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しかし落ち着いて話、と言ってもだ。
こちとらもう三か月近く家族以外と会話なんてしていない。
初対面、刃物所持、異人さん。……どうしたらいいのかが解らない。
異世界においての初対面の挨拶ってどんなもんなの?異世界の常識あるあるってどういうのがあるの?なんなら異世界ジョークで小粋にトークとかできないんだわ。
あちらさんはあちらさんで戸惑っているし、こちらはこちらで戸惑っている。
本日異世界人間初遭遇とか、全く覚悟がなかったのだから仕方もない。
とりあえず自分のカップを傾けて水を一口含む。微妙に緊張していて口の中が渇いていたのを湿らせてから、ちらと海を見遣ればそれはもう無遠慮に若者を凝視していた。お前、目付き悪いぞ。きっと睨んでると思われてるぞ。
多分気持ちとしては早よ服脱げやという事なんだろうけど。
駄目だこれ朗らかにいけないわ。
そもそも日常において刃物持った人間と遭遇することないのでどういう扱いしていいか解らん。急にお怒りになられたらどうすんだ。普通に怖いし緊張するわ。でも黙っていても事態は動かないのよなぁ……
「……それで、ポーションがどうかしたの」
もうこれしか切り出しが解らんわ、という事で先程えっらい動揺しておられたポーションについて言及してみることにした。ちゃんと傷治ってるでしょうがよ。その上質ミドルは母謹製……つまり琴子印のポーションだ。効き目はばっちりだろうがよ。私達姉弟に対する愛情たっぷり籠った一品だぞ何文句があるというのか。しかしこれ敬語の方がいいんだろうか……どうなんだろう。でも吐き出した言葉はもう戻らないので諦めよう。
「いや、どう……かしたというか、何故、私に下さったのだ。このような高価な薬を」
困惑、当惑、疑念、そう言った感情がないまぜになったような微妙な表情と、しどもどとした声。ハッキリ喋れや。
そして高価だったのか。そうか。売れるか。金になるのか。いい事聞いた。
「易々と手に入る代物ではない筈だ。神代の霊薬など……」
おっとちょっと待った。情報多い。既に情報過多。何その神代の霊薬とか。そんな御大層な代物なのか。いやでもそれ作ったの普通のかーちゃんだよ天然入ってるけど。
「今、それしかなかったから。怪我してるの放置するわけにもいかないし……」
今度はこちらがもごもごする番だわ。それっぽい理由が思いつかないわ。それいっぱいあるんですわ何なら私達も作れますんとか、絶対言ってはいけない空気だわこれ。えー、そんな取り扱い注意な代物とか聞いてないわ。売ろうとしたらもしかして騒ぎになる系?嘘だろ無情すぎん?
「それは……誠にありがたい事ではあるが。……その、ところで、お二人は北の方だろうか。後に御礼を届けさせたいのだが……いや勿論、替えのきかぬ霊薬の代金だなどと言える筈もないが」
「何で北だと思うんだ?」
ことり、と海が首を傾げて問いかけたなら逆方向に若者もこてりと首を傾げる。
「瞳の色が、北の方だとお見受けするが……?」
は?東西南北で瞳の色違うの?人種入り乱れないの?
「……婚姻でこっちにいるとか考えねぇの?」
「婚姻すれば瞳の色は変わりましょう?」
え、そうなの?なんでそんな常識だろうみたいな顔してんの?目の色なんて変わらないよ普通。異世界あるあるが解らなさ過ぎて驚きしかない。
ええ……と思いながらカップを口に運んで動揺を隠す。海も同じく動揺しているのか水を傾けながらちょっと指先震えてた。
ちょっと作戦タイムほしいですわ。マジで。
「ああ……うん。うん。そうな。ええと……いや、うん。もう礼とかいいからアンタこんなとこで何してたんだ?一人なのか?危ねぇだろ」
話題転換に乗り出したな。これ。
「は、いや、そういう訳にはいかぬだろう」
「いいんだ。いいから。な?霊薬が金に換えられないってのなら、命は何にも換えられねぇだろ?」
あ、今俺良い事言った、みたいな顔してる。この路線で押し切るんだ頑張れ海。
「だから、いいんだ。で、アンタなんで一人でこんな所に?」
多少強引に話を纏めて今一度問いかければ、なんと慈悲深いとかなんとか小さく呟いてから、こほんと咳ばらいを一つ。
ところでマップの黄色い点がちょっと黄緑になってるんですけど。は?何なの。色変わってますやん。お前。
え、これもしかしてカラーチャート機能搭載してんの?青が味方として、黄色は中立とかなの?そして振れ幅によって色変わるの?敵対意識持ち始めたらこれ黄色がオレンジになっていったりするの?マンセル方式だったら青が急に紫になって赤に移行する劇的変化すら有り得るの?こっわ。
「……薬草を、採りに来たのだ」
「一人で?」
「この森に入れる者で、戦える者が他におらぬのだ……致し方もあるまい」
はいまた新出情報。多いよ!情報が!入る条件って何なのスタート地点がそもそもこの森の中心部だわそりゃ人と遭遇するわけねぇな!物騒なだけじゃなくて入森規制あんのかよ。
……いや、待て。これってじゃあ我々不法侵入じゃない?やばくない?
「そなたらは、血縁者、なのだろうか。だから共に在れるのだな」
羨ましい。私には共に来てくれる兄弟はおらぬのだ、と淡く微笑むその姿にさらに混乱する。え、血縁とか関係あんの?
「んん……ああ、まぁ。こっちは姉で、俺が弟なんだけど……」
「さようであったか。しかし、以前リグリスダットの祭典に出向いた際にはそなたらはおられなかったが……?」
リグリスダットって何。祭典って何。そしてその祭典に出てないとおかしいのか何故なのだ。そもそも人間溢れない?そんな場所。その中で二人を特定するなんてそりゃ無理だろう。いやでも、この口ぶりだと指している人物像はその他大勢に紛れてる側の人間じゃないよな……ええ……何なの。
「あー……うん。ちょっと、色々あって」
「かの祭典に出られぬ程の何かがあったと言うのか……?否、深くは聞いてはならぬのであろう。不躾な事を申した」
何か勝手に納得してくれた。よかった。
「では、此度の会遇は誠に天の導きであろうな……私はロルクェストのノクト。聞いたことはあるだろうか」
ねぇよ。
ロルクェストって何。ノクトは多分名前よな。もうね、お前遠慮なく新情報ガンガンぶっこんで来るのほんとやめて。処理追いつかないから。マジでタンマ。
ハッキリ喋れとか思ったけど撤回。撤回するからもうちょっと戸惑ってくれてていい。
しかも聞いたことがあるだろうかって、お前何。有名人なの?そんな超一般市民みたいな顔しておいて?
いやまぁ、ね。後に御礼を届けさせるとか言ってたもんね。いいとこの坊ちゃんなんだろうね。多分。ちょっとあまりに解らなさすぎるので鑑定してみようそうしよう。前に海に鑑定された時に特に違和感とかなかったからばれないだろう。恐らく。
そんな訳でカップ傾けつつ鑑定をしてみた。
【ノクト。ロルクェストの第二王子。状態:疲労、軽度脱水】
「……ぶっほ、ぅえ、っごほ」
思わず水噴き出したわお前舐めてんのか情報過多だっつってんだろ馬鹿ったれ!
「は?お前何やってんの誤嚥とか今すんの?このタイミングで?は?」
「……っいや、すまん……っ」
ごほごほ言いながらとりあえず謝っとく。海がお前空気読めやという目線を投げてくるのがいたたまれない。でも仕方なくない?これ普通驚くじゃない?
「大丈夫だろうか……?」
やめてそんな心配気な目で見ないで。大体お前が原因だから。
あと共に来てくれる兄弟おらんって言うけど兄弟そのものは居るのな。戦えない、非戦闘要員しかいないということか?
ああ、でも仮に戦えたとしても第一王子とかだと後継者的な問題でこんな森に放牧するわけにもいかないか。うーむ……謎い。しかして血縁がなければ入れない森とは言え、第二王子ひとりぼっちとか。誰か止めるべきでないのか。それともそんなにも切羽詰まった理由で薬草を求めているのか。ええ……もう解らん事だらけで引くわ。
あとその森に入れる血縁関係ってもしかして、その、なんだ。王族?的な?縛りなの?
「んん……っ、だいじょうぶ。驚いただけだから……まさか第二王子殿下がいるなんて思わなくて」
「ぶっは」
今度は海が噴き出した。そうだろう!そうなるよな!
ごほごほ咳込んでいる海を横目に、ノクトと目を合わせてへらりと笑う。
「で、採りにきた薬草って何かな。もしかしたら力になれるかもしれないんだけど」
「そのような、そこまでして頂くわけには」
「いやでも、この森無茶苦茶深いし、薬草の種類によっては相当入り込まないと生えてないよ」
そう、ローポーションの材料はここらへんでも生えているが、ミドルポーションとなると三日分は戻らないと手に入らないだろう。それなら、手持ちの薬草を分けてもいい。多分普通に死ぬからこのオウジサマ。そして第二王子と解った瞬間言葉遣いを替えるのも何だかおかしな気がしたのでとりあえずそのままで接してみる。無礼者とか言うんじゃないぞ。頼むから。
「しかし……」
「困った時はお互い様って言うし……あ、そうだ。じゃあ手持ちの薬草で目的の物があったら買い取ってもらう、ってのはどうだろ。それならそんなに気にならないんじゃないの?」
「う……む、それならば……」
むぅ、と唸って思案顔になった。腕を組んで考えている様子なので一旦放置して海に顔を向けると顔面でクレームが来ていた。言いたいことは何となく解るけど、第二王子って情報は共有しておくべきだと思ったのだから水が気管に入ったくらいでそんな顔すんな。
マップ上では赤い点がこちらを見失って周囲をうろうろしている。恐らくこのオウジサマの血の匂いの行先を辿っているのだろう。時々視界に何か掠めるが、ノクトはこれに気付いていないのか特に反応をしない。それとも結界って一般的なものなのか?否、だったら王族たるこの若者が使えないのはおかしいだろう。でも魔法スキルって使える人と使えない人がいる可能性がある。となれば丁度使えないタイプだったとか?うーん、解らん。
「……探している薬草は、退紅草と言うものなのだ」
ぽつ、と。考えが纏まったのか呟かれた言葉に、ああミドルキュアの材料だわ、それなら四日は戻らんと生えてないわと思った。ワンキル待ったなし。そこらへんちょっと運が悪いと切り干し大根狼いるからね。あと虫、それも成虫うろついてるからね。くっそでかい蜘蛛カマキリ擬き。殺虫剤とか言ってる場合じゃなかったわ。結界一択だったわあれ。
「そう。よかった。ちょうど手持ちがあるよ」
「退紅草かぁ……大体四日は奥行かんとねぇよなぁ……あそこらへん物騒なんだよなぁ普通に」
しみじみと海が呟くのに、ノクトがそっと眉根を寄せて疑念を顔に浮かべた。
「そなたらは、何故そんなところまで?まさか北からここまで森を抜けておいでであるのか」
いやそれは無理だろ普通に考えて。北の物騒さお前しらねぇだろ死ぬわ呆け。
「あー、いや。そういう訳でもねぇんだけど。うーん、あ、そういや俺等名乗ってねぇな。俺は海、でこっちが空」
「カイ、とソラ……初めて耳にする名だが……?」
「だろうなぁ……うーん……そうなぁ、先ず、殿下は俺等を何だと思ってるのか、が問題なんだけどな。もしかして、もしかしてなんだけどな?北の王族とか思ってたり、する?」
「違うのか?」
きょとりと目を丸くして驚きを見せるその顔は、じゃあお前等なんなの?と言わんばかりだ。なんもかんも森に捨てられた一般市民だわ。
「違う。そんな御大層なモンじゃねぇの……あー、だから、うーん。これ敬語使った方がいいのか……?」
「いや、言葉は気にすることはない。だが、王族でもないならば何故これ程に大きなものを収納できるだけの魔道具を保持している?この結界もだ。躊躇いなく使うにはあまりにも……」
また新出単語出ましたよ。魔道具って何よ。もうやだこのオウジサマ……脳みそ疲れてきたよ……。チョコ食いたい。
「それに、この森には王族に連なる者しか入れぬはずだ。祭典にて祝福を受ける事ができた者のみが入れる聖域ぞ」
へー。聖域なんだ知らなかったー。いやその割に物騒な場所だな普通聖域ってもっとこう、安全性高いイメージなんだけどどうなのそこんとこ。
……駄目だ新しい情報てんこ盛り過ぎて整理しきれん。




