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こちとら命懸けてねぇんだわ。  作者: もち。
森とのつきあい方
18/124

18

死ぬかと思った。

いや、本当に普通に死ぬかと思った。


何とか小鬼は獣を少しの時間足止めしてくれた。マップ上で赤い点が消える瞬間まで認識できたのだからあの獣に喰らいつかれたのだろう。

お前の犠牲は無駄にはしない。安らかに眠れ。

そしてただ走っていてもじり貧だし何よりもう体力が持たない。

なれば稼いだ時間でしたことは勢いつけて木に登ってしまう事だ。

これがまた、跳躍力も随分と上がっていたので結構一気に跳んでそこそこ高いところに手が届くようになっているので、そのまま懸垂の要領で登ってしまえるのだ。魔力を鍛えている二週間の間に訓練した動きの一つでもある。


ただ、秒を争っている時にそんなことをする余裕はないし、虫に囲まれている中でそれをしたところで意味がないので虫を振り切るまでできなかったのだ。

しかして、虫を振り切り、その後に小鬼が登場してくれたおかげでその時間が稼げた。

高い枝の上まで登り、ぜぇぜぇと肩で息をしながらスヌードで口元を覆う。できるだけ、音は漏らしたくない。

とは言え梢の音でそこそこにまぎれはするだろうが。しかしてあの獣の聴覚がどの程度誤魔化せるのかが解らない以上、可能な限り音を殺したい。


もう、全身が倦怠感に満ち満ちている。ぐったりだわ。

帰路はまだ半分にも来ていない。走り回っていたと言っても、虫を避けながらなので右往左往としていたのだ。

マジかよと、残りの道程を考えるだけで精神的にも疲れ切る。

マップを見遣れば小鬼を仕留めたあとの獣はやはり私達を探しているのか結構近場をうろうろとしている。

もうね。勘弁してくれ。もう許してほしい。


諦めるまで待つ?そんなことをしたら日が暮れてしまうのではないか。

そうなったらもうここから動けない。トイレどうすんだよ。一晩中我慢とか無理だぞ膀胱破裂するわ。

とは言え、奴がそこそこ離れてしまうまでは木から降りることもできない。


少しずつ呼吸が整ってきたらとりあえず一口、インベントリから取り出した水を含む。ただの水がとんでもなく美味い。沁みるわ。

そして何かできることもないのでスマホを取り出してトーク画面を開けばグループトークがガンガンとメッセージを受け取っていた

『大丈夫なの?』

『はやく帰ってこい』

『何してるの』

『危ないんじゃないのか』

etc,etc……いや、ね。わかるよ。マップはそっちでも見れるもんね。そりゃ急に赤い点がぶわっと増殖したかと思ったら一点に追い立てられてるのが見えるんだもんね。見つかったのとかマップ見てたら解るよね。

でもこっちだって必死だったんだわ。そもそも卵があの時点で孵化するとか予想だにしてないんだからしょうがないと思わないか?

『とりあえず無事。今木の上に避難中。まだ獣っぽいのがこっちを諦めてなさそうなので身動き取れない状況』

とだけ返事を返しておく。


すると個人トーク画面から海がメッセージを送信してきた

『海くんのあんよが痛い件について』

なんでやねん。

『ポーション飲んだよね』

『表面は治ったけど、どうにも治りきらんのよな』

ローだからか。治療しきるにはロー・ポーションではダメだということか。

あと半分の道程をその痛い足で歩く、又は走るというのか

『え、普通にやばくない?』

『いやもう。普通に泣きそうよ俺。何ならちょっと絶望よ俺』

『とりあえず追いポーションして様子見よう。まだアレ離れていきそうにないし』

そう提案したなら、物凄く嫌そうな顔をして

『これも不味いんだけど。お前も飲んで気持ちを共有してくれマジで。細かい傷あるのはあるだろ』

人でなしかきさまー!

まぁいいけどな!

『あ、念の為キュアポーションも飲んでおきなね。毒性ないとも限らんし』

『やだー、不味いの二連発じゃないですかー』

とか言いながら渋々飲むあたり、素直よなこいつ。


まぁそれだけ痛いのだろうとは、思う。

これ、傷口付近固定とかしておいたほうがいいのだろうか。怪我は足首だし、あまり動かすと傷が開く可能性とかもある。

とは言え固定の仕方なんて捻挫した時の固定法しか知らないんだけど……やらないよりやった方がマシなのどうなの?直接圧迫止血にもなるしやっとくべき?

でも止血はできてるんだよなぁ……ポーションで。うぅん、悩む。

『足首固定しとく?』

とりあえず本人に聞こうと思ってメッセージを送れば、ちょっと情けない顔をしながら小さく頷いて来たのでインベントリから三角巾を取り出して見せる。

会社で一年に一度、応急救護処置の講習を受けるイベントがあるのだが、その時の参加賞で貰える三角巾だ。大判で使い勝手が良いと講師の先生絶賛である。

この講師の先生がちょいちょいメインの心肺蘇生法以外の事を教えてくれる人で、捻挫の固定法もこの人に習った。

もう覚えてるよね、なら今年はこういうことをしよう!とフリーな講習をしてくれる人で割と嫌いじゃない。

でも胸骨圧迫の際は鬼になる。15分耐久心臓マッサージとか普通にしんどすぎて泣ける。5分くらいで手が痛くなって力が入らなくなるんだけど、そこからが本番である。はいはい力入ってないよー!そんなんで人命救助ができるかっ!と、些か熱血すぎるのである。まぁおかげで心肺蘇生法に関してはちゃんと覚えられているから感謝しかないが。

まぁそれは置いておいて、捻挫の固定法だ。

海もインベントリから三角巾を取り出したのを見て、まず縦長にたたむ。そして靴ごと土踏まずのあたりに通して足首の後ろまで引っ張りクロスさせてから前に回し、足首から伸びている布地に両端くぐらせてぐぐーっとひっぱる。ここでしっかりとひっぱって固定するのがポイントだ。あとはまた足首の後ろでクロスさせてから前に回して縛る。もう面倒なので堅結びで良い。緩まないように気を付けるんだぞ。


見よう見まねで海が固定したのを見届けて、自分のはほどいてインベントリにしまっておく。

『捻挫の固定法だからあんまり効果的じゃないと思うけど、まぁ動かし回って傷が開くことは多少防げると思う。邪魔に感じたら外して』

『あいよー、りょーかい』

『あとまだ時間掛かりそうだし腹ごしらえしとこう。食欲なくても食べとかないとエネルギー足りなくなるわこれ』

『それな。正直吐き気しかねぇけど』

全くもってその通りだが、隠密行動中に腹が鳴りでもしたらそれはそれで困る。

今回は一口サイズのおにぎりさんを幾ばか持って来ているので一つずつ口に放り込んで咀嚼する。

あまり水分は多く取りたくない。トイレが近くなるのが怖いからだ。200ml以上の飲水は膀胱にスライドするとかどっかで聞いた気がするのでこまめな水分補給を心掛けるのが最適なのだろう。そもそもが日常生活においてもこまめな水分補給を理想としているらしいし。


あまり美味いと感じないエネルギー補給をしながらマップを確認する。

うろついている獣はようやく諦めたのか、それともここらにはいないと判断したのかは解らないが少しずつ離れていくようだ。

あとは奴に気付かれないように木から降りる必要があるが、その為にはまだ距離が足りないだろう。降りる時がなぁ。音がするからなぁ……はぁ、と溜息を付いてこの無駄な時間の浪費に精神的な頭痛を覚える。


いや実に殺意が高い。二度目の森もこれでは本当に心折れるわ。トラウマしかないわ。

今回は多少の抵抗手段があったのと精神頑強のおかげでそれなりの対応はできたとは思うが、もう最後は運よなアレ。

逆にあの時小鬼がいなかったなら、まだ不毛な追いかけっこをしていた可能性すらあるのか。血の気の引く思いだ。こっちの体力が先に尽きてジ・エンドだろう。

『ちょっと足痛いのマシになったわ』

海がそう告げてくる。痛みが多少なりとも軽減されるのなら追いポーションは意味があるのだろう。何よりだ。

に、してもこれは早々に薬魔技師の段階を上げる必要が出てきたな。今回採取した草の中に薬草があればいいのだが……うぅむ。

こうなると帰ったらやりたいことが大いにある。

なんとしても無事に帰りつきたいものだ。

『もうちょっとあの獣が離れたら降りたいけど、降りれる?』

『まぁ降りるしかねぇ以上降りる。海くん我慢できるタイプなんで』

『そうかい。がんばれ海くん』

『最悪の場合肩貸して』

『了解』

それくらいは当然である。ついでに言えばおねーちゃんは弟が怪我させられた事に結構腹が立っている。あの虫め。殺虫剤購入できるようになったら撒いてやる。どれかは効くだろきっと。


そうして、木に登ってから凡そ一時間。休憩というには些か長すぎる滞在時間となったがようやく地に足をつけることができた。

海もなんとか降りて、固定した右足首を確認するように視線をやっている。そうして、こちらを見たと思えばこくりと一つ頷いた。海くんいけますよという事だろう。

時間が圧している。早く帰らなければ。視界が利かなくなったら不利とかもうそんな次元じゃない。

その認識は共通のもので、可能な限りここから早く帰宅しなければならない。

もう正直無茶苦茶疲れているし、歩くのも億劫極まりないのではあるが……泣き言漏らしている場合でもないので頑張るしかないのだ。


のそりと歩みを始めれば海も少し歩き辛そうにしながらついてくる。走っている間はそれこそ痛みがどうとか言っている余裕もなかったし、足を止めれば死ぬからこそその痛みを気付かせなかったのだろうが、今は流石に少しばかり足運びに違和感がある。いやまぁ、巻いている三角巾で左右の足の高さが異なるのもその違和感の一因ではあるのだろうけれど。


どの程度の痛みがあるのかが解らないので、できれば先を歩いてくれればいいと思うのだけれどどうも後ろを歩くことに決めたらしいので私がペースを作ることになる。不安感すごい。

なるべく気を使ったペースにはするつもりだけれども、遅すぎても問題だし……うーむ。とりあえず普通に歩く程度の速さで様子を見るしかない、か。

できるだけ歩きやすそうな凹凸の少ない道を選びながら黙々と、今度こそ妙な敵と遭遇しないようにと願いながら歩みを進める。

もう是非とも唐突に開花する植物型とか、突然孵化する卵とか、ありませんように。


随分と魔力も消費したもので、多分あの獣に対して確実に10回はスタンしている。となると、もう本当にここから何事かが起きたら相当に拙いことになるだろう。

海の魔力は私よりも残っているとは言え、こちらは足を負傷しているのだからこれまた状況はあまり良いものではない。

時々太い木の根をこえる時には私の肩を掴んで体重を逃がすようにして歩いているくらいだ。マシになった痛みというのももしかしたら単純に強がりなのかもしれない。


相変わらず音を立てないよう気を付けながら歩く森の中はざわざわと木々がさざめく音だけが鼓膜を揺らす。

そういえば、あまり獣の遠吠えとか聞くこともないなと思うくらいには静かだ。

小鬼も鳴き声を上げるし、獣だって唸ったり吼えたりする割に歩いていてもその声を耳が拾うことはない。いや、拾ったら近くに居るのが解るからそれはそれで嫌なんだけど。


でもこうして無言で二人歩いていると、まるで生きている存在が他に居ないかのように錯覚してしまうのだ。

それほどにこの森は生き物の息遣いを感じさせない。そしてそこがまた恐ろしいとも感じる。こうして静かな森の顔を見せておきながら、唐突に死に直結するような出来事が勃発するのだから。


それにしても疲れた。心身ともに疲労困憊だ。

それでもこつこつと歩いて歩いて、時々海が追いポーションしているのを眺めて、そうして歩いて。

ようやく、青鬼スポットまで帰ってくる頃には随分と辺りは薄暗くなっていた。とは言えまだ夕方に差し掛かったくらいだ。今から帰れば十分に視界は効くだろう。

マップはもう線がぐちゃぐちゃに蛇行していてとてもではないが整然とはしていない。

今現在はどちらかと言うと西北よりの西側を攻めているが、いっそ今度は南西よりに攻めてみるか?もしかしたらまた生態系が違うかもしれないし、そっちの方が安全かもしれない。あと植生も違ってくる可能性があるなら南西から湖を目指すというのはどうだろう。

まぁどちらにしてもとりあえず海に養生させることが最優先されるし、また暫くは準備期間となる。今回の経験を活かして次こそもっと安全に散策したいものだ。

あとマップに注意エリア書き込めたりしないんだろうか……そんな機能はありませんかそうですか。


しかし帰宅路の前半の怒涛の勢いで巻き起こったイベントに対して、後半はまぁこちらも相当に警戒を高めていたとは言え随分と素直に歩いてこれたものだ。

いや、勿論小鬼との遭遇はちょいちょい発生していたが。

小鬼の個体数はなかなかに多いのだろうか。それに対してその他個体数は少ないのか?しかしてあの獣は少なくとも3体は確認できた。なれば、そこそこに数がいると思ってもいいと思われる。虫に関しても、あれだけ幼虫が一度に生まれるなら成虫がそれなりに居てもおかしくないはずなのだが、一体も視認していない。したくもない。植物はどうなのだろう。アレって日当たりとか土壌とかで生息域限られてるとかであってほしいな切実に。青鬼に至っては一体しか確認できていないが、あれがそんなに数いたら森が死ぬ。という事はあれは希少種だと思っても構わないのではないだろうか。

まぁそんな希少種と思わしき個体に散策初日にエンカウントした我々の運のなさには涙しか出ないが。


それでも、何とか無事にここまで帰ってこれたのだからあと小一時間も歩けば愛しい我が家だと思えば俄然最後の力も湧き出てくるというものだ。

海もダメ押しの追いポーションで何かこの味慣れてきたとでも言わんばかりに平気な顔をしているし、気力が湧いて来たのだろう。

もう足は棒のように重いし、ともすれば何もないところで躓きそうになるくらいではあるが、それでも。もう少しだと思えば歩ける。

互いに目を合わせて頷きあいながら、海に肩を掴ませつつ、杖の役割を果たしながらも歩を進める。

あと少し。気を緩めず生きて帰るために、一歩ずつ。


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