13
何だかんだでうとうとと仮眠を取りながら、食事休憩も差し挟みつつ走り切った丸一日。大丈夫かスレイプニルとやら。あと御者さん。流石に夜は跳ねるのを抑える為なのか、速度を結構落として走行していたが、かなりの距離を走行していた。
ともあれ、ようやく街に辿り着いた。人の営みをこの目で見ることができる場所だ。異世界クオリティがどの程度か、そして和風なのか洋風なのかがこれで判明するわけだ!
意気揚々と馬車から降りたなら、なるほど……?
洋風だった!石造りの建物が街並みを作り上げている。地震とか来たら一撃で倒壊するんじゃないだろうか。耐震強度なさそう。不安感凄い。
恐らくこれが所謂中世ヨーロッパ風とか言うやつなのだろう。
とは言え、見えている範囲だけでそれを判断するにはきっと情報は足りないのだろうが。何故って、物凄くでかい宿……否、ホテル的な建物の馬車スペースで降り立ったのだから正直見える範囲そんなに広くないんだわ……。移動中小さい窓からはそんなに見えなかった。木造建築ももしかしたらどこかにあるかもしれないが、残念ながら見える範囲にはない。
小高い丘の上にこのホテルはあるようで、坂の下に繋がる街並みだけの判断でしかない。そこからなんかカラフルな屋根が広がっているが、その建築素材は解らない。屋根だけで判断できる程私は建築には詳しくないのだ。
「……地震がない国だってのは解った」
しみじみと呟けば、海も頷いて
「それな。……でもそれしか解らねぇな」
「生活水準がさっぱり解らん」
「市場とかも総スルーだったもんな。チラ見すらできなかったもんな」
「……初めて到達した街なのにこの直通っぷりに悲しくなってくる」
「何ならこの街がどの程度の規模の街なのかすら解んねぇな……」
この国の平均的な街の規模なのか、それとも栄えている街なのか……国の水準すら解らない。とりあえず街には外壁があり、門を潜ってしか入ることはできないという事は解ったが。それだけしか解らない。
住民票とかあるんだろうか。それとも入街税とか払えば誰でも入れるんだろうか。身分証明書とか必要なんだろうか。もうね、何にも解らんのだわ。
ただただ運搬されただけの我が身が辛い。
「カイ、ソラ、今日はここに泊まることとなる。明日の朝からはまた移動ではあるが、ゆっくりと疲れを癒してほしい」
にこにこと殿下がそう告げてくるので、ああ、はいと返事をしてその背中についていく。ぞろぞろと筋肉さんに囲まれて移動する私達は一体何に見えるのだろうか。あまりにも場違い感が凄い。
建物の中は普通に綺麗だ。タイル張りの床はチェックタイルになっていて、粗目のタイルと大理石みたいな白くてマーブル入った素材のタイルが並んでいた。お洒落か。壁は白いクロスが張られ、照明に使われているのは……あれなんだろうな……白くてふわふわした光が浮いている燭台みたいなものが壁に刺さってた。あれもどうせ魔道具なんだろ?そうなんだろ?
でも天井から下がっているシャンデリアみたいなブツは蝋燭なのな……そこは魔道具じゃないんだ。へぇ……何故なのか。そこが一番面倒くさそうだと言うに。
案内された部屋は、宿屋の一室と言うか……え?マンスリーマンションとかじゃないの?みたいな部屋だった。
主寝室があって、あとは何部屋か従者用に寝室があるとのこと。はぁん?セレブ感出してきたなおい。
「主寝室はお二人が使うとして……」
「待て待て待て待てそれはおかしい」
「あの小さいのが良い。狭い部屋がいい。いっそテントくらいの部屋がいい。広いのは落ち着かないから主寝室とかホントやめて殿下」
殿下差し置いて主寝室とか誰が使えるというのか。本当に悪気がない分コイツ真面目に性質が悪いな。
「しかし……」
「しかしじゃない。無理。殿下がちゃんと主寝室使うべき」
大体お前一応王子だろうが!何を森の一般人に主寝室明け渡そうとしてるんだお前立場考えろ!警護の都合とかもあるだろうから駄々こねるな!
何とかかんとか殿下を説き伏せ、主寝室はちゃんと殿下が使うこととなった。そりゃそうだ。そして3部屋ある従者部屋の内ひとつを私と海に宛がってくれた。程よく狭いツインルームだ。ありがたい。
「あ、そうだ。街についたならちょっとくらいは出歩いてもいいのか?俺髪切りたいんだけど」
ふと、海が帽子に触れながらそう殿下に問いかけたなら、ことりと首を傾げて一度窓の外を見てから視線を戻してくる。
「うん?流石にもうこの時間では理髪師は呼べぬぞ。ああ、しかし心配するな!このコルドの手に掛かれば散髪くらいはお手の物だ!」
じゃーん!じゃねぇんだわ。コルドさんここでようやく存在感出すのかよ。そして何故騎士なのに理髪師の真似事ができるのか。
「……いや、なんで?」
「いつも私の髪を切っているからな!」
「……いや、なんで?」
海が壊れたレコードみたいになってしまった……いや、でも何でだよ。王子の散髪とかなんか、そういう専門の人とかいないの?部下がやるもんなの?え?
思わずコルドさんを見遣れば、はー……と地獄のような溜息を吐いて目を伏せていた。なんか……ごめん。
「殿下が……面倒くさがるから……俺が、やってるんです……」
「……面倒くさがる、とは?」
「騎士寮に入り浸って、王城に戻るのを面倒くさがるんですよ……本当なら専用の理髪師がいる筈なのに……」
あー……寝起き悪いもんねぇ……。起きてすぐ職場でありたいんだろうねぇ……。
聞けば、コルドさんは弟妹がおられるようでよく髪を切っていたそうだ。それを聞いた殿下がせがみ、仕方なしに一度切ってみたらそれが習慣化してしまったとのこと。だがしかし、城の理髪師がそれに物申さないわけもなく、王族の御髪に触れるならそれ相応の技術を持てと折に触れコルドさんに突撃をかまして強制的に理髪師の技術を覚えさせられたそうだ……。そりゃ地獄のような溜息も出るわ……騎士なんだか理髪師なんだか解んねぇなこれ。
ついでに道具の類も何だかんだで揃えさせられて、収納に入れていつでも持ち歩いているというこの完備っぷり。凄いなこの人。
「まぁ、カイ様が俺で良いと言うのなら、やりますよ」
「ちょい待って。やってほしいのはやってほしいんだけど、それより様ってやめてくんね?」
「……いえ、そういう訳にも。どの道、北の王族として接することとなるのであれば、それは叶えることはできません」
「えぇ……」
しょんぼりしている。解る。様とかつけられたらむずっとするよね。柄じゃねぇんだわ。
「それで、髪は切りますか?」
「あ、お願いします。もう今まりもがわかめ背負ってるみたいになってるんで……」
「……まりもがわかめ……?」
「あー……苔玉にほうれん草のっけたみたいな?」
「苔玉にほうれん草……」
「……駄目だこれ以上俺の語彙では俺のこの無様な頭を表現できねぇ……」
伝わらないこの世界観。まりもが解らないのか……わかめか?苔玉か?ほうれん草くらい似たような野菜あるよな?あると言ってほしい。
「カイ、私とお揃いにしてはどうだろうか!」
「あ、いや。いいです。フォルテさんくらいさっぱりしてください」
うっきうきの殿下にあっさりと片手を上げてお断りをしたならさらりとオーダーする海。フォルテさんくらいとなると割と短髪さっぱり系である。多分似合うよ。少なくともツーブロックのハーフアップよりチンピラ感は減ると思う。なんなら爽やか青年にチェンジできるかもしれない。目付きはどうしようもないが。
でも大体騎士連中似たような長さだな、と思う。多少の違いはあれど、さっぱり短髪なのは変わらない。やっぱり汚れを落としやすいとかそういう利便性を鑑みての事なのだろうか。
殿下は短髪ではあるがちょっとだけ長い。お洒落系の髪型なのは王族として式典やら何やらの際に髪をセットすることもあるから、とのこと。正直切りたいとか言ってたけど、立場があるって大変だねぇ。
ちなみに私も切ってくれまいかとお願いしたところ、ある程度の年齢から女性は髪を長く保つものである、と言って毛先を整えて量を梳くくらいで留められてしまった。ご要望通りに切ったなら尚の事子ども扱いされますよ、と言われたからこれで我慢する。子ども扱いしてんじゃねぇわ。それでも量が減っただけで随分と頭が軽くなったのでなかなかご満悦である。コルドさん最高か。存在感薄いとか思っててごめん。マジ神だと思う。髪だけに。
さっぱりした所でお片づけをして、夕飯となれば主従とも同じ食卓に着く。遠征時とかでも同じ食卓なので、どちらかと言うと騎士団長とその部下として振舞っていることが多いのだろう。公の場では決して同じ食卓になぞつくことはないと言っていた。身分制度も解らんのでお勉強になります。
そしてたんと食え、と並べられた料理の数々。とりあえず端から鑑定しておいた。有毒なものはない。味は解らない。食材が時々不明過ぎて震える。
何なの……絶叫鳥の肉とか。絶叫するの……?怖いんだけど。泥炭魚とか、それ美味しいの……?千手七草とか、千なのか七なのかハッキリして頂きたい……!
もう何が何だかわからないので、なんとなく解る鹿肉のシチューを食べる事にした。鹿肉って初めて食べるわ……あと正体が解るものと言えばパン。主食。でもこれ物凄いでかい。顔くらいのサイズある。一つまるまるは無理だな、と思ったなら普通に殿下も筋肉さん達もちぎりながら一個食べる姿勢である。
ちら、と海を見たならじ、と私の手元のパンを見ている。
つまり、そう言う事だな?と頷いて、インベントリからまな板とパン切包丁を取り出してパンをスライスする。何してんだと注目されながらもパンを切り分けたなら、クリーンをして道具をしまい、切り分けたパンの半分を海に渡した。
「ありがとねーちゃん」
「ん。残ったらおやつにでもしよう」
そんな私達を見て、殿下がことりと首を傾げる。
「残る、のか?」
「いや、そりゃこんなでかいパン一個は食えねぇよ?俺等」
「なんと……?森では食料を節約していたのだと思っていたが、まさかあれで二人は事足りていたのか……?」
「逆に殿下足りてなかったの!?それはごめん!でも言って貰わらないと解んないから!」
びっくりだわ。満腹量だしたわ。何なら夕飯はパスタ茹でてレトルトで味付けただけのやつだったが殿下のは少々多めに盛っていたわ……ええ?
「……その……夜、空腹で目が覚めたので……手持ちの食料をかじった程度には……足りなかった」
少し恥ずかしそうに告白されたまさかの事実に驚愕を通り越すわ。
「ほんとごめんね……っ!」
涙ぐましいわこの王族……っ!
「いや、しかし……あれで足りているというのなら、二人は小鳥よりも小食なのだな」
「それ多分俺等の知ってる小鳥じゃねぇわ。どんなでかい小鳥だよ怪鳥じゃねぇか」
それな。小鳥ってこのパンの端で十分だと思うよ……流石にそこまで小食じゃねぇわ。
「……お二人が小柄なのは、もしかして食料が不足しているからでは……?そう言えば、芋畑が全滅したと言っておられましたね」
まさか、と言わんばかりにリダルトさんが呟く。そうしたなら、はっとした顔でフォルテさんが口元を抑えて戦慄いて見せる。
「まさか……ひもじい思いをしてきたのか……?」
「してねぇから!腹いっぱい食って生きてるから!」
海が叫ぶ。力いっぱい否定の言葉を。
わかる。なんなら飽食の国から来てるから。食料不足してねぇから。何だってそんな可哀想な子を見る目で見られてるのか。そして海も小柄にカウントされるのか……お前等と一緒にするんじゃないよ。失敬な連中である。
「強がらなくて構いませんよ……おやつならちゃんと用意しておきます。たくさん食べて下さい」
ふ、と解っているよと言わんばかりにタッカートさんが微笑みかけてくる。違うから。食えねぇから。腹はちきれるわ。
「強がってねぇから!むしろここで容量一杯超えて食ったらお腹壊しちゃうから!海くん胃腸そんなに強くないから!」
そうだね、すぐお腹壊すもんねお前。
そんな騒ぎを横目にパンをちぎってシチューに浸し、一口食べれば成る程美味しい。これは中々……イケている。でもこのシチューも大概入っている肉がでかいのでこの器一個で十分満たされるなぁ、と思う。
そっと皿の横に追加で置かれたデザートみたいなブツは、大変申し訳ないがインベントリに入れてよろしいだろうか。明日のおやつにでも……。
「……コルドさん。それを今食べるのは、流石に無理」
「まさかとは思いますが、シチューとパンで十分、と?」
「まさかもなにも、そうだけど」
「……ちゃんと食べないと背が伸びませんよ?」
「もう伸びねぇわ。成長期とっくに終わってるんだわ」
「人体の不思議ですよねぇ……妹と同じくらいに見えるんですよねぇ……」
しみじみ言うな!さっき聞いた時妹さんまだ成人すらしてないって言ってたじゃねぇか!身長だけで物を言うんじゃないよ全く。
「いや、大体まず体格が違うよね?あと筋肉量。必要とする熱量が違うのだから摂取する食事量が違うのは自然なことだと思うのよ私としては」
お前等みたいな筋肉と一緒にされてはたまらないのだ。基礎代謝がそもそも違う。必要カロリーがまるで違うのだから解って頂きたい。
ところでマップ表示がどんどんオレンジから山吹色くらいにまで変化しているんだが……お前等の中で私達の認識は一体どうなっているんだ。可哀想な子供扱いはやめろ……!




