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こちとら命懸けてねぇんだわ。  作者: もち。
西の国とのつきあい方
33/124

8

殿下怖ぁ……

先行する殿下があの物騒な代物を振り回しながらとびかかる虫を斬っては捨てて時には蹴りくれて薙ぎ払って……と、それはそれは荒れ狂う暴力というものを目の当たりにしてしまった。

それを後ろから隠密仕様で少し離れた位置から眺めて着いて行っているのだが……時折こちらを掠めて行く敵をスタンしたり、熊さん等の大型獣はスタンしたりしているだけでそこまでこちらの手を必要とはしていなかった。

あれが筋肉の恩恵か。筋肉は裏切らないと誰か言ってたな……真理かよ。怖ぁ。怒らせんとこ。

時折吹き荒れる風が纏めて虫を切り裂いていく。あれは多分風の魔道具なのだろう。次に休憩する時にまた充魔しておくべきだろうか。

マップ上では赤い点が、最初こそ殿下を目指していたものの、切り捨てた残骸の方へと散って行くものもあり敵は分散する気配を見せていた。

全てが一挙に纏まるわけではないので、このやり方は理にかなっていたのかもしれない。

とは言え、やはりハラハラするのは間違いない。完全に視認された状態でぶっ飛んでくる虫を認知し、切り捨てるその動体視力と反射神経には脱帽するが、その都度こちらはひぇ、となるのだ。


あ、方向がどんどん逸れて行く。そろそろ軌道修正を入れなければ、と海に目配せしたならこくりと頷いて殿下に向かって駆け出す。

虫が割と集っているので正直近づきたくないし、何なら殿下の振り回すあの刃物の間合いとやらには入りたくないので非常に難しい距離感ではあるが、近づけば殿下と目が合う。走れば音が出るので、その音で殿下が此方を認識してくれる。

そして目が合ったならそっちじゃなくてこっち、と指差して方向を伝えたなら頷きが返り、そしてその足を向ける方向を変えながら風の刃が吹き荒れた。

これフレンドリーファイアしないやつ?大丈夫?いや多分物音で私達を認識した虫を払ってくれるつもりでやった事なのだろうが。ありがたいことである。

豪、と唸る風が落ち着く頃には周囲に虫の死骸がぼとぼとと落ちている。うえぇ……勘弁。

それでも引き続き吹っ飛んでくる虫は居るのでバシバシスタンしながら殿下がまた先行して走り出す。走りながら銀色の刃を煌めかせ、振りぬいては鋭く何かしらの命を奪う。

躊躇いもなく、慈悲もなく。それがきっと、当たり前の世界に生きている、そういう人間の行動だと。そして森の外はそういう世界なのだとその背で語る。

恐らく、私達が思う以上に人の命が軽いのではないだろうか。ふとした拍子に誰かが死んでいるような、そんな世界なのでは。

でなくばあんなにも当たり前のように武器を所持し、揮う事ができるはずもない。どれだけ見た目が大学生みたいであったとしても、この世界の住民なのだとひしと感じるこの現実。

荒ぶる大学生が暴れ散らしながら西へと駆け抜ける。命の残骸をその足跡にして。


それにしても体力無尽蔵かこいつ。結構な運動量だと思うのだが、あまり疲労を感じさせない。

この運動量を二日も一人でこなしていたのだとしたら、この筋肉……もしかして凄い人なのでは……?まぁ三日目にして魔道具はすっからかんで疲労も蓄積し、その上での熊さんの接敵というあまりにもあまりな状況に陥っていたわけだが。それにしても凄いんじゃあなかろうか。

結構ぐいぐい進んで行くので時折方向を修正しつつも距離は殿下を隠しての隠密行動より圧倒的に稼げている。

とは言え、そろそろ休憩させたほうがいいと思う。

あれだけヤンチャに暴れ回っているのだ、風の魔道具の残弾数も気掛かりでもある。

海も同じことを思ったのか目が合い、休憩しようぜと事前に二人で決めたハンドサインを送ってきたので頷きを返して殿下に近づくためにまた駆け出す。

スタンを連発しながら殿下にある程度近づいたら軽く息を切らせた殿下がきょとりと此方を見たので、海がこっちこっちと殿下を誘導して少し移動してから結界を張った。

「おつかれ。一旦休憩しようぜ。魔道具あとどんくらい使えるんだ?」

「ああ……休憩か。魔道具は……あと三回ほどだ」

「やっべ。だいぶ減ってんじゃん。いやまぁ荒れ狂ってたもんな。そりゃそうだな」

そんな会話をしながらも椅子出して着座する。はー、と大きく息を吐き出して殿下が肩の力を抜いたのを見て、やはり多少は疲れてるよな、人間だものなと少しだけ安心した。ステンレスマグに水を淹れたものを差し出せばありがとうと言ってぐいと一息に躊躇いなく飲み干す。随分こちらに慣れてきた模様。

「しっかし殿下マジで一人で生き抜いてたんだなこの森。あんなの俺なら絶対死ぬわ」

隠密取り上げられたらワンキルだわ私達なんか。この脆弱さがたまらない。

「……いや、戦わずして生き抜くそなたらの方が余程稀有な存在だと思うが」

「私達の場合、戦わないんじゃなくて戦えないんだわ」

怖いから。これに尽きる。

大体接敵して斬った相手の体液浴びるとか絶対に御免だろう……って、体液。体液だ。虫って毒持ちだと海が言っていたわそういや。

一応殿下の状態を鑑定するかと思ったなら、おもむろに殿下が傍に生えた低木から伸びた枝葉をぷち、とむしる。なんぞ?と思ったらそのままそれを口に運んだではないか。

「は?何してんの殿下、そんなモン食べたらお腹壊すでしょ!ぺってしなさいぺって。お腹すいたならおやつ出したげるから」

「ん、む?ああ、これは毒消しの薬草だ。案ずるな。本来ならちゃんと煎じて飲むものだが、このままでも効果はある」

もっしもっしと草を食べながらそう言い放つ殿下に、マジかよと思わず引いた。

「……あ、マジだ。毒消しの効果があるってなってる」

海が草を鑑定したのだろう。まじまじ草を見ながらそう呟く。

「あの虫と戦っていると、時折微弱な毒を喰らう。放置しても死ぬことはないが、少々具合が悪くなるのでな」

ええー……具合悪くてあの暴れっぷりなの恐怖しか感じないわなんなのこの大学生モドキ。

そしてこの鑑定して、薬効に直結する草というのは初めて見る。もしかして外ではこういうのが普通なのか。だからポーションがないのか。そりゃそうだな。魔力ガンガン消費して精製しなくちゃ作れない謎の水薬より飲めば効果のある草のほうがそりゃ楽だもんな。神代の霊薬とか言うけど、大体の症状に効く謎の水薬って意味では確かに霊薬なんだろうけどさ……そんな大層な代物ではないのでは?

しかし、では退紅草をどう使うつもりなんだろうか……?あれ、別に煎じて飲んでも何の効果もない筈なんだけど。

「この薬草は森の外でも生えてるの?」

「そうだな。一般的な薬草だ。食物に含まれる毒などにも効果があるので料理にも使われる」

むしろ食物に含まれる毒について聞きたくなってきたわ。そんなもんしか食い物ないのか?終わってんなおい。

外の物食べる時は必ず鑑定しよう、と心に誓った。

「とは言え、微弱な毒にしか効果がない。命に関わるような毒にはそれ相応の解毒薬や薬草を必要とするのだ」

「……へぇ」

つまり先程私が飲んだミドルのキュアポーション、ローで良かったんじゃん?ってことか。そうか。

視界の端で海が葉っぱをむしってもしゃぁと食べている。

「……まっず」

いやそりゃそうだろう。葉っぱぞ。普通に葉っぱぞ。

「はは、煎じてもどの道不味いので同じだぞ」

結局不味いんかーい。

「じゃあ傷薬になるような薬草はこの辺には?」

「うん?そうだな……」

聞いてみたなら視線を巡らせ周囲を見遣る殿下に、やっぱりあるのかー、としみじみ思う。謎の魔力的な何かで癒すポーションではなく、薬効のある薬が作れるのかもしれないと思うと少しわくわくしてきた。

「……いや、ここらにはないな。残念だが」

「あ、はい」

がっかりだよ!


そこらにローポーションの材料はあるのに傷薬の材料はないのかよ。全くがっかりにも程がある。

そして殿下、細かな傷を数多く負っている。そりゃそうだろうなと言う話だが。傷薬作りたかった……そして使いたかった。

うーむ、ここでポーションを出すべきか?ローなら良いだろうか。

私の悩みを悟ったのか、海がローポーションの材料をそこらから採取し始める。

「……海、お前何する気?」

「いや……多分殿下の毒って傷口から入ってんだよな、と思って」

「うん。それはそうだと思うけど……」

「俺等結局あんま助けになってねぇじゃん?」

「うん、それもそうだけど」

「だったら、せめて……な。俺にできる最大の手助けじゃねぇかなって……」

「でもだからってそれは、」

「わかってる!……でも死にはしねぇのは知ってるだろ?」

被せるように応えが返る。あ、これそう言う事か、とそこで気付く。

「ここで動けなくなるのは困る」

「大丈夫。少し休めば動けるようになるって」

「でも……」

「目的が目的だろ。ペナルティもそうない筈だ」

ペナルティとか、思わず吹き出しそうになった。

「森は祈りを聞いてくれる。違うか?」

何その言い切った感。ドヤァって顔してる。

「カイは何をしようとしているのだ……?危険があるならやめろ。私は平気だ」

「……海は、ポーションを……森に、祈って……」

駄目だ笑いで声が震える。うつむいて笑いを見せないようにこの海の小芝居に付き合うのも大変だわこれ。

「森に……祈る……?」

殿下の真剣なトーンの声が死ぬほど腹筋に来る。やめてやめてマジでやめて。

摘んだ薬草に手をかざし、乾燥粉砕を一息に行ったなら魔力の器でもってそれを包み込む。そうしてそこにクリエイトウォーター産の水を追加して魔力操作で撹拌していく。いつもの暇潰しの作業に過ぎないそれ。

でもこれ、そういう目線で見たら結構神秘的な光景ではなかろうか。魔力効果でなんか淡く発光してるし。

「な……っ!?」

殿下物凄くいいリアクションしておられるわ。

そうして、魔力の器の中で混ざり合った薬草達がその色味を変え、爽やかな青色の液体に変化していくその様を息をつめて見詰めていたなら、殿下の手にあるマグを差し出すように促した。

「こんな……ことが……」

そ、と差し出されたそのマグに注ぎ込まれるローポーション。いっちょあがりである。

そうして魔力操作の全てを終えた海は、ふー、と長い息を吐き出してよろりとよろけたように椅子に座る。

「……カイ、」

「心配すんな。大丈夫だ……仕上がりも上々だぜ?」

正直これくらいでは疲れることはない。けれど、ちょっとリスクがあるように見せかけておくことは大切だ。なんぼでも作れますなんて絶対に言わない。言ってはいけない。多分。

前屈みに俯いている海のニット帽に覆われた頭部を見て、殿下は何を思うのだろう。何だかとても神妙な顔付きなのだが。

「とは言え、森から離れたら多分……できなくなる。あくまでこれは森の力を借りてるだけだからな」

真っ赤な嘘である。材料ある限り作れるだろうがとか言ってはいけない。

「……森の、力……かの、龍のお力は、まだ、ここに宿ると言うのか……?」

龍、とな?それって涙とか鱗とかのやつですか。聖域と龍ってなんらかの関りがあるということか?まぁないわけないわな。

「そなたらは……森の子、とは……」

微かに震えを抱き、ポーションの注がれたマグに視線を落とす。

「……まさか、龍の、御遣いなのか?」

「いやわかんねぇけど……とりあえず飲んだら?殿下の為に作ったんだし」

やっべぇ。なんかよく解らん盛大な勘違いと壮大なスケールの話がここに舞い降りた気がする。どうする、と海が目配せしてくるが、そんなもんどうしようもない。私は無力だ。

大体御遣いとか言われてもほら。なんだ。私達ただ森に捨てられてた家族だから。捨て子ならぬ捨て家族だから。大体こんな柄の悪い御遣いいないでしょ目を覚まして頂きたい。大体森に祈りを聞いて貰えた事なんてないわ呆け。大体私達を苛んでいるわ。

「殿下、海の気持ちを無駄にしないで」

なるべく神妙にそう告げてみるが……殿下との温度差が激しすぎて風邪引きそう。そんな大層なもんじゃないから、ぐっといって頂きたい。

とは言え、これでまぁ余りある程持っていることは隠し通せるだろう。海の思いつきの小芝居に付き合いきれた自分に拍手を送りたい。何でこういうネタ仕掛けるのかなコイツ。いつかネタばらしをする日は来るのだろうか……いやこれこねぇわ。きっと。

何か決意を固めたようにキリと表情を引き締め、そっと両手でステンレスマグを捧げ持ち、目を閉じ深呼吸をしている殿下を見て、これは駄目だと思った。

「ありがたく……森の御力を、頂戴いたします」

おう……おう。そうしてくれ……うん。いたたまれない……なんか、ごめん。ごめんね。

恭しくカップに口を付けて飲み干す殿下の姿が見ていられない……そっと目を逸らせば海も気まずげに視線を地面に落としていた。だよねぇ。


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