38
しとしとと、曇天の空から銀糸が落ちて来る。
雨。東の人々が渇望してやまなかったそれが、分厚い雲から途切れることなく落ちて来る。降りしきる雨は大地を潤し、染み渡っては地下の水もまた増えてくれることだろう。これで水の魔道具の負荷も減っていくと思うと何よりだ。
木々は雨粒を葉に受け止め滑らせる。パタパタと落ちていく大きな雫に被弾した人は嬉しそうにきゃあと笑う。
そんな窓の外の情景に、風邪をひくなよと少しの心配。
母さんの緑化爆撃から早四日。
私達はすっかり目的の街で宿を取り、しれっと滞在している。お迎え便がどうやら少し遅れている模様。まぁ急に足場が変わればそりゃそうだろう。迷子になっていなければいいが。
ここに来るまでの道中、降り始めた雨に目を輝かせて笑顔を炸裂させたグラーヴェさまには犬の尻尾を幻視したのだが、誰かにこの気持ちを共有してほしいのでなるはやで到着せんかなぁ……と思っている次第だ。
いかに外套が防水機能付きであっても、草の海を泳げば濡れた雑草がしなって舞い戻り、頬に当たる。頬から落ちた水滴は、顎を伝って首から服を濡らしていくのだからたまったものではなかった。寒いのに輪をかけて寒いのホント勘弁してほしかった。
けれど、グラーヴェさまにはそれすらも楽しいのか、常に口元には笑みを敷いていて、時折顔面から突っ込んで無邪気に戯れていた。殿下レベルで無邪気なのでは……?と思ってしまったくらいだ。
そういえばテント、一部穴空いてました悲報。悲しすぎて空さんガチ泣きしました。いや嘘。でもちょっと泣いた。海にメッセージを送って、なんとかならんか知恵を借りようと思ったなら返ってきた返事が『養生テープ貼っとけ』だったので、とりあえずぺたりと張って応急処置をしたけれど、これ早目になんとかせんと被害がどんどん広がって行くのではないだろうか。当て布あてて繕えばいいんだろうか……?いやしかし、防水性を兼ね備え、尚且つ元のテントの生地を傷めないような素材ある?古いテントと言えど、一応科学繊維でできているわけよ。ならばオーガニック素材との相性は如何程か。
森に帰るまで保つかなぁ……ガチの青空野宿、雨天決行とか真面目に勘弁してほしい。そんなことになったら今以上に龍を恨んでしまうことだろう。何の試練だと喚き散らしてしまいそうだ。
ここ数日、やることはちゃんとやっている。
龍脈を通して東の地を確認したなら母さんのヒールはほぼ全域に行き渡っていたことも確認済みだ。端っこちょっとはぐれてるけど。まぁそこはなんとかしてくれ。
枯れ果て、未来の見えない土地が一転緑豊かな、むしろ緑蔓延る土地へと変貌を遂げているのだから多少の不足はそっから植樹なりなんなりでなんとかなるだろう。もうね、頑張って再び色んなところを整備とか開拓とかせにゃならんだろうなと思うと大変ご苦労お掛けしますってなもんですが。まぁ街の様子を見る限り、嬉しそうなのでとりあえず暫くは大丈夫だろう。多分。
充電を済ませたスマホさんでのメッセージ確認等も済ませてある。
悲鳴を最後に切れた充電のせいか、安否確認のメッセージが鬼のように入っていた。一応マップさんで生存確認はできていることだろうから、無事かとか何があったとか、そこらへんの質問だったけれど。
後は、海から母さんへのクレームメッセージ。
やるのは良い。だがちゃんと会話してからだ、と。いやごもっとも。私もそう思うよ切実にな。
ちなみに、魔力垂れ流している間は龍の外郭とやらはほのかに金色に光っているらしい。何その無駄な演出。要らないにも程がある。わー、神秘的ですねーってかやかましいわ。
人外感増してきたな……スパ銭どうこうの話じゃ済まないぞこれ。困ったことをしてくれたものだ。せめて任意で視認の可否設定ができればいいのに、強制なんだもんな。なんてヤクザな会社なんだ。株式会社イエクサめ。
はぁ、と溜息を吐き出して隣の部屋へ続く扉に目を向ける。
この宿、前に西で殿下が取った宿と似たような造りで、皆が集まるお部屋と寝室に分かれているタイプの広いお部屋だ。
で、今私は主寝室でステイしている状態だ。
神殿関係者がグラーヴェさまを訪ねて来たので、騒ぎにならないように待機命令頂きました。
とは言え、街に入る時に連れがいることはあちらさんも把握しているだろうが。従者ですと言い張ればまぁよかろ、と。
というのも、この街ちょいちょい赤点が存在しているのだ。今回の神殿関係者さんは別に赤くないけど。赤かったら逆にグラーヴェさまを守るために空さんがんばる所存なので。でもまぁ普通に緑だったのでいっかー、対応お任せしちゃおーとなるのだ。
しかし、この赤点またメンヘラ女の影響下にある人なのだろうか。だとしたら面倒くさいな……もう後は海と合流して森に帰るだけなのに、ここに来てまた余計なちょっかいを掛けられたらさしもの空さんも泣くぞ。怒りながらギャン泣きするぞ。年齢とか知ったことじゃないからな。いい年した大人のマジ泣き見せてやんよ。
と、まぁそれは冗談にしても、だ。
別に神殿関係者に顔見せするのに否やは無い。が、赤点連中にここに居ますよと知らせるのは悪手だろうと言うことで、この度はわざわざご足労頂いて誠に申し訳ないのだが、引き篭もりとさせて頂く所存。
水の魔道具に関しては、何故だか母さんのヒール爆撃でついでに満たされているらしいので問題無いようだし。
と、言うことはだ。
魔道具ってもしかしてヒール使えば纏めて充魔できちゃうんだろうか。その場合対象は選べるんだろうか。
そこもまぁ、要検証だろう。
一応母さんに聞いてみたら、何かでっかい器がポロポロあったからそれにもついでに注いでおいたー、との事。
ポロポロて。落ちてんじゃないのよ。設置されてんのよ。もののついでに満たされる魔道具に、皆が龍の奇跡だと感謝を捧げたそうだが……いや、まぁあの人も龍の腕で御使いだし、間違いではない……のか?もう解らんな。
結果的になんか皆喜んでおられるので構わないんだろうけど。それにしてもとんでもない魔力量だとはしみじみ思う。もう手がつけられない領域だ。あの人はどこまで突き進むのか……えらいこっちゃである。頼もしいやら呆れるやら……。
不意に、マップ上でお隣の部屋のアイコンが移動をしたのが確認できた。どうやらお話は終わったらしい。
お客さんが帰るようで、ステイ状態もこれで解消されるだろうかとそわっとする。
別に解消された所でこの雨の中出掛けるかーとはならんのだけど。なんとなく心理的に窮屈な気持ちがあるのだ。我儘ですまん。
なんとも言えない心地で扉を眺めていたなら、控え目なノックの後にそっと開いた。
ひょこりと顔を覗かせたグラーヴェさまが、ぱちぱちと瞬きを繰り返して室内をぐるりと見渡した後、くてりと首を傾げる。
「……ソラ様?」
訝しげに、ごくごく抑えた小さな声が室内に落とされたなら、そうかと思い立つ。
ステルスしてるわ、念の為。
「あ、はい。いるよー」
窓辺の椅子から立ち上がって片手を上げ、声を発したならば姿を視認したのか一瞬びくと肩を震わせて、目を丸くしていた。
「ごめんねー。念の為気配消してた」
「そ、こまで、見えなくなるもの、なのですか……」
しどもどと小さく動揺した様子で返事をしながらそろりと室内に入ってくる。
「うん。目の前にいても見えないってことで西でも評判の隠密なのよな」
まぁ評判と言っても、見えなくなる時は居場所が解るように自己主張して下さいと言われてたけど。大体裾摘んでここにいるよアピールしてたけど。城内散策時には大変有効活用したなぁ、としみじみ思い出す。
「森でもこれで割としのげるから必須技能なんだよねぇ」
「……森を生き抜く為の技能、ですか。返す返すも、この東の地へ訪れて下さったことに感謝が尽きません」
「あ、うん。でもほら、世界滅んだら諸共じゃない?だから自分達の為でもあるんだし、お互い様なところはあるよねぇ」
出先では森王族に割と世話になるのが定型みたいになってきているし、そもそもご協力頂かなければ祭壇までが遠すぎる問題があるからな。助け合いと言うことでここは一つ、手打ちとしたい。
「それで、神殿の人は何の用事だったの?単にクィンスタッドの王子様にご挨拶?」
しれっと話題を変える意味でもって問いかけたなら、ああ、と小さな呟き。
「いえ、やはり御使い様へのお目通りができないものかと期待しておりましたね。あとは、二日後に龍を祀る祭りを臨時で開催されるそうです」
「へえ……おまつり」
「興味がおありですか?」
「いや、うん。お祭りって何するの?屋台とか出るのかな。楽しい?雨だけど大丈夫なのかな」
「……屋台、ですか……?祭りに……?」
あ、この訝しげな表情はあれだ。私の知ってる祭りじゃねーわこれ。
「……ごめん。忘れて」
「……ええと。はい。その、祭りは催事ですので、その、式典のようなものと申しますか……ああ、でも、奉納舞踊は美しいものですので、お気に召して頂けるのではないかと」
堅苦しそうな祭りだなおい。皆でドンチャン騒ぐやつじゃないのか。そうか。
人が集まるのに合わせて商魂逞しい商人が集うやつじゃないのか。残念極まりない。
「奉納舞踊ってなに?誰か踊るの?」
「ええ。各神殿には巫女姫がいて、龍に捧げる舞踊を……」
「へー……」
社長、舞踊とか喜ぶの?いやまぁ気持ち捧げられると栄養になるんだろうけど。その延長みたいなもんなんだろうけど。
「あまり興味がありませんか?」
少し困ったように微笑むグラーヴェさまに、へらりと笑って返す。
「いや、イメージつかなくて。見たらまた違うかも?でも二日後なら街にいるかどうかわかんないね」
「あの二人の到着次第ですね……確かに。とは言え、あの二人にも多少の休息はあっていいでしょうから、見ていかれるのもよろしいかと」
「そっか。そうだよね」
「とは言え、是非ともお姿は隠して頂きたいと……」
「あ、なら西でやったみたいに引率して貰おうかなぁ」
「引率、ですか?」
ぱちりと目を丸くして、小さく首を傾げたグラーヴェさまに、引率の方法を告げながら考える。
正直そのまま出歩いたところで、そんな騒ぎになるとは思えないのだが、そこはそれ。赤点が居る以上はあまり油断はできないだろう、と。
もしかしたなら、祭そのものに何かしらのちょっかいが発生する恐れもある。となれば、隠密で何かしら起きた時に多少の助太刀くらいはしても良いのではないかなぁ、とも思うのだ。
なんせ人外相手になった時に、何とかするのも多分私達の仕事の一環なんだろうと思うので。
あと赤点スルーしたいけど、完全スルーはもやもやすると言うのもある。
何かしらの対応ができたなら幸いだ。




