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そんなこんな、お祭りとはどのようなものかと思った翌日の昼下がり、お迎え便が到着した。
雨の中、なるべく急いで来てくれたのだろうと見て取れる疲労を貼り付けた顔面に、とりあえずお風呂入ってごはん食べておやすみなさって?と休養を取らせることとした。
今後の予定に関しては後々でいいだろう。
あと改めて、海を無事クィンスタッドまで送り届けてくれた事の礼を含めたご挨拶も、彼等がある程度疲労回復してからでいいからしておきたいと思っている。
それにしても、見て解る程の疲労をその身に宿したところであの人達の所作は乱れることもなく、ぴしりと伸ばした背筋に到着が遅くなったことの詫び、その上グラーヴェさまの無事を喜ぶ言葉に、この緑化と雨に対する礼と……まぁ何と言うかこちらに対する気配りのみに特化していて逆に心配になった。職業柄優先すべきものがある、と言われたならばそうかもしれないが、もう少し自分に優しくしてやってはいかがだろうか。雨に濡れて寒いだろうに、そんなことよりもと言わんばかりの態度に思い切り甘やかすべきだと思うのも自然な事だろう。
で、だ。
まぁお二人が休養している間にラグリマさんへのご挨拶と感謝のおやつ魔力を差し上げ、なんならいちゃいちゃして爬虫類系も悪くないな……とほっこりしたりと過ごしたわけだが。
今現在、私は息を潜めて街中を闊歩している。
何故って、何か……ほら、あれだ。
グラーヴェさまが、先日お越しになった神殿の人とちょっとお出かけするって言うから。護衛さんお二人はぐっすやとおやすみ中なので、護衛を務めるのは私しかいないだろう。と言うわけで普通にてくてく歩いて付いて行っている。
お祭り会場となる予定の広場に行くらしいのだけれど、街中普通に赤点おるでよ。戦闘可能、なんなら長重武器振り回す系王子であっても心配は心配よな。神殿の人戦えそうにないし。当然私も戦えないが、逃げる手段は多く持っている。多分神殿の人よりは頼りになるはず。きっと。
まだ日は傾き始めたばかりと言える時間だと言うのに、空は曇天なので周囲は薄明るいだけでビタミンが不足しそうだなとほんのり思う。
雨の降る空を見上げたならば顔に降りかかる細い雨。割と冷たいので、神殿の人達もどうか雨に対してもうちょっとこう……対策をしたほうがいいのではないだろうか。何の防御もなく全身に祝福浴びてますよと言わんばかりだ。着ているお洋服普通に濡れておいでですが大丈夫ですか。お身体大事にしてよねホント。
グラーヴェさまはちゃんと外套着てるでしょ!私もだけれど。
傘とかそういう文化がないのだろうか。いや、あったけれども長年の乾季で廃れた?そんなことある?あるかもしれないな。
しっかし割と歩くんだな……広場ってどこなのだろうか。街の中心とかそのへんなんだろうか。祭事を行う場所ならば、そりゃまぁ人が集まりやすい場所ということなのだろうけれど。
マップを手元に引き寄せて街中を観察して、大体このへんかなぁ……と目星を付けながら赤点との位置関係を見つつ、首を傾げる。
割とまんべんなく、目星をつけた中央部を囲むようにいらっしゃる気がするんだが?
しかしこの神殿関係者は緑なのだよなぁ……敵ではない、と思うのだけれどもなぁ。
というか、祭りの会場を赤点が囲んでいる時点でこのお祭り危なくない?何かしらの事件の気配がするんだが、そこらへんどうお考えでしょうか。
うーん、と首を捻りながらも素直について歩いていれば、目的地が見えて来たらしい。
神殿のお兄さんが誇らしげにご覧くださいとか言っているのが耳に入ってきたので私もついでにそちらを見たなら、そこに在ったのは龍の像。
多分組み立て式なんじゃないかなぁ……多分ね。素材は不明だけれど、移動させることを前提にしているのならそれほど重い素材は向かないだろう。からと言って木製であるなら既に焚き付けなんかに使われていておかしくないだろうし……はて。石材だとは思えないのだが……なんだろうな。異世界不思議素材とかあるんだろうか。アルミみたいな軽量金属とかあったりするのか。しかしこのサイズになると軽量素材と言ってもかなりの重量になるだろうなぁ……大変そうだ。
「これは……素晴らしいな」
ぽつ、とグラーヴェさまが龍の像を見ながらそう呟いた。じっと見つめるようにその場で足を止め、全体を眺めるようにしている。
確かにこれは凄い。サイズ感も中々だが、お顔の造形が大変にかっこいい。イケメンならぬイケ龍。なだらかにくねる身体の曲線もしなやかで優美かつ力強さすら感じられるし、胴の横から出た一対の手の先、一つの手には珠があった。
なんだっけ?龍の珠ってなんか謂れがあるものだっけか。記憶の端っこに掠めるようになんか大事な珠という情報があるんだが、この情報どこ産だろうか。まぁいい。まぁいい……なんか多分宗教的なあれだろう。中途半端に齧った雑学が掠めただけなのだろう。多分。
この珠も像と同じ素材でできているから、何かしら大事な珠というわけではなさそうだけれど……それにしても社長、えらくかっこよく造られているなぁ……。
いや、社長の全容なんて一度見たキリだし、その時にまじまじと観察したわけではないしそんな余裕もなかったけれど。顔面の造形とかそんなものもたいしてじっくり見てなかったけれど。
とりあえず、まだらだなぁ……としか思わなかったんだよ。あと現在社長隻眼なんだよなぁ。片方はモザイク龍の所持なのだろうか。そこらへん解らんね。返却可能なの?取り外し可なの?生き物のパーツとしておかしくない?そもそも社長もモザイク龍も生き物というくくりにはあてはまりそうにないけれど。
「……御使い様に、お見せしたいな。きっと喜んで頂ける」
ふ、と口元に笑みを浮かべてグラーヴェさまが零した言葉に、すまん今見てるわと思う。
いや、うん。芸術品として凄いと思うし迫力満点でかっこいいと思う。そういう意味では私も大喜びだよ。
まぁ社長を祀られていることを喜ぶかと言われると、ちょっとそこは申し訳ないのだがそんなに……あの、すまん。へぇ、この世界の人達ってほんと龍好きねぇ、と思うくらいでだな。ホントすまん。
「是非明日の祭事には、御使い様にもお越し頂ければと。我等も至上の喜びを謳えましょう」
「お姿はなくとも、祭りには足を運びたいとは仰せであった。巫女姫の舞踊を楽しみにしておられるそうだ」
にこにこと笑いながら朗らかに話をしているが、なんだ。あの、本人の前でそういう会話されるとちょっと恥ずかしいね。もじもじするわ。認識されてないけど。
「それで、私に頼みたい事があるのだったな」
あ、そうだ。本題だ。
わざわざ龍の像見せたいだけではなかろうて。
この広場で、祝福持ちの王族がいるのならとご同行願いを出したのは何用なのか。
「はい、祭事長が言うには、祝福の御力で咲く花があるとのことで……」
「……そんなものが?」
ことり、と首を傾げてぱちぱちと瞬きをしながらグラーヴェさまが不思議そうに問い返せば、こちらですと像の方へとまた歩みを進めていく。ついて歩けば像の置かれた台の傍に、何個かの植木鉢が置かれているのが見えて来た。
白い蕾が緑の葉に沿う、恐らくこれは……竜胆の花だ。厳密には違うかもしれないが、竜胆みたいな感じの花。
いや、これは無理では?竜胆って雨が降ると花閉じるの普通では?そういう植物では?祝福とかそういうアレでは花開かないと思うのだけど、それはどうなの?それとも異世界不思議あるあるで雨降ってても満開咲かせられちゃうの?
植木鉢の傍に寄って、またしても首を傾げているグラーヴェさまの様子を見るだにそんな話もなさそうだけれど。
「……太陽の下で咲く花、だな」
「はい。仰る通りです」
「……恵みの雨とは言え、この雨の下で咲くものではないのでは?」
「ですので、クィンスタッドの王族たる貴方様にご協力をと思い……この龍の花を、祭事に添えることができたなら、と」
割とご案内してくれた神官さんもちょっと困った顔をしている、な。
その祭事長とやらの思い付きなのだろうか。上から命じられたらとりあえずお願いに行くくらいはしておくかなぁ、と思ったなら存外ほいほいついてきてくれたから、これどうすんだ?となっておるわけか。
ちょっと困った空気が流れているなぁ、と思っていたならば、不意にマップで赤い点がひとつ、ゆるりと近付いてくるのが見えた。赤い点の方角に視線を向けると、神官さんよりもちょっと重そうな服の何か多分上役の神殿の人が歩いてきているのが見えて、ああ……また神殿経由で何かしてんのかあいつ……と思わず眉が寄る。
神殿って龍に近いということは、モザイク龍とも近いんだもんなぁ……龍社長、ちゃんと庇護してあげて。手が回り切らないのかもしれないけどもさぁ……。
「クィンスタッド第四王子、グラーヴェ様におかれましてはご機嫌麗しゅう」
近付いてきた赤点が、恭しく礼を取るのに、植木鉢の傍で屈んで観察していたグラーヴェさまが立ち上がり、軽く一礼。
「大いなる祝福と共に、貴方様が御使い様と共にこの街を訪れて下さったのはこの上もない僥倖……我等神殿一同、心より感謝申し上げます」
穏やかな笑顔を浮かべ、物腰柔らかにそう告げるこのおっちゃん。赤点でなければいい人そうだなぁ、と思えるご面相だ。なんか福耳だし。
「よろしければ、その祝福の御力をこの花々に分けて下さると幸いです」
にこにこ笑うその顔には、悪意は含まれていないように見える。
けれど、
「龍の祝福は、身に宿すものであっても操れるものではないのだが……」
困ったようにそっと眉を寄せるグラーヴェさまの言葉に、きょとりと目を丸くした祭事長さんは小さく首を傾げた。
「それは……他が為に御力を施すのは本意ではない、と言うことでしょうか?」
「そうではない。可能であるならば厭うことはない。しかし、私の意思で祝福を扱えるものではないのだ」
そんな嫌な奴みたいに言われるのは心外だなと思えば、当然ながらグラーヴェさまも否定を示す。
「それはよかった」
そうしたならば、穏やかに、かつ嬉しそうにおっちゃんは笑顔を浮かべてその両の手を合わせてみせた。
「ならば、どうぞご協力を賜りますよう。方法は神託にて聞かされてございます。御身に宿る祝福は、血脈に溶け込み巡るもの。されば、そのお身体に流れる赤き血潮を恵の雨と共に」
その言葉を聞いたのと、結界を展開したのはほぼ同時だ。
風を切る音と共に多方から飛んできたのは、矢。明らかにグラーヴェさまを狙ったそれは、結界に阻まれて龍の像を叩いた。カンカン、と金属音がして、あっぶね……と小さく息を吐き出す。
「……!これは、何を、なにが……」
結界内で周囲を見渡し、動揺したような声を上げるグラーヴェさまと、案内役の神官さん。
「祭事長……!一体何をなさるのか!」
いやあの。結界の中の事は外には解らないものでして……問い掛けても答えは頂けないものかと思われます。
「ソラ様……?」
ぽつ、と。何かを察したのかグラーヴェさまが虚空に語り掛けるので、ちょいと袖を引いたなら、びくりと肩を震わせて此方を視認したのが解る。
「な、何故ここにおられるのです!?」
「いやぁ……だって、グラーヴェさまひとりでお出掛けは危ないかなって……」
「危険があった場合、その場にあなたがおわすことの方が余程問題です!」
「えー。グラーヴェさまに何かあったら私あのお二人にもご家族にも顔向けできないし……」
へらり笑って返事をしながらマップを見れば、結界の展開を察した相手さんはぐるりと周囲を囲んでしまう。
さて、どうするかな。森の生き物と違って、人間はこういう場合の対応がやはり一味違うんだよなぁ。
エリアスタンで動きを封じてとりあえず逃げに徹するか……いや、でも宿は割れてるもんなぁ。逃げた時に宿にご迷惑をお掛けするのは本意ではない。
それに、何故今回はグラーヴェさま狙いだったのだろうか?珍しく迂遠な手できたな、と思うものだが……はて。単独行動させたかった?孤立狙い?
目的は解らないが、なんにせよあのモザイク龍の思い通りにさせてたまるか。
「んー……でもどうしようか。この人達の無力化は、そう難しい事じゃないんだけど……」
「は……あの、無力化ができる、のですか……?」
「あ、うん。安心安全の方法で、誰も怪我させずに無力化だけなら可能ではある」
「……戦えない、のでは?」
「戦えないよ?そんな物騒なこと私にできると思うの?」
「いえ。思いませんが」
即答なのもなんかムカつくのは何故なんだろう。少し釈然としない心地を抱いて、けれどそれは一度置いておこう。
「いや、うん。まぁ戦えないけど無力化はできる、として……相手の目的はグラーヴェさまの血?それとも祝福を受けた王族を害すること?祝福って龍脈の加護にどの程度絡むんだろう……?」
ヒールで力を増すんだよなぁ、祝福。謎に満ちている。
そもそもグラーヴェさま、通常より祝福増してる状態?だからモザイク龍に目を付けられたのか?だとしたら私のせいでは……いやでもあの時はあれが最適解だったと思うし……うーむ。
考え込んでいたならば、結界の外でさっきのおっちゃんが騒がしく声を張り上げる。
「何故お逃げになられるのか!龍の恩寵を、限られた者達のみが得られることを疑問に思われないのでしょうか!」
大変よく通るお声で、ちゃんと腹式呼吸で腹から声を出しているのだなと妙な所に感心してしまった。
「与えられた祝福は、確かにこの地を潤しました!しかし!何故もう少しなれど!その祝福を早めては頂けなかったのか!数多の咎無き命が露と消えたことを、その責任を!森の王族としてどのように受け止められるのか!」
朗々と謳うような言葉は、森の祝福を持つ王族を責めるもので、思わず眉が寄る。
「その血潮を身に取り込めば、その祝福を得られると龍の声は私に告げた!それは、より多くの者へと祝福を広めよとの神託に他なりませぬ!」
ンなワケあるか!
大体人の血液ってのはだな、様々な細菌やウィルスを保持していてだな、他人の血なんぞ素手で触るのも基本は御法度なんだぞ。それを身に取り込むだあ?不衛生だ!空さんは許しません!
あとその神託モザイク龍に違いないから!ウチの社長そもそも意味ある言葉あんまり発しないしコミュニケーション取る気ほぼ無いから!そんなお喋りな社長でやるべきこと指示してくれるならもっと楽だったんだわ!
「よし、ちょっと空さんあのおっちゃん引っ叩いてくるわ」
「お待ち下さいどうしてそうなりました!?危険ですおやめ下さい!」
よっしゃと結界から出ようと足を踏み出そうとしたなら、がしりと後ろから拘束される。なんなら足がちょっと浮いた。なんてこった。
「いやそもそもさ、龍の祝福って何なのさって話じゃない?あの森に入れるだけの、正直言ってなんのお得感もない、現状自殺チケットみたいなもんじゃない?んなモン増えてもしょうがないでしょ。大体方法がおかし過ぎると解らんもんかな?血潮て。馬鹿なの?どこの誰が祝福与えた子に怪我させたがるのって話じゃない?どう考えてもうちの上司の考えじゃないでしょ普通にわかるでしょ。自分に酔い過ぎでは?酔い覚ましに一発くらいひっぱたいても罪ではないのでは?」
ぷらぷらと地に足が付かないので文句だけを垂れ流したなら、戸惑うような気配を背中に感じる。
「そりゃあ、早くして欲しいって気持ちは解るよ。どうして今なんだ、もっと早くできなかったのか、ってさぁ……思うよね普通に。でも仕方ないじゃない。これ以上は無理だったんだもの。生きて、事を成すには私達にだって安全マージン必要だわ」
ギリギリ限界チャレンジなんて、初期のレベル貧乏時にいやと言うほど体験したわ。あれを生き延びたのは本当に運だと言い切れる。
咎無き命と言うのなら、私達だってそうだろうが。そっちばっか被害者面すんのなんなの。
不満が声音に出ていたのだろう。ぎゅうと拘束している腕に力がこもる。あ、肋骨痛い気がする。あの、ちょっとマイルドになりませんかね?




