知らなかったは通用しないか
法律の話というか、法律を破った話でよく出てくる言葉がある。「知らなかったは通用しない」というものである。犯罪であることを知らずにやったのだとしても損害は生じるのだから、その責任はとらねばならない、といった意味合いだろう。さらに進めると、法律を知らないなどということがあってはならないので、自ら努めて知るようにしなければならない、という含みもあるかもしれない。
それは一応はもっともな意見である。とはいうものの、全ての人間が全ての法律を知り尽くすなど現実的には無理というものだ。モーセの十戒ぐらいならともかく、今の法律の分量は厖大なものである。六法全書の厚さを見てみろと言いたい。法律の専門家以外であれを全部おぼえるひまのある人間なんているものか。いや、専門家ですら刑事とか民事とかあるいはもっと細分化した分野ごとに住み分けしていて、得意分野以外は必ずしも詳しくないと聞く。
要するに、現在の法律は分量が人間的でない。そもそも法律がもっと穏当な分量におさまっていればみんな法律をちゃんと知っているはずであり、「知らなかったは通用しない」などという言葉の生まれる素地がない。つまり「知らなかったは通用しない」はとうてい知り尽くすことができないほどの法律があるからこそ出てくる言葉なのである。知らなくて当然だという前提の上で知らないことを責めるのであるから、これは理不尽としか言いようがない。
この現状を解消するには、法律を減らすか、人間の能力を上げるかする必要がある。ひとむかし前だったら、法律を減らす方が現実的だと思ったところである。が、最近は状況が変わってきた。人工知能を活用することで擬似的に人間の能力を嵩増しして、この問題を解決できるのではないか。
未来世界を舞台とする物語に、個人が常時着用することのできるコンピューターというものがよく出てくる。日常生活を送る際に常に作動していて、道案内とか天気予報をしてくれたり、人と話をするときに自動的にメモをとってくれたりするようなやつだ。そのコンピューターに法律プログラムも内蔵させる。そして着用者が何か法律違反をしそうになった場合、そのプログラムが警告を発する、というのはどうだろうか。
たとえば、車を運転していて曲がり角を曲がろうとしたときに、「その道は一方通行になっており進入禁止です。進入した場合は罰金等の処分を受ける可能性があります」などと警告してくれたりする。
学校で同級生と仲違いしてカッとなって殴ろうとしたとき、「その行為は傷害罪に相当します。なお未成年の場合は少年法の規定により逮捕や投獄はされませんが、検察逆送の規定によって」云々と教えてくれたりする。
深夜に腹が減ってたまらず、湯を沸かしてカップラーメンなど取り出したところに、「就寝前三時間以内の飲食は肥満や高血圧のリスクを高める、とても罪深い行為です。白湯を飲むだけにされておくことをおすすめします」などと口を出してくる。
便利かもしれないが、想像するだに鬱陶しい。しかし近年のコンプライアンスとやらの意識の高まりとコンピューターの進歩を考え合わせると、近い将来には普及しそうな気もする。




