「で、その間に殿下これ回収しておいてね?要らないなら別にいいんだけど、結構頑張ったので貰って欲しい」
「ソラ……」
「でもって、割と限界なのでちょっとごめんね?寝るわ」
そう告げて、結界を張る。ここにきて更なる魔力消費で追い打ちが掛かるが、結界も張らずに寝れるわけもない。殿下達には見えているだろうし、なんならきっとフォルテさんも何か緑になってるくらいだからこっちが見えているだろう。黄色から赤よりの人間にさえ見えない、触れないのならそれでいい。それだけでも充分に意味がある。
そうして、力を抜いて海に凭れ掛かれば海も目をこすりながらこちらに体重を掛けてくる。
「俺も限界……殿下……又はフォルテさん、小一時間くらいで起こしてくれると、助かる」
まぁ海は海で単独行動中に何かしらあったのだろうなぁ……今度そっちの事情も聞かなければ。互いに身体を預けて、目を閉じればストンと意識が沈んでいく。
『疾く、杯を満たせ』
眠りの淵で、龍の声が聞こえた気がした……うるせぇわ。




